一夏から許可をもらっているので、簪はアリーナへ向かい歩き出したが、すぐに背後から声をかけられて足を止めた。
「あっ、簪ちゃんみっけ」
「お姉ちゃん? お姉ちゃんのクラスは何をするの?」
「私は生徒会の方で忙しいから、クラスの出し物には参加出来ないのよ。何でもコスプレ喫茶とか言ってたけど、参加出来なくて良かったって思ってるわ、心の底から」
「お姉ちゃんならノリノリでコスプレとかしそうだと思ってた」
「簪ちゃんは私を何だと思ってるの!? で、簪ちゃんは何処かに行くの?」
「織斑先生から許可を貰ったから、アリーナで運動しようと思って」
「一夏先輩がね……」
「お姉ちゃん?」
楯無が何かを考え始めたので、簪は楯無の顔もじっと見つめる。昔からだが、姉が何を考えているのかが気になり、勝手に距離を取っていたんだろうなと、簪はここ数年の気まずさは自分にも原因があったのだと今更ながらに感じていた。
「それじゃあ、私も一緒に行ってもいいかな? 私もすることが無くて暇なのよ」
「お姉ちゃんが? でも、さっきから虚さんが怖い顔してお姉ちゃんの事を睨みつけてるけど?」
「嘘っ!?」
「うん、嘘」
慌てて背後を振り返った楯無を見て、簪は楯無が暇だと言った事が嘘だと理解した。理解した上で、今回の発言が何時ものシスコンから来ているものではないと感じていた。
「何かあるの?」
「別に大したことじゃないわよ。生徒会の出し物に簪ちゃんも参加してもらえないかなーって」
「生徒会の? でも私は生徒会役員じゃないし、何を手伝えばいいの?」
「演劇をする事になったんだけど、裏方がちょっと足りないのよね……だから、本音と一緒に照明やらをやってもらいたいんだけど」
「うーん……」
簪は少し考えてから、それくらいなら問題ないと判断して小さく頷いた。
「ありがとう。これで何とかなるかな」
「でも、私一人が手伝ったところで、人手不足は解消しないと思うんだけど」
「一夏先輩とか、真耶さんとかも手伝ってくれるから」
「織斑先生と山田先生が? どんな演劇なの?」
「普通にシンデレラよ? ちょっと武闘派な感じになるかもだけど」
「どんなシンデレラ?」
武闘派なシンデレラのイメージが出来なかった簪は、素直にその疑問を楯無にぶつけた。
「IS学園ならではの感じにする予定なのよ。だから当日まで簪ちゃんにも教えられないわ」
「それで何となく分かったけど……よく虚さんが許可したよね、反対しそうな感じがするけど」
「私が出した案で、それ以外は虚ちゃんが絶対に嫌がるものにして、仕方なく認めさせたのよ。せっかくの文化祭なのに、堅苦しい出し物ばっかり提案してくるんだもん」
虚としては、生徒会としての立場や責任を考慮して提案していたのだろうが、この姉がそんな事で大人しくなるはずがないと、簪は虚に同情しながら楯無に対してため息を吐いた。
「楽しまなきゃ損じゃない? お客さんを楽しませるのと同時に、自分たちが楽しくないと思い出には残らないだろうしね」
「言ってる事はもっともらしいけど、お姉ちゃんが楽しみたかっただけでしょ?」
「あったりー! さっすが簪ちゃん。お姉ちゃんの事よく分かってる~」
「はぁ……手伝いの件は分かったから、早くお姉ちゃんは持ち場に戻った方が良いんじゃない? 虚さんが探してるんでしょ?」
「別に逃げ出したわけじゃないわよ? ちょっと行き詰っちゃったから息抜きに――」
「お嬢様!」
タイミングよく虚が現れ、楯無は慌てて簪の前から移動し、あっという間に姿が見えなくなってしまった。虚は簪に一礼してから楯無を追いかけていったが、そこで簪は小さな違和感を覚えた。
「今、虚さんわざとお姉ちゃんに気付かれなかった? 声をかけなければお姉ちゃんが虚さんに気付くのももう少し遅れただろうし、虚さんの方が気配を消すのが上手だから、お姉ちゃんを簡単に捕まえる事が出来たはずなのに」
考え出したらきりがないので、簪は自分の疑問を強引に頭から追いやりアリーナへと向かう。途中一組の前を通り、本音が大変そうに資材を運んでいるのが視界に入り、簪は小さく頷いた。
「本音も一生懸命働いてるんだ。普段からああやって動いてくれれば、私ももう少し信用出来るのに」
精神的支えとしては非常に優秀な護衛だが、本音に求められているのはそこだけではないので、簪はいつも「本音で大丈夫なのだろうか」という疑念を懐いているのだ。だからではないが、普段からあれほど働いてくれたと思ってしまったのだ。
「本音の話では、普段から一生懸命働いてるらしいけど、何時もゴロゴロしてるだけにしか見えないんだよね」
それを本音の両親に報告しても、特にお咎めが無いので、簪は一度本気で姉に相談して護衛を変えてもらおうと考えたが、気心の知れた本音だから自分も安心出来るのだと考えなおし、お小遣いの見直しだけを要請したのだった。
本音も少しは頑張ってる……