部屋でテスト勉強をしていた楯無は、碧からのメールを見て顔をこわばらせた。彼女の隣で勉強していた薫子がメールを覗き見ようとしたが、楯無の顔を見て自重する。
「たっちゃん、何かあったんだよね?」
「ゴメン、薫子ちゃん。ちょっと行ってくる」
「行くってどこに?」
「家の用事。今日は戻ってこれないかもしれないけど、気にしないで先に寝てて」
「スクープの匂いがするからついていきたいけど、危ない事なんだよね?」
楯無の表情からそれなりの覚悟では命の危険があると感じ取った薫子は、確認の意味を込めて楯無に尋ねる。
「そうね。専用機を持っていても命の危険がある案件よ。ウチの関係者以外でこの事を話せるのは、一夏先輩くらいかしらね」
「そう……気を付けてね」
「ありがとう」
薫子にそう言ってから、楯無は廊下に掛け出て虚と合流するために生徒会室を目指す。
「お嬢様」
「虚ちゃん。状況は聞いてるわね?」
「はい。既に学園は包囲され、何時攻め込まれても不思議ではない状況だと」
「本音は?」
「簪お嬢様の事を任せてあります」
「そう。ちょっと不安だけど、本音なら大丈夫よね?」
「あの子も昔から更識にお仕えしている布仏の娘ですから。いざという時の覚悟は出来ているでしょう」
何時もなら不安げな表情で楯無に同意する虚だが、こういう場面なら本音も役に立てるという自信があるように答える。そうする事で楯無を安心させる事と、自分を安心させることが出来るからだ。
「楯無様」
「碧さん。敵の状況は?」
「彼らは正面から攻め込むつもりですね。側面にいるのは黙兵でしょう。武器を持っている様子はありませんでした」
「決行は深夜かしら?」
「少なくとも消灯時間を過ぎてからでしょうね。学生である楯無様たちが大人しくなるのを待ってからの方が楽だと考えても不思議ではありません」
「こちらが向こうの動きに気付いてるって思って無いのかしら?」
「思っていたとしても、数で圧倒していますから気にしないのではないでしょうか? こちらには織斑君がいますが、彼は更識に関係ないと思われているのかもしれません」
「まぁ実際的には無関係なんだけど、学園を襲えば教師である一夏先輩が動くって、少し考えれば分かりそうなものだけど」
「そのような考えが出来る人間が向こうにはいない、という事なのではありませんか? 資金や人員は確保出来ても、優秀な参謀がいないとか」
「確かに、裏切った人間の中で、作戦立案などに携わっていた人間はいません。虚さんの言うように、参謀的な人間がいないと考える事も出来るかと」
碧と虚の考えを聞いて、楯無は少し考え込んでから小さく頷く。
「その辺りは敵を捕らえてから訊き出せばいい事よね。私たちは別に敵を殺めるつもりは無いけど、みすみす殺されてあげるつもりだって無いもの。とりあえず、私たちは敵に気付かれないように息を顰めておきましょう。碧さんは、一夏先輩にこの事を伝えてきて――」
「その必要はない」
誰もいないと思われていた生徒会室にある給湯室から人影が現れ、虚は無意識にそちらに殺意を向けたが、現れた人物を見てその殺気を収めた。
「一夏先輩……いるならいるって言ってくださいよ……」
「小鳥遊は気付いていたようだが?」
「私や虚ちゃんと碧さんを同レベルだと思わないでください。碧さんの方が何十倍も凄い人なんですから」
「いえいえ、私はこういう事に特化しているだけで、楯無様や虚さんの方がいろいろと出来るじゃないですか」
「くだらないコントをしている暇は無いんだろ? 確かにものすごい数の殺意が学園に向けられている。お前、あいつらに何をしたんだ?」
「何もしてませんよ! というか、一夏先輩だってウチの事情は知ってますよね?」
「冗談だ。それにしても、たった十六、七の小娘に向けるような殺意ではないだろ」
「そうね。刀奈ちゃんだってやりたくて『楯無』をやってるわけじゃないのにね」
先代の楯無――つまり刀奈と簪の父親を毒殺しておいて自分が楯無を継げなかった恨みを刀奈に向けている大人たちに、一夏と碧はあきれ果てていた。
「一夏先輩も碧さんも、なんだか何時も通りですよね……」
「私はいろいろと修羅場をくぐってきましたから」
「あの程度の殺気で萎縮するわけないだろ。たかが銃火器を持っただけで気持ちが大きくなっているような連中、相手にする気すら起きないんだがな」
「そんな事が言えるのは織斑君だけよ。普通の人間は、銃火器を向けられれば萎縮するし、どう対処しようって考えたりするものよ」
「そもそも普通の人間は、銃火器に対処しようなんて考えないと思いますが」
虚のツッコミに、碧は視線で「そうなの?」と一夏に尋ねるが、一夏も首を傾げる事しか出来なかった。そんな常識外れの二人を見て、楯無はこんな状況なのに安心してしまうのだった。
虚の一言につきるな……