顔を見るまでもなく、声をかけてきた相手が母親であることは一夏にも分かっていた。だが彼には相手が母親だろうが関心を懐くほどの思いは無く、ただただ敵に向けての思いだけを千秋に向けていた。
「その眼……想像してた以上ね……」
「お久しぶりですね、母様。自分と千冬を捨てて何処かに消えたと認識していましたが、まさか亡国機業のリーダーになっていたとは」
「これも全て私の願いを成就させる為に必要なのよ」
「噂では父様を殺めたそうですね。それに関しての罪の意識は無いのでしょうか?」
「あれはあの人も合意の上で行われたのだから、罪に問われる事は無いわ」
「例え同意があったとしても、人を殺めて良い理由にはなりません。自殺幇助か、殺人を問えるでしょう」
「あぁ、その声……ずっと見ていたのよ」
「………」
まともに話を聞いていない千秋に、一夏は何の感情も籠っていない視線を向ける。彼は千秋の事を母親としてではなく、路傍の石を見るかの如く思いなのだ。
「ここに来たという事は、大人しく捕まるという事でしょうか?」
「そんな事は無いわよ。私は千冬を殺しに来たのよ。そして、貴方に殺されに来たの」
「そんなくだらない事に付き合うとでも? 死にたいのでしたらお一人でどうぞ。俺や千冬を巻き込まないでいただきたい。ついでに、マドカも」
「あの出来損ない、貴方が保護してるんでしょ?」
「実の娘に対して『出来損ない』ですか……貴女はやはり、人の親として失格ですね――いや、人間として失格と言うべきでしょうか」
「何とでも言ってちょうだい。何を言われても良いの。貴方が正しくて私が間違っている、それは私自身も分かっている事だもの」
「分かっているなら何故、正そうとしないのでしょうか?」
「正しい事に興味なんて無いもの。私はただ、この思いを遂げる為だけに生きているのだから」
「何故そのような妄執を懐くようになったのでしょうか? 少なくとも、俺が子供の頃にはそんな思いは無かったと思うのですが」
一夏の中に残っている千秋の記憶では、彼女はここまで捻くれた女性では無かった。だが、千冬を産み、マドカを身籠った辺りから徐々におかしくなっていっていたのには気付いていた。だが、当時の彼にはどうする事も出来ず、またどうにかしようと思った時には千秋はマドカを連れて何処かに消えていたのだ。
「一夏を育てていた時は、本当に幸せだったわ。あの人もいたし、一夏は良い子に育ってくれたから、私も幸せを感じられていた。だけど、千冬を産み、マドカを授かった時、何となく『この幸せは仮初なのでは』と思ってしまったの。そう疑ってからは、何をするにも幸せを感じられなくなって、いっそのこと全て壊してしまおうと思ったの。そこから、私は他の家族を殺して、最後に一夏に殺されたいと願ったのよ」
「狂っている……」
「えぇ、私は狂っているのよ。この思いを止めるには、貴方が私を殺すしかないの。さぁ一夏、今ここで私を殺さないと、私は千冬を殺しに行くわよ? 貴方が苦労して育ててきた千冬を、母親である私が、この手で!」
「させるとでも?」
「その眼……いいわぁ。さぁ、殺してちょうだい!」
息子を抱き留めるかの如く両手を広げて胸を差し出す千秋に、一夏は音も無く近づき、そして意識を刈り取った。
「……見てるんだろ? さっさと回収してくれ」
一夏が上空を見ながら何かを呟くと、千秋の姿が一瞬にして消え去ってしまう。その光景はスコールにとっても予想外の出来事で、彼女は冷静さを失ってしまう。
「何が、どうなったの?」
「さて、お前たちはどうするんだ? 大人しく国際裁判にかけられて死刑になるか?」
「お、オレたちが何をしたっていうんだよ!」
「お前らがしてきたすべての事は知らんが、少なくとも褒められたことはしてないだろ? イギリスの研究所を襲ってサイレント・ゼフィルスを強奪したのはお前らだと調べがついているんだから」
「誰も殺していないし、オレたちが襲ってきた連中は殆どが裏の顔を持つ悪人だ! オレたちだけが裁かれるのは納得がいかねぇ!」
「なら、裁判でそう叫べばいい。相手にされるかは知らんがな」
「……大人しく捕まるわ。でも、私たちの身柄は一夏が預かってちょうだい」
「おいっ!?」
自由を手に入れる為に動いていたはずのスコールが大人しく捕まると申し出て、オータムはいよいよ混乱してしまう。だがスコールの表情があまりにも穏やかだったので、オータムは何も出来ずにただただ立ち尽くすだけしか出来なかった。
「お前らがしてきた事の全てを調べ終えるまで、身柄は俺が預かろう。束に協力させ、お前らを閉じ込めておく場所を用意しよう」
「お願いね」
こうして、IS学園襲撃事件は幕を下ろし、亡国機業は一夜にして壊滅、更識を裏切った人間は一人残らず捕らえられたのだった。
一人で国際犯罪組織と元暗部の人間たちを壊滅させる一夏……