楯無の手によって保健室に運ばれた簪は、特にすることも無くベッドに横たわっていた。
「(自分が餌だって分かってたけど、何も出来なかったな……せめて、もう少し時間を稼ぐくらいはしたかったのに)」
楯無が到着するまでは、自力で何とか出来るようにしようと思っていたのに、結局は敵に捕まり身動きが取れなくなってしまった自分を恥じ、簪は窓の外に視線を向けた。
「(あの女性、確かオータムとか名乗ってたっけ……どうなったんだろう?)」
普通に考えれば、IS学園に忍び込んだ時点で逃げ場など無いのだが、オータムを捕らえた所で情報を吐くとも思えない。あえて逃がして泳がせるのではないかと考えたが、それだと普通に逃げられてしまう可能性も否定出来ない。楯無がそんな賭けに出るだろうかと首を傾げたところで、保健室の扉が無遠慮にノックされた。
『かんちゃん、入ってもいいかな~?』
「別にいいよ」
ノックの仕方で、外にいるのが本音だと分かっていたので、簪は特に考えることもせず入室を許可した。扉が開かれ本音の姿を確認した簪は、彼女の後ろに一夏がいる事に驚いてしまった。
「織斑先生……」
「具合はどうだ?」
「特に問題はないです……ちょっと苦しかっただけで、特に乱暴されたわけでもありませんから」
「首を絞められたのは十分乱暴だと思うがな」
簪の首に着けられた締め後を見ながら、一夏がため息交じりに簪の言葉を否定した。
「これくらいは覚悟してましたから」
「まさか棺桶に細工されてたなんてね~。舞台上で織斑せんせ~が不思議そうにしてるのを見て、何が起こったのか分からなかったよ~」
「お前は楯無から説明を受けていたんじゃないのか?」
「そうでしたっけ?」
「本音……一応私の護衛役なんだから、もう少ししっかりして」
「努力してるんだけどな~」
「努力してるようには見えないから、私がこうやって本音に言ってるんでしょうが! これ以上は本気でお小遣いの減額を頼むしかなくなるんだからね?」
「それだけは勘弁してください!」
先ほどまで緊張感のない態度だった本音が、鬼気迫る勢いで簪に詰め寄る。まさかこんな反応をされるとは思っていなかったので、簪の方が驚きが大きかった。
「も、もちろん頑張ってくれるなら、私だって鬼じゃないよ」
「頑張る! もっとまじめになるから、どうかお小遣いだけは……」
「兎に角、今はゆっくり休め。布仏は更識の側にいてやれ。その方が更識も安心出来るだろうしな」
「……織斑先生の方が安心出来るかもしれません」
「男として女子にそう言われるのは何とも微妙な気分だが、褒め言葉として受け取っておこう」
簪のセリフは、取りようによっては異性として見ていないとも聞こえたので、一夏がそんな冗談を言う。すると簪は慌てて否定しようとし、起き上がろうとしたが一夏に止められてしまった。
「簪がそんな理由で言ったわけではないと分かってるから気にするな。まぁ、布仏もやる時はやるだろうし、そこまで不安がる必要は無いだろう」
「むぅ~……織斑せんせ~もイジワルだ」
本音の抗議には相手せず、一夏は保健室から出ていく。その背中を見送ってから、本音は簪に身体ごと視線を移した。
「まさかかんちゃんがあそこまで慌てて否定しようとするとはね~。楯無様だけじゃなくて、かんちゃんまで織斑せんせ~に夢中なのかな~?」
「そんなんじゃないよ! ただ、織斑先生はヒーローっぽいなって……」
「その考えだと、かんちゃんがヒロインになっちゃうよ?」
「だから、そんな感情じゃないってば!」
「まぁまぁ、かんちゃんもお年頃なんだから、異性に興味を持つのは仕方ないと思うよ~? ましてや相手があの織斑せんせ~だしね~。楯無様だけじゃなく、おね~ちゃんも意識してるようだし」
「本音は? 気になる異性とかいないの?」
この質問は、自分が一夏を意識していると答えている事と同義だが、簪はその事に気付いていない。本音も特に気にしなかったので、簪の自爆は誰にも気づかれること無くスルーされた。
「私は男の子より甘いものの方が好きだからな~。今の所は、色気より食い気で」
「まぁ、本音らしいね」
「でも、何時までもこのままじゃ駄目だって事くらい、私にだって分かるよ~? 何せ、更識家内は何時までも独身が許される状況じゃ無いし」
「……外から新しい人を招き入れないと、このままじゃやっていけないもんね」
「全体の八割以上が楯無様に反旗を翻してるから、少しでも早く新しい人を招き入れないと……その最たる人員が織斑先生なんだけどね」
「あの人が一ヵ所に縛られるとも思えないけど」
IS学園で教鞭を振るっているのだって、静かに生活出来るからにすぎないと知っているので、簪はそんな感想を零したのだった。
一夏ってヒーローなのか? 悪の親玉の方が似合ってる気もしないでもないが……