Fate/Apocrypha 英雄王と鈴の花   作:戒 昇

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戦闘描写にこんなに時間がかかるとは…予想もしていなかったぜ。

一週間以上掛かりましたが、それではどうぞ!


第五話 初戦

ジャンヌの耳に突如として聞こえた風切り音を発した小さな影は、対峙していたランサーの胸部に目掛けて放たれたものだと分かる。

 

「…ッ!」

 

 その存在に気付いたのか、手に持つ槍で払うと、弾かれる音と共に何かが重力に従って落ちていく。正体はナイフであった…だがその材質はどう見ても「石」であり、見てくれでは英霊の体は勿論の事、人間の肉すら切れるとは思えない代物だった。

 そんな異物にジャンヌが目を一瞬だけ目を奪われていると、ランサーの背後から現れる影が見えた。

 

「はっ!」

 

 それに気付いたランサーが槍による薙ぎ払いを行おうとするが、直後に放たれた正拳突きによって体のバランスが崩れ、その場から落下する。

 

 しかし、空中で一回転をすると何事もなく着地する。同時に襲撃者も地面に降り立ち、数mの距離で対峙する。

 

「お前は…『黒』のアサシンか。気配遮断のスキルを持っているなら、気付きにくいのは納得だな」

 

「君は得物から察するに『ランサー』か…」

 

 

 何処からともなく現れた黒のアサシンに対して唖然としているジャンヌは後ろから声が聞こえた為、振り返るとそこにいたのは両膝に手をついた女性であった。

 

「…よ、良かった~ 間に合っ、た?」

 

「…?」

 

 相当の距離を走ってきたのか、息を切らしており呼吸が整うまで少し時間がかかったが何とか立て直し、こちらを見ると狐に包まれたかのような表情をした後、恐る恐る質問をしてきた。

 

「え? サーヴァントて出てる…あ、あのこれって本当…ですか?」

 

「ええ、私は『サーヴァント・ルーラー』ですが、あなたは『黒』のアサシンのマスターですね?」 

 

「は、はい! 『花園花鈴』と言います」

 

 ステータス情報を見た花鈴は驚愕した…資料にすら載っていなかったエクストラクラスの存在と彼女が持つ様々な特権に対しか…それが原因でか彼女の全身に緊張が走って、変な喋り方になる。

 

「ふふ、そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ」 

 

 しかし、当のジャンヌ本人はそれを気にすることもなく慈愛の笑みを今だに立ちすくしている花鈴に向ける。

 

(何か良い人そうで助かったけど、ただの人助けのつもりがこんなことになるなんて…)  

 

 とりあえず一安心をする花鈴だったが、途中まで送ってもらっていた車を引き返してでも行った行為が、まさか「聖杯大戦」の初戦を飾ろうとは思いもよらず、肩を落としてしまった。

 

 

 さて、ここで何故花鈴がランサーとルーラーの戦闘に介入が出来たことへの解答をしよう。それこそ「花園家」のみが使えてきた魔術にあった。

 

 その名は「反響魔術」と呼ばれるもので、魔術協会においてはマイナーの中のマイナーで使えるのはおろか、知識として知っている者すら少ないと言われている魔術の一つである。

 中身は魔術師が自らの魔力を超音波に似たものへと変化させた後、それを周囲に放ちぶつかって返ってきたものを受信し、その方向と返ってきた遅れから物の位置を知ることができる。この魔術は物や生物だけではならず、肉眼では見えない魔術の類まで知覚することが可能とする。

 これは自然界にも似たようなものがあり、「反響定位」としてコウモリやクジラなどが使っていることで知られている。

 

 これを使えば索敵は勿論のこと敵からの魔術攻撃を察知し、完全に回避して攻勢に転じられるメリットがある。

 しかし、デメリットは反響させる物質を自身の魔力から補う必要があり、他の魔術と併用する場合は魔力の消費量が尋常ではないこと、あくまで索敵や防御の為の魔術なので攻撃の魔術を用意しなければならないことだ。

 この二つのデメリットのおかげで魔力がかなり必要な上に他と併用しなければ機能もしずらい代物になってしまい、結果として魔力量が乏しい魔術師の卵達からは「無駄に魔力を使う魔術」と言われ、歴史が深い一流の魔術師からは「魔力食い虫」などと揶揄され、日の目をみることはない魔術であった。

 

 そんな魔術でも魔術師という人達を嫌悪し、何より戦いを好まない花鈴にとっては有り難いもので、家を出た後も欠かさずに練習していた。その甲斐あって今ではスムーズに発動できるまで、この魔術をものすることができたのだ。

 

 

 花鈴はこの魔術を移動の時にも放っており、ブカレスト市内に既に多くの魔術師がいた事を感知していた為、車を止められない様に警戒をしていたが、結果として何も起きず杞憂に終わったと思っていた。

 しかし、トゥリファスまで続く一本道に人払いの結界が仕掛けられていて、その内部に多量の魔力を浴びた男とそれに対峙する女性の姿を見つけた際には、彼女自身も驚くほどの声を張って車を止めたのだ。

 苦しい言い訳まがいの説得をして車をブカレストに引き返した後、アサシンのみを戦場に送り出して自分は女性を保護しようと七年ぶりの数百mの距離を全力で駆け出した。

 

 結果から見れば、彼女の行動はルーラーにとっては自身が持つ全サーヴァントへの絶体命令権たる28画の「令呪」を行使する決断や「宝具」を使わせなかった事から助かったとみていいだろう。彼女とて上記の二つを使わずして、ランサーの攻撃を凌ぐのは容易ではない。

 

「どうしよう…」

 

 思いもよらない戦闘に戸惑う花鈴は、その事実には気付かないでいた。

 

 

 

 一方、ランサーは襲撃者たる黒のアサシンを見やる。

 白銀の髪に茶色のローブ、手にしているのは先ほど払ったのと同じ石のナイフで、それ以外の武装は見当たらず、とても正面から戦うなど到底思えなかった。

 

 「不思議なものだな、アサシンの得物はそれでいいのか?」

 

 「構わないさ、そしてこれはもう必要ない」

 

 アサシンは手にしていたナイフを投げ捨てると右足を後ろにずらし、左手を前に出す姿勢をとる。

 

 「これが私の殺りやすい形だからな」

 

 放つ殺気はランサーの肌を貫くほどの鋭利なもので、ただのハッタリではないと伺える。

 

 「なるほど、策もなしに向かってくる訳ではない…という事か」

 

 手にした槍を構えるとゆっくり息を吐き、鋭い両目をさらに細める。

 

 「ならば手加減の必要もない。その首を獲らせてもらおう」

 

 「それは、こちらの台詞というものだ」

 

 一瞬の静寂が場を包む…その刹那、二人が同時に地を蹴った。

 

 

 

 

 花鈴は目の前で繰り広げられる戦いに驚愕するしかなかった。

 それは一対一である事すら忘れてしまいそうな程の凄まじさ。

 渦巻く魔力は彼等の異常さを示し、武人の決闘とはほど遠い速さの攻防。

 

 その結果、路面は抉られ元の形すら判別ができず、振るった槍が空を斬ると鉄製の標識までが、豆腐のように簡単に斬られて崩れ落ちる。

 

 時折、抉れた土の塊か鉄屑なのか分からない物体が戦闘を見守るルーラーと花鈴の元までくるが、それは予めルーラーが張っていた防壁で防がれていた。

 だが、彼女達がいる場所以外は見るのも無残な状況であり、これが二人のヒトガタによって生じた破壊だとは思えるだろうか。

 

 この驚愕と恐怖が花鈴にとって紛れもない現実と教え、同時に自身が巻き込まれた「聖杯戦争」の実態を物語っている。

 

 “これが、サーヴァント同士の戦い…”

 

 息が詰まりそうな程の濃密な殺気と魔力が満ちる空間で、ただ注視し立ち尽くすことしか彼女には出来なかった。

 

 

 アサシンはランサーの超速を越える槍撃を両手で弾きながら隙を伺っていた。上段から振り落とされた一撃を左腕で受け止めた後、右腕で彼の胸への一撃を放とうとするが、直後にランサーの体から吹き出す炎に阻まれてしまう。

 その間に槍を引き戻して再び、槍撃が放たれる。

 

 通常槍のような竿状武器は連撃の合間に隙が生まれるのだが、ランサーはそこにスキルである「魔力放出(炎)」による炎熱を纏うことで接近するのを許さず、常に攻撃の間合いを保つ事により自らの優位性を譲らなかった。

 そんなランサーの技量にアサシンは舌を巻き、同時に畏敬の念を抱く。

 

(強い…だが、ただ強い訳ではないな) 

 

 卓越した槍捌きから推測してもランサーが希代の英雄であることは、真名を知らずともアサシンは分かる事だった。

 さらに際立つのはアサシンに対する態度である。

 

 現在、アサシンはランサーへの有効打を与えるどころか、彼の猛攻を御しきるだけがやっとの状況である。この場合において、ただの凡人ならばアサシンを見下し相手にするのも面倒と思い、驕りが出てしまうだろう。

 だが、ランサーはどうだろうか…数十合に渡る打ち合いにおいて、彼が手を抜いたことはなく全ての一撃は身に受ければ、即死する苛烈なものである。

 

 それを感じないのは、彼が驕らずにただ目の前にいる敵を討つだけに殉じ、その為だけに槍を振るう。アサシンには彼ほど正しき英雄像に当てはまる人物はいないだろうと考えている。

 

 (何処の英雄かは分からないが…今は彼との巡り合わせを我が神に祈りたいものだ)

 

 槍による薙ぎ払いを後ろに跳ぶ事で避けると、不安気に見守る自分のマスターが見えた。彼女に悪いことと思いながら、真の英雄との戦いに己の気持ちの昂りを感じつつあった。

 

 

 

 そんなアサシンとは反対にランサーは鉄の表情の奥に、ある疑問があった。

 それは戦いの序盤、小競合いの際に起こった最初で最大の勝機である。槍の連撃を防ぎきり攻勢へと転じようとするアサシンに対し、槍の持ち手で彼の踏み込む左脚を内側へと向かって払い、バランスを崩した隙に頭部を貫く強烈な刺突攻撃を放った。

 前のめりに倒れこむアサシンには避ける術を持つことはないと確信したランサーは、これで雌雄を決すると思っていた。

 しかし――

 

 左目辺りに刺突が届く前、アサシンは驚くことに左手で槍を掴み右足で地面を蹴り、掴んだ個所を起点にランサーを飛び越えて見せた。これには流石に驚愕を隠しきれず着地するまで見送ってしまうほどであった。

 

 あれほどの動きがアサシンクラスが出来る芸当か…?仮にできたとしても我が槍の攻撃を数度見ただけで、見切れるものなのか?、彼の疑問は最もである。

 頭にもやがかかる中、再び槍と体術の打ち合いが始まる。

 

 しかし、先ほどの疑問が残っている影響か槍捌きの精度が悪くなっていて、近づけさせてはいないが攻め込まれる展開が続くなど、彼にとっては辛い状況であった。

 

 (ならば…)

 

 考えいる事があった…それは今の疑問への答えが得られるかもしれないが、甘い攻撃になり相手に攻められる原因を作りかねないかもしれない。

 

 ―だが、確かめなければならない。後の憂いを取り除く為にも。

 

 ランサーは一端アサシンとの距離をとり、まず魔力放出による炎を自身を囲うように展開、それは徐々にではなく一気に解き放つようにした。当然ながら凄まじい炎の波はアサシンまで届き、彼の周りにあった草は燃えて焦げる臭いがその場に充満する。

 アサシンがそれに怯むと、ランサーが素早く移動し彼の左側に回り込む。と同時にあえて長く持った槍を降り下ろす。

 

 それはアサシンにとっては不意打ちに近いものがあり、凡人には捌ききれるものではなかった。

 だが、ランサーにはこの攻撃が当たる算段で放ったものではなく、むしろ避けられるのを前提としたものだ。

 

 斯くして、ランサーの予想通りに攻撃はアサシンの手刀で上方に弾かれた後、二三歩ほど後ろに飛び退いた。

 

 瞬間、ランサーの疑問は確信へと変わる。

 

 (やはり…何故だかは分からぬが、奴はこの槍の間合いを、いや槍兵との戦い方に熟知している)

 

 この戦いが始まってからアサシンが自分の大槍の間合いを計っていると考えていたランサーは、あの頭部への一撃で仕留められると踏んでいた。

 しかし、それは彼が槍の間合いを知っていなければの話であり、ランサーの考えは前提から間違っていたことになる。

 

 もし槍兵との戦いに慣れているのならば、もしランサーが持つ物と同じぐらいの槍と対峙したならば…仮説の域を出ていないが、そう捉えるならば不可解な事柄にも説明がつく。

 

 「…お前は何者だ? 少なくともオレが知る限りではいないがな」

 

 「あなたが知らなくても仕方がないさ…私の事を知り得るのは不可能だから、な!」

 

 言い終わるのと同時に、踏み込んだ左足で地面を蹴り、間合いを完全に詰める。

 そして、右の拳を力の限り―振り抜きランサーの腹部へと直撃する。

 

 「…ぐっ」

 

 ランサーの体を覆う防御宝具【日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)】は絶対的な守りを誇るもので、それは神々の攻撃ですら防ぐとも言われ、彼の強さを支えるものであった。だが、アサシンの拳は一瞬とはいえその防御を貫き、僅かなダメージを与えたのだ。

 ランサーは追撃を逃れようと後ろへ跳び、アサシンが逃すまいと更に強く踏み込んだ時だった。

 

―剣を携えたサーヴァントの一閃が戦場を貫いた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 同時刻。

 

 ここは獅子劫とコトミネ神父が顔を合わせた教会、その地下のとある一室。暗闇に包まれ揺らめくのは蝋燭の灯火しかない空間に一人の人物がいた。

 身に纏うのは血のような色合いをした足元までの長さがある幾重にもなるローブ、背中の生地には宝石を散りばめている。しかし、それに似合わない両目はギョロリと剥き出て灰色の髪は乱れている異相である事が分かる。その人物は手元にある水晶玉を覗いていた。

 

 映し出されていたのは、「赤」のランサーと「黒」のアサシンの戦いであった。

 しかし、彼の表情は浮かなくまた、辟易としているのが分かる。

 

 彼の正体は「赤」のキャスター、聖杯の招きに応じ現界を果たしたサーヴァントである。しかし現界と同時に地下に潜り、そこに自らのクラススキル「陣地作成B」にて工房を作り、そこに篭ってしまった。

 聖杯にかける願望はあるにはあるのだが、現界を果たして直ぐに叶わぬものと分かり、やる気を完全に無くしてしまったのだ。

 マスターはおろかコトミネ神父ですら顔を見せず、戦いにも積極性はなく応じるつもりもないので、「赤」のサーヴァント達は早々に見切りをつけられてしまった。

 

 その為か昼まで篭り、夜には霊体化し出ていき街に繰り出して散歩のような事をしていて暇をもて余していた。しかし今夜は聖杯大戦の初戦が始まると盗み聞きをして、それを見ていたのだ。

 

 場面が少しズレて後方に控えている二つの人影を写し出した。彼としては既に飽きていた為か、半分しか開かれていない目で面倒くさく見る。

 

 「…ッ!」

 

 あまりの衝撃が彼を襲う…口はパクパクと金魚のように動き、枯れ木の如く細い腕は震えていて両目は大粒の涙で溢れていた。

 

 「お、おお…! 神はまだ私を見捨てていなかったぁ…我が願いがここで遂げられるとは!」

 

 水晶玉を握り潰しそうな腕力で掴み、中に映されている少女を凝視して、その姿を瞼に焼き付けんばかりに見る。

 

 「見間違いではない…あの可憐さ! あの純朴さ! 我が愛しの存在であると!!」

 

 それまでの姿とは一変してやる気に満ち溢れ、その目は燦々と輝いて見える。これまでは真面目にはやろうと思わなかった聖杯大戦に初めて関わるつもりだ…しかし、その心に逡巡する思いは。

 

 「…私に芽生えた新たな願いを叶えるには、赤も邪魔だなぁ」

 

 邪悪な笑みを浮かべ、冷静に且つ冷酷な思考の元に戦況を動かす一手を考え始める。

 

 彼にとっての聖杯大戦は今、自らのあくなき第二の願いを成就する為の「試練」となった。「(味方)」も「()」も関係ない全ては己の願いの礎になるのだ。

 

 「さて、そうとなれば早速動きますか…もう少し待っていてくださいね」

 

 揺らめく映像に向かって微笑むと霊体化をして、この場から消える。後に残ったのは薄明かりの部屋に少女(花園花鈴)が大きく映し出されていた水晶玉であった。




【悲報】キャスターが暴走する準備を始めた模様。


と言うことで「赤」側の変更はセイバーとキャスターでした。これからの展開に期待しながら待っててください(投稿スピードはあまり…)

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