メルヒェンには、まだ遠い   作:忍者小僧

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4 麻耶が自宅にやってきた

アパートにたどり着くと、すっかりあたりは暗くなっていた。

カバンから鍵を取り出し、開けようとする。

 

「ちょっと、無視しないでよ!」

 

足元から私を非難する声が聞こえた。

マヤが座り込んでいた。

 

「いや。そうやってぼんやりするのが好きなのかなと思って」

「んなわけないでしょ。探偵さんが唐突にお店にやってきたから、理由を聞きに来たんだよ」

「まぁ、そんなところだと思ったけど。入りなよ」

「うん。ってか、帰ってくるの遅いよ!」

「約束したわけじゃないんだ。私のせいではないな」

「ぶーぶー!」

 

口をとがらせるマヤをしり目に、帰宅する。

マヤは後ろをちょこちょことついてきた。

 

「ふー! やっと一息ついたぜー!」

 

まるで自宅であるかのように私のベッドにダイブする。

こいつ……相変わらず物おじしないガキだな。

 

「くんくん。探偵さんのベッド、おじさん臭いね。定期的にシーツは洗ったり干したりしなきゃだめだよ?」

「余計なお世話だ!」

 

私はシャツの首周りのボタンをはずし、ネクタイを緩めた。

冷蔵庫を開けて、冷やしておいた麦茶をコップに入れる。

 

「あ、私、ジュース!」

 

マヤがベッドに寝ころびながらそんなことを言う。

 

「残念だな。私は甘いものが苦手だからジュースはない。在庫切れだ」

「えー!」

 

いかにも不服そうな声を上げる。

 

「しょうがねーなー。探偵さん、女の子は甘いものが好きなんだから、用意しとかなきゃだめだぞ。今度から、ジュース買っといてよ。できれば葡萄のジュース!」

「今度からって、頻繁にうちに来るつもりなのか?」

「うん」

 

あっけらかんと答える。

 

「なんでだ?」

「依頼の件について、定期的に情報交換したいじゃん」

「いや、必要があったら呼ぶから」

「えー。いいじゃん、遊びに来ても。探偵さんの部屋、なんか秘密基地みたいで楽しいんだよね」

 

……今、遊びにって言ったよな。

私はため息をつきつつ、マヤに問いかけた。

 

「それよりも、危なかったな」

「へ?」

「今日だよ。ラビットハウスで遭遇しただろ?」

「あっ! そうだよ、それそれ! それを言いに来たんだ!」

 

マヤがベッドから起き上がり、私を指さす。

 

「ん?」

「探偵さんさ、尾行はしないとか言ってたのに、直接お店に来てるじゃん! どういうことなんだよ」

「あぁ、あれはちょっとした事故だ」

「事故ぉ?」

 

納得いかない様子でマヤが顔をしかめる。

 

「ココアという子と遭遇して、無理やり連れ込まれた」

「あはは。なんだそれ、ココアらしー」

 

今度はケラケラと笑う。

まったく、表情の変化が激しい子だ。

 

「まぁ、その代わりあれこれと中の様子を見ることはできたさ。君の言っていたリゼって子とチノって子も直接確認できた」

「どうだった?」

「どうって?」

「チノは可愛いし、リゼはかっこよかっただろ?」

 

マヤはいかにも自慢げに友人たちのことを褒める。

その様子から、彼女が二人を大切に思っていることが強く感じられる。

 

「あぁ。そうだな」

 

私は肯定した。

 

「どっちが好みだった?」

 

マヤがにやりと笑って問いかける。

私は苦笑する。

クラスの男子に問いかけるような質問だ。

 

「好みなんてないよ。私からしたらどっちも子供だ」

「ちぇっ。つまんないの。探偵さん、子供には興味ないの?」

「あったら大問題だ!」

 

思わず冷や汗が出る。

 

「え〜? 本当かなぁ? ちっちゃい子が好きなおじさんって多いって聞いたことあるよ? それにほらぁ。子供って言っても、もう中学生だぞ?」

 

いたずらっぽく笑いながら、スカートの端っこを少し持ち上げる。

私が目をそらすと、その様子が面白いのか楽しそうに笑った。

 

「と、とにかく、だ。私が見た限りでは、二人は特別親密なようには見えなかったぞ。もちろん、一緒にお店で働いているわけだし、仲は良さそうだった。なんというか、家族のような絆は感じたよ。でも、他を排除するような親密さは見当たらなかった」

「そう?」

「今のところはな。これから先、まだ調査するつもりだ。もっと深く観察すれば、また違う面が見えてくるかもしれない」

「そっかぁ。わかった」

「ところで、あのチノって子は、なかなか生真面目なみたいだな。コーヒーをすごく丁寧に淹れていた。君みたいなそそっかしい子と仲がいいのが不思議だよ」

 

私が笑ってそう言うと、マヤがアカンべーをした。

 

「タイプが違うから逆に気が合うんだよーだ」

「なるほどな」

 

そう言えば、私も学生時代にはいろんな友人がいた。

大人になるごとに会う機会も減っていったが。

 

「さてと。それじゃ、情報交換は終わりだな」

「うん」

 

マヤがうなづいた。

 

「それじゃ、なんかしてして遊ぼーぜ。探偵さん、ゲームとか持ってないの?」

 

私はずっこけた。

 

「なんでそうなるんだ。帰ってくれ。私はこれからまだ仕事がある」

「えー?」

 

不満たらたらのマヤを無理やり追い出すと、私はもう一杯、麦茶を飲んだ。

そして時計を見た。

20時半だ。

まだ少し早い。

時間が余っている。

パスタを作ることにした。

お手軽な料理だ。

一人暮らしを始めてからこの方、乾麺をゆでてばかりいる。

もう何年、こんな生活を続けているのだろうか。

一人ぼっちのテーブル、パスタ、ラジオのAOR。

 

ゆで上げた麺を皿に盛っているときにふっと思った。

 

ゲームは不慣れだが。

夕食ぐらいならマヤと一緒に食べてやってもよかったかもしれない。

 


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