わしは結局、甘い男なのだろう。
わしは若い頃はたいそう偏屈で、魔術の研究にばかり没頭してきた。そして下手に才能があったもんじゃから非常にとっつきにくく、生まれ変わった今とは違って友達など一人もおりゃあせんかった。
かなり、嫌な奴だったと思う。
幼いころに両親を亡くして厳しいワシ以上の偏屈である魔術の師匠のもとで育ったから、余計に愛情というものを知らずに成長してしまった。
だからわしには、家族というものはおらなんだ。
わしが名声を持つようになると、それを目当てに近寄ってくる女や、物好きにもこんなわしを好きになってくれる女も居た。しかしわしにはどうしてもそういったものが煩わしくて、縁談は全て断ってしまったんじゃ。今思えば随分と寂しい人間じゃった。
しかし、そんなわしも年を取るにつれて世渡りというものを身に付けていった。中身は嫌な奴のまま、人格者を気取れるようになったのだ。その出来栄えはと言えば、王子の教育係を仰せつかるほど。……今思い出しても、本当に嫌な奴だったと思う。
だが王子の教育係は、わしに遅すぎる人生の転機を与えてくれた。赤子から見守るにつれて、王子が愛しくてたまらなくなったのじゃ。恐れ多くも家族とはこんなものかと、思ったほどに。
それからというもの、わしは積極的にまわりと関わり始めた。取り繕うのではなく、心から。初めて人間が愛おしいと思え、自分が身に着けた力を地球国のため、人々のために役立てたいと思った。その頃から段々と「穏やかになりましたね」な~んて言われるようになって、ちょいちょいおふざけを覚えてきたのもそのあたり。……普通の人間よりもかなり長生きして百五十の齢はとうに越えていたが、わしはようやくまともな人間になれた気がした。
ベリルもまた、そんなわしにとって慈しむべき存在じゃった。なにしろ初めての正式な弟子で、わしの全てを授けようと思った娘なのだから。
クインメタリアに力を奪われ死にかけているをの見たら、居ても経ってもおられず助けてしまった。過去にベリルの心を踏みにじった、うしろめたさもあったのだろう。だが結局、過去……ベリルが過ちを犯す前に殺せなかった時のように、わしはベリルに甘かった。見捨てる事など、殺すことなど最初から不可能だったのじゃ。
わしは腕の中で穏やかに眠るベリルを見て、ため息をつく。
……実はこの子が起きたら、なんと言われるかちょっと怖い。助けてほしくなどなかったと、罵るじゃろうか。
「…………すまんのぉ、クンツァイト。エンディミオン様を殺し、おぬしらを苦しめたこの子を、助けてしまった」
「……気にしないと言えば、嘘になります。ですがそれについて話すのは後にしましょう。我々も、ダークキングダムへ行かなければ」
「おお、そうじゃったの。では、行こうか」
よいせっと、腰を上げる。しかしギシリと体の動きが鈍く、思うように動かせない。
「ヘリオドール様! やはりそのお体は……」
「すまん。おぬしはわしを信じろと言ってセーラー戦士達を送り出したのに、結局メタリアの分身体も倒せず、それどころか呪いを受ける始末とは……。どこまで不甲斐ないんじゃ、わしは」
しかしこのままでいるわけにもいかん。よたよたとした動きで、ベリルを抱き上げたまま亜空間を歩く。誰ぞが気を利かせてくれたのか、ぽつぽつと闇の中に道しるべが見えるのだ。……きっとこれを辿っていけば、ダークキングダムへたどり着く。
「さあ、メタリアと決着をつけよう。エンディミオン様やプリンセス、……そしてお前が今度は穏やかに生を終えることが出来る、世界を守るために」
亜空間を抜けた先は、寒風が吹きすさぶ巨石群だった。おそらく北極圏。巨石はおそらく、メタリアの影響だ。太古の昔の地球とまったく同じである。
「ヘリオドール様、こちらへ。……ゾイサイト達の核は現在、エンディミオン様と共にあるようです。そして主を守っている。私にはその居場所が感じられる。無力な身なれど、道案内くらいは出来ましょう」
「そうか……。頼む」
汚染されないように地脈の力を使わず、あらかじめ持ってきておいたベリルに与えたものとは別のパワーストーンに秘められたエナジーで魔術を使う。すると身を切るような極寒が、わしの結界で阻まれた。
「行こう」
しかしわしらはダークキングダム内部に入る前に、ヴィーナス殿達と再会することになった。……しかし彼女らの中に、うさぎちゃんとエンディミオン様は居ない。
「景衛さん、無事だったのね! ……ベリル!? それに、景衛さん。その体は……」
「すまん、彼女の事は後で説明する。わしの体も大丈夫じゃ。……エンディミオン様とプリンセスは?」
わしが問うと、ヴィーナス殿は強く唇を噛んだ。
「……うさぎちゃんは、聖剣でタキシード仮面を討って自害したわ」
「!!」
まさか! そうわしが叫ぶ前に、クンツァイトが叫ぶ。
「いいや! それはない。我が主もプリンセスも生きている!」
「! 何故そう言い切れるの!?」
「我らが同士が、エンディミオン様をお守りしている。そして、彼らが感じている鼓動が私にも伝わってくるのだ。……近くに居るプリンセスの鼓動も、一緒にな」
「それは本当!?」
クンツァイトの言葉にぱっと戦士達の表情が明るくなるが、しかしそれもすぐにひっこむ。それはおそらく、地表に黒く巨大な気体……メタリアが現れたからじゃ。
『月の王国の女王に封印され、地底奥深くに身を潜めた。……長かった。だが! 今こそ蘇ったぞ! ああ! 私の中から幻の銀水晶の力が漲ってくる……。今こそこの星全て、私のものだ!!』
「ば、馬鹿もんがああ! 貴様などにくれてやるか! と、私の中からじゃと!? おいおいヴィーナス殿。もしや王子と姫はあの中か!?」
「ええ。二人が倒れた後、幻の銀水晶の結晶が大きくなって二人を覆いつくしたの。それをあいつは飲み込んだのよ」
「でもメタリアを倒すには、完全なる銀水晶が……タキシード仮面の中に吸い込まれた銀水晶の力と、うさぎちゃんの銀水晶の力をあわせるしかないんだ!」
ジュピター殿の言葉に、そういう事かと歯噛みする。……メタリアを倒したいが、その手段はあの闇の中、というわけか。
「でも、このまま何もしないなんて出来ないわ! みんな、攻撃しましょう!」
そう言ったのはマーズ殿。しかしそれは、わしが止めた。
「いかん。奴はあらゆるエナジーを吸収する化け物じゃ。わしには見える……。地球上のエナジーが、銀水晶を吸収したあやつに吸われている様が。きっと生半可な攻撃では、逆にメタリアにエナジーを与えるだけじゃろうて」
「だけど、あたしたちの攻撃……みんなの力をあわせた、セーラープラネットアタックなら……」
「マーキュリー殿。それよりも、わしに賭けてはくれませぬか」
「え?」
わしはベリルをヴィーナス殿に差し出す。すると戸惑いながらも、ヴィーナス殿はベリルを受け取ってくれた。
「見ての通り、この身はメタリアの呪いに侵されつつある。しかし同時に、この呪いからわしはメタリアのパワーにわずかながらアクセスできるようじゃ。それをうまく使えば、しばしの間なら、あの闇の中でも耐えられるじゃろう」
「まさか……あの中に突っ込むつもり!?」
「ああ、そうじゃ」
「では私もお供しましょう、ヘリオドール様。王子と我が同胞のもとへ案内をいたします」
「いや、おぬしは今やもろい核を抱えた存在じゃ。ここはセーラー戦士達と共に……」
あの中へ連れて行けば、今度こそ魂ごと砕けてしまうかもしれん。そう思ったのだが……。
「オレも連れていけ! ヘリオドール!!」
今まで騎士然として振る舞っていたクンツァイトが、わしの言葉を聞いた途端、らしくもなく激高したように叫んだ。
「嫌なんだ! もう、王子を守れないのは! オレはこの命投げだしてでも、仲間と共に王子を守る! 頼む……行かせてくれ……!」
今は小さい体だというのに、その気迫に思わず圧倒された。
……そうよなぁ……。お前も、悔しかったんだものなぁ……。
「わかった。共に行こうクンツァイト。それと、今我らは対等な存在。口調もそのままでかまわん」
「……! 感謝する」
クンツァイトを再び肩に乗せて、わしはセーラー戦士達に向き直る。
「……止めても行くんでしょうね……」
「ああ。ヘリオドール様は、オレ以上に頑固者だからな」
「これ、クンツァイト。わし以外にはもっと敬意をもって話さんかい。散々迷惑かけた相手じゃぞ」
「ふふっ、いいのよ。……昔を思い出すもの」
ヴィーナス殿は一瞬瞼を閉じる。そしてそれが次に開かれた時その表情は毅然としており、自然とわしらの背筋も伸びる。
「あたしたちは銀水晶の剣の文字を元に、別のアプローチから対策を考えるわ。最後の一文……聖なる月の塔に祈りをささげるって部分が、きっとうさぎちゃんが真の銀水晶の力を引き出した後に必要だから。そしていざという時は……あたしたちも、命を賭ける。あなた達がうさぎちゃん達のもとにたどり着いたと信じて、ありったけの力を送るわ。それが、メタリアを倒すきっかけになるように」
「その覚悟。しかと受け取りました」
わしは最後にヴィーナス殿、マーズ殿、ジュピター殿、マーキュリー殿としっかり握手してお互いの健闘を祈った。そして最後にヴィーナス殿に託したベリルの頬を撫で、彼女たちに背を向ける。
向かうは、クイン・メタリアの内部!!
「待っていてくだされ! 今、じいやが助けに参ります!!」