メルヒェンには、まだ遠い   作:忍者小僧

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1、依頼人は少女?

ラジオをつけようとしたらドアベルが鳴った。

 

私はいいささか気分を害されながら、扉を開いた。

立て付けの悪いアパートの扉は弱った犬の鳴き声のような音を立てた。

 

扉の向こうには一人の少女がいた。

背はかなり低い。

艶のある青みがかった黒髪は首の辺りで切り揃えられている。

少年的な雰囲気のなかに女の子らしさが見え隠れする。

まだ幼いが、美少女と表現して差し支えなかった。

私は鼻白んだ。

少女が尋ねてくるなどというのは、予想外だったからだ。

私はこの部屋を事務所にして探偵をやっている。

正直、大して凄腕ではないが。

普段依頼人でやってくるのはうらぶれた中年ばかりだ。

私は目の前の女の子を見つめる。

少女……いや、幼女と表現するほうが正解だろうか。

私は問いかけた。

 

「君、何年生?」

 

少女があっけらかんと答える。

 

「へ? 2年生だけど」

 

ほぉ。

それは予想外だった。

2年生にしてはずいぶんと背が高い。

私の予想では、背が低めの5年生というところだった。

推理がひとつ外れたことになる。

脱サラして探偵業を始めて3年になる。

まだまだ未熟なのかもしれない。

 

「そうか。最近の小学生は発育がいいな」

「中学生だけど?」

「なにっ!?」

 

思わず冷静さを欠いた声を発してしまった。

少女を二度見する。

中学生、だと?

そんな馬鹿な。

私の推測だと、少女の身長は140センチあるかないかだろう。

それは、10歳の女児の平均身長程度であるはずだ。

私は眼鏡をいじった。

考え込むときの癖なのだ。

この少女、いったい何が目的だ?

唐突に私の探偵事務所にやってきて、何をしたい?

身長や雰囲気からしてどう見ても小学生なのだが、中学生と自称する、だと?

情報を錯乱させてミスリーディングを導くつもりか?

だとすれば、いったい何が目的なんだ?

 

「なー。そんなとこに突っ立ってないで、中に入れてくれよー。おじさん、探偵さんなんだろ? 依頼に来たんだけど」

「へ? い、依頼?」

「うん」

 

少女のつぶらな瞳を見る。

純粋で無垢な瞳だ。

嘘をついているようには見えない。

そうか。

依頼か。

そうなのか。

私は胸をなでおろした。

騙しあいの世界で生き抜いてきたからだろう。

他人を疑いすぎる癖がある。

やれやれ。

こんな少女を疑ってどうするんだ。

私は、似合わない笑顔を作って少女に言った。

 

「わかった。とりあえず、中で話を聴こうじゃないか」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

少女をソファに座らせると、私は珈琲の用意を始めた。

私の探偵事務所には、サラリーマン時代にコツコツと集めたこだわりの品が揃っている。

ちょっとしたバー・カウンター。

スカッチ・アンド・ソーダのためのスコッチ。

AORを中心としたレコードのセレクション。

依頼人をもてなすための珈琲メイカー。

とはいえ、忙しく、なかなか整理や片づけがままならないのだが。

ちなみに、アパートの一室を事務所にしているのは、ロバート・アルトマン監督の探偵映画「長いお別れ」に影響を受けてのことだ。

あれは実にかっこよかった。

本当は映画の通り、猫を一匹飼いたかったのだが、このアパートは動物禁止だ。

残念なかぎりだ。

 

温めたお湯を、ぺーパードリップに注いでいく。

ふむ。

いい香りだ。

出来上がった珈琲を、マグカップに注ぎながら少女をちらりと見た。

まだ幼い少女に珈琲は苦すぎるだろうか?

よし。

フレッシュも一緒に出してやろう。

 

「どうぞ」

「わっ。ありがとう。探偵さん、いい人だね」

 

キラキラとした笑顔を見せると、小さな手でカップを持つ。

予想に反して少女はブラックで珈琲を飲み干した。

 

「驚いたな。珈琲をブラックで飲めるのか?」

「あっ。馬鹿にしたな? 友達に喫茶店やってるヤツがいるから飲みなれてるんだよーだ」

「へぇ……」

「ま、本当はジュースのほうが好きだけどね」

 

私も、自分のマグカップの珈琲をいただく。

 

「ふむ。どうだ?」

「へ? なにが?」

「味だよ、味。一応、こだわりの豆なんだが」

「ん〜。友達のお店のほうがおいしいかも!」

 

ぐさっ。

少女の素直な感想が私の胸をえぐる。

そうか……。

まだまだか……。

私はメモ帳を取り出した。

そこに、≪豆の改善の余地あり≫と書き込む。

何か思いつくことがあれば、常に書く様にしているのだ。

気を取り直して、依頼人である少女に問いかけた。

 

「で、君の名前は?」

「条河麻耶っていうんだ。もうすぐ14歳。マヤって呼んでいーよ」

「で、マヤちゃん。今日はいったいどんな用件だい?」

「きゃははっ。≪マヤちゃん≫だって。年上のおじさんにちゃん付けで呼ばれるの、なんかおもしれー!」

 

笑いのツボがまったく理解できないが、足をパタパタさせて楽しそうに笑う。

その瞬間、白いものがちらりと見えた。

パンツだった。

マヤの背丈に対して、この部屋のソファは大きい。

足が地面についていないから、先ほどからマヤが足を動かすごとにチラチラとしてしまっている。

一応断っておくが、知的なダンディを標榜している私としては、いくら可愛いとはいえ、年端も行かない少女のパンツを見るのは好きではない。

できるだけ下方を見ないようにした。

 

「そんなに笑われては話が進まない。それじゃ君の事はマヤと呼び捨てにするよ」

「うん。いーよ。特別に許可してあげる」

「そいつは光栄だ。それで、依頼ってのは?」

「あのね。話すと長くなるんだけどね……」

 

確かに、マヤの話は長かった。

彼女はまず、件の友達のやっている喫茶店について説明を始めた。

ラビットハウス。

街のはずれにある、古めかしい純喫茶らしい。

 

「純喫茶。いい響きだな。ジャズでも流していそうだ」

「ジャズ? ん〜。なんか、夜になるとバータイムってのをやってるから、そこでかけてたかも。チノのお父さんがマスターなんだ。あ。チノってのが、その友達で。お父さんってのが、すっげー渋い感じでさぁ。ちっこいチノと全然似てねーんだ。それで、それでぇ……」

 

こんな感じで、マヤの話は脱線し続ける。

だが、それはそれで悪くない。

普段、自分が大人とばかり会話しているからだろうか。

裏表のない少女との会話は、妙に新鮮だった。

気がつくと、依頼内容は置いてけぼりで、彼女の交友関係に詳しくなってしまった。

同級生のチノにメグ。

それに、高校生のココア、リゼ、千夜とシャロ。

仲良し7人組か。

ほほえましい。

だが、それを知ったところでどうしようもない。

私は本題を尋ねることにした。

 

「で。依頼内容ってのは何なの?」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「その……尾行をして欲しいんだ」

 

マヤの依頼内容は意外だった。

私は思わず問いかける。

 

「尾行? 誰の?」

「チノと、リゼの」

 

さっき話してくれた友達じゃないか。

 

「どうしてまた」

 

問いかけると、マヤは気まずそうにうつむいた。

小さな声で、ぽつぽつと語り始める。

 

「あのさ、リゼってさ。すっげーかっこいいんだ。きりっとしててさ。面倒見がよくってさ。温泉プールに連れてってくれたり、モデルガンの打ち方教えてくれたりしてさ。銃がカッコいい!って感性とか、体を動かすのが好きなところが私とおんなじで。なんかこう、ちょっと特別だったんだ」

 

なるほど。

憧れと親近感のようなものがあったんだな。

 

「でもさ。最近気になることがあって」

「気になること?」

「うん。最近のリゼって、チノとばっかり一緒にいるの……」

 

そこまで言ってから、マヤは自分の言葉を後悔したような表情をする。

 

「ち、違うんだよ? 私、その、二人が仲良くするのが嫌とか、そういうんじゃないんだけど。そ、そもそも、チノだってすっげー大事な大親友だし!」

 

暗い気持ちをかき消すかのように、手をぶんぶんと降る。

が、また表情はすぐに曇ってしまう。

 

「でもその……。自分でもよくわかんないんだけど、ちょっと、胸が苦しくなるんだ」

 

そう呟いて、小さく嘆息した。

 

「こ、この前とかさ、私がリゼに訓練兵ごっこやろうぜ!って声かけても、用事があるってどっか行っちゃうし、チノのヤツも、学校終わったらすぐに家に帰っちゃうしで……」

 

自分で自分の感情が上手く整理がつかないのだろう。

涙目で潤んだ少女の瞳に、私は心をわずかに揺り動かされた。

遠い昔に置いてきてしまった、純粋な子供心というものを思い出した。

本来は、適当に話を聴いて追い返すつもりだったが、考えが変わった。

 

「わかったよ。その依頼は受けることにしよう」

 

私の言葉に、マヤの瞳がぱっと輝く。

 

「ほ、本当!?」

「あぁ」

「やったぁ! 探偵さん、ありがとう!」

「ただし!」

 

私はマヤに指を突きつけた。

 

「尾行というのは、無しだ。女の子の後をつけて何か問題になっちゃかなわんからな。私なりにいろいろと聞き込みをして調査しようと思う」

「うんっ! わかった!」

 

マヤは素直にうなづいた。

 

「チノとリゼは、ラビットハウスという喫茶店でよく二人でいるんだな?」

「そうなんだ。前はチノってさ。お店でもココアと一緒にいることが多かったんだけど……」

「ふむ……」

 

ラビットハウス、ね。

そこに何かありそうだな。

私が思案していると、マヤが嬉しそうな声を上げた。

 

「良かったぁ。子供の依頼なんか受けてくれないかもって、ドキドキしてたんだ」

 

ほっと胸をなでおろすマヤ。

しかし、不意に表情が曇る。

ころころと目まぐるしいことだ。

 

「あっ。でも、その……」

「どうした?」

「ほ、報酬とかって、どれぐらいなの?」

 

報酬か。

ふむ。

ぶっちゃけ、子供相手だ。

気まぐれで受けただけだ。

別段、報酬を求める気はなかったのだが。

 

「こ、これで、安くなる? な、なるよね?」

 

ずいっと差し出されたものは、小さな半券だった。

 

「ん? 『※※※探偵事務所 特別割引権』?」

 

あ。

思い出した。

探偵事務所を始めた頃に、駅前で配ったチラシにつけたやつだ。

あん時は大変だったなぁ。

渡しても渡してもゴミのようにその場で捨てられるチラシ……。

 

「あの、このチケットって、ここのだろ? まだ使える?」

「まぁ、別に期限はないけど。でも、誰からもらったの?」

「へへへ〜、シストで見つけたんだ! お宝ゲットだぜ!」

 

マヤが可愛い動作で、RPGの勝利のポーズをする。

なるほどね、そういうことか。

こいつは数奇な運命だな。

あの3年前に配ったチラシが、めぐり巡って、こんなガキンチョをつれてくるとは。

 

「わかった。それじゃ、特別価格で承ろうじゃないか」

 

本当はタダでもいいのだが、もったいぶってそう言ってみる。

まぁ事件解決後に、報酬なんかいらないと言ってあげればいいだろう。

 

「本当!? やったぁ! 探偵さん、大好き!」

 

がばっ。

マヤが小さな体で抱きついてきた。

おおぅ。

体温が高い。

マヤは何気なく言ったのだろうが、大好きなんて言われると照れてしまうぜ。

私は半券を受け取り、それを裏返す。

そこには、『報酬、特別価格にて承ります。応相談。依頼人様次第』と書かれていた。

すっかり忘れていたが、かっこつけてこんなことを書いたのだった。

今読み返せば、ふざけてるのかって文章だ。

 

「それじゃ、報酬はお金じゃないほうがいいかな。君からお小遣いを奪うのは忍びないし」

「だったら、私、なんでもひとつ、探偵さんの言うこと聞くよっ!」

 

抱きついたまま、楽しそうに私を見上げて、マヤが微笑む。

私はそんな彼女を引き剥がしつつ、言った。

 

「何でもなんて、気軽に言うもんじゃない」

「そうなの?」

「そうだ」

「わかった。それじゃ、事件解決までに、なんか探偵さんが喜びそうな報酬を考えておくね!」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

マヤが出て行くと、とたんに部屋が静かになった。

私は沈黙に耐え切れず、ラジオのスイッチを入れた。

そもそも私は、彼女がやってきる直前、ラジオを聴こうとしていたところだったのだ。

くだらないDJのおしゃべりが聴こえてきたので、局を変える。

私が愛聴している、AOR専門の局に合わせると、ビル・ラバウンティの歌声が聞こえて来た。

これでいい。

もうすっかり冷めてしまった珈琲の残りを飲み干し、先ほどの少女の話を反芻した。

まず、チノというのが、マヤの同級生で、もともと彼女の親友。

内気だが、頑張り屋で、幼いのに珈琲ショップの店員をそつなくこなしている。

それから、リゼ。

どうにも話を聴いていると、マヤには、リゼに対する憧れの感情があるようだ。

そのリゼとチノが最近、やたらと二人でつるんでいる。

たわいのない話だ。

憧れているお姉さんが、他の子と親密な様子を見て、ほのかな嫉妬を感じているらしい。

かといって、親友であるチノのことを悪く言うことも気がひける。

それで葛藤している。

そんなところだな。

思春期にありがちな出来事だし、いかにも純粋で可愛らしい話だ。

しかし、一歩糸がこんがらがれば、人間関係がもつれる可能性もある。

慎重に動いたほうがいいだろう。

 

「まずは、件のラビットハウスという店について調べてみようか」

 

私はテーブルの脇に置いていたハットを手に取った。

サマースーツのジャケットを身に纏い、事務所を後にした。

8月の初めの暑い日だった。

正直、スーツなど着たくもない。

だが何事も、形式が大切なのだ。

 

 

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