終わりの果てに   作:雑草みたいな何か

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2 来島

 透き通るような青空に爽やかな風が吹き抜ける。その冷たい潮の香りが頬に心地よく当たり、髪を吹き上げた。私は、その乱れた髪を手櫛で整えながら書類へ目を落とす。

 

選導 理真 (せんどう りま)殿。

貴殿を廻時島の特別調査員として任命します。』

 

手のなかで羽ばたいているそれらの1枚目には、簡潔な文章が載っている。それに向け、もう何度目かになる溜め息を吐きながら2枚目にめくる。

 

『10年前に出現した離島都市にて、多数の行方不明者が発生しました。その大多数が遺跡の調査中によるものだが、中には貴女がたが専門としている人知を越えたモノが関与している疑いが出ています。よって特別課にこの案件を一任します。』

 

要約するとこのような内容。

10年前、日本から東の海に突如、島が浮上した。その島にはこれまで発見されたことのない未知の文明が眠っていたらしく、浮上し所有権が日本に移るとともに多くの学者が殺到した。それは10年経った今でも続いており、未だに多くの探検隊が名声と金を求めては遺跡に潜っているらしい。そしてその中から行方不明者が出ていると。

 

「あぁ~…。風が冷たいねぇ。」

 

 船内から甲板へ、男が声を上げながら出てくる。とっさに書類を自身に引き寄せ、声の主の方へ視線だけ向ける。男の容貌は今時には奇妙なものだった。シャーロックホームズを連想させるようなコートに帽子。見た目から自分は探偵だと、示しているようなものだ。

 

「んー?そこのお姉さん、どうしたのかな?」

 

思いのほか相手を凝視し過ぎていたらしく、それに気付いた探偵のような男が声を掛けてきた。

 

「いえ、その格好が珍しかったものでして…。」

「確かに、珍しいだろう?僕は見ての通りの探偵でね…。」

 

少し誇らしげに目を輝かして男が言う。その言葉を受けて今一度男を観察する。話し方に似合わずかなり若い男みたい。まだ、20の後半に入ったくらいだろうか。また、それとは不釣り合いに探偵のような風格は確かに感じられる。

 

「そういうお姉さんは、警察か、刑事の方なのかなぁ?」

 

 探偵を観察していた目を細め、相手の目をまっすぐに捉える。その双眸は人としての意思を感じさせないほど黒く澱んで、それに捉えられた私も底無し沼に嵌まったような気分にされた。この探偵はまともな人間でないと、私の本能が警鈴を鳴らす。それを気取られないよう愛想笑いを向けながら尋ねる。

 

「どうして、そう思ったのでしょうか?」

「軽い推測だよ。整えられた髪にスーツ姿から、お堅い所の人だって考えて、さらに色んな武道をやってる風に感じたんだよねぇ。その雰囲気。」

 

探偵は帽子を深くかぶり直しながら、楽しげに目を細めて続ける。

 

「島の会社はもっぱら机のお仕事。お姉さんみたいな人じゃなくて、パソコンとにらめっこするのが好きな人が行くんだよねぇ。だから、会社員って説は消えそうだし。」

「それだと、貴方の感想ではないですか。」

 

言って笑うと、探偵も一緒になって笑った。

 

「そうだね、だから先に決め手を言っちゃうと、見えちゃったの。ソレ、1枚目ね。印鑑。」

「あ…。」

 

 言われて紙を見れば確かに右上に警視庁の印鑑が押してあった。隠したつもりだったけど、実は見えてしまっていたらしい。自身の無用心さに内心舌打ちしながら、お見事ですと探偵に笑う。

 

「なるほど、よく相手を観察されているんですね。その観察眼は私も見習いたいものです。」

「いやぁ、それほどでも。だけど、ごめんね?」

「何が、ですか?」

「実は最後の印鑑が見えたって、アレ。実は嘘なんだ、鎌かけって奴だよ。」

 

 

 これが、私が島に着く前に探偵と出会ったおかしな話。私は今、港に到着した船から降りて大通りを進んでいる。あの探偵は最後の種明かしをした後すぐに、笑いながら何処かへ行ってしまい、それから先どこへ行ったのかも分からない。ただ、私の役目は探偵探しなんかではなく行方不明者の件の調査。昨晩見た、何者からの信号、についても気になる所だから。

 

「まずは事件は現場が教えてくれると言うし、うん。遺跡から行きますか!」

 

 地図を広げて遺跡を探す。あった。島の中心にある大通りから北東。続いて時間を確認する。

9時前。今から移動すれば昼には遺跡の捜査は片付きそうかな。そこからお昼を取って、宿を見つけよう。

今からのひとまずの計画を今一度あたまの中で復唱する。これは、どんな小さな事でも失敗しないよう、万が一に備えて、いつもやる日課です。あくまで万が一のためです。それにうんと納得して、行動を開始した。

 

 

「行方不明か。ああ…。うちからもちょっと前に数人出ましたよ…。」

 

 北東の遺跡に着くとすぐに探検隊の一団に声を掛けると、隊長らしき壮年の男性が顔を青くしながら小さく答えた。その瞳は微かにではあるが揺れ、作り話を始めようとしている。これは嘘つきの目だ。

 

「ですが、あれは仕方のないそう、事故のようなものだったんです。」

「…事故ですか?」

「えぇ。その通り!遺跡探索中に、崩落に巻き込まれたようで…。手を尽くしたのですが……。」

 

空腹の魚のように私の言葉に食いついた隊長は、行方不明の件を崩落として処理しようとしているみたい。だが常に物語を追っていた瞳は探索中と言った瞬間だけは、真実を見ていた。つまり遺跡の探索中に何かあったのは知っているが、それを教えたくはないということになる。

 

「では、その事故の瞬間をあなたは見たのですか?」

「…いいえ。その場に、居合わせませんでした。」

 

言葉とは裏腹に視線は自身の言葉が嘘を示している。やっぱり、この人は何かを見て知っている。

 

「…そうですか。遅れましたが、ご愁傷様でした…。このような件は忘れてしまいたいですね?」

「本当に、その通りですね。」

「ですが、私も仕事ですので調査をしなくてはならないのです。もしよろしければ、その時一緒に探索をしていたメンバーが居れば教えて頂けませんか?」

 

 声のトーンを下げ、目を伏せて問う。隊長もしばらく唸って考え、頭を下げている私を2度確認すると渋々ながら、隊員の1人を紹介してくれた。その人、新目 ヤス(あらめ やす)は明日まで休暇でホテルに泊まっているらしい。私は懇ろに挨拶をして、遺跡を後にした。

 

 新目さんに話を聞くついでに自身の泊まるホテルを確保しに島の西部に向かった。その頃には時計は3時を示していた。

 

「では、本日9月11日から3日間の宿泊でよろしいでしょうか?」

「ええ。それでお願いします。」

「かしこまりました。」

 

島のグランドホテルのロビーの受付係が頭を下げ、私の部屋の鍵を差し出す。202号室と書かれた鍵を受け取りながら、そっと受付係に尋ねてみた。

 

「新目 ヤスという人が宿泊していると聞いて、会いたいのですが、連絡を取ることは出来ませんか?」

 

そう聞きながら警察手帳をチラリと見せた。受付は一瞬驚いた顔になると、何かを考えすぐに納得を表情に示した。それに軽く頷くと、隊長からの紹介と言ってと伝えフロント横のソファーに腰かける。受付はすぐに電話で確認を取ると、私の元へ小走りで向かってきた。

 

「新目さん、すぐにいらっしゃるようですので、少しお待ち下さいませ。」

 

そういって一礼するとフロントへトンボ返り。その後ろ姿にお礼を言う。そこから5分もしない内に件の探検隊員、新目さんがエレベーターから現れた。

 

「オレに、ナンカ用スか?」

 

 新目は気だるげな目に、アロハシャツという軽装で、ぼさぼさの髪を掻きながら、トボトボといった感じに歩いてきた。その疲労に満ちた顔で大きな欠伸をしながら、軽く睨み付けてくる。疲労のせいか老けて見えるが、30はまだ越えてないように思える。それに苦笑いのような表情を見せるようにしながら、刺激しないように注意する。

 

「お疲れのところ申し訳ございません。あなたの隊の隊長さんから話を聞いて、紹介してもらったのです。」

「ああそうだな、オレも隊長からの紹介じゃなかったら話すらしねえッスよ…。」

 

ただでさえ疲れてる時に来やがってと、ぶつくさぼやきながら私を一瞥すると本題を話すよう視線で促した。見た感じ探索から戻ったばかりなのかな。だとすれば貴重な休みを潰したくないと考えているだろうから、ズバッと本題に入ってしまおう。

 

「では単刀直入に。遺跡で隊員が行方不明となったと聞きました。その時の状況を、教えて頂きたいのです。」

「それは崩落が起きて、先行していた仲間が巻き込まれた。ただの事故ッスよ。」

 

 隊長と同じ理由で誤魔化そうとしている。私を騙そうとする目に、言葉に、噛みつこうと口を開く。すると新目は鼻で笑ってそれを制止した。

 

「あんたは、それで納得出来なかったってクチの人っしょ?良いッスよ。嘘吐いたってすぐばれそーだし、面倒なんで教えますよ。」

「…え?」

「そん代わり、教えたらチャッチャと帰ってくださいよ?」

 

予想外の展開に目を丸くする。えぇっと、説得の必要もなく教えてくれるらしい。ただ、嘘を吐くかも知れないから、注意はしておかないと。気を抜かないよう姿勢を正すと新目は口元を少し歪めた。

 

「警戒なんてしなくても嘘ぁ吐きやせんよ。」

「ぇあ、表に出てしまいましたか…。すいません。」

「しっかりしてるように見えて、案外ユルいんスね。でも、そっちんがオレは良いって思いますぜ?」

 

私がしょんぼりとしていると、新目はきさくに笑った。釣られて私も表情が柔らかくなってしまう。それに気付いて顔に力を入れ直すと、本題を始める。

 

「では、遺跡の中で何があったのかを教えてください。」

「ああ、だけど先に断っておくけど。信じては貰えないと思うッスよ?」

 

新目はそう前置きをすると、嫌なものを思い出したかのように眉間にしわを寄せた。

 

「化け物に襲われて、消えちまったんス。」

「化け物?」

「ええ、ただオレも、他の隊のみんなも化け物の姿は見てねえッス。」

「それは、どういうことですか?」

 

彼は少し悩む素振りを見せた。それから私に向かって指を3本立てると、指先を曲げて鉤爪のような形にする。そしてそれを振り下ろす。

 

「爪…、傷痕があったってこと?」

「そういうことッス。行方不明になる直前に大きな傷を作ってて、殺されるだとか連れて行かれるだとか騒いでた。」

「その人は、どんな風に消えたのですか?」

「グイグイ聞いてくるッスねー。」

 

 新目が困った顔で呟き、相手の気持ちを考えてなかった自分に気が付いた。深く考える必要もなく、仲間を失った彼の気持ちは分かるというのに。自分の軽率さに歯噛みして、新目に頭を下げる。

 

「ごめんなさい、あなたの気持ちを考えない発言でした。」

「そんな気にしないから良いッスけど、気にする人だとかは居るんで気を付けるべきッスね。」

 

新目は両手を組んでウンウンと頷き話を続ける。

 

「それで消えたって話ッスよね?正確に言えば居なくなったッスよ。列に居たそいつが急に消えちまって、残ってた血の跡を辿っても血溜まりだけで、姿は無かったッス。」

 

そしてそれきり行方不明ッス、そういうと新目は溜め息を吐いて床を見る。

 話を聞く限りでは今回の怪異は、孤立させてから拐うといった類いのものみたい。そして傷があったことから拐う時に攻撃を仕掛けてくるのかな。つまり、魔術を扱う知識を持った裏と力ある化け物というコンビか、その両方を兼ね備えたナニカが敵になるということ。

 

「ま、信じらんねぇ話かも知れないッスけど。でも関わんない方が良いッスよ?えーと…」

「ぁあ!申し遅れました!選導理真と言います。」

「選導さんッスね。こっちも最初まともに話す気がなくて自己紹介してなかったんで、気にせんでください。」

 

また失敗したー!と顔に出ていたのか、新目はすかさずフォローに入ってまた笑う。うぅ、恥ずかしい。しばらく床とにらめっこ、それでもどうにか気を取り直して、新目へ向き直る。

 

「新目さんも、もう遺跡には近付かないことをおすすめします。あなたのような良い人なら、他の職場でもやっていけると思いますから。」

 

新目は難しい顔をして、静かに首を横に振る。

 

「どうしてですか?危険なのは分かっているのでしょう?いくらお金や名声が上がったって、生きていなければ意味なんて、」

「選導さん。」

 

新目は食い気味に名を呼んだ、私の心配は不要だと言いたげに。新目を見ると、気だるげだった目ははっきりと私を見据えていた。言い掛けた言葉を飲み込み、口を閉じる。

 

「オレは金や名声のために遺跡に潜るんじゃないんスよ。オレはただ知りたいんス。この遺跡に何があるのか、そして、国が大金はたいてまで何を知りたがっているのかを。」

「…そうですか。」

「危険なのは分かってるんス。だけど探検家の好奇心ってモンは、こんくらいじゃ大人しくならねッス。動機がなんであれ、ね。」

 

そういうと新目は席を立った。

私はただ、彼を見据えているだけ。

 

「隊長があんたを厄介払いしたのもそういうことッス。探索に邪魔が入ったら、嫌なんスね。」

「ええ、分かりました。」

「あんたが何でこんな事を調べるのかは分かんないッスけど、あんたみたいな良い人が変な事に巻き込まれて死んじまったら勿体ねえッスよ。」

 

新目は背を向けて軽く手を振った。そして1、2歩歩いた所でふいに立ち止まって顔だけでこちらに振り返る。

 

「そういや、血溜まりの中には緑色の宝玉が落ちてたんス。それ、盗まれたかして無くなっちゃったんで、もし市場だとかで見かけたら教えて欲しいッス。」

 

それだけ言って笑顔を見せると、そのままエレベーターへ乗り込んでいった。新目の後ろ姿を見送ると、窓から外を眺めた。高層ビルやデパート等が建ち並ぶ大通り、そこを行き来する多くの人、この活気の裏に潜む大きな影を、漠然と感じたような気がした。

 

 新目との話の後で、どうしたものかと悩んで、ひとまず調査の為のアポを取ることにした。これは結構簡単で、怪我の事から病院、行方不明者の扱いの事について市役所と、2つのアポを取れた。

そうしたらお腹の音が…。

慣れない場所もあって、疲れが溜まっているみたい。ご飯を食べて、早く休もうっと。

 

早めのご飯を終わらせて、シャワーも浴びる。軽くワインを傾けて、布団に入ったのは21時より30分前のこと。

 

「明日もまた忙しくなりそうだなぁ~。」

 

ベッドの上で報告書を書きながら呟く。それを簡単に済ませると今度はスマートホンに持ち替えて友人にメールを送る。

 

宛先:朱鳶 拓斗(アカトビ タクト)

本文:

緑色の宝玉に、人を孤立させる魔術、もしくはそれが出来る怪物に心当たりってない?

 

 メールを送信すると、ぽふっと枕に頭を落とした。朱鳶は私の同僚で、同じ特別課の人間。化け物だとかを相手取る、人の形をした化け物って感じかな?ぶっきらぼうだけど、律儀で素は良い人なんだ。テロンとスマホが鳴ってメールを報せる。

 

:朱鳶 拓斗

本文:

知らん

 

こんな風にね。

クスリと笑ってスマホをスリープモードにする。そして枕元のボタンに手を伸ばし、部屋の明かりも落とす。

 

「明日も頑張ろぅ…。」

 

小さく呟くと、すぐに意識は微睡みの中に呑まれて消えた。




第2部の始まりです。
ゆるりと読んで頂ければ幸いです。
読んで下さった方に感謝を!
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