戦姫絶唱シンフォギアXD ~ギャラルホルンの先で~ 作:白滝
プロローグ
~並行世界~
「……おいおいおい……日本じゃねえぞ……!?」
「……驚いたわね。ギャラルホルンの繋がるゲートは、もしかしたら日本に固定されていなくて、カルマノイズの活動区域に吸い寄せられるのかもね」
雪音クリスとマリア・カデンツァヴナ・イヴは途方に暮れかけたが、不幸中の幸いと言えるのは二人とも英語が話せる事だった。
まずはこの自然豊かな亜熱帯性の森林を脱出し、どこかの町へ赴き拠点となる宿を取りたい。
「……つーか、冷静に考えたらあたしらは毎度、資金ゼロで異世界調査をしてるんだよな。無防備すぎるぞ」
「いつもは並行世界のS.O.N.G.と接触する事から始めるからね。今回は例外ケース。外れくじを引いたみたいよ」
羽虫や丈の長い雑草で肌が擦れて体が痒くなりながらも、なんとか森林地帯を抜ける。
「ラッキー。村に着くまで二十分もかかんなくて助かったぜ」
「宿探しのついでに聞き込み調査もしましょうか。S.O.N.G.のサポートがない分、カルマノイズが出現してもわたしたちが気づけない可能性があるもの」
しかし、いざ村に近づいてみると奇妙な光景が広がっていた。
人がいない。
人だけがいない。
建物などに一切の破損は見られないのだが、どこにも住人が見当たらない。勝手に扉を開けて母屋に入っても、家具や生活用品が部屋に散乱したまま。人の姿はなかった。
嫌な予感があった。
まるで村全体がノイズの侵攻を受け、住人全てが炭素変換されてしまったかのようだった。
「……廃村、って感じだな。でも奇妙だ。ノイズの襲撃があったんなら、もっと地面や壁に血痕やら炭素の塵がこびりついてるはずだぜ?」
「そういう痕跡は全くないものね。もしかしたら、ノイズの襲撃を予期した住人達が村単位で一斉に集団疎開したのかも……そうでなければ、こんな翼の部屋みたいな家具の散り方はしないはずだわ」
「……先輩の部屋は一体どうなってんだよ……」
日も沈み始めてきた。ひとまずは空き民家を勝手に間借りし、寝床とさせてもらう事にした。パジャマがないのはしょうがないので、上着などを脱いで楽な格好でベッドに横になる。
「S.O.N.G.がいねえと飯の調達にも苦労するな」
「村の井戸が枯れてなくて助かったわ。飲み水がまだあるって事は、住人が集団疎開したのはそれほど昔って訳じゃないんじゃないかしら?」
「ん……お、おい!飯の臭いがする!!起きろ!!誰かが近くにいるぞ!!」
クリスが跳ね起きてマリアの手を引き、外に飛び出した。
すんすん、とまるで動物みたいに鼻をひくつかせ、空気に乗った『匂い』とやらを検分している様子だ。
「ちょ、ちょっと!?そんな臭いなんてしないわよ!?」
「東から肉を焼く臭いがする……あ、あった!煙が立ち昇ってるぞ!!分けてもらおうぜ!」
クリスは戦災孤児であり、幼少期に捕虜となって戦場を連れ回された過去がある。
戦場では飯の臭いは驚くほど目立つ。軍人が戦場で食事を摂る際は頭から雨合羽のようなフードを被って食事の臭いが外に漏れないよう注意している事をクリスは知っていた。
だから、今食事を摂っている人間は軍人ではない。一般人だ。安全だ。
そう考えて無警戒にクリスは臭いの元へと近づいていった。
森の中、焚火にイノシシの肉をくべるように野宿をする人物がいた。
「おーい、そこのお前、悪いんだけーーーー」
そこまで言いかけて、あまりの衝撃にクリスの言葉は唐突に遮られた。
焚火の明かりが照り返すようにして明らかになったその人物の顔は、自分と瓜二つだった。
いや、ここは並行世界だ。そんなドッペルゲンカーかなにかなんて曖昧な存在ではない。
結論は一つしかない。
目の前の人物は、この並行世界の雪音クリスなのだ。
そう自覚した瞬間には、クリスの腹部には穴が空いていた。
「…………え?」
事態に、遅れて気付く。
眼前の少女、もう一人のクリスのシルエットは人型ではなかった。
何かを着込んでいる。それも、元の世界にあったネフシュタンの鎧
何かの攻撃が放たれ、それがクリスの腹部を貫通している。
「ご、ぱ……!?」
吐血。それも、この吐血量はきっと消化器官を抉られている。
変身前の生身の肉体への一撃。現実逃避はできない。この傷は、誰がどう見たって致命傷だ。
早急に外科手術を施さなければ死に至る。
「――――Seilien coffin airget-lamh tron」
だからこそマリアは、いちいち悲鳴を上げて動揺したりしなかった。
胸の内から浮かび上がる聖詠に自身の歌声を重ねて『アガートラーム』のシンフォギアを即座に起動する。かつてナスターシャの元であらゆる戦闘訓練を叩き込まれた彼女の思考は、今この場で最優先で取るべき行動を明確に見据えていた。
(クリスを抱えて、追撃を撒きながら逃走!!どこか病院のある町へ運ばないと!!)
顔は青ざめて内心では恐怖で心が押し潰されそうになっていた。けれど、彼女はそれを律して行動できる人間だ。
「なーんだ、お前ら……?この辺り一帯はあらかた潰したと思ったけどよぉ、まだ生き残りがいやがったってのかぁ?」
敵の正体は、並行世界の雪音クリス。
けれど、その言動がおかしい。
彼女はこのように人命をないがしろにする気性の人物ではなかったはずだ。例え、フィーネの傀儡と化していたあの当時にしたって。
(そもそもあの攻撃は何?まったく気配がしなかった……!!)
月明かりを遮る森の薄暗闇ではシルエットがぼやけて全体像が掴みづらい。けれど、彼女が何かを着込んでいるのだけは察しがついた。
単純な勘だったが、きっと軍用兵器ではない。異端技術により生み出された聖遺物だ。
クリスを抱えたマリアを追う、もう一人のアナザークリス。
速い。
しかも、彼女だけはない。木々を蹴ってマリアへと迫る影が、もう二つある。それらは闇夜に同化するように身を隠し、実態が掴めない。
(せめて正体だけでも……!!)
マリアが左手の手甲から複数のダガーを展開する。しかし攻撃のためではない。
ダガーを上空へと放ち、枝が交錯する葉の天蓋に穴を斬り開く。開けた一帯に差し込む月夜の光を、いくつものダガーの刃で反射し、鏡の要領で闇を払拭した。
まるで月光のミラーボール。いくつもダガーを反射鏡にして月光を虫眼鏡の凸レンズのように収束したスポットライトに吹き散らされ、その正体を現したのは、
「……カルマ、ノイズ!?」
二体の鳥類型。そのどちらも体躯は漆黒に染め上がり、障害物をすり抜ける非物質的な挙動でマリアへ迫っていた。
(二体も!?それも、あのクリスと連携を取った追撃……まさか、
疑問を解決する材料はない。
行く当てはないが、このまま立ち往生しても重傷のクリスの命のタイムリミットは刻一刻と失われていく。星空から大雑把な方位を確認したところで、見知らぬ土地で地理に明るくない以上はどうしようもない。
そもそも、クリスと彼女が使役している二体のカルマノイズを完全に撒かなければ、クリスを運び込んだ町でもまた襲撃事件が勃発してしまう。
(……まずい!!一体どうすれば……!?)
パニックに陥りかける思考を必死に冷静に保ち、打開策はないかと周囲を観察した。
それが結果として最善手だった。
闇夜に潜むようにして、一人の少年がマリアを手招いていた。音を立てないように、安全な隠れ家に彼女を誘導しようとしている。
少年の顔に、見覚えがあった。
「……ステファン・ヴィレーナ!?」
「(静かにお願い!奴らに気付かれる!!)」
諭されるように囁かれ、彼の潜む茂みに身を隠す。行き止まりに見えた獣道に、なんと隙間が存在し隠し通路ができていた。
「どうしてあなたがこんなところにいるの?」
「……そもそも、どうしてあなたは俺の名前を知ってんの?そもそも、俺はここにいて当たり前だろ。自分の生まれ故郷なんだから」
「そ、それってつまり……」
「ここはバルベルデ共和国……だった場所だよ。雪音クリスがこの国を滅ぼしてからは、その名前に意味はなくなっちゃったけどね」
少し期間が空いて亀更新になると思いますが、先にプロローグだけ公開しました。
気長にお待ちください。