紡ぎだす謎は   作:高望皆斗

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第四章

周りの警官を促して捕えさせようにも、事情をよく呑み込んでいないし、そもそも今、彼らは彼らで窓の外に逃げた怪盗を追う捕物劇でてんやわんやの大騒ぎなので、なかなかうまくいかない。これだからヤードの連中は…千人いても何の役にも立ちやしない。

 風雨に曝されながら必死に彼女を追いかける。いかんせん彼女の怪盗の衣装は目立つので、見失うことはなかったが、逃げ足は中々に早い。しかし、僕もまだまだ若いので、徐々に距離を詰めていく。やがて、反逆者の門の前で彼女を追い詰めた。これでこの捕物劇もチェックメイトだ。

「…ハァ、ハァ、観念しろ…もう逃げられんぞ……」

「…そ、そうかしら?少しばかり、早計ではなくって?」

 彼女も僕も息を切らして睨み合う。不意に彼女は、タキシードの懐から何かを取りだし、いきなりそれをばら撒いた。トランプだ。それにこれは、微かな…アルコールの香り…?

「しばらくそこで大人しくしてなさっていてくださいなっ!」

 彼女はそう言い放ち、胸ポケットの薔薇飾りを抜き放ち、ライターで火をつけて投げ捨てた。

 辺りのトランプに一斉に火が移る。僕はまたも目が眩んだ。

「うふふふふ、探偵さん。私(わたくし)は絶対に捕まってあげませんわ」

 彼女の哄笑が遠ざかってゆく。僕は燃え盛るトランプを踏みつけて鎮火し(幸い、激しい雨によってすぐに火は消えた)、必死に後を追った。

 ジョセフィーヌは監獄塔の中に逃げ込んだ。一足遅く辿り着いた僕が見た物は、グライダーの翅を蝙蝠のように広げて塔の最上部から飛び立つ彼女の姿だった。

「ええいっ」

 僕は駐められていたヤードの自動車一台に乗り込み、発進させた。

 上を見ながら、夜空の中からグライダーの姿を探しつつ運転するのはなかなかに骨が折れる。しかも、こちらは陸路だがあちらは空路だ。テムズ川を横断されたら完全に向こうの勝利である。

 焦りを感じながらハンドルをさばいていると、急にグライダーが急降下し始めた。しめた。これで彼女を捕えられる。僕は彼女の降下先、ハックニーのスラム街に自動車を急行させた。

 

 ロンドンの裏路地は狭い。とてもじゃないが、自動車で入っていけるような広さはない。僕は位置におおよその目星をつけて、車から降り、路地裏に入った。走りながら彼女の居場所を探す。すると、

「チャンバース卿!いいところに来ましたわ!二人であの男を追うのです!」

 なんと向こうから姿を現した。しかし、今此奴は何て言った?

「え?あの男って…」

「もう、鈍いですわね!ついて来てくださいまし!」

 彼女は僕の腕を引っ掴むと、そのまま駆け出した。

 

「どういう事だ?説明してくれないか?」

 走りながら彼女に訊いた。すると、

「私がグライダーで滑空していましたら、あの男が手に刃物を持って女性を追いかけているところを見かけたのです。私が割って入ったお蔭で間一髪、その女性は助かったのですが、男は逃亡してしまいましたの。今それを追っているんですわ」

 なるほど、事情は了解した。細かい所がやっぱり気になるが、それは後にしよう。

「あれですわ!」

 見ると、小柄な男が先の路地を曲がっていくのがはっきりと見えた。手には細身の軍用ナイフを持っているのが遠目にもわかる。

「二手に分かれるぞ!ジョセフィーヌ、君は右の通りから、僕は左から行く。挟み撃ちにしよう!」

「わかりましたわ!」

 二手に別れて走っていき、待ち構えていると、男がこちらに向かって逃げて来るのが見えた。

「畜生(ファック)っ!」

 男はこちらの姿を見て驚き、慌てて方向転換をする。しかし、

「チェックメイトですわよ」

 路地の反対からジョセフィーヌが姿を現し、男は完全に包囲された。

「さて、この男の身柄ですが、ヤードに引き渡した方がよさそうですわね。とりあえず身柄を拘束しましょう…」

 ジョセフィーヌは男からナイフを取り上げようとしたが、ここで男はナイフを振り回して抵抗した。ジョセフィーヌの方も中々の格闘術(後で聞いた話だが、日本の〝バリツ〟という格闘術らしい)で相対したが、男の方が一枚上手だった。凶刃が、彼女の腹部に吸い込まれていく。

「止めろォ!」

 気が付くと僕は、男と彼女の間に割って入っていた。刃が僕の脇腹に刺さっている。強烈な痛みが走った。

 ジョセフィーヌがすかさず男の首筋に一撃喰らわせて無力化する。

 彼女が何か叫びながら石畳に倒れた僕の躰を揺さぶる。止めてくれ、痛みがひどくなる…

「チャンバース卿!」

 後ろから声がした。

「カ、カスパール、か…どうしてここに?」

 その声は他でもない、わがチャンバース私立探偵社の執事兼見習い、カスパールだった。

「僕は、その男を追ってきたんです。切り裂きジャック事件の最有力容疑者ですから。そんなことより卿、酷い傷です。手当てを…」

「…それより、そこの女を、捕まえろ……怪盗、ジョセフィーヌだ…」

 僕が言うと、カスパールは、えっ?という顔をし、ジョセフィーヌは、文句のありげな顔をしたが、受け流すことにした。

「そちらの方、怪盗さんだったんですか…あの、怪盗さん。先程は有難うございました」

「大したことではありませんから、よろしくってよ」

 ……何を和み合っているんだ、この二人は……

「…と、とりあえず、僕はこの男の身柄をヤードに引き渡してきますね。怪盗さん、すみませんが卿を病院に連れて行っていただけますか」

「引き受けましたわ」

 彼女が承諾すると、カスパールは男を拘束して待たせていた辻馬車に乗ると、ロンドンの霧の中に消えて行った。

「あぁ、こら、カスパール…この、女を捕えて、から……」

「チャンバース卿、とりあえず病院に向かいましょう。話はそれからですわ」

 ジョセフィーヌは一瞬で若い新聞売りに変装すると、僕に肩を貸してくれた。

 

 医者によると、脇腹の刺し傷は浅く、包帯による止血だけで事足りるそうだ。

「……いくつか訊きたいことがあるんだが…」

 病院のベッドで休む羽目になった僕は、何故か傍らで看病をしてくれているジョセフィーヌに問いかけた。

「いいですわよ。答えて差し上げますわ」

「何故自分の逃亡を優先しなかったんだ?ここで捕まったら全てが台無しだろうに…」

「そんなの、簡単なことですわ」

 自信に満ち溢れたその言葉にハッと胸を突かれる。

「怪盗は、単なる犯罪者ではありません。この世に謎を振りまき、この世を謎で彩る。その美学と矜持だけは忘れませんわ。ですから、許せないのです。何の誇りもなく殺人などを犯す連中が。それは、貴方も同じではなくて?」

「……そうだな」

 何だろう。想像していた怪盗像と違う。

「それからもう一つ。なぜ僕を事件に引き入れたんだ?」

「それも、簡単なことですわ。怪盗が謎でこの世界を彩るには、好敵手が必要ですもの。それに…」

 ここで一旦言葉を切ると、彼女は僕の耳元でこう囁いた。

「貴方の悩みも晴れたのではなくて?」

「な、何故それを……」

 …そう。確かにその通りだ。謎解きから追跡まで、僕はかつて、これほど探偵稼業を満喫したことはなかった。不意に、パーキンス先生の言葉が蘇る。そうか、探偵を「愉しむ」って、こういう事なんだな。しかし、何故それが彼女に分かったんだろう……。

「うふふ、やはりそうでしたわね。偽の依頼に伺った時から何と無く分かってはいたのです」

 彼女はまるで、何でもお見通しと言わんばかりに微笑んで見せた。

「私は、好敵手たる探偵にも、探偵としての誇り、矜持、そして何より、探偵でいることに楽しみを感じていてほしいのです。貴方は、私の好敵手として相応しいお方と見ていいのかしら?」

 勿論、応えは決まっている。

「……そうだな」

 僕はそう言い、今までで一番晴れやかに、笑った。

「それでは、質問が済んだのなら私は行きますわ。それから、怪我をさせてしまったお詫びに、これをお返しします」

 そういって彼女が放り投げたのは黒太子のルビーだった。あわててキャッチする。不意に、視界が閃光で包まれた。

「アディオス。名探偵。またいつか、会い見えましょうね」

 光が薄らぐと、既に彼女の姿はなかった。病院の窓の外に蝙蝠のようなグライダーが見える。僕は一つ溜息をつき、呟いた。

「…アディオス、大怪盗……」

 

 

 

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