船旅の最中のことはあまり詳しくは書きたくない。と言うのは、私が船酔いの激しい体質だったためだ。甲板でマグナソン教授とアランがチェスをしているのを覗いたとき、チェス盤の白黒模様に目眩がして吐き気を催したことだけはここに記載しておこう。
暗黒大陸スペイン領の港町、タンジェから目的地のテーブルマウンテンまでは二週間近い道のりを移動することになった。目的地のテーブルマウンテンは暗黒大陸東岸に位置するのだが、私にとっては有難いことに、喜望峰を回って海路を行くよりは、ほぼ同緯度の港町に降り立ち陸路を行く方が早いうえに安上がりだったのだ。私たちはその二週間、かなり楽しんでいたと思う。リヴァプールで雇った案内人がなかなかに気さくな奴で、道中、暗黒大陸の珍しい特産物や食べ物、動物や植物について教えてくれた。クレシェフスキー卿の研究チームがまとめた資料で予習をしてきたつもりではあったが、矢張り現地で実際に観察するのは書面を眺めるのとはわけが違う。私たちは教授も含め大いにはしゃぎ、議論したものだ。しかしながら、ほぼ赤道直下を横断したため、暑いということには閉口した。この小旅行の間、私は散々な暑さとひどく痛む日焼けに悩まされたものだ。だが、私などより更にひどかったのはマリアだ。元々病弱だったらしく、その上慣れない旅路でのストレスもあったのだろう。道中何度も気分が悪くなったり熱を出したりしていた。私はその度に彼女が心配で気を揉んだものだった。
テーブルマウンテンの麓の村落に到着したのは、私たちが英国を離れて一ヶ月ほど経過したある日の夕方のことだった。村の長老の家を現地の言葉で訊ねる案内人を尻目に、私たちは明日から早速行われるテーブルマウンテンの植生観察について、盛んに議論を交わしていた。
案内人の男の見事な交渉で長老の家に泊めてもらえることになった私たちは、かなりの好待遇を受けた(朝夕食事つきで寝床は快適、西洋式の入浴施設まで用意されていたのには驚いた)。食事には、蛸の入ったシチューに魚のスープ、ピラウと言うチャーハンのようなものが出された。どれもタンザニアの郷土料理らしい。食事をしながら、私たち学生三人は他愛もないような話を、マグナソン教授と案内人の男はこの先の道筋についての話をしていた。どうやら案内人の男も、件のテーブルマウンテンに登るのはこれが初めてらしい。マグナソン教授は長老にも話を訊いていた。長老によると、どうやらあの山は中腹辺りに存在する断層によって形成された崖によって生態系が隔絶されているため、崖の上には太古の昔に絶滅したとされる危険な生物が多数生息しており、先住民も怖がって近づかないのだそうだ。私はこの話を横で聞いていて、何やら胸騒ぎがするのを抑えられなかった。無論、厳しい登山に欠かせないピッケルやザイル、危険に対処するために旧式の軍用拳銃(米国軍がかつて使用していた中折れ式の大口径回転式銃だ)と弾薬、遭難に備えて寝袋や冷肉、乾パンなど十分な装備をしてきてはいるから何も心配することはない。しかし、この時の私の胸の中には、何か不幸を予言するかの如く、黒々とした靄のようなものが蠢いていた。
翌朝、長老と数人の村人が見送る中、私たち一行はテーブルマウンテンに向けて出発した。相変わらず朝から厳しい日差しにうんざりしながら歩を進めていく。歩いているうちに段々と斜面になりはじめ、それが更に急になっていった。周囲の植物相も変化し始めた。それまではせいぜい乾燥に強い木や、灌木の茂みしかなかったのが段々と高山植物などの珍しい植物の花や木などが目立つようになって来た。そして、高く登るにつれて、段々と寒くなってきた。私たちは、用意してきた防寒着に着替えることを余儀なくされた。
更に歩を進めること約三時間、私たちの前に突如として非常に険しい崖が立ちはだかった。高さはおよそ三十~四十m。これが、昨夜長老が言っていた断層なのだろう。案内人の男を先に登らせ、危険がないことを確かめさせてから体力のあるアランが登る。案内人とアランがザイルを垂らし、私、マリア、教授の順番で登った(私とマリアがそれぞれ案内人、アランの助けによってザイルを引っ張ってもらい、教授は私、アラン、案内人の三人がかりで引っ張り上げた)。息切れが収まるのを待って辺りを見回した私は、思わず歓声を上げた。
アーサー=C=ドイルの『失われた世界』と言う小説を、諸君は読んだことがあるだろうか。生態系が丸ごと隔離された環境に、恐竜や嘗て滅んだ獣の類が、当時の姿のまま繁栄を続けていて、と言った空想小説だ。この当時は、まだあの本は出版されていなかったが(驚くことに私はドイルよりも年寄りだということになる)、私はあの本が出版された時、真っ先にこの時の光景を思い浮かべていた。
翅の生えた蜥蜴のような生き物が木々の間を飛び交い、鰐のような躰に亀のような貌をした生き物が、呑気に草を食んでいる。樹々には見たこともないような毒々しい紫色の木の実が生り、それを枝の上で食べているのは猿のような姿をした爬虫類だ。
「すごいな、ここでは白亜紀以来未だに爬虫類が生態系の頂点に君臨しているのか。しかも、この寒冷な高山環境に対応すべく、独自の進化を遂げている。これは学会で報告したら面白いことになるぞ」
マグナソン教授は額の汗を袖で拭いながら感嘆の声を洩らした。横では、アランが猛烈な勢いでノートに生き物の様子をスケッチしている。私の隣では、マリアが花の蜜を吸っていた蝶のような姿をした蜥蜴と戯れていた。案内人の男は目の前の光景が信じられず、ただただ茫然としている。暫く、皆思い思いのことをしていたが、やがて教授の、
「ああ、いかんいかん。私たちの目的は飽くまで”クリスマスツリー”の探究だったな。さあ、行こう!」
という一言に我に返り、再び進行を開始した。
麓から見上げただけでは分からないが、後に測量隊が計測した結果、この山は断層の上の台地部分だけでも直径七~八kmもあるらしく、私たちはこの広大な台地をただひたすらに歩き回らねばならなかった。結局この日は、この大地部分の大まかな地形を掴んだだけで終わった。
台地の東側にある比較的開けた平らな場所にテントを張り、簡単な野営地を設置した。周囲の生き物を刺激しないように、火を使うのはなるべく避け、使うとしても明るいうちにと決めていたため、私たちが夕食にありついたのは午後五時程であった。私たちはコーヒーと乾パンと言った西部開拓民のような食事をしながら、今日の散策によって得られた情報をもとに、簡単な地形図を描いた。
どうやらこの台地は、中央に向けてなだらかに高度があがっていく円錐形をしているらしい。さらに、円錐の突端部分に近くなるにつれて高度の上がり方が急になっており、台地の中央部分はちょっとした高台になっているらしい。私たちはこのことから、三日間に分けて台地の北側と南側、そして台地の中央を探索することにした。その日の晩はそこでお開きになった。
夜は、原生生物の襲撃に備えて交代で見張り番をすることになった。籤引きの結果、私とアラン、案内人と教授と言う組になった。マリアは女性であり、病弱なうえに高山病の気があったため、丸々一晩寝ていてもらうことにした。彼女は最後まで申し訳なさそうにしていたが。七時に就寝し、五時間程寝たところで教授が私を起こしに来た。ランタンの灯りを私に渡すと、明らかに眠そうな様子で一言、「よろしくな」と言って寝袋にくるまって寝落ちてしまった。私はアランと二人で様々な話をした。今日までに観察できた暗黒大陸の珍しい植物について盛んに議論し合った。やがて、話の種が尽きたのか、彼はいきなりこんなことを言い出した。
「ところで君は、マリアのことが好きなのかい?」
私は、吃驚して、つい、いつから気付いていたのかと口を滑らせた。すると彼は、
「彼女が転科してきてからかなぁ」
と答えた。すると彼は約一年もの間、私の恋心を知っていて私と彼女の様子を見ていたことになる。
私は、周囲が真っ暗であることに感謝した。