2017/10/18 加筆修正しました。
電話のベルが鳴っている。
その音で、
壁の時計に目をやると午前3時を少し回ったくらいだ。
ソファに倒れこんで目を閉じてからまだ1時間も経っていない。
睡魔で働かない頭のままふらふらと立ち上がると忌々しい受話器を取り右耳に当てた。
「はい、
まで口にしたところで受話器の向こう側から聞きなれた声と騒がしい犬の鳴き声が聞こえてきた。
「金城先生?あたし、吉野です。」
ああ、またあのご婦人からの深夜のダイヤルだ。
連太郎は眉をひそめる。
「はい吉野さんこんばんは金城です。またジョセちゃんの夜鳴きですね。」
「そうなのよ・・・ジョセフィーヌの夜鳴きが止まらなくて困っているの。今から連れて行ってもいいかしら」
「吉野さん困りますよ、うちペットホテルやってないんです。それに昨日も言いましたけどジョセフィーヌはどこも悪くないんです。元気が良すぎて遊びたいだけなんですよ。吉野さんにかまってほしくて鳴いてますから明日の昼間にたっぷり遊んであげてください。そうしたら夜は疲れておとなしくなりますから。」
ため息混じりに答えたが吉野さんは声を荒げて引き下がらない。
私は昼間は料理教室に華道などの習い事で忙しい。
ジョセフィーヌが一人でも昼間に遊べるおもちゃをそっちが用意しろ。
受話器を耳から放しても聞こえるキーキー声にうんざりしながら
わかりました。連れて来てください預かりますから。と答えると受話器を戻した。
椅子の上に掛けた白衣を手に取るとそれを左手に持ち部屋を出た。
廊下横、診察室脇の部屋ではケージの中でおとなしくしていた犬や猫が連太郎に気づき甘えた声を出す。
「起こしちゃってごめんな、またあの暴れん坊が来るってさ。」
幸太郎と書かれたプレートを首から提げた柴犬の頭を撫でながら連太郎は呟いた。
昨年の10月のある日の昼間、吉野ジョセフィーヌは初めて
ここ、倉賀野ペットクリニックを訪れた。
真っ白いふわふわ毛並みのスタンダードプードル3歳の雌犬である。
プードルという犬種はフランスが原産で水辺の狩りを得意としていたとされている。
別名がフレンチプードル、直訳すると<フランスの犬>である
体高は最大で約60cm、体重は19キロにもなる中型犬だ。
2000年代爆発的な人気を博している体重が3kgにも満たない小型犬のプードルたちも元を辿ればこのスタンダードプードルなのだ。
プードルの性格といえば、利口で活発である。というのが一般的なものらしいのだが
この吉野ジョセフィーヌは今まで自分が関ってきたほかのどのプードルよりも活発で、元気すぎて手に負えないというのが正直な感想だった。
加えて利口と呼ぶにも少し違う。
プードルという犬種は人が狩猟をして生活していた時代から共に暮らしてきた歴史があり、他の種類の犬達と比べても躾がしやすいのが特徴だ。
知能も犬の中ではトップクラスのため初めて犬を飼うという人にはぜひともプードルをお勧めする。
しかし吉野プードルはお座りやお手や待てといった基本的な行動が出来ない。
いや、出来ないというよりも近くに飼い主やそれ以外の他人しかいない状況でも彼女は尻尾を振り乱し遊んで欲しいと飛び掛ってくる。
そのテンションが常にフルの状態ではどんな命令を下したところで聞こえてないのである。
これには倉賀野クリニック従業員一同手を焼いていて、もしかしたらプードルに近いミックスなのではないかとも疑ってやまないのが現状である。
昨日もジョセフィーヌは来院したのだが、その際に外耳炎で治療入院中で散歩から帰宅した柴犬の山崎幸太郎6歳雄が遊び相手の欲しかったジョセフィーヌに執拗に追いかけ回されたためストレスが過度に掛かってしまった。
それが原因で彼は尻尾の付け根の毛が少し脱毛するというかわいそうな姿になっていた。
吉野が来るまであと15分程だろうか、急いで入口に回りロビーと受付の電気を点ける。
倉賀野ペットクリニックと書かれた外の看板に明かりが点ったことを確認するとそのままロビーのソファに腰を下ろした。
時計を見ると午前3時半だ。
「今日も徹夜か、」
そう呟いて手のひらで顔を撫でていると、外から乗用車の音が聞こえてきた。
ハイビームの白い軽自動車は国道からウインカーを付けずに当医院の駐車場へ左折で入ってくると
駐車の区画線を無視してまっすぐ正面玄関の前で止まった。
助手席の窓からは昨日会ったばかりの真っ白いスタンダードプードルが今にも飛び出しそうに身を乗り出している。
やれやれと立ち上がると外へ出て軽自動車へ近づいた。
「吉野さんこんばんは、ジョセちゃん元気そうですね」
窓からはみ出ているジョセフィーヌを撫でながら運転席から降りようとしない厚化粧で丸顔の女性に声を掛けた。
深夜に自宅からここまで来るだけなのに吉野さんはしっかりメイクをしてきたようだ。
左手の人差し指には金色の指輪が見える。
「今日の夕方引き取りに来るからそれまでジョセフィーヌの世話をして頂戴。」
「わかりました。でもね吉野さん、夜鳴きの原因は家にありますから毎回こうやって連れてきても改善はしないんですよ。これは吉野さんとジョセフィーヌの問題ですから、なので明日の夜からは夜鳴きしてもお家で対応して頂けますか?」
助手席から降りると同時に連太郎に飛びついて尻尾をぶんぶん振り回すジョセフィーヌの首輪にリードを付けながら説明した。
「あら、この子に何かあったらいつでも連絡してと言ったのはあなたじゃない。」
吉野さんは連太郎を睨みつける。
「確かに言いましたけど、それは具合が悪そうだったり怪我をしたときの話ですよ。夜鳴きはしつけの範疇ですから飼い主さんのすることであって僕たちのすることじゃないんです。それにうちに来たときは夜鳴きしないんですよ。」
「まあ、じゃあ私が夜寝られなくて体を壊してもいいと言うのね。嫌な人、それでも今日は預かってもらうわ。私は朝から大事な用事があるんだから。」
連太郎が何かを言おうとすると吉野さんはよろしく。と一言言って車を急発進させた。
辺りに排気ガスの臭いがたちこめる
「お前の飼い主、相変わらずきついな。」
ハイビームの軽自動車はウインカーを出さずに駐車場から車道へ左折するのをジョセフィーヌは尻尾を振りながら、連太郎は苦虫を噛み潰したような顔をして見送った。
参考資料
・犬とわたしのこころにつながる。わんちゃんホンポ
・みんなの犬図鑑
・Petpedia