戦姫絶唱シンフォギアXD ~ギャラルホルンの先で~ 作:白滝
ギャラルホルンで異世界を向かうという感じでもなく、単純なIF世界(緒川さんが翼さんを殺そうとしている)の短編です。
ご了承ください。
風鳴翼が防人を志すまで
「初めまして、翼ちゃん。緒川慎次です」
「……!?」
いそいそと弦十郎の影に隠れた四歳の少女を見て青年は苦笑した。
「あらら。嫌われちゃったのかな?」
「気にするな。翼は極度の人見知りで、親族以外の人間とまだ接した事がないんだ。緊張してるんだよ」
なるほど、と慎次は納得し、屈んで目線の高さを少女に合わせた。
「怖がらせちゃってごめんね、翼ちゃん。今日から、君のお世話係になった緒川です。何か困った事があったら相談してね」
「………!?」
ふるふると小刻みに揺れ、緊張で今にも泣き出しそうな翼を前に、慎次は「参ったな」と頭をかきながら弦十郎に向き直った。
「ともかく、本日からお世話になります」
「おう。『緒川』の力、期待しているぞ」
「やめて下さい。こう見えても僕はまだ高校生ですよ」
柔和な笑みを顔に張り付け、慎次は風鳴邸を見渡した。
ここが今日から彼の住まう住居となる。
風鳴機関をサポートするに辺り、現当主、風鳴訃堂の直系子孫たる翼の面倒役が彼に割り当てられた任務だった。
表向き、には。
(……案外簡単だったな。これなら風鳴翼の暗殺も容易ですね)
緒川慎次の真の任務。
それは、風鳴訃堂の政治的躍進を阻止するために、彼の秘蔵っ子である翼を暗殺し継承問題を彼の独断で決定できないようにする事だった。
(風鳴翼という少女は、まだ鍛錬を受けていない素人の少女。殺すのは容易い。問題点は、僕が怪しまれないように動く事かな)
慎次は胸中で冷徹に任務に徹していた。
その真意に気付く者は誰もいなかった。
翌日。風鳴邸の庭園。
「……!?」
慎次の姿を目にした翼が、まるでお化けにでも遭遇したかのように驚いて腰を抜かした。
そのままバランスを崩して背後の池に落ちそうになる。
「危ない!」
一瞬で翼の元まで駆け寄って彼女を脇に抱え、そのまま水上を走り抜けて対岸の縁に着きブレーキをかけた。
「大丈夫、翼ちゃん?」
「……!?すごい!?」
「へ?」
「……すごい!!」
先程までは怖がり泣きそうになっていた翼だったが、何故か瞳をキラキラ輝かせながら慎次を見上げていた。
「すごい!もっかいやって!」
「え、また?」
こくこくと頷く翼に促され、もう一度彼女を脇に抱えて池を走り抜けた。
「わー!わーー!!」
キャッキャッと無邪気にはしゃぐ翼を見て、思わず慎次も微笑んだ。
どうやら自分は遊園地のアトラクション感覚らしい。
こうして遊んでいる分には本当に普通の女の子そのもので、あの『風鳴』の血を継いで生まれた少女とは全く思えなかった。
「お兄ちゃん、もっかいやって!」
「お兄ちゃん?僕が?」
「早く!」
流されるままに、戸惑いながらも慎次は夕方になるまで少女と遊び続けた。
風鳴翼は本当に普通の女の子そのもので、無垢な笑顔を浮かべるその様子は日本の守護を担う防人とはかけ離れていた。
(……こんなにも無邪気な子が、あの『風鳴』を継がされるなんて……)
胸に燻る想いを他所に、この日から慎次は翼とよく遊ぶようになった。
翼は民間の幼稚園に通わせてもらっていないため、日中に講師が勉強時間を設けた後は全て自由時間。友達もおらず人見知りな翼は屋敷から出たがらず、必然的に遊び相手は慎次になった。慎次の仕事の9割が翼の遊び相手と言っても過言ではない程に。
「とー!!」
「うわー、やられたー。翼ちゃんは強いね」
「えへへ」
玩具の剣を振り回してのチャンバラごっこ。内気で泣き虫な翼だが、意外と運動が好きで外を駆け回るタイプの子供だった。
「お兄ちゃん、刀はね、こうやって振るんだよ!」
自慢げにぶんぶん刀を振る翼を前にして、慎次は思わず微笑んだ。
そう。
いつの間にか、作り笑いではなく本当に心の底から笑っている自分がいた。
「翼ちゃんはかっこいいねえ」
「えへへ。いつか、お兄ちゃんも私が守ってあげるからね!私、さきもりだから!」
心中で、思わず曇る。
この純真な少女には、防人として生きて欲しくない。普通の女の子として育って欲しい。
(……一体、何を考えているんだ、僕は)
我に返り、自分の感情に失望する。ターゲットに感情移入してどうする。
僕には関係のない事だ。
そう言い聞かせて、慎次は翼と遊び続けた。
緒川慎次が風鳴邸に来てから一ヶ月が経とうとしていた。
定期的に報告書を監査本局を送信していた……ある意味で、彼にしては珍しい程に私情を挟んで。
「どうしてですか!!あの子は何の力もない普通の少女で、訃堂は彼女を継承問題に関わらせる気がないと散々レポートをお送りしたはずです!」
『先日、聖遺物との励起実験の結果が出た。アタリだったんだよ』
「なッ……!?」
『風鳴機関の保有する第一号聖遺物「天羽々斬」。未だ休眠、すなわち基底状態だったそれが、風鳴翼の歌で半励起した。あの子には適性があるかもしれない』
「フォニックゲインの高い者なら他にいるでしょう!別に彼女に限った話ではない!」
『風鳴の血を引く者が適性を持った。それが重要だ。あの子に現在は何の力もなかろうと、いずれ継承問題の騒乱の種となる』
「……僕に、やれって言ってるんですか?」
『やれなんて曖昧な表現は使わん。明確に、風鳴翼を殺せと命じている』
「……」
『期限は三年以内だ。我々はじきに、訃堂を失墜させ風鳴機関を再編成し、第一子の八紘か第二子の弦十郎を組織の長に据え直すつもりだ。お前も機を伺い、それに乗じて風鳴翼を暗殺しろ』
「……了解、しました」
通信を切り、慎次は大きく深呼吸した。何度か逡巡するように口を開き、しかし無言で言葉を飲み込んだ。
彼にしては本当に珍しく、その顔に浮かべた表情は笑顔ではなかった。
暗殺は先延ばしにしなかった。
延ばせば延ばすほど、風鳴翼という少女に感情移入してしまい決意が鈍りそうだったから。
(僕はあの子を何とも思っていない。あの子は忌まわしき『風鳴』の女だ)
自己暗示のようにそう何度も繰り返し、感情を冷まして思考を冷徹に研いでいく。
決行は一週間後、翼の行きたがっていたヒーローショーに決めた。
巨大雑貨店のビルの屋上で、子供向けのアニメのヒーローショーが公演されるらしい。翼が瞳を輝かせながらテレビの前で熱心に応援していた一昔前の再放送アニメ『電光刑事バン』という作品だそうだ。
「お兄ちゃん!はやく!はじまっちゃうよ!!」
「まだ一時間も前だから大丈夫ですよ」
「はじまっちゃうよー!!はやくー」
慎次の手をぐいぐい引っ張って歩く翼はとても楽しそうで、つい微笑ましいなと思ってしまう。
(今からこの子を、僕は殺すんだ……)
人混みを利用して監視カメラの死角を突き、階段から突き落とし、首の骨を折る。
事故死の偽装。指紋が残ったところで僕なら問題ない。この時のために、普段から着替えや髪を梳かす事などを担当するほど接近していたのだから。
「バンー!!がんばれー!!」
ヒーローショーが始まった。普段なら内気で人見知りな翼だが、慎次が隣で手を握ってくれているのが安心するのか、今日は元気に声を発している。
終演まであと数十分。それが幼き彼女の寿命となる。
「……翼ちゃんは何でこのアニメが好きなの?」
作戦には不必要な行為だった。暗殺対象と余計な会話して、親近感を抱いてしまったらどうするのか。
そんな事は百も承知であったのに、慎次はつい尋ねてしまった。
「え、だってバンはかっこいいんだよ!」
「どんなとこが?」
「だってね、バンはね、おやっさんが悪者だって知った後もね、いっしょにいきようってずっと言ってたんだよ」
「あれ…アクションシーンとかは?」
「バンはじみでめだたないよ。でもかっこいいんだよ」
そう言われて振り返ってみれば、確かに慎次も翼と一緒にアニメを見ている最中、やたら主役がぱっとしない地味な作品だと思った。14話以降の路線変更がなければ子供向けとは言えなかったかもしれない。
「バンはね、じみだけどね、かっこいいんだよ!」
講演に釘付けだった翼の顔が、隣の慎次を向いて微笑んだ。
その笑顔があまりに眩しくて、慎次の思考が真っ白になった。
「……かっこいいね、バンは」
地味だけど、熱く正義を貫くバン。
対して自分はどうか。目の前にいる無垢で純真な少女を殺そうとする自分はどうだ。上層部の言いなりになる、こんな自分が正義だと言えるのか。
一緒に生きよう、なんて言葉とは程遠い。
「……はは」
思わず乾いた笑みが零れた。
何の事はない。同族嫌悪だったのかもしれない。
穢れた『風鳴』の血、なんて嘯きながら、実際は自分だって『緒川』という血統のレールに乗り役目を全うする駒にすぎない。
それに、無性に腹が立った。自分にムカついて仕方がなかった。
だからこそ、
「……翼ちゃん」
「ん?」
「……一緒に生きようね」
「……うん?」
少女は何も知らないまま、慎次は静かに決意を固めた。
帰り道、二人は何事もなく風鳴邸に帰宅した。
その日以降、慎次の態度は変わった。
翼の鍛錬を担当するようになったのだ。
「立って下さい。まだ僕は半分も本気ではないですよ」
「もうつかれたよ……いたいよ…どうしてわたしがこんなことをしなくちゃいけないの、お兄ちゃん…?」
「僕はあなたの兄ではありませんよ、翼
「……!?お、お兄いーーーー」
「立ちなさい!」
慎次の強い言葉に、ビクリと体を震わせて翼はよろよろと立ち上がった。
「僕の事をもう『お兄ちゃん』と呼ぶ事を禁じます。これからは『緒川さん』と改めるように」
「い、いやだよお!お兄ちゃんはお兄ちゃんだもん!どうしてそんな酷い事を言うの!」
翼がぼろぼろ泣きながら叫ぶと、途端に慎次の手刀が飛んで翼を突き飛ばし地面に転がした。
これでもかなり手加減し怪我しないよう配慮したものだが、それでも幼き翼にとって裏切られたような気持ちで胸が押し潰されそうだった。
涙が溢れて止まらない。
親は素っ気なく、友達もおらず、唯一の心許せる存在だったはずの緒川慎次に鞭を打たれ、少女の心は張り裂けそうだった。
四歳の少女に対して、あまりにも残酷な仕打ちだった。
「ぅ、ぅぅううううううう……うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「泣くな!翼さんはいずれ日本を守護する防人となる人です。こんな程度で泣いてどうしますか」
「うわああああああああああああああ!あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「『風鳴』の血を継いでこの世に生を受けた以上、弱いままでは生きていけない。強くなるんです、翼さん。その身を剣として研鑚しなければ、あなたは生きていけません!」
「いやだよ!いやだよ!!」
泣きながらの鍛錬は数時間に及び、以後、毎日行われるようになった。
風鳴邸の廊下にて、鍛錬後の慎次と通り過ぎる人物がいた。
風鳴弦十郎。
警視庁公安部のデカであり、訃堂の直系子孫の一人である。
「……すまんな」
「何が、です?僕を糾弾したりしないんですか?あなたはそういう心優しき方だと思っていたのですが」
「……『風鳴』に生まれたからには、弱い心では生きていけない。いずれ誰かが言ってやらなきゃいけない事だった。でもな、翼の純真な笑顔を見ると決意が鈍っちまう。兄貴の八紘でさえ、残酷な真似はできず今日まで何もしてこなかった」
「……『風鳴』の周囲には悪意が渦巻いています。いずれ彼女を攻撃するような悪意がやって来る。そのためには、強くあらねばなりません。残酷ですが、翼さんは強くならなきゃいけない」
慎次の顔に張り付く表情は笑顔だったが、その瞳には熱い決意が灯っていた。
「そのために悪役が必要なら、僕がやります。無遠慮な輩が翼さんを傷つけるぐらいなら、僕が彼女を強くするハードルとなってみせる」
弦十郎には告げなかったが、慎次の任務としても重要だった。
風鳴翼を、殺すのが惜しい程の強い人材として育成する。
そうすれば、国家が彼女を守ってくれる。
慎次の任務は永久凍結される。殺さなくてもいい。
「……強くなるんです、翼さん」
優しいだけが愛じゃない。それが彼女の未来のためならば、進んで汚れ役を負う。
それが緒川慎次という男だった。
あれから十年近い月日が流れた。
仮説本部の外のデッキに寄りかかり、慎次は弦十郎とコーヒーブレイクを取っていた。
「たまに、今でも後悔するんです……『緒川』として強く生きる自分の生き方を、翼さんにも背負わせてしまったんではないかと。響さんを見ていると、余計にそう思う。普通の日常を謳歌する道を、僕は作ってあげられなかった。僕自身が、『緒川』として生きるために強くなるしかなかったから」
「間違ってはないと俺は思うぞ。正解が二つあっただけで、もう一つの可能性を羨んでるだけだ。可哀想だが、翼は強くなるしかなかったと俺も思う。歯痒いのは、俺や兄貴ではなくお前に役目を押し付けてしまった事だ。大人として情けない」
「ははは、気にしてないですよ。それに、今では翼さんの専属マネージャーをさせてもらえてますし」
「……お前なりの、贖罪なのか?」
「翼さんの人生から、普通の女の子として生きる道を奪い、防人を強いたのは僕ですからね。せめてもの償いとして、彼女の日常と接する純粋な夢は応援していたいんですよ」
呟き、慎次はスーツの内ポケットから眼鏡を取り出した。
「そろそろマリアさんとのステージが始まりますし、僕も行きます。あの当時の僕は高校生でしたけど、今ではもう仕事人ですからね」
「大人って、大変だよな」
「ええ。大変です」
オチ無しです。
こういう辛い生い立ちがあるかもしれないなぁ、という妄想から膨らんだIF世界のおがつばでした。
次回のステファン君主役編に向けて色々と執筆中です。