櫻井家の末っ子   作:BK201

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15話 敗北

誠がエレオノーレと戦っていた時、この諏訪原市内で最も勝利に近づいていたのはヴァレリア・トリファだった。

 

「香純を放せ!」

 

声を荒げるが、香純という人質を取られ手が出せない蓮達。不幸中の幸いといえるのは、ヴァレリアが影から香純を人質にとった際、彼女の首をつかんでいたことで香純が気絶していたことだった。

 

「それを聞いたとして私に何の得がありますかね?」

 

蓮の言葉を聞いても全く余裕の態度を崩さないヴァレリア。彼は人質兼自身の勝利につながる最後のピースを手に入れた。圧倒的に優位な立場に立っている。

 

(懸念する要素があるとすれば、シュライバーを斃した方法。絡め手ではなく彼の速度を正面から打ち破ったのだとしたら警戒するに越したことはない……)

 

油断せず人質は確実に捕らえたまま、安全にこの場を離れる方法をヴァレリアは考える。

 

「私としても彼女を傷つけるのは忍びないですが、すでに状況は大きく変わっています。手を出せば――――わかりますね?」

 

敢えて明言しないことで、手を出しにくくする。相手を言いくるめるときの常套手段。だが、動けない蓮に代わって彼女が動いた。

 

「一つ、勘違いしてるわ聖餐杯」

 

そういって彼の言葉に横やりを入れたのは螢だった。最早ヴァレリアに対して敬称をつけることもせず、剣呑な雰囲気を醸し出して剣を抜く。

 

「おや、貴方達は手を結んでいるのではなかったのですかね?」

 

ヴァレリアからすれば少々意外な行動だった。情に弱い彼女が蓮達と共に行動している時点で彼女は蓮側だと思っていたからだ。必要なところで冷徹になれないリザや螢は相手にならないはずだと。

 

「いいえ、藤井君たちとはあくまで停戦を結んだだけ。協力や同盟とは違うわ。そして、私にとって最優先の目的は変わっていない。だから、藤井くん達には悪いけど貴方が抱えている人質に意味はないのよ」

 

それは半分ハッタリであり、半分真実だった。蓮達との関係から香純をすぐに見捨てれるほど、彼女は非情ではない。ヴァレリアの読み通り、情に流されやすい彼女の性格上、短い期間とはいえ、彼らとのつながりは強くなっていた。

しかし、どうしてもという事態になれば彼女は躊躇わない。彼女にとって一番の目的は兄である戒と姉のような存在であるベアトリスの蘇生によって取り戻せる日常であり、それはいくら蓮達に否定されても彼女にとって譲れない一線であった。

 

「櫻井、お前ッ!」

 

蓮が裏切られたといった様子で叫ぶ。司狼や玲愛は無言で真意を測るように見つめる。それは余計なことを口出ししてヴァレリアに警戒されるのを恐れたというのもあった。

 

「フフ……なるほど、目的の為なら犠牲は厭わない。確かにそうですね、貴女の目的が変わっていないのであれば彼女の人質としての価値は無い。ですが、だからこそ貴女は、いえ貴女とリザ、そしてテレジア……貴女達は私に手を出すことは出来ない」

 

「どういうこと?」

 

ヴァレリアにそんなことを言われて、指摘された三人は疑問を感じ、螢はヴァレリアに尋ねる。

 

「ああ、ええ……そうでしたね。貴女方は知らないのでしたね。ハイドリヒ卿が完成させる黄金錬成の真実を――――」

 

「だから、どういうことだって言ってるのよ!」

 

聞いてはならない。だが、聞かねば後悔する。されど聞けばもっと後悔する。そんな警鐘が鳴らされるが黙っていることが出来ず、焦らすヴァレリアに叫ぶ。それがヴァレリアの思惑通りだと気付いていても尋ねずにはいられない。

 

「簡単な話ですよ。真実は時として、とても残酷なものです。ハイドリヒ卿の黄金錬成によって叶えられる願いは、全てグラズヘイムに堕ち叶えられるのですよ」

 

残酷な事実をヴァレリアは突きつけた。現世組の中で黄金練成が行われれば一切合財ラインハルトのグラズヘイムに堕ちるという形で不死練成と死者蘇生が叶えられる。

それは螢やリザの望みが決して叶わないということだった。

 

「う、嘘よ……だとしたら、貴方の望みだって!」

 

リザがその事実を聞いて驚愕する。彼女の願いも螢と同様に他者を生き返らせること。ヴァレリアの言ったことが事実だとすれば、螢もリザも望み通り願いをかなえることが出来ない。しかし、それはヴァレリアも同じはずではないかと思って叫ぶ。

 

「ええ、その通りです。このままハイドリヒ卿がこの地に降り立ち、グラズヘイムを顕現させれば私の望みも叶わない。だからこそ、この子が必要なのですよ」

 

「どういう、こと?」

 

「簡単な話です。この綾瀬香純こそゾーネンキントの血筋を受け継いだ人物。テレジア、貴女の遠い親戚なんですよ」

 

その言葉にこの場にいた全員が驚愕する。

 

「そうか、ようやく合点がいったぜ。テメエの目的は儀式を不完全に発動させて、自分にとって都合の良い部分だけを掠め取ろうっていうことだな」

 

司狼が香純を人質に取ったことを理解して口を挟む。

 

「ええ、その通りです。改めて尋ねますが、このまま私に手を出すことは貴方達全員メリットがありません。逆に私に手を貸していただければ、双首領の悲願の成就を防ぎ、我々の目的を達成することが出来るのですよ」

 

ヴァレリアの言う通りだった。これで螢とリザは手を出す手段を失った。それどころか、事実を突きつけられた以上、願いをかなえる方法はヴァレリアに従うしかない。嘘という可能性もあるが、それを嘘だと言うには突きつけられた言葉が重すぎた。

 

「私は、綾瀬さんを、ううん、誰かを犠牲にしてまで自分が助かりたいとは思わないよ」

 

故にヴァレリアのその提案を最初に否定したのは玲愛だった。ゾーネンキントであった彼女は黄金錬成の事実を薄々察していたのかもしれない。事実を知った衝撃よりも後輩である香純をヴァレリアの暴走に巻き込むわけにはいかないと感じていたのだ。

 

「ふふ、ふははっ。誰も犠牲したくないと?テレジア、よくごらんなさい。この街の犠牲者を――――既に80万人の人口を誇っていたこの街で、一体何人がスワスチカの贄になりましたか?彼らは全員いうなれば貴女が生み出した犠牲でもあるのですよ?」

 

突きつけられたくない事実を攻め立てられ、玲愛は怯む。

 

「初めから抵抗していれば、こんなことにはならなかった。貴女は立ち上がるのが遅すぎたのですよ。チャンスは幾度となくあったはずです。初潮を迎えた時、自らの運命を知った時、私がこの諏訪原市に訪れた時、藤井君が力に目覚めた時、スワスチカの開放が始まる前までに何度も機会はあった」

 

言葉の毒が蝕む。

 

「頼めば味方になる者もいたでしょう。リザも、カインも、レオンも。彼らは少々堅物ですが説得は出来たはずだ。そして藤井君に頼めばすぐにでも……最悪、自殺すればこんなことにはならなかった」

 

全て結果論に過ぎないが彼女に選択肢はあった。だが行動に移した結果、街の人は死に、味方に巻き込んだ人間はより大きな被害にあっている。

 

「そう、貴女は何もしなくていい、何もできないのですよ。貴女が何もせずにいてくれれば私が代わりに彼女を祭壇へと捧げることが出来る。そうすればハイドリヒ卿の黄金錬成は不完全な形で終わり、世界は救われます」

 

確かにそうかもしれない。そう玲愛達は思ってしまう。

 

「とても簡単な話でしょう。これまでと同じように、ただ黙っていればいいのです」

 

黙っていれば、でも香純が犠牲になるのは良いのか?しかし――――

 

「安心しなさい。黄金錬成は一度しか行えないわけではありません。時期が来ればまた儀式は行える。その時に、香純さんも、貴女が犠牲にした者たちもいずれ私が救ってあげますよ」

 

ならば、ならいいのではないか……そう全員が――――

 

「先輩、間違っている!こいつは逃げてるんだよ!」

 

「藤井、くん……」

 

道理が合わない。まだ限りある大切な人のために全てを犠牲にするという螢の方が理屈として通じる(蓮は当然それを認めないが)。

 

「大体だ、そりゃ無理だろ?犠牲にするのが百、救うのが一じゃ、いつまでたっても救う相手が増えるだけだ」

 

血で血をぬぐう、永遠に消えない贖罪。螢達の様に一を救うために百を犠牲にするのではない。

すべてを救うために犠牲を増やし続ける。一を救うために百を犠牲にして、その犠牲にした百を救うために一万を犠牲にする。そんなものは子供でもわかる破綻した数式に過ぎない。

 

「俺は絶対認めない。死んだ人間は救われない。ラインハルトは俺たちがぶっ倒して、日常を取り戻す。それだけだ」

 

「交渉は決裂ということで?」

 

「元々交渉ですらなかっただろ」

 

誰もが勘違いしていた。聖餐杯の武器はその絶対的な防御力でもなければ、策士としての知略でもない。相手の思惑を読み挫く言葉にあった。防御や知略はその副産物。

ヴァレリアに勝つためには一部の隙もない完璧な人間であるか、どんな言葉も通用しない獣畜生であるか、ヴァレリアの本質を見抜いている策士、即ち双首領や三幹部のみである(そんな彼らですら三幹部は状況によっては敗北しかねない)。

だからこそ、それを打ち破れるのは道理を無視した強い思いなのだ。それを蓮と司狼は持っていた。

 

「では明日の夜、最後のスワスチカが開く場所、諏訪原タワーでお待ちしております。そこで決着をつけましょう」

 

「逃がすと――――!?」

 

次の瞬間、教会でこれまでにまして巨大な爆発音が鳴り響いた。まるでタイミングを読み測っていたかの様にヴァレリアは動き出す。香純を抱え盾にしたまま空いている手刀が玲愛(・・)に向かって突き出された。

蓮も司狼もその想定外の攻撃に驚愕して膠着する。殺気を向けられ、戦ったことはあれど、爆発に気を取られ、他人を守る戦いの経験がなかった彼らはすぐに動けなかった。

 

「――――!?」

 

ゾーネンキントであっても肉体的には一般人と変わらない。彼女を溺愛していた彼が、ゾーネンキントである彼女を傷つけようと、否、殺そうとするなど玲愛本人ですら予想だにしていなかった。

一番近くにいた螢は事実を知ったショックからまだ完全に立ち直れておらず、咄嗟に動けない。

故に――――

 

「ガハッ……!」

 

――――貫かれたのは咄嗟に玲愛の盾になったリザ・ブレンナーだった。

 

「残念ね、ヴァレリ……ア……」

 

(リザ……貴女は、最後まで母親としての役目を貫こうとしたわけですね……スワスチカを開かない、この死が私の与えられる最後の救いかもしれません)

 

「貴女に救いを、リザ」

 

自分が刺し貫いた相手に名前を呼ばれ、彼は無表情だがそんなことを口にしてこの場から逃げ出した。全員動きが止まり、十分すぎる隙が出来たからだ。唯一司狼だけは銃を向けた。狙いはヴァレリアではなく香純。

 

(奴の目的がその黄金錬成を掠め取ることなら、香純は確実にヴァレリアにゾーネンキントとして使われて犠牲になる。なら、撃つしか――――)

 

「やめろ、司狼!」

 

割り切ろうとした司狼と割り切れなかった蓮。二人は――――敵であるヴァレリアを除く全員が選択肢を誤った。螢は黄金錬成の事実を知ったことから立ち直れず、リザはその身をもってもヴァレリアを止めることができず、玲愛は必要だった一言を言えず、司狼は銃を構えてしまい、それを見た蓮がヴァレリアを止めるのではなく司狼を制止の言葉を投げた。

 

螢が立ち直っていれば、リザが犠牲になることなく玲愛を守れた。

リザが彼の本当の名を呼んでいればヴァレリアは揺れていた。

玲愛が彼に必要な一言を発していれば彼は攻撃しなかっただろう。

司狼が砲弾に気を取られなければ香純を救える機会を得たはずである。

そして蓮が周囲を無視してヴァレリアに向かえばその速さで皆を救えていた。

 

何が原因だったのか――――連戦の消耗か、ヴァレリアの言葉の毒か、精神的な疲労からか。なんにせよ、エレオノーレと誠の決着の瞬間、その爆発に気を取られた彼らはヴァレリアにまんまとやられ逃げられた。

 

 

 

「――――クソッ!」

 

「どこへ行く気だよ?」

 

「決まってんだろ!あいつを追いかけるんだ!」

 

「やめとけ……」

 

動けなかったことを恥、激昂した蓮はすぐにでもヴァレリアを追いかけようとするが、司狼がそれを止めた。

 

「なんでだ、司狼!!あいつが――――「待って!……藤井君、お願い、待って……」」

 

リザの返り血を浴びつつも無傷だった玲愛は泣きながら蓮を呼び止めた。

 

「今、追いかけても追いつける保証なんざどこにもねえ……仮に追いついても消耗してる俺達じゃ……悔しいが、またやられる」

 

胸部を貫かれ、玲愛を守ったリザはほぼ即死だった。元々彼女の直接の戦闘能力は、黒円卓の中で最も低い。だが、そんな彼女は蓮達が動けなかった中で一人だけ動いて、玲愛を庇い、そして死んだ。

誰もが少なからず動揺していた。まともな状況ではなかった。誰も動けず、その場で立ち止まる。

泣き崩れる玲愛、何もできなかったことと知ってしまった事実に呆然とする螢、やるせない表情で煙草を咥える司狼、怒りと後悔で苦渋に満ちた様子の蓮。

何度も敗北は味わってきた。だが、彼らはまだ子供で、完全な敗北をここで初めて味わった。

 

そんな彼らの様子を嘲笑うかのように夜が明け始めていた。

――――次の夜がクリスマスの、そしてスワスチカを巡るこの戦いの最後の夜になる。

 

 






現在の生存者

蓮 司狼 螢 玲愛 (橋付近)
ヴァレリア 香純 (タワーに向かって移動中)
誠 (教会)
マキナ ラインハルト (グラズヘイム城内)
メルクリウス (不明)

スワスチカ(7/8)
第一 博物館
第二 公園(シュピーネ)
第三 ボトムレスピット
第四 病院
第五 学校(ヴィルヘルム、ルサルカ)
第六 遊園地(シュライバー)
第七 教会(エレオノーレ)
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