ある男の独白   作:高望皆斗

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初投稿です。
昨年、クリスマス特集で書いたものをアップしました。
意見、感想など、お待ちしております。


序章

五十年と言う歳月に、これを読んでいる諸君はどのような感慨を抱くのだろうか。と言うのも、これから私がこの手記にしたためるある事件は、丁度五十年前のクリスマスの日に起こったからだ。尤も、それは世間からは”事件”などと言う物騒な認識はされていない。当時のタイムズ紙の地方版を賑わせた一面トップは『オックスフォード大学で不幸な事故、学生2人死亡』という、人の悪意の欠片も読み取れない無機質なものだった。

 しかし、現実は世間の認識とは全く異なる様相を呈している。それは、ある男女の恋愛劇であり、人と、人でなくなった男女の悲劇であり、私と言う男の、罪の十字架なのだ。

 あの事件から五十年、私は情けないことに事件の記憶を必死に忘れようとしていた(尤も、私が忘れようとすればするほど、あの事件は私の精神に暗い影を投げかけてきたのだが)。事件前まで植物学専攻だったのを医学科に転科したとき、周囲からは奇異の目で見られた。しかし、私は構わなかった。植物学を専攻し続けることが耐えられなかったのだ。博士号を取得した私は、そのまま英国陸軍の軍医になった。私が最初に従軍した戦争はズールー戦争だった。その時、私は南アフリカ到着後僅か七日間で腸チフスに見舞われ、本国に強制送還された。尤も、これは幸いだったかもしれない。アフリカの大地には、私はあまり良い思いがしないのだ。その理由も後に記すことにしよう。ヨークシャーの田舎で借り家をして、そこで療養していた私は、大家の娘を細として迎えた。名をアリスと言う。しかし、この娘と結婚し、ようやくあの事件の記憶に蓋をし、幸せな日々を送ろうと心に決めた時、ボーア戦争が勃発した。体調の恢復していた私は上官に呼び出され、再び従軍しなければならなくなった。皮肉にも、私はまたしてもアフリカの大地に足を踏み入れることになったわけだ。戦地で二ヶ月程過ごした矢先、本国から電報が入った。細が結核に罹ったのである。

 元々アリスは躰の丈夫な方ではなかった。私がヨークシャーで彼女を見初め、共に暮らした僅かな間でさえも、彼女はひっきりなしに風邪だの、肺炎だの、吐血だのを繰り返していた。しかし、私はそんな彼女を疎ましく思ったことは一度としてなかった。寧ろ愛していたのである。ただ、今思い返してみると、彼女を愛おしく思っていた理由の一つに、紛れもないその”病弱さ”があったことも否定できない。それは、アリスが「彼女」に似ていたからだろう。五十年前に私が「殺した」彼女に。

 アリスは、結核に罹ってからも懸命に生き続けた。彼女は、第一次大戦の終戦から半年ほど経って静かに息を引き取った。発病から三十年近く生きながらえたことになる。その間私は、軍医として稼いだ僅かばかりの金と、親の遺した資産を全て、アリスの介護に費やした。これも、「彼女」への罪滅ぼしと言う意識の顕れだったのかも知れない。

 さて、前置きが長くなってしまったが、『事件』について語るとしよう。これは、過去の私に対する、この五十年間、自らの罪に背を向け、罪を隠し、罪から逃げてきた私に対する、私からの告発である。

 

 

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