ある男の独白   作:高望皆斗

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第二章

一八七〇年にもなると、最早『暗黒大陸』という呼称は相応しくないと言うほど、アフリカ大陸の全容については英国人に知られるようになっていた。私が生まれるより十年ほど前に、デイヴィッド・リヴィングストンと言う名の探検家が基督教の布教がてら、アフリカ大陸の方々を探検し、測量してくれていたのだ。お蔭で英国は、アレクサンドリアのプトレマイオスによるもの以来の正確なアフリカ大陸の地図を手にしていた。しかし、やはりそれまで未開の地だったアフリカには不確定要素が多い。怪しげな噂の類である。そんな情勢下だった。私の所属していたオックスフォード大学の植物科を賑わせた、ある噂が聞かれるようになったのは。

 「暗黒大陸のあるテーブルマウンテンに、天然のクリスマスツリーが自生している」。自分で書いていて恥ずかしくなってきたが、なぜ、当時の私たちはこんな噂を信じたのだろう。恐らく、噂の出所が教授だったからだろう。植物科の教授、キンネル=マグナソンは、とても学問に従事している人間とは思えないほど、フィールドワーカー的な外見をしていた。浅黒く日に焼けた肌、がっしりした全身の骨格、身体中が引き締まっており(尤も、そのころからはだんだんと脂肪の量も増えてきてはいたが)、顎髭と髪の毛の分かれ目の分からない、熊のような男だった。マグナソン教授は学生とカフェテリアで議論するのが好きだったのだが、その彼がある日、私と、私の班の面々といつもの通り、カフェテリアでフィッシュ・アンド・チップスを貪りながら議論している最中に、ふと、

「そう言えば、君たち。この前の学会で耳にした暗黒大陸の面白い植生について、興味はないかね?」

 と訊いてきたのだ。当時三期生だった私は勿論、その場で是と答えた。それは、私と同じ班に居たマリア=ディケンズとアラン=モリスも同様であった。私たちは、教授も含め、ただ無邪気に植物を好いていただけなのだ。無論、当時はそれを斜に構えて、”知的好奇心”などと言ってはいたが。

 教授曰く、学会で発表を行ったケンブリッジ大学の植物学の権威、アルフレッド=クレシェフスキー卿は、自らを含めた研究チームを立ち上げ、現地の先住民を案内人としてアフリカの鉱山地域での植生の観察をしてきたらしい。

「詳しい観測結果は後で資料を別途で君たちにお渡ししよう」

 マグナソン教授はそう言い置いてから、

「だが、本当に興味深いのはここからなんだよ」

 そう言って、彼は満面の笑みを浮かべた。何でも、クレシェフスキー卿の研究チームは先住民から、次のような話を聞いたというのだ。

「ワタシたちの、住んデる、ムラ、言イ伝え、アル。南ノ方、暑イ所に、テッペンが平ら、になっテル、大きナ、山、頂上ニ、珍しイ、樹、アル。テッペンに、星ガ、ついテテ、枝のサキが、光ッテル、樹、アルって、子供ノ時、マグダから、聞イた」

 マグダ、と言うのは、その案内役の先住民の村で最高齢の老婆であった。「であった」等と過去形で書いたのは、その当時は既に他界していて、この世にはいなかったからだ。何でも、彼女の村の隣の集落の奴隷解放戦線の砲火に巻き込まれたのだそうだ。何とも皮肉な話である。しかし、重要なのは老婆の運命ではなく、その『珍しい樹』の話だ。天辺に星が付いていて、枝の先が発光する樹…。まさしくクリスマスツリーそのものだ。無論、英国人が想像するような真当な形をしたクリスマスツリーが完全な形で自生しているとは思えないが、もしそんな樹が実在するのだとしたら…

「一度、見てみたいと思うよなぁ」

 マグナソン教授がその場の全員の気持ちを代弁した。

 その場は教授から話を聞いただけでお開きとなった。しかし、幻のクリスマスツリーの話は、私の心の中に、文字通り根付いて離れなかった。尤も、私のそれには単なる学術的好奇心からくる気持ちだけではなく、もっと即物的な欲も含まれていたのだが。マリアもアランも同じく、クリスマスツリーの話は忘れられなかったのだろう。話を聞いてから二日後、8限目の講義が終わってから研究室に向かう途中で二人に会ったとき、マリアはとうとう我慢できなくなったかのように、

「アラン、コートニー(コートニー=スピアーズ。私の名だ)、お二人も気になりませんか?あのクリスマスツリーの話。私、実際にこの目で確かめてみたいわ」

 とこぼした。私はそれに応えようとして、

「そうだね、マグナソン教授にもっと詳しく話を訊いてみるかい?ひょっとすると、うちの大学からも探検隊を出して、暗黒大陸に行けるかもしれない。そうなったら、探検隊に入れてもらおうよ」

 アランに先を越された。私は少々残念な気分になった。しかし、その残念さを噛みしめる前に、

「コートニー、君もそう思うだろ?」

 と、またしてもアランに機先を制され、私は、

「そうだな…」

 と応えるより他はなかった。

 研究室のある四号館に向かうためには、中庭を通らなければならない。真夏の日差しの中、植物園の方から濃密な草いきれが鼻孔をくすぐる。白衣の下に身に着けているシャツが少しだけ汗ばむようだ。そんな私たちが研究室に入るなり、

「いやぁ、待っていたよ君たち!」

 開口一番、満面の笑みと共にマグナソン教授が待ち構えていた。

「全く、君たちは私があそこで話を振っておきながら、全く食いついてこないなんて薄情にもほどがあるよ。お蔭様で丸二日間、眠れぬ夜を過ごしたわけだ。ハッハーン、君たち、私に暗黒大陸探検に連れて行ってほしくはないのかね?」

「「「え?」」」

 目を白黒させる私たちに、教授はチッチッチと指を振ると続けた。

「だからさ、暗黒大陸の植生を調べる探検隊に、君たちの班を組み込んであげるって言ってるんだよ。良いだろう?浪漫だろう?調べてみたいよなぁ、幻のクリスマスツリー!」

 私たちの返答は当然ながら、既に決定していた。

 

 

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