簪と本音が完全に生徒会室から離れたのを確認してから、楯無は一夏に困ったような表情で尋ねた。
「本当に伝えたかった事は、あの二人には受け止められなかったですかね?」
「全て終わってからでも遅くはないだろ」
「そうかもしれないですけど……でも、簪ちゃんだってお父さんの事大好きだったから、もし病死じゃなかったらって思うと……」
「学園にいる限りは、いくら暗部組織だろうと手は出せない。簪はここにいた方が安全だとお前だって納得しただろうが」
「そうなんですけど……危ない目に遭うのは私と虚ちゃんだけで十分です」
「私は良いんですか?」
「だって、私が動けば虚ちゃんだって動かざるを得ないでしょ?」
ニンマリと笑みを浮かべる楯無に、虚は「仕方ないですね」といった感じの笑みで応えた。
「そっちも大変だけど、今はナターシャさんの事件で暗躍してた組織の壊滅が先かしらね」
「そっちは束にも調べさせているから、お前らは判明してから動けばいい。だから今は、思う存分夏休みを満喫すると良い」
「そうは言っても先輩……私、明日からロシアで合宿なんですけど」
「国家代表として、国の品位を落とさないように気を付けてくださいよ?」
「何よそれっ!? 私がそんなことすると思ってるの?」
「えぇ」
冗談めかして尋ねた楯無だったが、虚に即答されてしまい本気で泣きたくなり、一夏にしがみついた。
「一夏先輩、虚ちゃんが苛める!」
「苛めてません! お嬢様ならありえそうだと言っただけです」
「まぁ、楯無も時と場合を弁えているだろうから、虚もあんまり追い打ちをかけてやるな。それから楯無、何時までくっついてるつもりだ」
「こんな時でもないと、一夏先輩に抱きつけませんからね。もうちょっとだけ」
誰かに甘える事など、立場的に出来ない楯無が一夏には甘えている。そんな光景を虚は少し複雑な思いで眺めていた。
「(お嬢様も頑張っているとはいえまだ高校生。誰かに甘えたい時もあるのでしょう。そしてその相手に、私では不足しているということでしょうね……)」
自分も高校生だという事を棚上げしてショックを受けている虚に、一夏が困ったような笑みを浮かべる。
「気負うのは良いが、少し余裕を持っていないと、いざという時困るぞ」
「はい? 一夏先輩、どうかしました?」
「いや、刀奈じゃない」
「……そうですね。私も、織斑先生に甘えさせてもらいます」
「虚ちゃんまで……? 何なのよ、いったい」
一人状況が理解出来ていない楯無は、頬を膨らませて二人を睨みつけたが、二人は顔を見合わせて噴き出しただけだったのだ。
部屋に戻ってきた本音は、廊下に誰もいないのを確認してから部屋の鍵をかけた。
「本音、警戒し過ぎじゃない?」
「だって、かんちゃんも狙われるかもしれないんだよっ!? 警戒して当然だよ!」
「そう…なんだ……」
妙にやる気を出している本音に、簪は少し圧倒されてしまった。普段ののほほんとした空気は全く無く、今の本音には油断も隙も無い。
「おと~さんが『かんちゃんの側から離れるな』って言ってきたのは、この事を知ってたからだろうね」
「まぁ小父さんの立場なら、お姉ちゃんや虚さんから聞いてて当然だし、そうだったかもしれないけどさ……何で私のベッドに入ってくるわけ? 自分の使いなよ」
「だって、いざという時、かんちゃんの側にいられなかったら困るしね」
「部屋の鍵をかけて、窓も閉まってるんだから、部屋の中に侵入してくるような人はいないと思うけど。それに、部外者が敷地内に入った時点で、織斑先生が動くだろうし」
「確かに織斑先生は強いけど、かんちゃん一人だけを見てるわけじゃないし、あの人だって一応人間だから、万が一があるかもしれないじゃないか」
「一応って……」
簪も薄々は人外だと思っていたが、本音もそんな風に思っていたなんてと、少なからず衝撃を受けた。
「とにかく、夏休みの間はずっとかんちゃんと一緒に行動するから。もちろんトイレも!」
「それはさすがにやりすぎ! 少しくらい余裕を持たないと駄目だよ!?」
「かんちゃんを守る為に私はここにいるんだから」
「普段怠けてるのに、何でこんなに極端になるのさ……中間くらいで良いよ」
「……かんちゃんがそう言うなら、もう少し怠けさせてもらおうかな~」
「だから、その中間くらいは無いわけ? ゼロか百かしかないの、本音は……」
いきなり弛緩した空気を醸し出した本音に、簪は本気でため息を吐いた。
「これだって結構大変なんだよ~? 警戒しながらだらけるのって」
「警戒してるの? 私にはいつも通り、怠けてるようにしか見えないんだけど」
「だから、何時も通り怠けながら警戒してるんだよ~。この方が敵さんも油断してくれるだろうしね~」
何も考えていないようで考えていたのかと、簪は本音に対する評価を検める事にしたのだった。
ある意味一番すごい気がしないでもない……