千冬からの誘いの電話が切れて暫く、簪は携帯を眺めていた。
「かんちゃん、携帯を見詰めてどうしたの~?」
「今千冬から朝の運動を一緒にしないかって誘われて、答える暇もなく電話が切れちゃったんだよね」
「ほえ~、それでかんちゃんは一緒に運動するの?」
「あの二人と一緒に運動なんてしたら、授業に出る体力も無くなりそうだし」
「まぁあの二人は体力バカだってリンリンが言ってたし、まややの授業では寝てたりしてるからね~」
さすがに一夏の授業の時は、背筋をしっかりと伸ばして真面目に授業に出ているが、一夏のいない真耶の授業では寝てたりしていると、簪は本音から聞かされて少し驚いた。
「あの二人も疲れたりするんだ」
「かんちゃんはおりむ~とシノノンを何だと思ってるの~? 同じ人間なんだし、疲れるのは当たり前だよ~」
「それはそうだけどさ……だってあの『織斑一夏』と『篠ノ之束』の妹だよ? 疲れ知らずなのかもって思っても不思議じゃないでしょ?」
「そんな事言ったら、かんちゃんだってあの『更識楯無』の妹なんだよ~? 他の人にどう思われているか、かんちゃんだって知らないわけじゃないでしょ~?」
「うん……散々比べられてきたから……あっ」
「そっ。それはあくまでも偏見で、実際はそうじゃないって事、かんちゃんが一番よく知ってるでしょ」
「まさか本音に教えられるとはね」
「なんだよそれ~! せっかくかんちゃんの事を励まそうとしたのに~!」
ポカポカと、余った袖で簪を叩く本音の表情は楽しそうに笑っている。簪の方も、先ほどまでの沈んだ表情から打って変わり、楽しそうなになっている。
「そういうわけだから、本音も明日の朝、一緒に運動しよう」
「それは別にいいけど、朝って何時~?」
「えっと確か……六時に中庭で待ってるって千冬は言ってたけど」
「そんな時間に起きられるわけ無いよ~」
「頑張って起きてね。本音は私の護衛なんだから」
ここぞとばかりに「頼りにしてる」と言いたげな視線を本音に向ける簪。その視線の意味を正確に受け取った本音は、困ったように頬を掻く。
「かんちゃんに頼られるのは嬉しいけど、自力で起きられる自信が無いよ~」
「じゃあ、私が起こしてあげる」
「ほえ~……かんちゃんがやる気になってるよ~」
こうなった簪を止める事など出来ないと、長年の付き合いで理解している本音は、出来るだけ頑張って起きる努力をしてみようと決意した。
「とりあえずは頑張って起きようとしてみるけど、ダメだったら置いてっていいからね~」
「そういって、最初っから起きるつもりがないんでしょ?」
「そんなこと無いよ~。スパイがいるかもしれないって場所に、かんちゃんを一人で行かせるつもりなんてないよ」
「あの二人は疑わしいわけでもないし、本音がそこまで警戒するような相手じゃないよ?」
「何処で見られてるか分からないんだし、出来るだけかんちゃんと一緒に行動するようにってお父さんから言われてるんだよ~」
「小父さんから? 相変わらず心配性なんだから」
「ご当主様やその妹君を守るのは布仏家の仕事だって、メールで口酸っぱく言われてるんだよ~。だから、出来るだけかんちゃんと一緒に行動しなきゃ、主に私のお小遣いの為にも」
「理由はやっぱり本音らしいね」
取ってつけたような理由だが、簪は信じてくれたようだと、本音は内心ホッとしていた。
「(まさか楯無様から厳しく言われたなんて言えないしね)」
生徒会室で敵はスパイだけではないと教えられたと言えないので、本音は自分らしい理由を考えて簪に信じ込ませたのだ。
「それじゃあ、本音のお小遣いの為にも、明日の朝は早起きしなきゃね。私だけで運動してたら、本音のお小遣いが減っちゃうんでしょ?」
「何処で見てるのか分からないけど、私の動きはお父さんたちに逐一報告されてるんだよね」
「あの人がいるのかな?」
「でも、織斑せんせ~が気配を掴めてないわけ無いし、いるのならIS学園に正式に許可をもらってという事になるよ~? いくら暗部組織でも、そんな事を認めさせることが出来るのかな~?」
「確かに……学園だけならともかく、織斑先生がお金で買収されるとも思えないし……」
「おね~ちゃんが見張ってるのかもしれない。それだったら辻褄があう!」
「虚さんだって、本音の事をずっと見てる程暇じゃないと思うんだけど」
「じゃあかんちゃんがお父さんに報告してるの?」
「私は本音がサボってる事でお小遣いが減らされるなんて知らなかったんだけどな? そんなに疑うなら、今から小父さんに電話して本音がサボってる事を報告するよ?」
「かんちゃんが私の事をお父さんに報告してるわけないよね!」
今まで散々サボってきたのが父にバレれば、本気でお小遣いが減らされてしまうと焦った本音は、急いでこの話題を終わらせたのだった。
脅されてあっさりと諦める本音……