時間通りに渡辺さんは病院に来てくれた。
彼の着てきた服が普段の出勤時に着ていたような無難な私服ではなく、
完全なプライベートでないと着ないような趣味が垣間見える奇抜な服装だったことには少し驚いたが連太郎は特に感想を述べなかった。
ジョセフィーヌも大人しく大型犬用のケージに入ってくれたので二人と一匹は19:20分に車に乗り込んだ。
「吉野の家までのルートは確認してあるのか?」
シートベルトを着用しながら渡辺が口を開く。
「はい、調べてあります。ここから車で15分ほど行った所です。」
連太郎はメモ帳を広げながら答える。
カーナビに吉野真里江の自宅であろう住所を入力すると一瞬の間を開けて目的地までのルートと所要時間が画面に表示された。
目的地までは約8キロの道のりだ。
渡辺がルートを確認すると、車はゆっくりと動き出した。
あの日と同じように駐車場の出口で一旦停止をするとウインカーを出して左に曲がる。
連太郎は2日前の深夜、愛犬を無理矢理押し付けて闇夜に消えた吉野真里江のことを思い出した。
彼女はなぜペットを迎えに来ないのだろう。
連絡先が使われておらず吉野からの連絡もない。
ジョセフィーヌは本当に捨てられたのか。
様々な疑問が頭に浮かんだ。
しかしその答えはあと数十分で解けるはずである。
流れる景色を眺めながらそんなことを考えていた。
「ここか?」
カーナビを確認しながら渡辺が独り言のように言った。
画面には目的地周辺と表示されているから間違いなさそうだ。
「そう、ですね。ここのようです。」
画面に表示された町名とメモ帳の町名を照らし合わせて蓮太郎は頷いた。
車の進行方向右側に相当の築年数であろう木造の一軒家が建っている。
昔ながらのコンクリートブロックの屏と錆付いた両開きの門扉。
家の外壁には枯れて茶色く干からびた蔦が幾重にも絡みついていた。
ヒビの入ったコンクリートブロックにこれまた昔ながらの木の表札が取り付けられている。
吉野と書かれている、吉野真里江の自宅に間違いなさそうだ。
家の明かりは点いている。
「成金趣味のババアだったか」
渡辺が眉をひそめる。
確かに普段病院で見かける吉野真里江の見た目からはこの家は想像できなかった。
「香水の匂いまき散らしてブランドバッグぶら下げてでっかいプードル連れてる金持ちアピール女がこんな貧乏くせえ家に住んでたとは、見栄は怖いねえ」
連太郎は渡辺さん言い過ぎですよ。と釘を刺そうとして気がついた。
二日ぶりに家に帰ってきたと言うのにジョセフィーヌが落ち着いている。
通常は普段慣れている匂いや音が近づいてくるとそわそわと落ち着かなくなるのが動物の習性である。
助手席から体ごと後ろを向いてジョセフィーヌに目をやると自分の家に近づいたことには気づいているらしく鼻をひくつかせてはいる。
しかし体を起こそうとはしていない。
頭も窓の外へは向いていない。
黙り込んでジョセフィーヌを見つめている連太郎を見て渡辺が首を傾げた。
「吉野さん、いないかもしれないですね」
連太郎が視線を変えずに口を開く」
「は?なんでだよ。家の明かり点いてるぜ?」
渡辺もジョセフィーヌへ視線を向けた。
「いえ、本当にそうかはわかりません。行ってみましょう。」
連太郎は体の向きを元に戻すと少し慌てた様子でガチャガチャとシートベルトを外して外へ出た。
4月とはいえ夜は肌寒い。
息を吐くと心なしか白いもやが出てる気さえする。
「俺も行くわ、なんか面倒くさいことが余計に面倒くさいことになりそうだからさ。」
渡辺が運転席から降りてくる。
この人はなんだかんだ言って面倒見は良い。
口は悪いが普段から困っていると助けてくれるし頼れる存在なのだ。
お客さんに対してもこの言い方はあまり変わらないがそんなサバサバした性格が受けるのか評判も悪くない。
もちろん獣医としての技量も申し分ない。
心強い味方に感謝して連太郎は門扉に手を掛けた。
見た目通りサビのせいで門扉はギギギギと耳障りな音を出して開く。
しかし開いたかと思ったら、人が一人分通れるほど開いたあと何かにつっかえたのか動かなくなってしまった。
オレンジ色の明かりが点っている玄関先、玄関扉の右側にはこの家が建った時から変えてないであろう色あせたブザーが付いている。
連太郎は躊躇せずにそのブザーを押した。
ブー
ブザーが鳴る。
しかし誰かが出てくる気配はない。
家の中は静まりかえっている。
もう一度押してみる。
同じようにブザーは鳴るが中からの反応はやはりなかった。
「夜分に申し訳ありません。倉賀野ペットクリニックの金城です。」
連太郎は扉をノックしながら声を掛ける
「誰もいないな、明かり点いてるのに」
渡辺が言ったと同時にドアノブに手を掛けた。
ガチャンと音がして開く気配はない。
どうやら鍵はかかっているようだ。
「中で倒れてるとか・・・」
連太郎ががつぶやくと渡辺が窓ぶち破るぞ、と意気込んで庭に回り込んだ。
雑草の生い茂る庭に足を踏み込むと縁側が見えた。
ここならば窓を割って入れそうだ。
渡辺さんが窓を破ったら中に入って、万が一本当に吉野さんが倒れていたら119番
と頭でシュミレートしていたとき
「ぎゃあああ泥棒ううう」
道路から女性の叫び声が聞こえた。