よそ見をしている間に箒が負けたことは、千冬に少なからず衝撃を与えていた。あの間合いで箒が負けるはずがないという確信と、セシリアでは箒の剣劇に耐えられないという思いがあっただけに、彼女の負けは動揺を誘うだけの効果があるのだ。
「おい箒! いったい何があったんだ!」
「……気がついたらシールドエネルギーがゼロになっていた。オルコットに斬りかかろうと振りかぶるまでは確かにシールドエネルギーはあったはずなんだが……」
「もしかして、斬りかかる寸前ではなく、振りかぶった時から零落白夜を発動させてたのか?」
「あぁ、そうだが?」
箒が当たり前のように答えたので、千冬は急に頭痛を覚えて頭を抑えながらため息を吐いた。
「お前、一夏兄に言われた事を聞いてなかったのか? 零落白夜はシールドエネルギーを大量に消費するから、発動させるのは斬りかかる寸前、刃が相手の機体に当たるちょっと前にしろと言われていただろうが」
「まさかあそこまで消費するとは思っていなかったんだ……」
「それから、オルコットに攻撃されている時間が長かったのも原因だろうな。逃げ回っているだけでもシールドエネルギーはちょっとずつ消費されるわけだし、もう少し早く仕掛けていれば違っただろう。あと、小刻みにステップを踏む癖が出ていたから、途中からお前はオルコットを舐めてかかっていただろ」
「………」
一夏に怒られるならともかく、千冬にここまで怒られるとは思っていなかった箒は、何も反論出来ずに俯いて時間が経つのをひたすらに待っていた。
「私はもうお前が勝つのを確信して目を逸らしていたんだが、まさか最後にそんなヘマを踏むとは思っていなかったぞ」
「私だって零落白夜があそこまで燃費の悪い技だと知っていれば――」
「一夏兄が言っていただろうが」
言い訳をしようとした箒の言葉を遮って、千冬が更なる説教をしようとしたタイミングで、千冬のプライベート・チャネルに通信が入った。
『織斑さん。オルコットさんの準備が整いましたので、アリーナに出てください』
「――分かりました」
まだ言い足りなかったのか、千冬は箒を一睨みしてから真耶の問いかけに返事をし、白檀を展開してピットからアリーナに向かう。
「お前の方が勝てる確率は高かったのにな」
「……すまない」
素直に頭を下げた箒を見てさすがに毒気が抜かれた千冬は、自分は油断しないようにしようと心に決め、アリーナに飛び立つのだった。
千冬と対峙しながら、セシリアは先ほどの試合を思い返していた。あのままやっていれば間違いなく自分が負けていた。それが分かるほどにはセシリアも経験を積んでいる。
「(まさかあのおバカさんがあそこまで強かったとは……噂を集めた限りでは脳筋で挑発すればすぐに乗ってくるようなイメージでしたのに)」
まだ日本に強力な情報網は無いにしても、箒の事を調べるのはセシリアでも簡単だった。何せ有名人の妹なのだから、隠そうとしてもその情報は出回ってしまう。その情報を拾い集め、自分で検証した結果、箒は猪武者ではないかと思い至ったのに、先ほどの試合中は彼女は常に冷静に対応しているように見えた。
「(まさか私が情報収集するのを見越しての情報操作を仕掛けたというのですか? それとも、織斑一夏や篠ノ之束が絡んでいるのでしょうか)」
疑いだしたらきりがないのだが、セシリアは今冷静な判断力を失っている。元々それほど判断力が高いわけではないのに、そこに動揺が加わった事で彼女は混乱しているのだ。
「(とりあえず今度は遠距離戦になるでしょうし、ISに触れて間もない相手に、この私が負けるはずありませんわ!)」
箒を相手にした時は、懐に入り込まれたら負けるという事は何となく分かっていたが、今回の相手は自分と同じ遠距離主体の機体だという事は調べがついている。同じ土俵なら稼働時間が圧倒的に長い自分が有利だと、セシリアは信じて疑っていなかった。
「(サービスで一撃くらい当たってあげても良いんでしょうが、先ほど勝ちを譲られてしまった以上、私の実力に疑いをもたれないためにも、全力で貴女を叩き潰して差し上げますわ!)」
推薦されて然るべき立場だった。だがクラスメイトが推薦したのは織斑一夏と篠ノ之束の妹。知名度で言えば自分以上だろうが、本人たちにやる気はないし、実力もさっぱりだと公言していた。それなのに自分は推薦されることは無かった。それが腹立たしくもあり、悔しくもあったので立ち上がり抗議したのだが、一夏に口で勝てるはずもなくこうして決闘する事になったのだ。
「(私が圧勝すれば、織斑一夏さんは私の事を見直すでしょう)」
憧れている一夏に実力を認めてほしい。セシリアが二人に決闘を挑んだ理由は、ただそれだけだったのだ。
認めてもらおうと必要以上に自分を偉く見せようとするとは……