千冬たちに祝われながら、簪はふと思い出したように本音を見詰めた。いきなり見つめられた本音は、首を傾げながらもニコニコと笑みを浮かべている。
「どうしたの、かんちゃん?」
「確か昨日までお姉ちゃんも虚さんも学園にいなかったから、生徒会の仕事が溜まってるんじゃなかったっけ?」
「そうだっけ? 私は何も言われてないから、良く分からないな~。というか、おね~ちゃんも学校に来てなかったの?」
「お姉ちゃんがロシア政府に呼び出されて、虚さんは本家からの連絡で休んでたんだよ」
知らなかったのと言外に問い掛けた簪だったが、本音はその問いかけには答えず別の事を考えていた。
「おね~ちゃんが楯無様の代わり? 普通かんちゃんじゃないの?」
「私よりも虚さんの方が頼りになるって思われてるんでしょ。実際私なんかよりお姉ちゃんの思考を理解してるわけだし、私を呼びつけるよりも虚さんの方が確実だと思ったんだと思うよ」
「そうかな? 普通ならご当主様の妹であるかんちゃんを呼ぶべきだと私は思う。それをしなかったって事は、何か裏があったんじゃないかって」
「裏って?」
「具体的には分からないけど……例えば、現楯無様に対する謀反とか?」
「……ちょっとありえそうかも」
自由奔放に振る舞っている楯無の事を気に入らないと思ってる大人たちは大勢いる事は簪もよく知っている。そもそも楯無襲名の際にはいろいろと問題があったのだから、未だにその火種が燻っていても不思議ではないのだ。
「あとでおね~ちゃんに何の用事だったか聞いてみる?」
「本音の想像が当たっていたとしても、虚さんが教えてくれるとは思えないけど」
「そりゃそうだよね~。さて、気にしても無駄な事は気にしないことにして、ケーキを食べよう」
「まだ食べるの?」
「せっかくただなんだから、食べられるだけ食べるよ~」
本音は既に五個食べているのだが、彼女はまだ食べ足りないらしいと、簪は苦笑いを浮かべながらお茶を啜る。
「なぁ簪」
「なに、千冬?」
「お前の姉さんと一夏兄は知り合いなんだよな?」
「そう聞いてるし、実際に織斑先生がお姉ちゃんと話してるところも見たことがあるよ」
千冬が何を気にしているのか分からない簪は、慎重に言葉を選びながら千冬の問いかけに答える。
「お前の姉さんということは、それなりに美人なんだろ?」
「私のお姉ちゃんだから、って意味はよく分からないけど、人懐っこい笑顔で人気は高いみたいだよ? まぁ実際に手を出すような男の人はいないけど」
「今の世の中、女性に手を出そうとする男なんていないだろ。下手をすれば裁判抜きで有罪になりかねない世の中なんだから」
別に全ての女性が無条件で偉いわけではないのだという事は千冬も簪も理解しているが、自分は偉いと勘違いして誰彼構わず当たり散らす女性が目立っているのだ。その所為で、一般社会における男性の地位は、ますます下がっているのだ。
「一夏兄や束さんがどうにかすれば変わるのかもしれないが、束さんは何もしないだろうし、一夏兄が介入したらますますややこしくなりそうだしな」
「それで、お姉ちゃんと織斑先生が知り合いだっていう話とそれとは、何の関係があるの?」
「おっと、話が逸れたな」
一度謝ってから、千冬は真面目な表情で簪を見詰める。簪も千冬につられたのか、真剣な眼差しを千冬に向けて彼女の言葉を待つ。
「お前の姉さんに一夏兄が惚れる可能性はあると思うか?」
「……はい?」
「だから、お前の姉さんと一夏兄が付き合う可能性はあるのかと聞いているんだ」
「いや、うん……聞こえなかったわけじゃないよ」
簪としては、呆気に取られて答えられなかっただけで、千冬の意図した事はしっかりと伝わっており、そんな心配はないんじゃないかなと思っているのだ。
「お姉ちゃんが織斑先生に惚れてる可能性はあるかもしれないけど、織斑先生がお姉ちゃんに惚れる事は無いと思うよ? 織斑先生にとって、お姉ちゃんは妹分のような感じだしさ」
「そうか、よかった」
「というか、織斑先生とお姉ちゃん、幾つ離れてると思ってるの?」
「愛に年の差なんて関係ないだろ? 実際数十歳離れた夫婦というのだって存在するんだ」
「ウチの事情を知っている織斑先生が、わざわざそんな世界に飛び込むとは思えないし、お姉ちゃんだって織斑先生をこれ以上家の事情に巻き込もうとは思ってないだろうしさ」
「そういえば『更識家』というのは、いろいろとあるらしいな」
「うん……でも、私はあんまり関係ないよ。当主はお姉ちゃんが継いだし、私は婿取りじゃなくて嫁入りだろうし」
「旧家名家というのも大変そうだな」
「まぁ、今の時代に合っては無いと私も思ってるよ」
千冬と一緒に苦笑いを浮かべて、簪はこの話題を終わらせたのだった。
旧家名家は大変でしょうし