アパートに戻ると、もう22時だった。
私は、マヤに電話をして確認したいことがあった。
しかし、その必要はなかった。
今日も軒先にマヤが座っていたからだ。
私を見つけると、ぷんぷんと怒り出した。
「もぉー。探偵さん、遅いー!」
「だから、約束なんてしていないだろう? 大体不用心だ、こんな時間に女の子が一人で」
「大丈夫だよ。私、CQCできるし。結構強いんだよ?」
そう言って、唐突にうれしそうな表情をする。
「なんだよ」
「探偵さん、今ちゃんと女の子扱いしてくれた♪」
にししっと笑った。
「私よく、男の子っぽいって言われるから、なんか嬉しかった」
「そりゃよかったな」
私は自室の扉を開け、マヤに言った。
「ほら。入れよ」
「え!? いいの?」
「なんだよ」
「絶対に、遅いから帰れー!とか言われると思ってた!」
「そう思うなら来るなよ……。まぁ、訊きたいことがあるんだ」
「訊きたいこと?」
「そう……って、家主より先に入るな!」
私が手で開けているドアを、てててーとマヤの小さな体が駆け抜ける。
「ここ取ーった!」
そう言って、私のベッドにぽすんっと体を投げ出す。
「へへへー! 探偵さんのベッドだ! 今日もおじさんくせー!」
「だったらそこに寝転ぶなよ……」
私はため息をついた。
「今度、私が洗って干したげるよ」
「いいよ、別に」
「えー! 女の子の好意は受取っといた方がいいと思うぜー?」
ベッドの上で足をパタパタとする。
今日も短めのスカートを穿いているから、一瞬白い下着が見えてしまった。
私は思わず目をそらす。
「ぎょ、行儀が悪いぞ」
「はーい!」
「それで、訊きたいことなんだがな……って、人の話を聞け」
マヤは、今度はベッドから起き上がり、私の部屋をぐるぐると回っている。
「なんかすげー! ドキドキする! これが大人の男の人の部屋かぁ!」
「昨日も一昨日も入っただろうが」
「全然違うよ。一昨日はお昼だったし、昨日は夜でも8時ぐらいでしょ? やっぱ夜の10時過ぎてからの大人の人の部屋って、アダルトな感じがするじゃん!」
「どんな感じだよ」
「ん~。よくわかんないけど、ちょっとエロい感じぃ?」
「エロくなんかない!」
思わず叫んでしまった。
このマセガキめ。
「ま、こうして真夜中の探偵さんの部屋に入れたし、今日は満足かな。訊きたいことって何?」
「やっと本題に入れるのか……。あのな。リゼの名字って何だ?」
「天々座だけど?」
拍子抜けするほどにあっさりと明かされる事実。
これで、金髪の少女の先輩があのリゼであり、彼女が天々座家の一族であることが確定した。
私は次に、携帯のデータフォルダの金髪の少女の写真を見せた。
「この人を知っているか?」
「あっ! シャロだ! え? 探偵さん、これってこっそり撮ったの? 盗撮ってやつ?」
「人聞きが悪いな! 仕事上しょうがないんだ。 いずれにせよ、知り合いだな? 仲はいいのか?」
「うん! もちろん!」
「そうか。それじゃ、もう一つだ。甘兎庵って知ってるか?」
「え? 千夜の店?」
「それは、あの店の孫娘か?」
「うん。そうだよ。ココアの同級生。もちろん私らとも友達だよ」
「最後に。リゼの父親って、どんな風貌だ? キザな雰囲気で、ひげを生やしていて、眼帯をつけていないか?」
「うわっ。よく知ってるね!」
「わかった」
私はため息をついた。
やれやれ。
みんな繋がっているじゃないか。
「探偵さん。なんか、考え事?」
「まぁね」
「私、役に立てた?」
「あぁ。すごく役に立ったよ」
「そっか」
マヤが、へへへ、と笑った。
「さ、質問は終わりだ。これ以上遅いと、家族が心配するぞ」
「えー。まだ帰りたくないよ」
「しょうがないな」
私は立ち上がり、冷蔵庫の扉を開けた。
フルール・ド・ラパンに行く前に一度アパートに戻った時に買っておいたものを取り出す。
「これを飲んだら、帰れ」
「わっ。葡萄のジュースだ! 買っといてくれたの?」
「た、たまたまだ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
別れ際に、マヤが言った。
「ねーねー。またなんか質問あったら、いつでも訊いてよ?」
「あぁ。そうする」
「今度は、夜に電話してほしいな」
「電話? 夜に?」
「うん。大人の男の人から夜に電話って、なんかかっこいいじゃん! 絶対電話して? 約束だよ」
私は苦笑した。
この子といると、苦笑してばかりだ。
「その約束はできないな」
「えー? なんでだよー?」
「大人の男は、小さなレディに夜に電話なんかしちゃいけないんだ」
私は、不満げに唇を尖らすマヤの頭をポンポンと撫でた。