メルヒェンには、まだ遠い   作:忍者小僧

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13、8月8日

家に帰ると、もう日付が変わっていた。

私は電話の前で逡巡した。

マヤに、早く正解を伝えたかった。

それに深夜の電話を彼女はきっと喜ぶだろう。

だが、止めておいた。

やはりどう考えても、大人が真夜中に女の子に電話をすべきではない。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

朝になって、ようやくマヤに電話した。

彼女は、ワンコールですぐに出てくれた。

 

「探偵さん!」

 

元気な声が聞こえる。

 

「マヤ。依頼の件だけど。解決したよ」

「え!? 本当?」

「あぁ。結論から言うと、君は何も心配しなくていい。リゼもチノも、君をのけ者になんてしていないよ」

「そっかぁ〜」

 

心の底から安堵するような声。

 

「マヤ。確か、初めて会った時≪もうすぐ14歳≫って言っていたな?」

「すげー! そんな細かいこと覚えていてくれたんだ!」

「あぁ。しっかり覚えているさ。もうすぐってことは、いつなんだ? いつ誕生日がくる?」

「8月8日だよ。もしかしてお祝いしてくれるの?」

「それは私の役目じゃないさ」

「??」

 

私はカレンダーを見た。

誕生日まで、あと7日だった。

 

「その日まで我慢してご覧。そうすれば、すべてがわかる」

「どういうこと?」

「私を信じてほしい」

「探偵さんを?」

「あぁ。その日、君の疑問はちゃんと晴れる。だから、いい子で待っていてくれ」

 

しばしの沈黙ののち、マヤが言った。

 

「うん。わかった。探偵さんがそう言うなら、そうするよ」

 

私は受話器を置いた。

7日後に、マヤは最高の誕生日を迎えるだろう。

チノから、似顔絵を描いたカフェ・ラテを送られて。

 

今回の件で、私が勘違いしていたのは、≪チノの絵が普通だという思い込み≫だった。

私がチノの絵だと思い込んでいたラビットハウスの二枚の絵は、マヤとメグのもので、私が芸術品だと思い込んでいた抽象画が、チノの描いた絵だったのだ。

そのことに気が付いたのは、シャロ本人を見た時だ。

かなり脱構築されてはいたが、チノの描いた抽象画も、シャロを描いたものだった。

はじめそのことに気が付かなかったが、本人を見た時、ふとそのことが分かった。

本人の特徴をとらえ、崩し、再度構築した、素晴らしい絵画だ。

しかし、シャロは可愛らしいとはいえ、ただの一般人だ。

プロがモデルにするとは思えない。

そこで、もしかしてあの絵こそが、チノの描いた絵ではないのかと思ったのだ。

だから私は、ラビットハウスのマスターにそのことを確認した。

答えは正解だった。

となれば、あとの予想は簡単だ。

チノは、自分の絵柄のことで悩んでいる。

そこで、普通の綺麗なラテ・アートの描き方を、ラテ・アートが得意なリゼに教わっていたのだ。

何のために?

おそらくは、もうすぐやってくるマヤの誕生日のために。

初めて会った時、偶然マヤが自分の誕生を言ったから、そのことに思い当たった。

マヤは、二人がこっそりとラテ・アートの練習をしている様子を、自分がのけ者にされているのと勘違いしたに過ぎないというわけだ。

チノがラテ・アートの練習をしていることは、マスターに確認済みだ。

間違いはずだ。

 

私は伸びをした。

やれやれ。

解決だ。

 

美味い酒が飲みたかった。

あのラビットハウスのカティ・サーク。

だが、もう二度とあの店には足を向けられないだろう。

仕方がない。

私のような職業をしていると、他者との関係を損なってしまうことがある。

私は、諦めて、キッチンテーブルに置いている自分の酒でソーダ割りをつくった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

8月8日の夜。

マヤから電話があった。

ひどく興奮した声だった。

私の予想は正解だった。

彼女は誕生日会を開いてもらい、チノから手作りのカフェ・ラテを振舞ってもらったらしい。

 

「あはは。チノの絵がさぁ。すっげー下手くそなの! 練習一杯したのに!」

 

電話口から、楽しそうな声が聞こえる。

 

「やっぱチノってさー。あの絵柄以外は描けないみたい。でもでも、一生懸命私に似せようとして描いてくれたのがすっげー嬉しい!」

「よかったな」

 

私は簡潔に呟いた。

さほど意味のある案件ではなかったが、こうして依頼主に喜んでもらえるのは単純に嬉しい。

 

「あのね、探偵さん」

「ん?」

「本当に、ありがとう」

「いや。私は何もしていないよ。というか、まったく無意味だったと言ってもいいぐらいだ。私が調べても調べなくても、結果は同じだった。君は誕生日にカフェ・ラテを振舞われて、真実を知る。そして笑顔になる。まったく同じだ」

「ううん、ぜんぜ違うよ」

「そうか?」

「うん。探偵さんがいろいろしてくれて、すごく嬉しかった」

「そうか」

「だからさ。明日! お礼というか報酬を払いに行くね!」

 

あ、ちょっと待って、あれは冗談だから、と言う間もなかった。

 

「にひひ、楽しみにしてて!」

 

という元気な声にさえぎられ、電話が切られた。

 




次回最終回です。
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