「そこをなんとか~!頼むよヒキタニ君!」
「はぁ?やだよ。なんでだよ。絶対に嫌だ。そもそも大岡とか大和とかよくわからんけどいるだろ。なんで俺なんだよ」
「かぁー!ばっさりだよばっさり。切れ味鋭すぎでしょー。ヒキタニ君マジ容赦ないわ。いや、わかるじゃん?大岡は今日部活だし、大和が急に来れなくなったからこうしてヒキタニ君に頼んでいるわけで」
「いや、知らんから…来れなくなったなら中止にしろよ。なっ?」
「いやでもこれ海老名さんと遊べるチャンスなわけじゃん?簡単にあきらめる訳にはいかないべ」
「あぁ、そう…」
なんでこいつはいつも初出しの情報をあたかも前々から知ってるように話すのかしらん?
おい、襟足ばっさばっさすんな。なんでちょっと照れてるんだよ。
昼休み。いつものベストプレイスで、スマホをいじりながらまったり飯を食っていると、っべー。っべー言いながら俺のところまでやってきた。戸部の断片的な言葉をつなぎ合わせると、なんでそんな話になったのかは知らないが女子二人男子二人で遊びに行くことになったらしい。その女子の一人が海老名さんなので中止にはしたくないとのことだった。というか戸部の説明能力が皆無過ぎてそれ以外なんもわかんなかった。
「とりあえず俺は嫌だ。他のやつにお願いしてくれ」
「やっぱヒキタニ君辛辣だわー。でも気が変わるとかワンチャンあるべ」
「ねぇよ。ねぇ」
「しゃーない。ないわー」
断ると戸部は、ないわーないわーと残念そうに来た道を戻っていく。悪いが休日にまで外出たくもねぇしそんな義理もない。ないわー。
俺は戸部からスマホの戻す。アプリの無料連載漫画を読んでいると、突然画面が切り替わった。
『比企谷くん。ひゃっはろー!ねぇ、どうせ明日暇だよね。場所と時間いうから来』
『いえいえいえいえ、何を仰っているんですか陽乃さん。明日は僕の大親友で在らせられるところの戸部くんと遊びに行くのですよ。とてもたのしみにしているんですから絶対邪魔しないでください。いいですか?絶対ですよ?』
×××
「来てくれるのは嬉しいんだけどなんで突然気が変わったん?」
「……天災から逃げるためだな」
次の日、俺は大親友の戸部と突っ立っていた。周囲を見やると待ち合わせをしているであろう人がぽつぽつといる。二分ほど前までいた組はいつの間にかいなくなっていた。本当についさっきのことなのにやけに長く感じられる。思わずため息に近い息を吐き出すと、一際強い風が吹いた。
からからから……。枯れ葉が転がる音が聞こえる。
…俺は、今なんでここいるんだろう。もしかしたらここにいる俺は実は偽物で本物は家で録画してあったアニメを見てるんじゃないだろうか…。ほんものってなんだろう…。
そんな益体もないことを考えていないと沈黙が気になりだしそうだった。
この感じはまさにアレだった。友達の友達と何かの拍子に二人っきりになるあの感じ。なんか喋らないと行けない気がする一方で下手してさらに気まずくさせるのもアレなので結局話題を発展させられないというダブルバインド。
「ってか、マジ風強くね?さ、寒いわー」
「あぁ…寒いよな…」
結局この十分で「寒い」を四回使い、「しばれるわー」を九回使っていた。それどっちも意味一緒じゃねぇか。
「あー!ごめん!待たせちゃったね!」
そろそろ気まずさの臨界点を超えるんじゃないかってところで海老名さんの声がきこえた。後ろにはもう一人お次をした女の子が小走りで来ている。
「いやいや!俺らも今ちょうど来たとこだから!なっ、ヒキタニ君!」
「ん、あぁ…」
「ほんと?それはよかった!」
言って海老名さんは微笑む。とそこで後ろにいた女子と目が合った。
「…って、え?」
「あっ!あぁそうだよね。実は大和君急に来れなくなってさー代わりっていうか。まぁ、ヒキタニ君って言って悪い奴じゃないから!」
弁解するように戸部が言った。たぶん戸部は大和の代わりに何故か知らん人がいて驚いたと思ってるんだろう。
フォローする声が聞こえるがこっちはそれどころじゃなかった。
パーマをかけたショートボブがふわりと揺れる。釣り目がちの目はきょとんとしていた。
俺はというと微動だにして動けない。どうしたもんかとこの場を逃げ出す方法を考えていると、その子は頬を赤くして口を押えた。
「くっ…そ、そうかそうか君が、ひ…ヒキタニ君か。初めましてぇ、っいや気にしないで。なんかうちの中学に似たような人がいたから」
「……はぁ。どうも初めましてヒキタニです」
「ぶはっ!」
なるべくなんでもないように返すと折本は噴き出した。俺の肩をばんばん叩きながら涙目になっている。
「ひ、ヒキタニって!名前間違えられてんじゃん!超ウケるんだけど!ってかなんでいんの!?」
「ウケねーから…。知らねーよ…」
見ると、二人はこっちを見てぽかーんとしている。
このメンバーで一日回るとか地獄じゃねぇの…?
×××
「へー、二人は同じ中学通ってたんだー」
「そうそう。ねっ?」
「あぁ…」
後ろについていくだけでなるべくおとなしくしてようという俺の試みは早くも玉砕していた。
マジ話題の寵児。かえりたい。
「ヒキタニ君中学時代はどうだったん?教えてよ」
間違ってるって指摘されてもヒキタニ君のままなのね…君。
「んー。あんまり接点なかったから。ちょっとわかんない」
一瞬ひやっとしたが、折本は気を遣ってくれたようだった。折本はへらっと笑ってすり替える。
「それより、今どうなの?クラス同じなんでしょ?」
「ヒキタニ君かー。パッと見ヒドいけど話してみるとそうでもない…みたいなっ?」
「なにそれウケるっ」
俺たちは戸部の提案で映画館に行くことになった。俺は一人少し距離を開けてついていく。
ヒキタニ君という話題の共有によって口数が減ることなく盛り上がっていた。
「なんかもっとないの?」
「んー」
言われ戸部は笑顔を浮かべながら唸る。すげー調子乗ってるなー。襟足もう飛びそうだし。
しばらく唸っていたが、戸部はパッと顔をあげ口に手をやり軽く屈む。
「そういや修旅の時、ヒキタニ君海老名さんに告って振られてるだわー」
「………え。……………へ、へぇ」
あの折本が固まっていた。くるりとこちらを振り向き見たことない笑みを向ける。
口角は不自然に吊り上がり、汗をかいていた。
「え…っと。ふーん。あっなんか海老名さん呼んでるよ」
「えっ、マジ?」
戸部が少し前を歩く海老名さんに追いついたところで、すすすーっ移動してきた。
「………。」
「…い、いや、これは違うんだ、誤解なんだ」
別に何も違う訳じゃなかったが、何に言い訳をしているのかもわからない言い訳をしていた。
折本は笑顔を張り付けたまま、ぎぎぎっとぎこちなく頷く。
「…何も言ってないんだけど…。え…っと比企谷はもしかして、いや無いと思うけど関わった女子に手当たり次第告るなんて真似してないよね?」
本当に酷い誤解をされていた。
「そんなことはしてない。誤解だ。…そもそも海老名さんには告白したが、好きだから告白したわけじゃないんだ」
「…好きでもないのに告白したの……?」
折本の目は恐ろしい物を見る目に変わっていた。まずい。さらに状況は悪化している。
「違う。そうじゃない。なんていうか、振られるのが目的だったんだ…」
「…高度すぎて意味わかんないんだけど……。」
折本とはいつの間にか一歩分さらに距離があいていた。これ以上言うと依頼者のプライバシー関わる。が、このままでは円滑に一日が過ごせそうにない。
「…後日、海老名さんからは礼を言われた。」
「どこに礼を言う要素が!?」
×××
班超は虎穴に入らずんば虎児を得ずと言った。得てして危険無くしては手に入らない。
………薄い本とかね!
思えば戸部の計画性のNASAが悪かった。映画館に着いたは良いものの何を見るかを決めていなかった。
そこで二手に分かれたのも悪かった。話した末、海老名さんと戸部はFree!な映画を、俺と折本は死んでも命を繰り返すアクション映画を見ることになった。
そこで映画から戻ってくる時間が近い時間帯は三時間後になり時間をつぶす必要が出てきた。
___そして、それを海老名さんに任せたのがまちがっていた…。
責任者はどこか。何故我々は男女二人組でとらのあな《同人誌ショップ》へ行かなくてはならなかったのか…。
「だ、大丈夫か…?」
海老名さんに連れられ、桃色の腐界から帰還してきた折本はげっそりしていた。この俺が心配してつい声をかけるレベルで。
逆に海老名さんはと言えば折本から生気を吸ったようにつやつやしていた。戸部と俺は普通に漫画コーナーにいたので無事だった。
「……。あぁ。………これがリアルはやはちかぁ……」
「おい、ちょっと待て。何を吹き込まれたんだ」
まさか商業利用されてないよな?え?海老名さん?大丈夫ですよね?
「………あれ?えっ…と、あたし今なんて?」
「大丈夫。怖いことは何も起きていないよ。」
話しかけられて折本は正気を取り戻したみたいだった。なにがあったか知らんがとりあえず忘れろ。
「あぁ…そう。振られ谷変態間違えた比企谷」
「呼んでたのか。お前俺のことを脳内でそう呼んでいたのか」
「うるさいなぁ。静かにしてないとまた告りたくなっちゃうよ」
「どんな発作だ」
「え?ヒキタニ君もしかして折本さんにも告ったことあるん!?」
「戸部はそろそろ人の名前覚えろよ!」
「…やっぱとべはちはこないんだよなぁ……」
初号機並みの暴走を繰り広げる海老名さんとセカンドインパクトを引き起こす折本。前代未聞のカオス集団に思わず語気が荒くなる。いつの間にか寒さは気にならなくなっていた。
そうこうしてると映画館が近くなってくる。早く銀幕の世界に逃げたかった。
×××
映画館に着くと、俺たちは二手に分かれて行動することになった。ポップコーンを買い、券売機で買った座席に移動する。着くと既にやたら長い広告が始まっていた。広告が終わっても広告広告アレ多すぎでしょ…。映画泥棒が始まるまで20分くらいかかってるんじゃないの?これだから行く回数減っちゃうんだよ…。
ぼんやり眺めながら5000兆円欲しいとかなんとか考えていると、かつんと手が当たった。
思わず隣を見ると、折本と思いっきり目が合う。隣の席だからわかっていたとはいえ、あまりの至近距離にのけぞってしまった。
「……。」
「…動きがキモいんですけど」
「もうちょっとオブラートにつつんでくれない?」
「…シンゴジの第二形態みたいな動きしてて可愛い」
「余計傷つくわ」
まじで?そんなやばい動きしてたの?俺。でもシンゴジの第二形態、小町に「目がお兄ちゃんとそっくり!ていうかまんまだよ!」って言われたんだよな…。
俺が一人傷ついていると、折本は一切気にせず続けた。
「…まさか2回目があるとは思ってなかったね」
「…そーだな」
「てか比企谷、誰かの代わりだったんでしょ?」
「ああ、ん?誰か?」
「あたしも実は代わりなんだよね。戸部?君は気づいてなかったみたいでけど」
「……………は?」
折本が代わり?それで、戸部は気づいていない?ちょっと待て、いきなり覆すようなことを言われ戸惑う。
となると、なぜ戸部は気づかなかったかは海老名さんに夢中だったからということで一応の説明はつくとしても、折本がここにいる理由がわからない。
代わり、ということは誰かに頼まれた。ということだ。つまり頼む奴がいたってことだ。
頼む奴は誰だ。それは、もともと遊ぶ予定だった女子だ。多分、海老名さんの友達だ。
……ってことは。
おそらく、その女子が来れなくなった時。海老名さんに連絡が言ったはずだ。
でも、中止にならなかった。
どころか代役を立ててまで決行した。
___まるで、戸部が俺に頼んで来たように。
折本はもしかしたら海老名さんと一緒に遊ぶくらいなので、店に行ったときその手の物に耐性があるのかもと思ったが、まったくと言っていいほど耐性がなかったのもそうなると説明がつく。
…へえ、戸部の奴やったじゃねぇか。これこそ、プラス査定だぜお前。
「…って、これもしかして言っちゃまずかったやつかな?」
それには、無言を返答の代わりにした。
「べつに誰にも言わねぇよ。言ったところで誰も得しねぇしな」
「…ん。それは、助かる」
「…それいけるっ!」
「………はい?」
外したか。いやちょっと言ってみたかっただけだよ。
×××
エンドロールが終わり、館内がまた騒がしくなる。
皆、一緒に来た人と感想を言い合い、ふっと現実に引き戻された。
「いやぁー、アクション凄かったね。てか死ぬたびに比企谷めっちゃビビってて超ウケたんだけど」
「いや、しょうがないだろ…。前見ろよ転ぶぞ」
「え?って、あ」
と言ったところで、がつっと段差に引っかかった。
「~~~~っ!」
「だから言っただろ…」
折本は呻きながら立ち上がる。と、いきなり俊敏な動きになった。
「…………見た?」
「み、見てない見てない暗くて良く見えなかったし」
「……白だったから暗くても見えたと思うけど」
「いや、赤だったぞ?」
「ばっちり見てんじゃねーか!」
はっ!?まさかの引っ掛け!?
「はぁー!?もうまじありえない!」
「い、いやだがな。それは自分から」
「なんかいった?」
「なにも言ってません」
「まじありえないんだけど!もう私帰る!」
「えぇ……それある?」
「ないっ!」
「てか、もともともう終わりでしょ?帰る。そして比企谷には今度斉木楠雄の映画奢ってもらう」
「お前俺と映画行きすぎだろ…なに?俺と一緒に映画行くとポイント貯まるカードでも持ってるの?」
「二人に言っといて。じゃ」
「なにを?」
これで帰ったら、何言っても俺が怒らせて言い訳してるようにしか聞こえない状況になると思うんだけど?合ってた。なんとか引き留めようと試みたが結局マジで折本は帰ってしまった。
というか、俺はどうしたもんかと考えてただけで実際のところ何にも行動してないんだけど。
……ふむ、言い訳するのもめんどいし一言メールして勝手に帰るか…。
……と、そこで、なんか勝手に帰る小町の気分がわかった。
がんばれ、戸部。死ぬほどどうでもいいけど。
×××
次の日。俺は、変わらずベストプレイスで飯を食っていた。
すると、横の自販機で缶コーヒーを買った女子生徒が、飲みながら一人分距離を開けて座る。
「…昨日は付き合ってくれてありがとう。ヒキタニ君」
「いや、俺はなんもしてないし、そもそも途中で帰ったしな。礼はいらねぇよ」
「あぁ、なんでそういや帰ったの?気を遣わせた?」
「…あれは、マジでなんでもないから忘れて」
「うん?まぁいいけど」
海老名さんがさらっとスルーしてくれて助かった。
「…まぁ、アレだ。戸部は悪いやつじゃないと思うぞ」
「知ってる」
「同人誌の店行ったのも自分を理解して欲しかったんだろ」
言われ、海老名さんは、ほんの少し驚いたように目を開く。
しかしその動作はどこか嘘臭かった。
「あはは、ヒキタニ君はなんでも見透かしちゃうんだねえ」
「なんでもなんて見透かせてたら今頃ぼっちやってねえよ」
言う口調は馬鹿にしたような含みがあったように感じる。
そして何より、見透かしていることも見透かしてる。と言われているようだった。精神的に似た者同士だから気が合うんじゃない。
同族嫌悪そのものだ。
「停滞を望んでいてもさ。やっぱり不自然なんだよ。時間がそれを許してくれない」
勝手に吐き出して、押し付けて、独り言のようにどこにも言葉が向いていなくて。
それでも勝手に受け取っている。
海老名さんは缶コーヒーを飲み終えると、手のひらで力を込める。
「私は決めたよ。どうするのか。どう変わって行きたいのか」
「いつまでも迷ってないでヒキタニ君もどっちかに決めたら?」
手のひらで押し付けられた缶は抵抗も虚しく、ぐしゃりと潰れた。
それが、何か違うものを見せつけられているようで思わず目をそらしてしまった。
ただの、当たり前のことなのに。
「…はやはちで行くのか、とべはちで行くのかっ!!」
「…ねぇよ。ねぇ。」
「やっぱ私的には王道のはやはちで行って欲しいんだけど。とべはちは何かピンとこないんだよね」
「どこにも行かねぇから…」
「それじゃ、飲み終えたし私は行くね。じゃ。」
言い終えると、海老名さんは立ち上がり廊下を戻って行く。
横目で追っていたがすぐに見えなくなってしまった。
視線を正面に戻すと、目の前のコートではテニスのラリーが続いていて、等間隔にボールの当たる音が聞こえてくる。
俺は、耳を傾けて意味のない音を集めた。
それでも、ぐしゃり、と潰れたあの音が耳の奥から消えなかった。
読んでいただきありがとうございましたm(__)m
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