Briah――
三相女神・禍福無門
velut Luna statu variabilis Fortuna 」
そう唱えた瞬間、誠は目が充血して紅く染まり、体中から血管が浮き上がる。
彼の小さな体格で重畳した肉体の活性化によって、限界を引き出した体がそのような現象を引き起こしたのだろう。だが、注目すべきはそこではない。
「どういうことだ?」
ザミエルが放った銃弾は一発一発が並の威力ではない。わかりやすく説明すると、司狼が威力を込めて放ったデザートイーグルやシュライバーの両手拳銃の威力と比較し、ザミエルのMP40シュマイザーの威力は倍に近い威力を誇り、なおかつ連射が利く。パンツァーファウストに至ってはその数倍だ。まさに桁違いの火力を持っていることが分かる。
にもかかわらず、その銃弾は誠に届く前に弾丸が錆び、いとも容易く朽ち果てたのだ。
「これが僕の創造――――禍福無門」
誠の能力はこの場にいる全員が目の当たりにした通り、トバルカインの宿命ともいえる腐敗系の能力。
初代武蔵が自らの周囲、広範囲に対して、腐食の効果を持つ呪いを伝播させる異能
二代目鈴があらゆるものを腐食させる呪いの矢を、遠方へと投射する異能
三代目戒が自己の腐敗毒への変生、すなわち己を毒の塊へと変える異能
形は違えど、誰もが腐敗に関する能力を持つ。では誠の創造の異能は一体なんなのか。
「……」
ザミエルは何も言わず、再度同じようにMP40銃を並べ、一斉に発射した。ただし、今度は広範囲に全員を狙っていた。
「やらせるか!」
だが、その銃弾は誠の周囲に限らず、そのすべてが相手に届く前に朽ち果てた。それどころか槍の切っ先をザミエルに向け横に薙ぎ払うように振るうとザミエルの周囲で構えられていたMP40すら銃身の先端部から徐々に崩れ始める。それを見て、ザミエルはすぐさま銃を元の場所に収め腐敗の対象から外させた。
「すごい……」
リザ達は先ほどまでの軽くあしらわれていた状況から一転して優位に立った誠を見てそう感じる。これならばザミエルから全員逃げるぐらいは出来るのではないかと。
だが、当人たちの表情は一向に変化していなかった。ここまでザミエルの武装を完封して見せたにもかかわらず、ザミエルの表情は最初に煙草を咥えた時から変わらない。無表情に近い様子で冷静に正確に誠の能力を見定めている。一方で誠も険しい表情のまま焦りを隠せずにいた。
(想像以上に腐敗の進行速度が早い……)
実は誠は初めて真っ当に創造を使用して戦闘を行っていた。無論、黒円卓の一戦闘要員として、これまで創造を全く使用しなかったわけではない。だが、それは様々な魔術に秀でたルサルカの監督下で万全の準備を整え、出来るだけ腐敗をしないように配慮したものだった。
だが現状、そんな悠長なことを考えて創造を使うわけにはいかない。戦闘力皆無の3人、同じ炎系統の能力という相性最悪の螢――――まともに戦えるのは誠一人しかない。
「早く逃げ……!?」
この状況を一度仕切りなおす必要があり、まずは非戦闘員を逃がすことが先決。ともかく誠は自分が盾になっている間に逃げることを促そうとした時、正面から火球が迫り、誠は咄嗟にそれを躱した。
「……躱したな?」
今のザミエルの一言で誠は更に表情が険しくなる。
「今のゆさぶりにも反応した……なるほどな、貴様の能力に当たりがついた」
そう言って、ザミエルは攻撃手段を実弾から火球、パンツァーファウストや手榴弾といった爆発物へと切り替える。直ぐに誠は爆発物が爆破する前に腐敗させ、炎は地面を砕きぶつけることで物理的に鎮火させようとする。
「貴様の能力――――やはり典型的なトバルカインの腐敗の異能か。だが、一方で腐敗出来るものが大きく制限されているな」
煙草の煙を燻らせながら誠の能力に対する推測を語り始める。誠は少しでも時間が稼げると思い黙ってその話を聞いていた。
「大方、実体のある物質――――それも腐敗できるのは非生物に限られているのではないか?その代わり、腐敗の範囲・威力・速度は自由が利く……なるほど、実に情けない能力だ」
誠の創造はザミエルの見立てで殆ど正解である。
腐敗毒の能力を広範囲に使うことができ、対象を自由に選べ、その腐敗速度を変えることも出来る。その代わり――――彼が腐敗できるものには致命的な縛りが存在していた。
それは彼が認識している
「情けない、だと」
「違うというのか?中途半端に恐れと覚悟を持った者らしい能力だろう?
自分が呼び寄せ創らせた武器だからこそ、その性質を知っているザミエルは誠の惰弱さを指摘した。そして攻撃を再開する。打って変わって呆気なく追い詰められる誠。爆発物に関しては腐敗による攻撃の阻止が間に合っているものの、火球を誠の能力によって防げていないのは明白だった。
「だが、貴様の能力は明確に他者にも自分にも
他者にも自分にも腐敗の能力は及ばず、物質という関係のない対象のみを腐敗させる。それは惰性によって生まれた能力だとザミエルは断じた。
「自由が利くといったが、その腐敗という最大の持ち味を生かしきれん時点で、貴様の能力は万能ではなく、器用貧乏の類だ」
ごく短時間のやり取りで誠の能力とその性質を見抜いたザミエルからしてみればあまりにも稚拙な能力と言わざる得ない。確かに能力の使い勝手は悪くない。
物質を腐敗させる。
その能力は単純な遠距離武装を持った相手なら確実に優位に立てる。ヴィルヘルムのような物質にも影響がある吸精に対しても毒となるだろう。そういったものがない相手でも地形の腐敗や相手の攻撃阻害などの絡め手を使えば協力な能力である。
だが、それ以上に創造を使った戦闘経験の不足が原因だろう……誠の戦闘技術や能力を活かす技量が足りていないのは明白だった。
「早々に底が見えたな。所詮はその程度だということだ」
ザミエルは相手の能力の粗を探すために様々な攻撃を試したのだ。範囲攻撃、実弾、魔道の攻撃、結果は明白。強力だが、癖の強い能力を生かし切れていない誠の能力の弱点はあっけなく露呈した。
「誠ッ!」
弱点が露呈した以上、いくら相性が悪いとは言え姉として手を出さないわけにはいかない。そんな気概で螢は弟の誠を助けるために剣を構える。
「いいから、逃げて!姉さん達がいると邪魔なんだ!!」
一転して不利な状況に螢は叫んで介入しようとしたが、逆に誠は吠えるように否定した。螢はその荒げるような言葉を前に理解した。誠は譲る気はなく、命を賭してでも戦いに臨むのではないかと。姉としては止めねばならない。しかし、止めてしまえば全員が死ぬ。誠が賭けた覚悟を不意にする。
「逃げるわよ……」
正に苦渋の決断だった――――だが、判断を下さないことが誠を余計に苦しめることになる。
「え、でも……?」
「今、私達がここにいる方が足手まといなのよ。みんなわかってるでしょ」
「……わかった」
結局、最初にこの場を離れることに賛同したのは誠に味方になることを頼んだ張本人である氷室玲愛だった。
元々、玲愛が誠に頼んでいたのは自分が逃げることの手助け――――だからこの状況は正しい。誠が囮になってひきつけている間に玲愛達が逃げる。最悪、誠自身が討たれることも理解しているはずだ。そう理解しなくてはならない。
彼らは螢を殿にしつつゆっくりと戦場を引き下がった。
「……なんで見逃した?」
その様子にザミエルは手を出さなかった。出せなかったなどと甘い認識はしていない。実体が判明した誠の能力を前にザミエルが臆する必要などない。手を出そうと思えばいつでも出せた。
「なんだ、せっかく見逃してやったというのに文句を言うか?
まあいい、理由は二つだ。一つ目は我々にとっても重要な彼女を巻き込むのは忍びなくてな。まあ巻き込まずに貴様らを仕留める程度は造作もないが、自分から避けるというのではあれば今は追う必要もあるまい」
確かに、先ほどまで戦闘に巻き込んではいたが、元々そんな現状自体イレギュラーである。万が一を考えれば氷室玲愛はこの場にいない方が良い。
「二つ目は、優先順位の問題だ。彼女を確保することよりもここのスワスチカを開くことの方が先だ。喜べ、この私手ずから貴様をスワスチカの贄にしてやろうということだ」
そして二つ目の理由はもっと単純な話だった。つまりここで誠は殺される。
「そうやすやすと思い通りにはさせない」
その言葉と同時にお互いに戦闘を再開させた。守るべき対象がいなくなったことで、防戦一方だった誠は攻勢に移る。当然、ザミエルも気を使う必要がなくなったおかげで攻撃が激しくなった。
誠にとって腐敗する様子を想像できない爆発や炎による攻撃は創造によって腐敗させることは出来ない。躱すか、発生源を叩くしかなかった。
「間合いの取り方が下手だな、それでは永遠に近づくことは出来んぞ」
接近戦に持ち込みたい誠とそれを見越して遠距戦で抑え込むザミエル。攻撃手段が足りず、機動力もない誠は迂闊にザミエルに近づけなかった。
地面を槍で抉り砕いた石を弾のようにしてザミエルに向かい弾き飛ばす。だが、それらは届く前に火器や魔術の余波によって生まれる熱量によってかき消された。
当然、そんな攻撃が通用しないことを理解していた誠は石の弾を対処していた僅かな時間をザミエルとの距離を詰めるために利用する。
「馬鹿め、もう少し派手にやらんと隙は出来んぞ」
だが、距離は詰めようとした瞬間に誠の目の前に火球が迫る。誠は躱すために逆に大きく後ろに下がることになった。
「どうした?この程度では勝つことは出来んぞ?」
近づかなければ誠に勝ち目はない。だが、近づく隙は一切ない。そんな状況だが、誠は思ったよりも手ごたえを感じていた。
「攻撃は防げる!」
そう、ザミエルの方にも決定打はない。誠はザミエルの能力がドイツ軍の武装の召喚か何かではないかと予想していた。だからこそ、誠の能力は天敵になり得るはず。
注意すべきは限られた攻撃手段である魔術の類と思わしき火球。誠はこの火球がルサルカの魔術の類と同系統の聖遺物に依存していない能力だと推測していた。
「その考え方自体が根本的に甘いのだ」
だが、誠の見積もりはあまりにも楽観的過ぎたザミエルの強みは聖遺物によるものだけではない。むしろその戦い方、知略に秀でていた。詰将棋のように徐々に追い詰められる誠。
ザミエルの圧倒的な知略と技量によって誠の防御は崩れ始める。火球を躱して防ぎ、爆発物は爆発する前に腐敗させる。だが少しずつ、少しずつ対処が遅れ、一つの爆発物を防ぐのが間に合わず爆発し、火球の一つを躱すのが間に合わず体を掠める。
「こんな、手も足も出ないなんて!?」
いつの間にか
「だが……」
一方で、戦略的に誠は既に自分の役割を果たしたことを認識していた。ゾーネンキントの氷室玲愛を逃がし、戦える姉と交渉に向いているリザ・ブレンナーを同行させた。これでよほどのことがなければ捕まることもない。それにあの面々であればツァラトゥストラが手助けするはずである。
「足が鈍ってきたぞ、もう終わりか?」
役目を果たした達成感からか……気持ちが緩み僅かな、しかし戦いの間においては大きな隙が生まれた。
「これで死ぬがいい」
火球が正面から、否――――複数方向から連鎖的に攻撃が放たれていた。腐敗させることは出来ない。もちろん、躱すことも出来ない。そうなるようにすべて仕組まれていたのだから。
「う、ウアァァぁ――――!!」
こうなってしまえばすべての攻撃を耐えるしか助かる道はない。自分から火球に向かって突っ込む。攻撃を避けれないのであれば少しでもダメージを抑えるために前に進んだ方が良いと誠は判断した。
「……グッ……ッ!」
膨大な熱量。防御に徹した誠は何とか火球を突き抜け、突破した。だが、全身が焼けつき、誠は少なくないダメージを負っていた。
「今の攻撃を耐えたことは……まあ、よくやったと言ってやろう。とはいえ、やはりつまらん最後だ」
戦闘とすらいえない無様な結果――――
「私は傷一つ負っていない。それどころか形成すら使わずこのざまだ。やはり貴様のような極東の猿が黒円卓に名を連ねるなど烏滸がましいな」
ザミエルからすれば誠は所詮自分たちが不在の間を保つためにヴァレリアが選んだ適当な団員であり、つなぎ程度の役割しか持たない。死んでも、むしろ死んでスワスチカの贄となるのが相応しい相手だった。
「安心しろ、貴様の姉もすぐに私が殺しておいてやる」
もちろん、姉弟であり、裏切り者でもある螢も許しはしない。当たり前の話だろう。だが、誠からしてみれば自分のことなどもはや見ておらず、姉の螢に関心を移していたザミエルの様子を見て誠は自分の関心などその程度であるということがありありと見せつけられ滑稽だった。
「ふざ、けるなよ……」
これでは何のために黒円卓に入ったのかわからない、聖遺物所持者になったというのか。
「ハッ、その虚栄だけは買ってやるが……そもそも貴様、本当に確固たる芯があるのか?」
その言葉を聞いて、誠は凍り付いたかのように固まった。
「なにを……」
「なるほど自覚がないのだな、なら死ぬ前に自分を知るぐらいの慈悲は与えてやろう。お前は
それを言われた瞬間、無自覚に隠してきたヴェールが剥がされた。
エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ=ザミエル・ツェンタウァ
赤騎士の称号を持つ三騎士の一角。戦闘を含めた多方面の安定性ではおそらく双首領を除き最も高い。今戦ってる誠にとって実質ラスボスのようなもの。
形成 ATK5 DFE5 MAG3 AGI3 EQP5
誠(創造 三相女神・禍福無門)
創造 ATK4 DFE2 MAG2 AGI3 EQP2
物質を腐敗させる能力。歴代カインよりもその能力は腐敗のみに特化していない一方、腐敗できる対象に制限を受けている。実力的には低くはないが、腐敗してしまうので創造は滅多に使えず、櫻井家という括りの中では特別能力が高いわけではない。とはいえ、ザミエルが指摘したように何かしら誠には秘密があるようだが……?