ある男の独白   作:高望皆斗

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第五章

二日目、三日目の台地の南北の探究では、”幻のクリスマスツリー”のようなものは発見されなかった。それにしても新種の植物は無数に見つけたのだが。その意味では、私たちはこのまま引き返すべきだったかもしれない。このまま大人しく引き返していさえすれば、あんなことは起こらなかったのだから。

 四日目となり、いよいよ台地の中央部の探究に行くこととなった。台地自体が雲に覆われてしまったため、周囲にはあたかも霧が立ち込めているかのようになっている。台地の中央部にある高台は、周囲よりも十mほど高くなっており、更に壁面が日本の城郭の石壁のように反り返っていたため(ムシャガエシ、というらしい。残念ながら意味は分からない)、登るにはかなり苦労した。しかし、案内人の男が壁を登り切ってしまってからは後は先日と同じ要領で互いに躰を引き上げあって登ったため大した手間ではなかった。

 立ち込める霧のせいで高台の上の見通しは最悪であった。更に、驚くべきことに地面には雪が融け残っている。高台の直径は百m程だが、その時の私たちには三m先も見ることは出来なかった。

 取り合えず歩を進めてみようと言うことで、足元に注意しながら歩くこと約五分、目の前に突如、大きな一本の樹が現れた。それを見た私たちは思わず歓声を上げた。それは、樅の樹だったのだ。

 その樹は樹齢千年と言われても信じてしまいそうな、圧倒的な太さだった。枝葉は樹の上部に行くにしたがってすぼむ綺麗な円錐形になっており、まるで誰かが枝を切りそろえたかのようだった。枝の一つ一つには雪がかぶっており、その立ち姿はまるでクリスマスツリーである。しかし、噂で聞いたような星だの、枝の先の光だのはない。矢張り噂は噂なのだろうか。

「調べてみよう」

 教授の一言を契機に、私たちは樹の幹や葉などを子細に観察し始めた。そうして暫く観察を続けていた時、一連の事件の最初の悲劇が起こった。

「うわぁっ」

 教授の声だ。しかし、教授の姿を探してみたが、霧のせいで視界が悪くどこにいるか分からない。すると次の瞬間、

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああっ」

 枝の軋む不吉な音と共にくぐもった教授の悲鳴が聞こえ、軍用拳銃特有の銃声が辺りに鳴り響いた。

「教授?どうなさったんですか?教授!?」

 今にしてみれば、これが教授の断末魔と言うことになるが、その時の私たちにはあまりに唐突すぎて事の成り行きが全く見えていなかった。しかし、何か危険なことが起きていることだけは理解できた。私は拳銃を握りしめた。

「おい、あれ…」

 ふと、アランが件の樅の木を指さした。私とマリアもそれに続いた。そして、見た。そこに巨大なクリスマスツリーがあるのを。俄かには信じがたい出来事だった。つい先ほどまではただの樅の樹だったのが、急にデコレーションを施されたツリーへと変貌したのだ。

 私は引き寄せられるかのようにふらふらと樹に近づいた。枝の先端部分はまるで極小のガス灯でも内蔵されているかのような光を放っている。それも、単一色ではない。赤、黄、青、紫、様々な色の光が一つ一つの枝の先から放たれているのだ。そして、霧によってよく見えないが、樹の一番天辺には、

「星だ…」

 黄色い光を放つ五角星が確かに存在しているのだ。

「凄く、綺麗」

 私と同じように吸い寄せられるように樹に近づいていくマリアに、アランが、

「危ないよ、どんな危険があるか分からない。引き返そう」

 と警告する。私も案内人の男もそれには同意だった。

「でも、ここまで来たのに…。それに、教授は…」

 と、渋る彼女に、私は提案した。

「では、こうしよう。この樅の木の実を採集するんだ。帰ってから研究室でゆっくり調べればいい。教授に関しては、生きてらっしゃるかすら分からない。野営地に戻って三日間待とう。それでお戻りにならなかったら一度本国に引き返そう」

 私は一同を見回し、賛同を集めた。そして、ナップザックから小刀を取りだし、慎重に樹に近づく。一番手頃な高さにあった枝についていた実を掴むと(この時、枝は幹から五mほど離れたところまでせり出していた。後になって思うと、これが結果的に私の命を救っていたことになる)、小刀で慎重に切り取った。すると、驚くべきことが起きた。切り口から鮮血が噴き出したのだ。植物の切り口から血が出て来るなんて話は聞いたことがない。私は驚いたが、声には出さなかった。幸いなことに、この様子は後ろの三人には見えていない。マリアにこれ以上怖い思いをさせるのは耐えられなかった。

 私たちは最新の注意を払いながら野営地まで退却した。戻る途中、マリアは何度か吐き気を催し、嘔吐した。

「大丈夫だよ。あの人のことだ。きっと明日には何食わぬ顔して野営地まで戻って来るさ」

 彼女を励ましたのはアランである。私も、教授の無事を信じたかったが、あの悲鳴の様子からすると、私の思考は自然、彼は既に絶命しているのではないかという方向に向かった。

 野営地で過ごした三日間は悪夢の様だった。マリアは始終ヒステリックなうえに些細なことで体調を崩し、嘔吐した。あんなに気さくだった案内人の男も、今では見る影もない。アランは心ここに非ずと言った調子で、顔色も悪くげっそりとしていた。

 周りから見れば、私の様子も彼らに負けず劣らず酷かっただろう。だが、私には別の懸念事項があった。それは、あの時私が採集した実だった。通常では有り得ない早さで発芽、成長しているのだ。最初はナップザックの中で小さなプランターに植えて隠していたのだが、そろそろ隠しきれない大きさにまでなって来た。私はこのことを、マリアに知られないようにアランに、血飛沫のことも含めて相談した。すると、アランは長い間考え込んだ後、

「僕に仮説がある。ただ、こんな突飛な話があるんだろうか…」

 と言って黙り込んでしまった。

 

 

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