マスターが、私をにらんだ。
その瞳は、昨日の眼帯の男よりもよほど迫力があった。
「後、ついでにもう一つ。あなたと、天々座さんと、死んだ金髪の米兵と、千夜の父親とね。なんだか、ただならぬドラマがありそうなんだよなぁ。本当は友達だったとか、約束があったとか、まぁ。そうでないと成り立たないんですよね。今の状況が。あなたたちみたいな人間がやることにしては、情が過ぎる部分があるので。そこの部分は、別に真実を知ったって私には意味ありませんから。何かあったんだろうなぁと思っているだけなんですがね」
私がそこまで話し終えると、マスターが笑い出した。
「すごいですね。すごい想像力だ。お客さん、小説家になれますよ。小説家。いやはや、それにクライム・ムービーの見すぎなんじゃないかな。困ったもんだ。それ。うちの店の名誉棄損になりますよ。はは。今度、知り合いの小説家を紹介してあげます。プロの作家さんから、もっとちゃんとした妄想の仕方を教えてもらった方がいい。他人の迷惑にならないような」
「まぁまぁ、そうお怒らないでください」
「別に怒ってなどいませんよ」
「だったら、左手をカウンターの下に隠すのを止めてくれませんかねぇ」
マスターの笑いがピタリとやんだ。
「あのね。マスター。私は別に、あんたらの何やかやを暴露したくて動いてるんじゃないんです」
「……どういうことですか?」
「私は、全く別のことを頼まれただけ。それでいろいろ調べていたら、さっきの妄想に至っちゃったんです。そこを調べていけば、何かに突き当たるかと思ったら、全く関係がなかった。そのことが分かって、バカバカしいなぁと思っているぐらいです」
私は、へらっと笑って見せた。
「もともと、あなた方をどうこうするつもりも、もちろん、娘さんたちの幸せなお花畑を踏みにじるつもりも毛頭ないんです」
「…………では、何が知りたいのです?」
「私が教えてほしいのは、たった一つ。たわいのないことですよ」
そう言って、壁の絵画を見た。
「あの絵。どの絵が、チノちゃんが描いた絵ですか?」
その言葉に、マスターが、拍子抜けしたような表情をした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
店を出るとき。
マスターが私の背中に行った。
「お客さんの“妄想”ですけどね」
「はい」
「まったく、違っていますよ」
「へぇ」
「“私たち”の人間関係は、もっと複雑です。あんな、劇画的な単純なものじゃないんです」
「そうですか」
「ええ」
私は振り向いた。
口元を少し歪めてつぶやいた。
「そいつは残念だ」
「そうですね。あんた、探偵さんなら、看板を下した方がいい」
彼はにっこりとほほ笑んで、そう言った。
彼の言葉は正しい。
私は、映画や小説のような凄腕の探偵ではない。
むしろそれからはほど遠い存在だ。
いつも、へまをやらかして困り果ててばかりなのだ。