船上にて
「美しい景色ですね」
となりに座っている少女、有栖が突然に呟く。突然呟いたことに俺は驚くが、的確に突っ込んでおく。
「何言ってんだ、室内でチェスしてるってのに美しい景色も見えないだろう?」
今、俺と有栖は豪華客船の船内、遊技場にあるチェスをしている。周りに人はいなく、誰一人として話すことのない空間でのチェスなので、そこに響くのはチェスを動かす音だけ。そんな中での有栖の突然の呟きだったのだ。その上何も関連性のない話であったので、俺は驚いたのだった。
「確かに見ることはできませんが、外には美しい景色が広がっているのでしょう。皆さん外に行かれているので、そこで楽しんでいるのでしょうが」
「仕方ないだろ。有栖は身体が丈夫じゃないんだから。船が揺れたりでもしたら危ないから、誰か付き添いがいないとあんまり外も歩けないんだろ?」
今、俺とチェスをしている少女、坂柳有栖は生まれつき身体が弱い。それは医師に一切の運動を禁じると言われているほどであった。
「ええ。誰か見知った人を付き添いとして、行動すること。それが今回私がこの船に乗るための条件ですから。その点は司くんがいてくれたら問題ないでしょうからね」
「そこでなんで同じクラスの奴らじゃなくて、俺なのか謎だが、ずっと船内にいるというのも有栖には退屈だろう。俺も手が空いてるなら有栖の外出の手伝いくらいするよ」
「ふふふっ。これから二週間、一緒に行動してくださるのですね。では、楽しみにしていますね」
有栖はいつものように不敵に笑っている。有栖がこんな風に笑うってことは大抵良いことは起きない。嫌な予感がする…。事あるごとに呼び出されて自由時間がなさそうな予感がするな…。
『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら、是非デッキにお集まり下さい。間もなく島が見えて参ります。暫くの間、非常に意義ある景色をご覧頂けるでしょう』
突然の船内放送が俺と有栖しかいない空間内に響き渡る。内容はデッキから見える景色を見ておくといいといったことであった。確かに外の景色も見ておきたいが、今はチェスもいいところまで来てるから、外に出たくないな…。
実際、あと数手で決着がつくであろう局面まで来ていた。今のところはこちらが劣勢で、なんとか覆そうとか、奮戦はしていたが、なかなか絶望的な展開であった。
「さて、チェスはここまでにしてデッキにでも行きましょうか」
「ん?いいのか?今かなりいいところなのに?」
有栖はもう少しで勝てるというのにデッキに移動すると言ってきた。もう少し待てば終わっていけるのに何故だろうか?
「チェスなんていつでも出来ます。おそらくですが、ここで景色を見ておく方がいいでしょう」
今すぐに景色を見ておいた方がいいということなのだろうか。確かにこの学校では常軌を逸したことがよく行われる。そういったことが起こっても大丈夫なようにするためだろうか?
考えても答えは出てこないので、とりあえず有栖に従ってデッキに移動することに俺も賛同した。
「分かったよ。じゃあ、チェスは片付けて行くか」
「ええ。エスコート、よろしくお願いしますね」
結果、俺がチェスを片付け終わってから移動することになった。その間有栖は何か考えていたようだが、何を考えていたのかは分からなかった。
「潮風が気持ち良いのですね」
有栖が船の揺れでふらついたりしないか気をつけながら船のデッキまでやってきた。すでにそこそこな人数はあるようでその生徒たちは綺麗な海の景色を眺めているようであった。
「確かにな。風が強すぎるわけでもなく、心地いいくらいに吹いてくるから気持ちがいい。とりあえず景色の見やすいところへ行くか?」
ここは人が多すぎるため、有栖に移動することを提案する。デッキより後方の方にはあまり人がいなく、景色も見れそうだったからだ。
それに集まってきた人たちは我先にと景色を見ようと端に寄ろうとする。その際に有栖が押しのけられるようなことがあったら、身体の弱い有栖には辛いだろうから、というのも理由であった。
「そうですね。ここからでも景色は見れますが、後方に移動した方がより見えるでしょう。移動しましょうか」
有栖も意見に賛成した事で移動することが決まったので移動を始めようとする。
すると、景色を見ていた生徒たちが騒ぎ出した。我先にと手すりにつかまり身を乗り出してその外側に広がる景色を眺めている。
その様子から目的地の島が近づいてきたようであった。
「テメェ!何しやがる!」
後ろから須藤が誰かと揉めているような声が聞こえてきたが、俺も有栖も気にせず、船の後方部へと移動をした。
有栖が転んだりしないようにゆっくりと移動をし、有栖が座って外の景色を見れるところにやってくると、すでに島が肉眼で見える位置まで船は接近していたらしい。それはすでに船をつけるであろう桟橋すら見えるほどであった。しかしながら、何故か船は桟橋には付かずに島の周りを回り始めた。
「確かに雄大で美しい景色をしていますね」
「ああ。確かに美しい景色だ。こんなに綺麗な景色なら意義ある景色と言えるだろうな」
「そうですね。しかし…気になりませんか?」
突如有栖が有栖が疑問を投げかけてくる。その疑問の意図が俺には読み取れなかったので、一度聞き返してみる。
「というと?」
「ふつうに美しい景色を見せるだけだといいのですが、それにしては船の航海速度が速いように感じます。単に景色を見せると言うのならば、ここまで早い速度を出すでしょうか?」
有栖に言われてみると、確かにただ景色を見せるだけと言うには速度が速すぎることに気がついた。俺たちは船の後方部にいるため、あまり風を感じてはいなかったが、前方部にいる人たちはかなり風を感じているのではないだろうか。しかし、気づいていない人がほとんどであると思うが…。
「となると司くん。これは一体何を指し示すのでしょうか?」
有栖は授業をしている教師のように質問をしてくる。その様子から有栖はすでに気づいていたのかもしれない。
「そうだな…景色をただ見せるだけではない…。しかし他に考えられそうな理由はないな。となると…ただ観光のためではない…といったところか?」
「流石ですね。私が認めただけあって、すぐに気づきましたね。これはただの観光旅行ではないのでしょう。恐らくですが…何かしらの試験がこれから行われますね」
「……この学校ならあり得なくもないな。と言うことはこの景色はその試験を優位に進めるためのもの…ということか」
「恐らくですが。この景色…しっかりと記憶しておく方がいいでしょう」
これが本当なのかはまだ分からない。しかし、この学校の今までのことを考えればあり得なくはない話だ。とりあえずこの景色を覚えておこう。
しばらくの間二人で船から見える景色を眺めていると、船内にアナウンスが鳴った。
『これより、当学校が所有する孤島に上陸いたします。生徒たちは30分後、全員ジャージに着替え、所定の鞄と荷物をしっかりと確認した後、携帯を忘れず持ちデッキに集合してください。それ以外の私物は全て部屋に置いてくるようお願いします。また暫くお手洗いに行けない可能性がありますので、きちんと済ませておいてください』
アナウンスが鳴り終わると、周りにいた生徒たちも、各々の部屋へ戻るために移動をし始めた。
それに合わせて、俺と有栖も部屋に戻るために移動を開始した。
「やはりあのアナウンスの話し方…何かありそうですね」
「確かにそうだな。鞄と荷物を確認して降りるというのは不思議ではないが、携帯を必ずもってこいというのが不思議だ」
「確かにそうですね。これからどんなことが起きるのか、楽しみです」
有栖はいつものように不敵に笑い始めた。この笑い方をするときには大抵いいことは起きない。しかも俺が何かしないといけないときに、有栖はこうした笑い方をする。
今回は何をさせるのかと考えていると、有栖は俺に一つのことを告げる。
「そうですね。司くん、あなたには今回してほしいことがあります。もちろんやってくれますよね?」
「…因みに拒否権は?」
「無いです」
即答で否定された。やはり拒否権はないようで、絶対にやらなければならないことが確定し、俺は一度ため息をつく。しかし、そんなことは一切気にせず、有栖は俺にして欲しいということを説明し始める。
「今回は、私と対立しているもう一つの派閥のリーダー、葛城くんに一泡吹かせてください。それが今回司くんにしてほしいことです」
「…はい?」
有栖から言われたことがいまいち飲み込めず、どういうことかもう一度聞く。しかし同じ説明をもう一度されるだけであった。
「なんかよく分からないけど…その葛城に一泡吹かせればいいと。因みにその手段は何か指定があるのか?」
「いえ、ありませんよ。司くんのやり方で葛城くんを驚かせればいいんです」
なんだか漠然としていて実感が分からないな。それに葛城について俺は何も知らないし…。この様子だと有栖は何もしてくれないだろうから…とりあえず後で神室、橋本と落ち合って情報仕入れとくか…。
とりあえず神室と橋下に携帯を開いてメッセージを送ろうとするが、ここで、有栖の部屋の前にやってきたらしく、有栖とはここで一旦別れることとなった。
「ふふっ、エスコートありがとうございました。楽しい散歩になりましたね」
「確かにチェスをしてた辺りは楽しかったが…今は有栖に言われたことをこなすためにどうするかで頭がいっぱいだ…」
「楽しみにしていますよ。それでは…」
有栖が部屋に入ろうと、部屋の鍵を取り出したその時、有栖はとある人物に話しかけられた。
「坂柳、ここにいたのか。探したぞ」
「あら、真島先生ではありませんか。どうされましたか?」
有栖に話しかけた人物、それはAクラスの担任である真島先生であった。俺はあまり出会ったことがないので分からないが、その様子を見る限り、他のクラスの担任と比べると、一番学校の先生らしい様子をしていた。
「坂柳、お前はここで待機になる。少し待っていなさい」
「それはどういうことでしょうか?」
「不可解に思うかもしれないが少し待っていなさい。それに一度私は全体に説明にもいかないといけないから時間がないんだ。とりあえず待っていなさい」
「しかし、私が納得できません。納得できる理由をお話し頂かなければ、私はここで待機するつもりはありません」
突然告げられたことに納得がいかないと拒否をする有栖であったが、真島先生はそんなことは意に介さず、淡々と言葉を告げる。
「では、簡潔に伝えよう。今回は君の身体に関してのことだ。今回のこの行事参加も随分と理事長に訴えかけてなんとか許可を降ろしてもらったのだろう。しかしその際に交換条件として、我々教員の指示には必ず従ってもらうという取り決めをしたと聞いている。これで納得のいく回答を得られたか?」
真島先生の言葉に言い返すことが出来なくなり、有栖は苦虫を噛み潰したような表情をしていた。話を聞くに、本当は有栖はこの旅に参加できなかったのだろう。しかし、反対を押し切ってここにやってきた。しかしその参加を認める代わりに、有栖にとって少しでも危ないと判断されたことはさせないというのが条件なんだろう。
しかし、その話を聞いても有栖は納得がいかないようで、渋っていたので、俺からも有栖にここで待っているように言っておく。
「仕方ないだろ、それが有栖がここに来るために行った交換条件なら。しばらく待ってなよ。代わりに俺が有栖に面白い土産話持って来るから」
有栖だって行きたいだろうが、ここて無茶をされる方が不安になる。
「…分かりました。では司くんの持って来る土産話を楽しみにしてるので、しっかりと面白い話を持ってきてくださいね?」
「ああ。面白い話を持ってこれるように頑張るさ」
ようやく有栖は待機することを認めた。これには真島先生も安心したようだった。
「なんとか分かってくれたようだな。そして、君は…確かDクラス所属の桐生だったな。そろそろ時間が迫っている。君は先に行きなさい。遅れるとクラスポイントが減点されてしまうぞ」
真島先生に言われたので時計を見て見ると、集合時刻の10分前ほどであった。
「やばっ…じゃあ俺はもう行くよ。それじゃあ、また後でな」
有栖に簡潔にあいさつして俺は船内を駆け出したのだった。
次回投稿についてですが、これから二週間、作者テスト週間につき、更新がかなり遅くなると思われます
おそらく、2月10日あたりに次の投稿はなりますが、ご容赦ください
同時にこのテストが終わると春休みになるので、今までの話の地の文を直す作業もしていきますので、よろしくお願いします