第四話
どこまでも続く青い海。
波打ち際をゆっくりと歩く一人の男がいる。
バックパックを背負うだけのシンプルな装備は、いかに彼が旅慣れているのかを語っているようでもある。
小気味の良い足跡のリズムがただ海岸に響く。
旅。
彼の目的はただそれだけ。しかし、その旅路は決して平坦なものではなかった。
未確認生命体。かつて日本を震撼させた連続殺人事件の元凶である。
その虐殺を食い止める為に警察は対策本部を設置し、事件の解決に当たった。そして、この事件の解決には決して欠かすことのできない一人の男の存在があった。
五代雄介。
またの名を未確認生命体4号。
その名が物語るようにその姿は当初は未確認生命体と同じものとして扱われていた。しかし、人々を脅かす未確認生命体に対して警察と協力し、真っ向から立ち向かって行く姿は次第に人々に認知され、4号の名は希望の象徴となったのだ。
しかし、最後の未確認生命体であり、現代に最初に蘇った存在、ン・ダグバ・ゼバとの決戦を終えた彼の体と心には共に深い傷が刻み込まれた。
その傷は、彼の在り様そのものを侵す。
暴力の記憶。
最も嫌悪する存在に対し、同じ力で対抗する。
長い戦いは彼の心を確実に蝕んでいた。
それでも彼は最後まで戦い抜いた。「笑顔」を守るために。
「日本には随分長いこと帰ってないな」
一人呟く。
逃げたと言えばそうだったのかもしれない。戦いの記憶はそれだけ彼には重圧だったのだ。
そんな彼を余所に海は同じリズムで波を送る。寄せては返す波の音は思考を取り去るかのようにただただ、砂を運ぶ。
どれ程の時間が経ったのだろうか。
ふと気付けば、彼の横には一人の少年の姿があった。
ただ、波間を眺めていた彼の横で少年も同じようにただただ波を見ていた。
「いつから居たの?全然気づかなかった」
「うーん、5分くらいかな。兄ちゃんは海見るのが好きなんだね。ずっと見てたじゃん」
「海が特別好きって訳じゃないけどさ、なんか落ち着くんだよね。ここの海って」
「そうなの?僕はここの海しか知らないけど、この海は大好きだよ」
そうして、二人は何をするでもなく、ただ海に向かう。
初めて会う二人だが、緊張感というものは一切感じられない。この海がそうさせるのか、彼の雰囲気がそうさせるのか。しかし、少年にとっては単純に居心地の良い時間が流れていた。
しかし、居心地が良いとは言え相手は少年。
飽きが来るのも早い。
「兄ちゃんってどっから来たの?僕とは肌の色も違うし」
少年の黒い肌とは対照的に、彼の肌は日に焼けてはいるものの東洋人のそれだ。
「俺は日本っていう国から来たんだ。ここから飛行機でも一日くらいはかかっちゃうかな」
「僕は飛行機って乗ったこと無いから知らないけど、早いんでしょ?そんなに遠いところから来たんだ」
感心するような表情を浮かべる少年。いつの世も男子にとっては未知の世界とは憧れの対象なのだろう。
「そうだ、面白い物見せてあげるよ」
そう言って、彼はバックパックをガサゴソ漁り始める。そうして取り出したのは、竹とんぼ。日本人にとっては馴染み深いオモチャだろうが、少年には初めてのシロモノだ。
「それ、何?」
「これは竹とんぼっていうオモチャだよ。俺の居た国では、子供は皆これで遊んでたんだよ」
そうは言われても、使い方がピンとこない。しげしげと眺めてはみるが、それ以上の解決策は見つからない。
「ねえ、これどうすればいいの?」
好奇心だけが刺激され、お預け状態は少年には辛かったようだ。
「貸してみて。こうやって、飛ばすんだよっ」
そう言って、軽やかな動作で宙に舞った竹とんぼは高く高く空へと昇る。
抜けるような青空を切り裂いて舞う。
天高く輝く太陽を背に、竹とんぼは二人の元へ舞い戻る。
「すっごい!僕にもやらせて!!」
輝く太陽にも劣らない眩しい笑顔。
「この笑顔を守ることができたのなら、俺の戦いはちゃんと意味があったのかな」
竹とんぼを追い、浜を駆ける少年の姿は彼にとって何よりかけがえのないものだ。
その後、同じ村の少年たちに囲まれたおかげで手持ちの竹とんぼは底をついてしまった。仲間外れ、というのもかわいそうなので竹とんぼの作り方から教えることになる。
そんなことをしていれば、すっかり日も暮れ
「子供たちも喜んでいるから是非、今日は一泊してくれ」
そんな長老の言葉に甘えて村で夜を明かすことにした。
来客など滅多にない村だ。
子供たちの熱気は留まることを知らず、あふれ出る冒険の話のお陰もあり、皆が寝静まった頃には辺りは夜行性の動物が闊歩するような時間になっていた。
静けさに満ちる森。
しかし、その静寂はどこか異様な雰囲気を纏っていた。
狩りを行う為に息をひそめる大型の肉食獣。
彼らが狩られる側に。
圧倒的な存在が森を支配する。
「ゴアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
ジャングルの中を幾重にも重なる薄い緊張のベールを纏めて引き裂く咆哮。
主ともいえるそれが動き出した。
漆黒の身体が木々の間を駆ける。
人間の目では捉えることすらままならない速度。
「腹減ったな。」
獣の如きそれは言葉を発する。
「獣は食い飽きた。そろそろ狩りをさせてもらおうか」
深紅の瞳は月明りを受け怪しく光を放つ。光の先には村がある。
「ゲゲルを始める」
カチリ。何処からともなく音が鳴る。骨のような金属のような、鈍く重く、澄んだ音色が響く。
漆黒の獣を大木の上から望む者が一人いる。
全身には薄汚れた包帯が巻きつけられ、その上をボロボロの布が覆っている。
カチリとなった音はその者の手に握られた石板から発せられていた。
条件はシンプルだ。
目撃されずにリントを26人殺す。
何のことはない簡単なものだ。
「まずは一人」
狙ったのは他のリントと異なり、一人で一つの家を使う者。
おそらく他の物よりも偉いのだろう。
そんなことは知ったことではないが。
最初の標的、それはこの村の村長であった。
このジャングルで長く生きて来た彼は、人一倍危機察知能力が高かった。そうでなければ、この大自然のなかで誰よりも長く生き、皆を導くことはできなかったのだ。
しかし、そんな彼の野生の勘をもってしても、漆黒の獣を捉えることはできなかった。
いや、正確には一瞬捉えた。
自身の喉を切り裂く鈍色の爪。
それを目撃した次の瞬間、彼の目に映ったのは、頭部を失い鮮血を吹き出す自身の体であった。
誰の目に映らない惨殺。
一人また一人、何の罪もない村人の命が次々と失われて逝く。
「25」
大木の上ではカチンという音が響き続ける。
あと一人でこのゲゲルは終了する。犠牲者が残り一人で終わることを喜ぶべきなのか、既に失われた数多の命を偲ぶべきか。それを知る者はいない。
「貴様で最後だ」
鈍色の爪が、男の喉を引き裂く。
その刹那。
男の眼は見開かれ、その爪をかわす。
「貴様、何者だ」
「何者って言われても、困るんだけどさ」
「強いて言うならクウガかな」
クウガ。
その言葉を聞いた瞬間、怪物の口元が醜くゆがむ。
「面白い。俺のゲゲルの最後の標的がクウガとはな。これも定めか」
「ゲゲルって、最後の標的って、お前まさか・・・」
暗闇のせいもある。目の前の怪人の姿をはっきりと見ることはできない。
しかし、微かに煌めく炎の光が、確かにその爪を照らす。
幾人もの人間を切り裂き、その返り血で染まった銀色の爪を。
「そのまさかだ」
「そして貴様が、26番目だ」
26番目、その言葉が意味することは、既に多くの命が無残に散ったということ。
何の罪も無い村人。
一宿一飯の恩。
雄介にとってそれは何事にも代えがたい絆だ。
共に囲んだ夕食の火は、今も微かに火の粉を散らし、弱弱しく燃えている。
その火の向こうには、騒ぎを聞きつけた子供の姿がある。
目の前の異形のものに恐怖し、立ちすくむその姿が雄介の眼に焼き付く。
人々の笑顔を守る。
あの戦いは苦痛だった。
周囲の人々に心配をかけまいと元気に振舞っていた。元から明るい性格だから明るくすることは苦痛ではなかった。
しかし、戦う度に心の中に見えない闇が溜まっていた。
今もその闇と戦っている。
しかし、今、目の前にいる敵は少年から笑顔を奪った。
再び拳を握る。
その身に秘めた超常の力を今一度解き放つ。
再び、笑顔を守るために。
「変身!」
霊石アマダム。雄介の腰に再び出現したベルトには微かな傷ある。
未だに癒えぬ傷は、心だけではない。その身に宿した霊石も、未だ傷付いている。
傷だらけの心と体が赤い鎧を纏う。
弱弱しい炎に照らされたその鎧はどこまでも紅い。決して折れないその心のように。
「来い、クウガ!」
掛け声と共に、駆ける。
ようやく続きがかけた。
雄介登場ですが、戦闘シーンはまた今度・・・