土曜日の一日を使い課題を片付けた千冬たちは、簪の訓練を手伝うべくアリーナに来ていた。
「昨日は私たちが簪の世話になったから、今日は私たちが簪の相手をする番だな」
「といっても、普通に戦ったら簪には勝てないからな、私たちは」
「そりゃ簪は一夏兄の後釜を期待されてるだけの逸材だぞ。私たちより強くて当然じゃないか」
「そうだな」
このやり取りは何百回とやっているので、箒の方もツッコミをせずに受け流す事にしているのだ。その所為で千冬が調子づいていると分かってはいるのだが、相手をするのが面倒だという気持ちが勝ってしまっているのだった。
「今日はわざわざありがとう。こうして違う相手と訓練する事で、少しでもお姉ちゃんに近づけると思うんだ」
「簪のお姉さんって、生徒会長だろ? もし簪が生徒会長に勝ったら、簪が生徒会長になるのか?」
「お姉ちゃんはあんまりやりたがってないから、もし挑んだらわざと負けるかもしれないって思ってるから、本気で戦ってくれる場面までは勝負を挑むつもりは無いよ」
「あの人は一夏さんに助けてもらってるとか言ってたしな。会長職を簪に取られたら、堂々とサボりまくると思うぞ、私も」
「だよね」
箒の言葉に同意し、簪は疲れ切ったような表情を浮かべ苦笑いを浮かべた。そこで箒は、本音の姿が何処にもない事に気が付き、視線を彷徨わせた。
「どうしたの?」
「いや、本音の姿が見当たらないなと思って」
「本音は虚さんに連れていかれた。何でも、サボらないようにお姉ちゃんを見張る為の人員補強だとか言ってたけど、本音で役に立つのかは微妙だよね」
「簪の姉さんは、随分とサボりたがりなんだな」
「基本的に面倒事が嫌いだからね、お姉ちゃんは」
「まぁ、私たちも面倒事は極力避けたいと思っているがな」
それは当然と言いたげな表情で力強く頷いた千冬に、簪は引き攣った笑みで応えた。確かに面倒事は簪も極力避けたいと思っているけど、生徒会長という立場でそれを言う姉をどう思えば良いのか困っているのだろうと、箒は客観的にそんなことを思っていた。
「それじゃあ私たちは交互に簪の相手を務めれば良いんだな?」
「そうだね。千冬と箒は、機体のタイプが違うから訓練にうってつけだと思うし」
「他のメンバーは候補生だもんな。何かと頼み辛いのは分かるぞ」
「というか、簪が頭一つ抜け出しているから、鈴たちは打倒簪を掲げて訓練してるらしいからな。まぁ、シャルロットはあまり乗り気ではないらしいが、ラウラの制御役として参加しているとかなんとか」
「ラウラの扱いはシャルロットが最も長けているからな」
「最近ではクラスメイトからもマスコット扱いされているが、本人が幸せそうにしているから暖かく見守るだけにしてるしな」
「同い年だよね?」
ラウラが自分たちと同い年であることは簪も知っているが、ついついそう尋ねたくなってしまった。それだけラウラに対するクラスメイトの扱いが凄くなってきているのだが、本人が幸せそうだと聞かされ、簪は確認するだけに留めたのだった。
「しかし、あれだけ甘い物を食べて太らないのは、同じ女子として羨ましいな」
「千冬や箒だって、結構食べてるけど太ってないじゃん。何か秘訣があるの?」
「そんなものはない。普通に運動して消費してるだけだろ」
「だがラウラや本音は、それほど運動してるようには見えないのにあのスタイルだろ? 羨むのは当然だと思うがな」
「確かに……ラウラはウエストが細いし、本音は――」
「止めよう簪。それ以上は精神的によろしくない」
「う、うん……ありがとう」
訓練前に精神を乱すのは良くないと分かっていながら、簪は本音の身体の一部分を思い浮かべ心を掻き乱されそうになっていた。それを千冬が寸でのところで現実に引き戻し、簪は心を落ち着かせることに成功したのだ。
「それじゃあ先に、箒に相手してもらおうかな。私は近距離戦が苦手だから」
「苦手と言いつつも、一年生の中でトップクラスだろ? 私や千冬のは、IS戦闘というよりは剣術だからな。それに特化してるといっても過言ではないし、千冬のヤツは最悪銃器で殴ってくるからな」
「あれは止めろと一夏兄に怒られてから、極力してないだろ?」
「追い詰められるとやってるだろうが。素直に負けを認めたらどうなんだ」
「抵抗せずに負けを認めるのは性に合わないんだ。それはお前だって同じだろうが」
「まぁまぁ。今日はそこまで気負わずに戦ってくれればいいから」
あくまで訓練なので、機体を損傷したりするのを避けたい簪としては、窮鼠猫を噛むなんて状況は避けたいのだ。だからあらかじめ気楽にと言っておくことで、多少なりとも二人が冷静に取り組んでくれればと、淡い期待を懐きながら訓練に臨むのだった。
同い年だけど、ラウラと本音はマスコット扱いが妥当でしょう