ある男の独白   作:高望皆斗

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第三章

オックスフォード大学が私たち植物科の今回の暗黒大陸遠征に資金を調達してくれたのも、矢張りケンブリッジ大学への対抗心からなのだろう。大学から降りたその資金を、マグナソン教授は全て独力でやり繰りして暗黒大陸への遠征プランを設定してくれた。

 母とはパブリックスクールの寮生活二年目で死別し、父も後を追うように他界していたため、私に関してはこの未開の地への探究に異議を唱える者は一人もいなかった。マリアの方もそうだったらしい。彼女は、両親とも健在だが、父親が外交官で若いころに世界中を飛び回っていたせいか、娘がふらふらとあちこちに出回ることには抵抗がないらしい。しかし、問題はアランだった。アランの家は由緒正しき資本家の家柄だった。自然、息子の教育も厳しく、今回の暗黒大陸遠征も、父母ともに反対したそうだが、アランは粘り強い交渉を以てついにこの二人を説得せしめたのだそうだ。しかし、私は当時、このことをあまり快く思っていなかった。いや、寧ろ彼が暗黒大陸遠征に来られなくなってしまえば良いとさえ考えていた節がある。

 ここまで読んでくださった諸君は、私たちの班の人間関係がどうなっているのか、気になって来たことだろう。ここで誤解しないで頂きたいのは、私は決してアラン=モリスを疎んじていたわけではない、と言うことである。寧ろ、私たちは植物科では一、二を争うほどの大親友だったのだ。

 では、なぜ?と諸君はお考えになるだろう。その答えを説明するには、マリアが植物科に転科してきた経緯から説明せねばなるまい。

 マリア=ディケンズ。元々はオックスフォード大学の仏文科に在籍していた女学生だ。何故植物科などと言うマイノリティの巣窟に転科してきたのか。その問いに対し、彼女は、

「サボテンに興味があったんです」

 と、笑いながら答えたものだ。

 きっかけは学寮祭で植物科が出展した、『ソノラ砂漠(メキシコにある広大な砂漠。『サボテン砂漠』とも)の植生』の展示だろう。その時演示を行っていた私は、そこで初めて彼女と出会った。

 衝撃だった。私はそれまで嘗て、一目惚れ等という物は小説の中にしか存在し得ない空想の産物であると断定していた。しかし、私がその時感じたそれは、”一目惚れ”と評するより他に無いものだった。

 ふっくらとした卵形の顔、優しげな二重瞼、知的なイメージを抱かせるシニヨンに結い上げた波打つ髪…。私は暫し阿呆になったかの如く茫然としていた。彼女はそんな私を見て何を思ったのだろうか。矢張り暫く間をおいていたが、その形の良い唇を動かし、次のようなことを言ったのだと思う。

「あの、私にここの展示を案内していただけませんか?」

 その時私は何と答えたのか覚えていない。更に言うと、何を説明したのかすら判然としない。私はただ、彼女が私の説明に耳を傾け、時折、「まあ!」とか、「凄い!」とかの反応を示すのに見蕩れていた。唯一記憶にはっきりと残っているのは、彼女が高さ6mにもなる柱サボテン、サワーロの前に来たとき、感嘆の溜息を洩らし、私に、この巨大なサボテンについて熱心に質問してきたことだ。私は我に返り、ここぞとばかりに自分の得意分野を発揮した(私は主にサボテンの研究をしていた。ちなみにアランはこの時、ツノゴマという食虫植物についての研究を行っていたようだ)。あまりに熱弁しすぎたせいか、ふと見ると今度は彼女の方が唖然としていた。私は、これは拙いことをしたと思ったが、彼女はふわりと微笑むと、

「お好きなんですね、植物が」

 と言った。私はその微笑に完全に打ちのめされた。

 彼女が植物科のブースを後にした後、アランが私のところにやって来て、次のようなことを言った。

「今の彼女、可愛かったな。どんな人だろう?」

 私は、彼女について何も訊いておかなかったことに激しく後悔した。尤も、聞けるような状況では無かったのだが。

 それだけで終わっていれば、大学生活の日常の一ページで終わっていたことだろう。私のような人間が彼女のような女性にお近づきすることなど、本来一生ない筈なのだから。そう思っていた私は、週末明けて月曜日、植物科の研究室に彼女の姿を認めた時、度肝を抜かれたものだ。と言うのも、当時は女性が高等教育を受けることなどまず無かったのだ。それだけ、社会が女性に対して優しくなかったと言うことなのだが。だから、彼女がただ気まぐれに植物科を訪れたのではなく、仏文科からの転科を希望しに来たと知った時、つまり、彼女がこの大学の学生だったと知った時、驚くと同時に私はこれこそ天の采配だと思ったものだ。

 マグナソン教授は、最初は彼女の転科を認めることを渋っていた。彼女は仏文科では相当に優秀な学生で、最初に仏文科のホーキンズ女史(これまた当代では珍しい女性教授なのだが)に転科の話を持ちかけた時、強硬に反対されたのだそうだ。その話が教授たちの間でも回っているのだろう。しかし、マグナソン教授は元来、学問、殊に植物への熱意を重んじる人だったため、転科試験で9割以上の成績を修めた場合に限り、転科を認めるという異例の処置をとった。マグナソン教授への仏文科、並びに大学当局からの抗議は相当なものだったらしい。しかし、彼はマリアに期待しつづけ、撤回する様子は毛頭なかった。そして、マリアは見事にその期待に応えて見せたのだ。この時の私の喜びをここで記すと長くなるので省略するが、更に嬉しいことに、彼女は私とアランが所属する班に編入されたのだった。

 話を戻そう。つまるところ、私は彼女と二人になる機会が欲しかったのだ。同じ班に居るのだから、共に行動する機会は多い。しかし、そこにはいつもアランがいる。アランがおらず、私とマリアの二人だけになる時間が欲しかった。私は、恋をしていたのだ。

 その願いは叶わなかったが、それでも私はわくわくしていた。これは純粋な学問的見地からして、未知の植物との邂逅に心を躍らせていたためである。こうして私たちの班と、マグナソン教授、それから、リヴァプールで在英マムルークを一人、案内人兼傭兵として雇い、一八七〇年八月、暗黒大陸へと旅立ったのだ。

 

 

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