図書館での衝突があった日の翌日、午前の授業が終わり、昼休憩の時間になった。多くの人が今日はどうしようかと昼ご飯の話をする中、桐生は昨日の出来事で知ったこと、テスト範囲の変更について平田に話しに行った。
「…それはまずいね。もうテストまで一週間を切ってしまっている…」
「そうなんだ。早めに手を打たなければテストで全滅もありえてしまう」
「分かったよ。みんなに状況を伝えるね」
平田はそう言うと教壇の上に立つ。平田が教壇に立ち、こちらを向いたことによって平田から何か話すことがあるのだろうと多くの人たちが注目する。今この教室にいないのは堀北、須藤、池、山内、綾小路の五人であったが、彼らは勉強会をしているのだろうし問題なかった。
「みんな、テスト範囲が変更されたらしい。今から書く範囲に変更されたらしいからみんなメモを取ってくれないか?」
そう言って平田は桐生から渡されたメモの通りにテスト範囲を書く。
その範囲を見た人たちは、今までしてきた勉強範囲とは全く違っていることに驚き、慌てふためいていた。
「みんな、大丈夫だよ!まだ一週間ある。みんなで協力して頑張ろう!」
平田がみんなを鼓舞する声を出す。勉強が得意な人たちはメモを取り終えるとすぐに対策を始めるが、赤点ギリギリな人たちからはネガティブな発言が飛び出していた。
「一週間じゃ無理だよ…それに今までの頑張りが無駄になっちゃったし…」
「だよねー。こっから勉強しても無駄じゃない?」
平田の鼓舞も虚しく、教室の雰囲気は悪いものになってしまった。多くの人たちがテスト範囲の変更でやる気を削がれてしまったようだった。一度気持ちが切れてしまうとふたたびやる気を出させるのは厳しいものだ。どうにかしてみんなをやる気にさせなければならない。
「みんな、今日からまた勉強会をしよう!一週間あれば対策はできるよ」
「そうだよ!なんとかしないと私たち退学になっちゃうんだよ!」
平田に続き櫛田もみんなを鼓舞する。しかし、多くのクラスメートたちは無理無理と口々に言っている。平田や櫛田が困っていると不意に一人の生徒が喋る。
「Cクラスの生徒が言ってたぞ」
突然大きな声で話し出した桐生にクラス全体が話すことをやめて桐生に注目する。
「俺らは底辺の不良品だと。そんな俺らのクラスから何人退学者が出るか楽しみだってな。そんなこと、言わせていていいのか?俺たちの事を何も知らないのに、Dクラスっていう括りだけで不良品だと決めつけられて?俺は良くないね。俺たちにだって意地はあるだろう?だったら今回のテストで見返してやらないか?でも今回退学者が出たならば、それを否定する事ができなくなる。結局Dクラスはその程度の奴らなんだってこの先ずっと見下されるだろう。だから下克上をしないか?」
桐生の言葉を聞いてみんなが各々で話をする。だがその内容は先ほどまでのネガティブな内容ではなくなっていた。
「そうだよ。みんなで切り抜けて、見返そう。そのために今日からまた勉強会を行うよ。新しい範囲になったから不安だって人もいると思う。だから僕たちも出来る限りみんなに教えるから是非とも参加して欲しいな」
その後は平田が上手く締め、勉強会を行いみんなで点数を上げていくと言うことで今回の話し合いは終わったのだった。
それからDクラスは一丸となって勉強をした。お互いに高い範囲を教え合い、苦手範囲を聞く。あと一週間しかないというのが効いたのだろう、音を上げる人は誰一人としていなかった。
そんな中、テスト前日に平田と櫛田が勉強会を終え、帰り支度をしているみんなに声をかける。
「みんなごめんね。帰る前に私の話を少し聞いて貰ってもいいかな?」
「ちょっとだけ大事な話をするから是非とも聞いて欲しいんだ。少しだけ待ってくれないかな?」
平田、櫛田が教壇に立ったということで重大な何かを言うのだろうと、みんな喋るのをやめて二人のことを見ていた。
「明日の中間テストに備えて、今日まで沢山勉強してきたと思う。そのことで、少し力になれることがあるの。今からプリントを配るね」
平田がみんなに10枚の紙を配る。配られた紙を見てみると、それはテストの問題用紙だった。
「実はこれ、過去問なんだ。2年と3年の先輩に貰ったんだ。見てもらったら分かると思うんだけど、中間テストがこれとほぼ同じ問題だったんだって。だからこれを勉強しておけば、きっと本番で役に立つと思うの」
思わぬ過去問の登場にみんなが喜ぶ。しかもほぼ同じテストをしているというからとても嬉しいことだ。
「今日は家でしっかりとこのプリントで復習をして欲しい。これをすればしっかりと点数が取れるだろうし、問題ないと思う。だけど、早めに寝て、明日眠たくないように気をつけようね」
平田が締めると全員が過去問を受け取り、帰っていった。桐生も帰ろうとしていると平田が話しかけてくる。
「司!過去問をもらってきてくれてありがとう。司がもらってきてくれたから助かったよ!」
「いや、たまたま知り合いに過去問を持っている先輩がいたからもらえただけだから気にしなくていいよ。洋介も今までみんなに教えていて大変だったろう?」
「僕はあまりしてないよ。櫛田さんたちに助けてもらっただけさ。みんなには感謝しているよ」
「俺はあまり出なかったから迷惑かけたな」
「仕方ないよ。用事があったのだから仕方ないさ」
「ありがとう。それじゃあそろそろ俺は帰るよ。また明日な」
平田に別れを告げて帰路につく。
桐生は先ほど過去問をたまたま仲の良い先輩から手に入れることができたと話したが実際のところは違った。
先日、坂柳にCクラスになれと言われた桐生は寮に戻ると、すぐに対策を考え始めていた。
Cクラスへ上るためにはまずこのテストを一人の退学者も出さずに乗り切らなければならない。が、今テスト範囲が変更されたと知ったら、やる気をなくしてテスト勉強をしなくなる人たちがいるかもしれない。まずはその対策をしなければならないな。これはCクラスに不良品であると言われたことを言えばやる気を出してくれるだろう。流石にそこまで言われてて何も思わない人はいないだろう。
けれども一番の問題はどうやって勉強の対策をするかだ。他クラスに比べて一週間ほどDクラスは遅れを取っている。なら普通に教えるだけでは他クラスに追いつくことはできない。
綾小路に聞いたところ、茶柱先生は知らせるのが遅れたことを一切謝ような素振りは見せなかったらしい。普通に考えればおかしいことだ。これは茶柱先生の失態で、あるまじきことだ。それなのに他の先生たちも気にしていなかった。ということは…何かテスト範囲が変わろうとも関係ないことが存在しているのかもしれないな。
少し悩んだ後、桐生はとある相手に電話をかける。少しの間電話の待機音を聞いていると、ガチャッという音とともに電話をかけた相手の声が聞こえてきた。
「こんな時間に何?」
「確かに9時を回ってた。それは悪かった」
「分かってるならいい。それで私に電話を掛けてきたってことは何か用?」
「ああ、今回可能なら中間テストの過去問を入手して欲しい。できなかったからといって何かはしない。どうだ?」
しばらく相手は沈黙していると、分かったと了承した。
「助かる。出来れば試験2日前までにしてほしい。それに際してかかる費用は俺が負担する。でも出来る限り費用も抑えてほしい」
「分かった」
短く返答すると電話の相手は、電話を切った。話しておくこともしたので桐生もテスト対策をすることにした。
それから3日後、つまりDクラスのみんなに過去問を配った日から数えて4日前の放課後、過去問を手に入れられたと報告が来ていたので指定された特別棟へ桐生はやってきていた。
特別棟は本校舎とは違い、理科室などの特別な教室が揃っているため、放課後に来る人が少なく、その方が便利だと言っていたからだった。
指定された特別棟3回階段踊り場に到着するとすでにそこに人がいた。
「悪い、待たせたな」
「問題ないよ。はい、これ。」
「確かに過去問だ。助かったよ、神室。」
今回過去問を手に入れるため協力をしてもらっていた人物、それはAクラスの女子生徒、神室真澄であった。彼女と桐生は坂柳によって連絡先を交換させられており、桐生が使っていいと言っていたので、今回使わせてもらった。お陰で、手間が省けたため、大いに助かっていた。
「あんたも坂柳に目をつけられて困ったもんだね」
「全くだよ。有栖は人のことを散々振り回すんだから。それを言ったら神室も同じだろ?」
「あんたとあたしの違うところは脅されているかそうでないか。あんたはあくまで協力すればいいだけ。一応拒否権もある。多分できないだろうけど。一方であたしは弱みを握られているから従わないといけない。そこが明確な違いだよ」
神室は坂柳に弱みを握られていた。そのため仕方なく従っているだけであって坂柳のことを嫌っていた。
「それは悪いことをしたな。有栖に渋々従ってるのに、おれが使ってしまって」
「気にしなくていい。あいつに使われるくらいならあんたに使われる方がよっぽどマシよ。それにこうして思いっきり愚痴も言えるからね」
最初にAクラスの教室で見たときには仏頂面で気が強そうに見えた神室だったが、少しだけ気が緩んでいるように見えた。
「まあ、今回はありがとう。また何かあったときは頼むからよろしく頼むぞ」
「分かったわ。可能な限り手伝う」
「また何か愚痴があれば聞くよ。普段から溜まっていると疲れるだろ?溜まったら俺に話してくれていいから吐き出しとくといい」
「そうさせてもらうわね。それじゃあ私は部活があるから」
そう言って神室は美術室の方向へと走って行ったのだった。
話は櫛田が過去問をDクラスのみんなに渡したときに戻る。
このとき桐生はあることが気になっていた。それは本当に櫛田が過去問を先輩からもらったのか…ということだ。
確かに櫛田のコミュニケーション能力には目を見張るものがある。
人間にはパーソナルスペースが呼ばれるエリアが存在する。パーソナルスペースとは他人に近づかれると不快に感じる空間のことで、その広さは、性別、社会文化、民族、個人の性格によりけりだが、多かれ少なかれ必ず存在する。
一般的にこの広さは親密度に比例して、親しい人がであればあるほど
この範囲は狭く、自らの近い範囲まで許容される。逆に嫌われているほど範囲が広くなる。
例を挙げれば、恋人などがそうだ。恋人と手をつなぐことに対しては抵抗はないだろうが、自分をずっとつけているストーカーと手を繋ぎたいと考えるだろうか?いや、思わないだろう。むしろストーカーなら視界にも入れたくないという思う人もいる。
このパーソナルスペースに櫛田は入るのが上手なのであろう。そのおかげであのコミュニケーション能力を手に入れられたと考えられる。
しかしながらそんな誰とでも仲良くしたいという気持ちを持つ櫛田が過去問をこんな最後にみんなに渡すだろうか?
誰とでも仲良くしていたい、悪く言えば八方美人でいたいと考える人が過去問を手に入れたなら、すぐにみんなに渡しに行くのではないか?そんな考えが桐生にはあった。
そんな中、過去問を得るなんて発想が他にできそうな筆頭は堀北だ。しかし、堀北は生真面目で自分で解いたものだけを信じて教えるだろう。何より彼女は発想の柔軟性が少ない。そのためないたまろう。
こうなると考えられるのは綾小路だ。綾小路は地味でパッとしない印象を受けるが、実のところかなり力を持っているはずだ。櫛田が気がつかなかった気配に気づいていた。能ある鷹は爪を隠すというため力を隠しているのかもしれない。綾小路に問い詰めても綾小路では話さないだろう。
これ以上考えても無駄だろうと考える事をやめ、別の事を考える。赤点をとったら問答無用で退学。厳しいルールだと思う。しかし、赤点をみんなは32点だと決めている。確か赤点の基準はこの点と決めている学校が多いと聞く。それは30点〜25点ほどだという。その基準でいくと32点というのは妥当だ。有り得るだろう。
しかし、本当にそうだろうか?確か小テストのとき、茶柱先生は『今回のテストで言えば、32点未満が赤点だ』と言ってた。平均点を基準にするタイプかもしれない。みんな無事に通るといいんだが…
こうした桐生の嫌な予感は現実になって現れるのだった。
次回も遅くなりますがご了承お願いいたします。
神室の言葉遣いがイマイチわからなくて大変ですね…
追記
分からないとの説明がありましたのでここで説明させていただきます。
桐生は現2年生が受けた1学期中間試験の過去問を神室より受け取りました。そして綾小路は3年生からの過去問を交渉して受け取りました。二人が過去問を受け取り、それを櫛田がまとめてクラスメートたちに渡した形になります。