戦姫絶唱シンフォギアXD ~ギャラルホルンの先で~   作:白滝

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① 覚醒

 

 ソーニャ・ヴィレーナ。

 九人姉弟であるヴィレーナ家の長女であり、マリアとクリスを助けた少年ステファンの姉でもある。

 この旧バルベルデ共和国での野戦病院で看護に励むナース……というのが、この並行世界での彼女との事だった。

 並行世界、すなわちこの世界のもう一人の雪音クリス(アナザークリスとでも呼ぶべきか?)の強襲により国は壊滅。インフラはほとんど死に絶え、彼女の災禍から逃げるようにして住人たちは村や町ごとに散々して集団疎開を繰り返す『国内難民』と化しているらしい。

 移動式のキャンプを囲うようにしてできた仮集落。ステファンがマリアたちを案内したのはそこだった。

「国民の半数近くは他国へ亡命しちゃったよ。それでも残ってる僅かな人たちが、こうして国内を転々と移動しながらクリスから逃げてるのさ」

「他の村の疎開チームと合流したりしないの?」

「……たまにばったり出会ったりするよ。でも、起こるのは協調ではなく抗争さ。相手の疎開チームの持ってる食料や衣服や衣料品を奪うために殺し合うが始まってしまう。それで死んだ人も多いんだ……」

 なんとも言えない気持ちになった。かける言葉を失って、マリアは思わず口を噤んでしまう。

「終わったわ。なんとか一命は取りとめたと思う」

 ソーニャが額の汗を拭いながらクリスをベッドに担ぎ込んできた。開腹後に手術を行い、最低限の縫合を終えて止血し、現在は輸血中である。

「臓器を損傷してたけど、移植が必要な程ではなかったわ。幸運ね」

「助かったわ、ありがとう。でも応急処置だけで構わないわ。すぐに元の世界に帰ってしっかりとした治療を行うから」

「……聖遺物『ギャラルホルン』による、並行世界の来訪、ねぇ……」

 ステファンとソーニャは信じられないような顔つきで横たわるクリスの顔を覗き込む。けれど、それ以外の理由でここまでクリスと同じ顔をしている人物が存在する事を説明できない。

 信じられなくても、信じる他ない。

「う……うう…ここ、は…?」

 目覚めたクリスは、すぐに傍にいるステファンとソーニャに気付いた。

「な、なんでお前らがここに!?……ま、まさか、バルベルデ!?」

「わたしたちの事情は説明したわ。あなたのお腹の傷を手当てしてくれたのも彼女たちよ」

「そ、そうか……すまねえな……」

 言いつつ、クリスは何気なくステファンの右足へと目を落とした。

 当然ながら義足ではない。しっかりとした彼の足だ。クリスに引き裂かれた元の世界のステファンとは異なり、しっかり二本の足で地面に立って自分で歩いている。

 一瞬浮かびかけた苦い表情を、けれどすぐに笑顔を変えた。カリオストロの襲撃にも臆せず「前を向け」と彼は言ってくれたのだ。暗くなっても仕方ない。

「……私たちとしては、クリスがこんなに普通にしているのが珍しいのだけど……」

「そ、そうだ!もう一人のあたし!!なんであんなになってんだ!!なんでバルベルデを滅ぼそうとしてんだよ!!」

「俺たちもよく分かんないんだ。ある日当然にこの国にやって来て……多分、復讐なんじゃないかな?」

「復讐?」

「うん。自分の両親が殺された地で、その憎しみとかさ。それこそ、このクリスは違う世界から来たんだろ?気持ちは分かんないのか?」

「……いや、ねえはずだ、と思う……そりゃ嫌な思い出はあるけどよ、あたしが憎むのは戦争であって、バルベルデで暮らす人たちに八つ当たりする気持ちはないはずだ」

「だとしたら、この世界のクリスはあなたとは異なる人生をどこかで経験し、あなたとは違って復讐を企むように歪んでしまったのかもね」

「……なんだよ、それ……それって、あたし自身が嫌いな戦争そのものになっちまってんじゃんかよ……!!なにやってんだよこの世界のあたしは!!」

 思わずクリスは拳で地面を叩いてしまう。

「この世界のクリスとあなたが全然違うクリスだってのは分かったわ。でも、現実問題としてこの世界の雪音クリスは暴れ回ってバルベルデを潰そうとしてる。あなたたちがこの世界の異変を解決しに来たのなら、彼女を倒す事が鍵になるのではないかしら?」

「いや、そうとも限らねえんだ。そもそもギャラルホルンって聖遺物は、カルマノイズと呼ばれるノイズの特殊個体を検知してアラートを出してるっぽいんだよ」

「そして昨晩、あのクリスは二体のカルマノイズを操っていた。あれらを倒す事がわたしたちの目的になると思うわ」

「じゃ、じゃああのクリスは倒してくれないの!?バルベルデを救ってくれないの!?じゃあ、一体何のために貴重な薬と食料を提供して――――」

「姉ちゃん!!」

 ソーニャの口を塞ぐようにステファンは手を広げた。

「この世界の問題は俺たちで解決すべきだろ。そんな何でもかんでも都合は良くないよ……それに、もしギブアンドテイクの関係が成り立たなかったら治療せず見殺しにしてたとか、そんな事を言わないでくれよ……俺たちはまだ、人間の良心を捨ててないはずだよ。そうだろ?」

「……そう、ね。ごめんなさい。悪気はなかったの。ただ、もう村では何人も病気で死んでいくし、貴重な薬を使うのも私が先生の反対を押し切って判断したから。見返りがないと、死んでしまった者たちが浮かばれないと思って……」

「あなたの立場は分かっているわ。ありがとう。ともかく、今後の方針を決めましょう」

 マリアは昨晩から思案していた方針を切り出した。

 まず初めに、彼女たちが『シンフォギア・システム』を有しておりノイズとの直接戦闘が可能である点。よって、彼女たちはカルマノイズの討伐を最優先する。

 しかし、クリスが負傷してしまった以上は戦闘の継続は困難なので、一旦は元の世界へ帰投してメンバーを交代し、再出撃したい。

 そうなると、このバルベルデを護衛する装者がいなくなる。この期間は何とか自力で生き延びて欲しい。

「歌で動くシンフォギア……す、すごい……」

 ステファンは目を輝かせながらギアのペンダント型コンバーターを見つめていた。

「善は急げ、よ。あなたの痛み止めの効果が切れる前に出発しましょう」

 

 

 

 

 ステファンにもう一度案内をお願いし、獣道を通ってギャラルホルンのゲートが開いている場所へ向かう。

 彼は連絡用に無線やノートパソコンをリュックに詰めて携帯していた。

「……いるわね」

「くそったれが……」

 アナザークリスが昨日のようにゲート付近のエリアに居座っていた。切り株にもたれかかって睡眠を取っている。

 この場所から移動してくれていれば事を荒立てずに元の世界に帰れたが、残念ながらそう都合の良い展開にはならないらしい。

「(……もう少し陰で待機して、もう一人のあたしが去るのを待つか?)」

「(あなたは痛み止めが効いてる間しかまともに動けないでしょう?だったら短期決戦よ。寝てる隙を襲って拘束しましょう)」

「(あ、お、おい!ソロモンの杖があるぞ!!)」

 アナザークリスの傍に立てかけてあったのは、水晶を取り付けたような杖だった。

 その機能は、バビロニアの宝物庫の扉を開き、人類抹殺兵器ノイズを任意発生させる事と、72種類のコマンドを組み合わせることによって自律兵器であるノイズを人為操作する事である。

 おそらく、アナザークリスが二体のカルマノイズを操っていたのもこの聖遺物のお蔭だろう。

 元の世界では、米国連邦聖遺物研究機関F.I.S.から研究目的でフィーネに譲渡された完全聖遺物であり、後に生じたルナアタック以降は『サクリストS』というコードネームで日本政府の管理下に置かれ、最終的には悪用したウェル博士から奪還し焼却された事で世界から消失している。

 しかし、この並行世界ではルナアタックは生じていない。アナザークリスがソロモンの杖を未だに所有しているという事は、フィーネの尖兵として活動している可能性が浮上してくる。

「(……まずいわね。正直、万全の状態じゃないと彼女とやり合いたくはないわ。もし逃したらフィーネが出てくる可能性もある)」

「(どうする?どっちか囮になってアナザークリスを誘き出し、ゲートから離れさせるか?)」

 しかし、相談している時間はなかった。

 

 ぬるり、と。

 ステファンの背後から顔を覗かせたカルマノイズが彼に襲い掛かったのだ。

 

「う、わ!?」

 咄嗟にクリスが突き飛ばさなければ直撃を喰らっていた。

 騒ぎに気付いたアナザークリスが目を覚まし、茂みに身を潜めていたこちらへ睨みつける。

「な、なんでカルマノイズがいやがるんだよ!?こいつら、人の多い場所にしか出現しないんじゃねえのかよ!?」

「きっとソロモンの杖で操られてるのよ!!ずっと世界に現れたまま、自分を守るように自動索敵しろ、ってね!」

 まるでアナザークリスを守護するドローン兵器のようだった。

 慌てて二人同時に聖唱を重ね、シンフォギアを展開して歌声を響かせる。一気にフォニックゲインを引き上げた。出し惜しみができる相手ではない。

 

 ――――BILLION MAIDEN

 

 ――――INFINITE✝CRIME

 

 無数の銃弾と短剣がすれ違いざまの二体のカルマノイズへ浴びせられた。

 しかし、致命打にはならない。すぐに眼前の木々をすり抜けて障害物を挟まれてしまい、クリスやマリアの射線が阻まれる。

「しゃらくせえな!!」

 敵にバレてしまった以上は、障害物なぞあっても物質を透過できるノイズの有利になるだけだ。木々が生い茂るこのフィールドはイチイバルの長所たる広範囲・長射程を発揮できない。こういう地形は極近接を得意レンジとする響のガングニールの方が適している。

 おまけに、深手を負っているクリスに激しい運動は禁物だった。せっかく縫合した部位が避けて内臓から再出血してしまう。

 必然的に近・中距離に対応できるマリアが前線に立たされる羽目になるが、

「くっ……二体相手は、厳しい……!!」

 ステファンとクリスを背後に庇いながら、木々をすり抜けて死角からいきなりミサイルのように突び出してくる二体のカルマノイズをたった一人で迎撃する。

 クリスのソロモンの杖で操られているせいか、ノイズにはありえないほどに戦略的だ。

 マリアのバランスを崩すような別方向からの同時攻撃や、タイミングを外すような時間差攻撃。

 短剣から発するエネルギーを盾のように形成して突進をいなすのがやっとだった。

 そして残念ながら、それだけで終わりではなかった。

「お前ら、昨日逃げてくれやがった奴らだろ?面白いもん使うじゃねえか。だったらあたしも出し惜しみしちゃいけねえよなぁ!……来い、『フニンムギン』ッッ!!」

 それぞれのカルマノイズの体から何かが飛び出て、アナザークリスの体に合体した。それは複雑に折れ、スライドし、伸縮するように変形すると鎧のように彼女の体躯を覆う漆黒のアーマーとなる。

「フニンムギン……!?まさか、完全聖遺物……!?」

「なんだそりゃ!?あたしは聞いた事ないぞそんなもん!?」

 フニンムギン。正確にはフニンとムギンという二羽のカラスであり、北欧神話の主神たるオーディンに使える伝書鳩のような存在だ。

 そう、すなわち生き物だ。武具ではない。ならば聖遺物と表現するよりも、

「動物型の自動人形(オートスコアラー)!?れ、錬金術まで絡んでやがんのか!?」

 当然だが、クリスに錬金術の知識なんてない。

 おかしい。こちらの世界のクリスとあまりにも矛盾しすぎている。

 こちらの動揺はまるで無視するように、アナザークリスがその手をこちらへ向けて伸ばした。

 直後、異様な頭痛に襲われた。

「な、なん……!?」

「これは……カルマノイズの破壊衝動!?」

 ただそれだけとも思えない。頭が割れるような偏頭痛だった。

 視界がちかちかと明滅するように瞬いた直後、ふいに思い出がフラッシュバックする。

 マリアの脳裏に浮かぶのは、人殺しに加担してまで人類救済を目指したフロンティア事変の一幕。

 クリスの脳裏に浮かぶのは、皆に迫害を受けてきた過去の経歴。

「う、ぐうぅぅぅぅぅ……!!」

「な、なんなのよ……これは、トラウマの想起!?」

「二人とも、しっかりして!!」

 カルマノイズの呪いがブーストされ、より強い効果が発揮されている。それがおそらく自動人形(オートスコアラー)フギンムニンの能力なのだ。

 彼女たちは知る由もなかったが、フニンは「思考」を、ムギンは「記憶」を司る存在として知られている。他人の記憶や思い出に干渉し、カルマノイズの呪いを併せて注入すれば精神攻撃が可能なのだ。

 一瞬にして弱り果てたマリアに、カルマノイズの突進を防ぐ力はない。死角からの直撃を受けて吹き飛び、木々に衝突して地に崩れ落ちた。続く第二撃もクリスがまともに喰らって地面を転がった。

 こうなれば、ステファンを守る人間はいない。

 急いで逃げなければ、すぐに殺されてしまう。

「…………くそ!」

 偏頭痛に苛まれる頭を抱えながら、ステファンは逃げるようにその場を去った。

「く、あははははははははははッッ!!薄情だなぁ!!かつてあたしを見捨てたこの村の人間らしい!!結局あいつは、自分の命かわいさでお前らを見捨てるような奴なんだよ!!」

 アナザークリスが高笑いしながら、地面に這いつくばるマリアやクリスを痛めつけた。

 拷問のように精神攻撃を喰らい続ける彼女たちに、抵抗する力はない。

 何度もカルマノイズの攻撃を喰らい続けてクリスの傷口が開き、マリアの体もクリスと変わらないほど痛めつけれていく。

「死ね」

 温かみを失ったその言葉には、一切の躊躇がなかった。

 本気の殺意。

 二体のカルマノイズが上空でドリルのように身を捩ると、そのまま急降下して彼女たちの体に穴を開けようと突撃する。

「ち、く、しょ……」

「こんな、ところ、で……」

 弱々しく呟かれた声に、応える返事は、

 

 

「俺がいるだろ、クリス!!諦めんなよ!!」

 

 ――――あった。

 彼女たちの声へ答えたのは、少年の声。

 木に登ったステファン・ヴィレーナが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、カルマノイズを撃って軌道を逸らしたのだ。

「…………は?」

 クリスが驚きのあまり間抜けた声を漏らした。

 彼女は今、イチイバルのシンフォギアを纏っている。アームドギアも彼女が握っている。

 なのに、眼前のステファンが握っているのもイチイバルのアームドギアだ。そして、アームドギアからはイチイバルの歌が鳴り響き、それに合わせてステファンが歌っている。

 ()()()()()()()()使()()()()()

「一体、なに、が……!?」

「教えてやる!これが俺の作った、リコルギアだ!!」

 ステファンは日本文化が好きで、そのオタク文化にもある程度は精通している。だから彼のノートパソコンの中には、初音ミクやSofTalkなどを初めとしたボーカロイド編集ソフトが入っていた。

 先程の戦いで()()()()()()()()()()()()()()()()ステファンは、咄嗟に戦場から逃げて安全地帯に身を潜める事で編集作業に没頭する事ができたのだ。

 クリスの歌を録音し、機材を使って再生し、声をステファンがアテレコする。

 SYMPHO-GEAR(シンフォギア)ではなく、RECOR-GEAR(リコルギア)

 シンフォギア・システムの構造上の穴を突いた模造復元代替機(エミュレータ)

 こんなのはゲームで言う所のバグ技・裏ワザのようなものだ。

 それでも、傷つく少女たちを守るためにはもはや何だってどうだっていい。

 

 

「さぁ、シンフォギアを始めよう」

 

 

 ステファン・ヴィレーナは立ち上がる。

 守られるだけだった彼が、焦がれた続けた戦う力。

 

 

 

 もう、我慢しなくていい。

 

 もう、誰かを守りたい気持ちを、我慢しなくていい。 

 

 







リコルギアの詳細な設定に関しては次話に持ち越す事にしました。



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