無事に終業式も終わり、明日からいよいよ夏休みだというのに、楯無の表情は暗いままだった。
「どうしたの、たっちゃん? 明日から夏休みだっていうのに暗い顔して」
「薫子ちゃん……私にもいろいろあるのよ。というか、まだ生徒会業務が終わってないから、夏休み気分になれないのもあるのかもね」
「あー、たっちゃん忙しそうだったもんね」
「しょっちゅうロシアに呼び出されたり、家の問題もあったりしてで、まともに一学期は学校に顔を出せなかったし」
「でも、私は結構たっちゃんの事を見た気がするけど」
「そりゃルームメイトだもの」
何を当然のことをと言わんばかりの楯無の言葉に、薫子は笑顔で頷く。
「と・こ・ろ・で」
「な、なによ?」
「たっちゃんと織斑先生の関係って? なんか妙に親しくしてるのを見かけたんだけど」
「普通よ普通。普通に先輩と後輩ってだけ」
「ホントにー? 教師だろうが大人を信用していないたっちゃんが、織斑先生は信用しているように思えるのは私の気のせいなのかしらねー?」
「……家の事情が絡むから詳しくは教えられないけど、一夏先輩は私たちの周りにいた大人とは違うからよ」
「うーん……欲しかった答えとは違ったけど、まぁ良いわ」
「……欲しかった答えって何よ?」
楯無が睨むようにして薫子を見詰めると、薫子は悪びれた様子もなく言い放った。
「そりゃもちろん、異性として意識してるとか、そういった類の答えよ」
「バっ!? そんなわけ無いじゃないの!」
「慌てて否定する所が怪しいけど、まぁ織斑先生だもんね~。たっちゃんが魅了されちゃっても仕方ないとは思うけど、あの人と付き合うなら、大天災と重度のブラコンに認めてもらわないといけないわけだし、ハードルは高そうよね~」
「だから違うって言ってるでしょ!」
「はいはい、そういう事にしておいてあげるから、早く生徒会室に行った方が良いんじゃない? また布仏先輩に怒られちゃうわよ」
「……薫子ちゃんが根も葉もないことを記事にしようとしてるって、虚ちゃんに教えちゃうからね」
「そ、そんな事してないでしょ!? というか、布仏先輩に言うのは止めてください……」
薫子にとって虚は天敵なのか、楯無がこうして脅せば大抵の場合は大人しくなるのだ。今回も虚の名前を楯無が出しただけで大人しくなったので、困った時は虚に頼めば何とかなると楯無は思っているのだった。
「それじゃあ私は実家に帰るから、部屋を漁ったりしないでよね。別に何にもないけど、なんとなく嫌だから言うけど」
「そんなこと言われると、何か隠してるんじゃないかって思っちゃうんだけど?」
「何も無いからね! それじゃあ、また二学期に」
慌てて去っていく薫子を見送って、楯無は重い足取りで生徒会室へと向かった。
「はぁ……」
「お前がため息とは珍しいな」
「い、一夏先輩っ!? 驚かさないでくださいよ」
「普通に話しかけただけなんだが?」
まさか一夏がいるとは思っていなかったので、楯無は必要以上に驚いてしまった。だがすぐに落ち着きを取り戻し、一夏の顔を見詰める。
「それで、今度はどんな無理難題を持ってきたんですか?」
「特に何も持ってきてはいない。終業式が終わったのに顔色が晴れないお前を心配して手伝いに来たんだが、必要なさそうだな」
「お願いします、手伝ってください! このままじゃ夏休みに入っても生徒会室に缶詰めになっちゃいますよ」
「そんなには無いだろ……まぁ、日本政府の連中がちょっかいを出してきてるから、あり得なくはないのかもしれないが」
「何で生徒会室に文句が来るんですか……学園で処理してくださいよね」
「そんな事は学園長に言え。俺に言われても知らん」
楯無のクレームを完全に無視して、一夏は積まれている書類に手を伸ばし、物凄い速度でその山を崩していく。
「相変わらず凄いスピードですね……」
「お前も見てないで片付けろ。そもそもお前の仕事だろうが」
「政府の横槍の処理は、私の仕事じゃないですよ」
文句を言いながらも、楯無も書類の山を崩していく。もちろん、一夏程の速度は無いが、彼女もそれなりの速度で片づけていくのだった。
「そういえば虚ちゃん、遅いわね」
「あぁ、布仏ならナターシャの相手を任せたから来ないぞ」
「えぇ!? 私もそっちが良かったな……」
「サボるな、生徒会長」
「好きでやってるわけじゃないですよ~。偶々前の生徒会長に勝っちゃったからやってるだけで、私の意思で会長職を継いだわけじゃないんですから」
「生徒会長の定義を知っていて勝負を仕掛けたんだろ? だったら文句を言うな」
「はーい……」
IS学園の生徒会長は学園最強の人物だという事を知って勝負を仕掛けたのは確かなので、楯無はそれ以上文句を言えなくなり、渋々と作業を再開したのだった。
IS学園の生徒会長は最強であるべし