「桐生くん、私の派閥に属していただけませんか?」
それはあまりに突然の話で桐生は何のことか把握するのに時間がかかった。
「…派閥とは?」
「あら、聡明な桐生くんでしたら知っておられると思っていましたので説明を省いてしまいました。突然の話で申し訳ありません。今しがた説明させていただきます。」
桐生は知らないと口を濁していたが、桐生自身この派閥に関して少しは知っていた。現Aクラスは二つの派閥がひしめいていると。
一つは葛城派。保守的意識を持つ派閥で、自ら攻めて行くことをしなく、身を固めたい面々が集まっている。派閥を率いている葛城は用心深い男で、隙をなかなか晒さない大男だと聞いている。
そして一つは目の前にいる華奢な女の子、坂柳率いる坂柳派。葛城派とは真逆の考え方をする人たちの集まりで好戦的、革新派であると聞いている。
Aクラスはすでにこの二つの派閥争いが展開されており、日夜対立しているらしい。だが対立とは言っても表ではなく水面下で火花を散らしているようだが。
ちなみにこの話を桐生は椎名から聞いた。曰く椎名が図書館に向かっているときにこの二つの派閥のメンバーがもめているのを見たらしい。この話は次第に他クラスにも広がっていき、多くの生徒たちが知っていた。
そして今回桐生が驚いたのは坂柳が桐生を誘ってきたことだった。
坂柳は普段他クラスの生徒と関わることがないため、多くの生徒がその容姿を知らない。その上派閥内でも厳しいところがあり、自ら勧誘するというのは聞いたこともなかったからだ。
「……というわけで理解していただくことはできましたか?」
どうやら長考している間に坂柳は説明を終えたようだ。返答をしておかなければならないため返答する。
「…ああ、理解できたよ。それにしても坂柳はどうしてクラス内での争いをしているにも関わらず、他クラスである俺のことを仲間に引き入れようとしているんだ?」
素直に気になっている点を坂柳にぶつけてみた。確かにクラス内で対立しているのにわざわざ他クラスであまり関係しないであろう人物を自ら交渉するのはよくわからない。メリットがあまりないように感じたために桐生は質問したのだった。
「確かに桐生くんは他クラスの方です。Aクラスの覇権争いには関係ありません。」
「ならなぜ誘ったんだ?」
しばらく間を置いてから坂柳は話す。
「簡単な話です。この学校はただクラスメートと仲良くすれば良いという学校ではありません。かといって他クラスと仲良くすれば良いものではありません。そこは桐生くんもわかっていますね?」
今のところ坂柳の話は矛盾しているようだが、何か真意があっての話なのだろう。深くは突っ込まず考えてみる。
確かに今までの学校の様子から少しづつ桐生は察していた。明らかにこの学校はおかしい。ただの高校ではないことは普段の授業を受けていれば何と無くわかる。教師たちはその情報を少しづつ開示し、生徒たちに気付かせるようにしている。多くの生徒はそんな思惑に気がついていないようだが。
「ああ、確かにそれは感じていた。だがそれなら他クラスの誰であっても良さそうだが、何故俺を勧誘したんだ?」
「簡単な話です。これからの学園生活でのことを考えたとき、あなたを味方にしておけば面白くなりそうだからですよ。」
「全体像が見えてこない。何を示したいんだ?」
「そうですね。これからの学園生活は自らを生き残らせるために他人をふるい落す生活となります。そのときにあなたというカードがいれば随分と撹乱が出来そうですのでそれが目的ですね。それにあなたを放置しておくのはよろしくないという私の本能的な直感ですね。放置していればあなたはいずれ私に牙を剥く、そんな予感がしたのです。」
「さらに質問するが、俺が坂柳の派閥に属したときのメリットは何があるんだ?メリットがなければ協力をする理由もないからな。」
「そうですね、定期的に私とあって話ができますよ?」
冗談で言っているのか分からないが笑みを浮かべながら坂柳は話した。確かにこんなに可愛い子と毎週お茶できるなら男子高校生として嬉しいことであるが、今回は交渉をしているので真面目に返す。
「たしかに坂柳のような美人な人とお茶出来るのは嬉しい話だが、その坂柳の話す抗争に於いてのメリットはないのか?」
美人という言葉に少しだけ反応したが、すぐに先ほどまでの交渉をする顔に戻り言葉を続ける。
「まあ、私のことを美人だなんて言ってもらえるなんて嬉しい話です。ですがその言葉は人の心を乱してしまう可能性がありますのでお気をつけてくださいね。少し話がずれましたが話を戻しましょう。先ほど話した私とこうして話をする事に関してですが、私が入手した情報を仕入れることができます。私とて派閥を束ねるリーダーをさせてもらっていますので多くの情報を手に入れることがあります。その中でも有用な情報をあなたに差し上げましょう。情報の信頼性を確認するために、今ここで一つ情報を言わせていただいても構いません。」
「…それは聞いたからといって派閥に入ることを強要しないのか?」
「ええ。ここで脅しても桐生くんは嫌々としか従わないでしょう。それでは面白くないのです。桐生くんが望んで所属してくれることを私個人は望んでいます。その方が確実に面白いでしょうから。」
先ほどまでの不気味な笑みがさらに不気味さを増したような気がする。聞いたことによってのデメリットはなさそうなため、聞いてみることにした。
「それなら教えてもらってもいいか?」
「はい、よろしいですよ。では、来週から起こることを少しお教えしましょう。」
来週?来週からは五月に入るが、特にこれといった学校行事の予定もないし、何もなさそうだが…
「来週、私たちには必ずしも10万ポイントが入るとは限りません。それなりに差し引かれたポイントがプライベートポイントとして入ってくるでしょう。」
これまた驚きの情報が入ってきた。10万ポイントが入るとは限らないなんて普通の生徒が聞いたら驚きで声を上げそうだが、ここはカフェであって交渉中なので驚きの声を押し殺して質問をする。
「どうしてそう断言できるんだ?」
「簡単な話です。桐生くんは気がついてるでしょう。欠課、遅刻、授業中の私語に携帯に触れること、さまざまな問題がこの学校では注意されません。それこそおかしな話であると桐生くんは思いませんか?」
確かに疑問に思っていたが…そこに深い意味があるとは考えていなかった。それこそ義務教育は終わったためできて当然、それをしない人は知らないといったスタンスなのかもしれないと思っていた。
「その反応が当然です。普通に生活をしていれば疑問に思うことはあれど、わざわざ先生に質問をしたりなんてしません。確かに私も最初はそうでした。ですが、あるときその回数をしっかりと数えていることに私は気がつきました。そのことを桐生くんはお気づきでしたか?」
注意することはしていたが、まさか回数をしっかりと数えていたなんて気がつきもしなかった。確かに思い出してみると、初日に茶柱先生は毎月10万ポイントを支給するとは言っていなかった。ポイントを支給すると言っていただけだった。それなら0ポイントを支給するといったこともありえるだろう。それらを鑑みてみるとこの話は十分に考えられることであるだろう。
「確かに今までの先生の言葉を考えてみればおかしくないような発言だ。かなり信憑性は高いだろう。」
「そうですね。そうでなければ学校法人としてあまりに適当すぎますもの。」
「だがその予想が外れている可能性はありえる。」
確かに坂柳の話していたことは間違っていない可能性が高いだろう。でもそれは可能性が高いだけであって絶対に正しいとは言えない。そこを指摘してみたが坂柳は桐生が予想していた反応とは違う反応を示した。
「そうですね。あくまで今の私が提示した情報は真である確率が高いだけであって偽である可能性は否定できません。」
すんなりとそこを認めた。何かしら否定すると思っていたため、拍子抜けであったが桐生は続けて話をする。
「そこで、だ。もしこの情報が偽であり、ポイントが変動されなかったならば、俺は坂柳の派閥には入らないし、協力もしないがそこはいいか?」
「はい。私はこの情報が間違っていないと確信しておりますが、もしも、万が一にもこの情報が間違っていたのなら桐生くんを勧誘する資格がないと私は理解しています。そのようなことはないと思いますけどね。」
どうやら情報は確かなものだと確信しているらしい。このときの坂柳の笑っている顔は談笑しているときの笑顔ではない別の恐ろしさを感じさせられるような笑顔であった。
だがしかし、次の桐生の言葉を受けてその笑みは消えた。
「そして、この情報が間違っていなかったとき、つまり正しかったとき、そのときも俺は坂柳の派閥には入らない。」
「………それはどういうつもりで…?」
先ほどまで笑っていた顔が驚きに満ちた顔に変わる。流石にこの返答が返ってくるなんて思いもしなかったのだろう。確かに先ほどの話し方から間違っていなかったときは派閥に入る、そう言うと信じていたのだろうと考えられる。坂柳にしては珍しく、ほんの少し取り乱した様子が伺えた。
「驚いているのは分かるが、最後まで話を聞いてみてくれ。俺はAクラスの派閥争いに興味はない。実際問題どちらの派閥が勝ち、Aクラスの覇権を取ろうとも一切の利益は俺に訪れないからな。だが、俺も今目の前にいる人物、坂柳について興味を持っている。俺が考えないようなことをしてみたりしそうで、この三年間で随分と面白いことをしてくれそうだからな。」
「あら、私と同じ考えを抱いていたなんて面白いですね。同じ考えを抱いているなんて私たちは意外と考えが似ているのかもしれませんね。ですが素直に私に興味を抱いてもらえていることは嬉しいことです。ありがとうございます。」
そう話した坂柳は先ほどまでの少し動揺してしていた様子は見られなく、普段通りの坂柳の様子を見せていた。
「だからだ。俺が提案するのは、俺は坂柳の派閥には属さないが、坂柳個人の協力をするということだ。それならば友人の手伝いをしているとなるため問題ない。」
「つまり派閥には入らず、個人の友人として手伝ってくださるということですか?譬えそれが派閥に関することであっても?」
「ああ。俺は集団で何かするということが好きではないからな。単独もしくは少数で動くのが好きなんだ。」
「なるほど、そうですか。やっぱりあなたは私が予想もしない返答をしてくださいました。私もその提案に反対意見はありません。その条件を呑みましょう。」
「理解が早くて助かる。」
「こちらこそ助かります。」
「まだ絶対に協力するとは決まっていないけど?」
「いえ、絶対ですよ。先ほども話しましたが、今回開示した情報は私が持っている情報の中でも最も確信を抱いている情報ですので。」
坂柳は傍にあるカフェラテを飲みながら優雅に言う。交渉に成功したという表情で先ほどまでの含みのある笑みではなく、心の底から満足したという笑みを浮かべていた。
まだ決まってはいないんだがな…まあいいか。おそらくこの様子だと本当なんだろう。そうなると来月からポイントがなさそうな予感しかしないんだがどうしようか…
「どうしましたか?何だか嫌なことを思い出してしまったような顔をされて。何かありましたか?」
どうやら俺の焦りが表情に出ていたらしい。心配されるほどとはなかなか俺も焦っているのだろう。
「いや…そのルールだと来月俺のポイント0ポイントの予感がしてだな…」
「…それほどDクラスはよろしくないのですか?」
流石に0ポイントと聞いて坂柳も驚いていた。査定がどうなのかはっきりしていないが今までのDクラスの行動を見ていたらその予感がして止まなかった。もし仮に桐生が査定する側ならDクラスには0ポイントにする自信があった。そのことを話すと坂柳と苦笑いを浮かべていた。
「それは大変ですね。ポイントがなければ生活をするにも困りますからね。もし桐生くんが困ったならば私が多少なりとポイントを譲渡してもよろしいですよ?」
「流石にそこまではしたくないが…本気で困ったらお願いするかもしれないな。」
「ふふっ、そのときはいってくださいね?」
流石に他クラスの生徒にポイントを借りて生活するというのは虚しいものだが、何とかそうならないようにこれからしていかないといけないと思った桐生であった。
高度育成高等学校学生データベース
氏名 桐生 司
学籍番号 S01T004736
部活 無所属
誕生日 12月29日
評価
学力 B +
知性 B
判断力 B−
身体能力 B
協調性 C+
面接官コメント
本人からやる気が感じられないが、その能力は高く本来であればB、またはAクラスに相応する能力を保有している。筆記試験、面接などもそつなくこなしており、やはりポテンシャルの高さをうかがわせるが、気分屋なのか途中からやる気をなくす場面も見受けられると中学からの情報には書かれているためDクラスの配属とし、本人のやる気を出させることを期待する。