絶剣ユウキは至高の食材 作:豚カツは大根おろし派
「俺はね、食材を求めて命懸けるけど攻略には興味ないから」
だから邪魔なプレイヤーは殺す。ついでに人肉というクエスト報酬やモンスタードロップでは手に入らない食材も懐へ入れる。一石二鳥というやつだ。
【料理】スキルは僅かな操作でお手軽に料理を作り上げてしまうが、気がつけば発現していた【創作料理】は何とも素晴らしいスキルだ。【料理】と違って手間がかかる上に、創作の名がつくとおりプレイヤー自身でメニューを組み立てる必要がある。食材から調味料に至るまでパラメーターが絶妙に絡み合い、気が遠くなるほどの回数を試行して熟練度を挙げなければ出来上がるのはダークマターかポリゴンの破片という有り様。しかも一つの登録したメニュー毎に熟練度が設定される、並のプレイヤーにとっては産廃スキル認定されてもおかしくない仕様だ。うむ、実に素晴らしい。
殺したプレイヤーからドロップしたアイテムは人肉の他は興味が沸かない。だが開店資金に企てるべく装備の類は全て回収する。
最前線で使用される部類だから中層プレイヤー相手に売ればそれなりの額を稼げるだろう。金持ちの攻略組はまず入手経路を探るから問題外。無駄な面倒事は起こしたくないし、犯罪者予備軍として睨まれたくもない。
やがてクエスト限定ボスに先立って挑んでいた名も知らぬソロの攻略組プレイヤーの遺体がポリゴンの欠片となって四散した。【創作料理】は直接手を賭けた相手に限られるが、食材が得られるよう一定時間死体が残る効果を持っていた。プレイヤーも例外ではないから、希少な人肉が入手できる。
ちなみにソロなのはこちらも同じだ。加えて顔見知りも一握りである上に愉快なプレイヤーとフレンドでもあるから、今のところ殺人プレイヤーとして露見していない。
「いやーほんとこのゲーム最高。茅場さんの言う通りだわ、ゲームであって遊びじゃない。うん、俺はこのゲームで一つの道を探究すべく生きている」
食材の選定や調達はもちろん自分で行う。危険な迷宮区に足を運ぶしクエスト限定モンスターやボスにも食材を求めて挑む。最前線に潜ることも少なくない。
文字通り命懸けだ。しかしこの身が果てしない探究心と共に命を燃やして生きているのだと強く実感できる。
求めていた食材は残念ながら人肉を提供してくれたプレイヤーが討ち取っていた。今回の食材は誰かが一度クリアすると二度と出現しないタイプのため食材としての価値は未知数であったが、しかし、未知への探求心が刺激されたから足を運んだというのに。
殺せば目当ての食材がドロップするかもと一縷の望みを賭ければ人肉のみ。まぁ仕方ないと諦める。
「けど面倒だなぁカルマ回復クエスト」
システム上は殺人を犯したと認定され頭上のカーソルは橙色、つまりは犯罪者を示すオレンジ・プレイヤー。主街区へ一歩でも入ろうとすれば無駄に強いNPCが鬼のように立ち塞がって追い出される。
カーソルが緑色の善良なグリーン・プレイヤーに戻るにはとてつもなく面倒なカルマ回復クエストをクリアせねばならない。既に何度も人を殺しては同じクエストをクリアしているからもはや作業なのだが、だからこそ面倒なのだ。
誰だって趣味には全力でも仕事や勉強に気が乗らないことがあるはず。それと同じというもの。もちろん料理の探求や食材には攻略組と同等以上に命を懸けるが。
「ってか転移門が使えない、しかもここ四一層、遠いわ」
カルマ回復クエストは五層毎に受け付けNPCが置かれている。難易度はプレイヤー毎に合わせて調整されるから必然的に最前線でクエストを受けても問題ないのだが。
各階層への転移門は主街区にのみ設置されている。オレンジ・プレイヤーは先述した通り主街区へ入れないから、必然的に階層間の移動は迷宮区を経由せねばならない。
最寄りのカルマ回復クエスト受け付けNPCがいる階層は四五層。そして現在の最前線は四六層である。
攻略組プレイヤーは常に最前線の迷宮区に籠っているか、或いは最前線にほど近い階層に拠点を構えレベリングに励むことが多い。もしもオレンジ相手は問答無用、みたいな熱血漢がいるならば面倒事は必須。こちらは実力的に例えると攻略組の中堅どころでしかないのだ。
「だからって三五層まで下りるのも面倒だわ」
階層間を移動するアイテム、転移結晶は幾つか手元にあるけれども高価なため緊急離脱を除いて使用する気はない。開店資金を少しでも溜めるべく無駄遣いしたくないのが本音であるが。
最前線に近づくほど危険は高まるが、プレイヤーの数は減っていき攻略組ぐらいしか見かけない。うん、六層下の階に行けばプレイヤーは多いから上に行こう、近いし。
後に
無駄にレベルだけは攻略組の中堅プレイヤーにも匹敵するだけあって、面倒だと思いながらも全力疾走をすれば何とか日付が変わる前に四五層へと辿り着く。
流石に迷宮区ではモンスターに捕捉されることも多かったが、対人戦と違ってソードスキルを遠慮なく放てるため難なく先へと進めた。
夜の帳が落ちた四五層は夜行性のモンスターが徘徊し、そのレベルも最前線に近いとあって油断すれば命を失いかねない程度には高い。
尤も捕捉されたところで食材確保のために殺すだけだが。普段は適当な宿屋で【創作料理】の探究をしている時間でもあるから、夜行性のモンスターからドロップする食材には興味がある。
「豚カツを作れる良い肉がドロップするかな、ソースをかけると毒が付与される肉ばかりで喰えたもんじゃないんだよなぁ」
味だけは意外にも一層のフレンジー・ボアから採取したものが一番近いけれども、特製ソースをかけると跡形もなく蒸発してしまった。
別に豚カツは大根おろし派だからソースさえかけなければ豚カツは現状でも充分食べれる部類だ。しかし客に振る舞うとなれば話は違ってくる。
資金さえ溜まれば【創作料理】を活かした食堂を開くのがこのゲームでの夢で、もちろん豚カツはメニューの一つとして出すつもりだった。ソースのかかった豚カツを求める客は可能性でも存在するわけで、だからこそ【創作料理】で作った特製ソースと共に豚カツを味わってもらいたい。
定期的に人肉が確保できれば文句も出ないのだが。人肉を使用して料理した豚カツは特製ソースをかけても気分が昂揚する、いわば疑似的な酒やビールを飲んで酔った感覚を味わえるらしい。毒味してくれた愉快なフレンドが言う程の、中々に面白い出来具合なのだ。
ただ積極的に殺人を肯定するわけでもないし、邪魔だと思わなければ臨んで人を殺してまで人肉を得ようとは思わない。それが原因で攻略組に目を付けられる可能性もあるし、他の料理を探究すべく人肉料理は潔く諦めることも視野に入れている。
そもそも愉快なフレンドのように攻略組を忌み嫌っているわけじゃない。代わりに最前線でゲームクリアのために戦ってくれるのは有り難い程だ。
夜道を随分と歩き、道中遭遇した夜行性のモンスターから得た物珍しい食材の用途なども考えていれば漸くカルマ回復クエストの受け付けNPCに出会う。
何度目か分からないクエスト進行フラグとなる会話をし、目の前に現れたクエスト受諾の有無を問うカーソルのイエスを選択する。あとは面倒事を終えれば、善良なグリーン・プレイヤーとして主街区の宿屋で【創作料理】の探究ができる。
クエストのクリア条件は幾つか存在するが、最も面倒で尚且つ単純という矛盾したものがカルマ回復クエスト限定ボスの討伐だった。
この限定ボスさえ倒せばクエストはクリアできるのだが、ドロップアイテムや経験値は一切もらえず、加えて挑戦するプレイヤーよりレベルが必ず一〇は上に調整される。
安全マージンを取ることは不可能であり絶大な危険が伴う。故に最も面倒で尚且つ単純という矛盾した評判で、多くのカルマ回復クエスト挑戦者は安全性は高いが限りなく面倒なクエストを受諾することが多い。
「ただし【創作料理】によってドロップする食材の対象は今のところ制限が存在しない、故に面倒だが俺は希少な食材を得るために命を懸ける、つもりなんだけどなぁ」
ドロップする食材の対象はある程度調べ終えている。クエスト限定ボスや殺害可能なイベントNPCは勿論、実験も兼ねて攻略戦に参加した三六層と四〇層のボスからもドロップしていた。
初めて人肉を得たのは
だから今回も限定ボスをぶち殺し食材も得ようと来たわけだが。
「綺麗だ」
夜闇を動く一つの人影が、これからぶち殺す予定だったカルマ回復クエスト限定ボスを相手に踊っていた。
暗視スキルによってその姿は鮮明に映っている。まだ小学生らしい少女だった。闇を宿した宝石のような艶を持つ紫色の長髪が揺れ動き、病的なまでに白く無機質な肌の色は彫刻を思わせた。華奢な身体が纏うのは比較的軽装な装備で防具と呼べるのは胸当てのみ、右腕に構える片手剣は細見の割に重い一撃を放ち続ける。
僅かに垣間見えた横顔は今にでも押し潰されそうな儚さと、濁った瞳の中に宿る生への執着心が爛々と闇に輝いていた。
魂の輝きとでも言うべきか、実に絢爛豪華な剣舞で悠々とボスを斬り刻んでいく一挙手一投足に視線が吸い込まれる。見惚れるには充分過ぎる程の美しさであり。
「喰いたい、絶対に美味いだろ」
はじめて、純粋な殺意という名の想いを吐き出したかもしれない。否、これが恋い焦がれるという感情なのか。
少女はこれまでに得たどの食材をも上回る至高の、存在するならば女神の生き胆とでも言うべき可能性を秘めている。【創作料理】を探究する喰人鬼は今、己が探究すべき真の道を見つけたとばかりに見惚れていた。
女神を作り出せるかもしれない、至高の料理として。だが今はまだ早い、少女はまだ養殖の稚魚に近い状態だ。これから時間をかける必要がある。
結局、少女が単独でカルマ回復クエスト限定ボスを撃破するまでその姿に見惚れていた。
「それで、さっきから隠れて僕を見ているのは悪い人なの」
剣を構えながら向かって放たれた幼い声は、氷河のように冷たく拒絶の意思を載せたものだった。別に隠れていたつもりもないため素直に姿を現す。
「悪い、一人で頑張ってたから邪魔しちゃいけないと思ってたんだよ。それに悪い人なのはお互い様だろ、ここのボスに用があるのは訳ありだけだ」
自身と、次いでまだNPCに報告していないためクリア扱いにならない少女の上に浮かぶ橙色のカーソルを指差して言えば自嘲的な声が返ってくる。
「うん、そうだね。僕も悪い人の仲間入り、か」
「別にオレンジの全員が心まで犯罪者なわけないだろ、やむを得ない事情で一時的にオレンジ化する奴もいるんだ」
今日も食材調達の邪魔をされたから一人殺してオレンジ化したし。聖竜連合などはレアアイテムのためとなればパーティ単位での一時的なオレンジ化を辞さないほどだ。
尤もこの少女には深い訳がありそうだが。そうでなければ濁った瞳に輝きを宿す、なんて矛盾した状態になるはずもない。
しかも精神的にかなり情緒不安定のようだった。その証拠に少女の瞳が震え、拒絶の意思が僅かに和らいだ。
「僕の心が、犯罪者じゃないってお兄さんは言ってくれるの?」
「わざわざ面倒なクエスト受けてカルマ回復する奴の心が犯罪者なわけないだろ。しかも女の子が一人で頑張ってるんだ、オレンジだからってその姿勢まで否定する権利はないよ」
言葉と共に一歩ずつ距離を縮める。女神の可能性を秘めた食材だ、儚く壊れる姿も味として興味はあるが出来ることならばこの手で仕込みを入れていきたい。
見ず知らずのプレイヤーを前にして警戒心を剥き出しにしてもおかしくないほどの距離まで近づき、身長の関係から少女を見下ろす形になる。
小学生なのは確かだろう、発育不十分な小柄の体格。だが身に纏う装備は全てが最前線でも通用するもので、外見年齢からして酷く不釣り合いなものだった。
僅かな知り合いの攻略組には線の細い顔立ちの少年やら、その美貌と実力が知れ渡っている才女とかもいるが、攻略組という廃人プレイヤー集団の殆どは成人男性で占められている。
「そっか、お兄さん、悪いことをしても心は悪い人じゃないんだね」
震える瞳や唇を無理矢理に抑え付けた痛ましい微笑みだった。何ともそそる仕草だ、この微笑みが純粋なものであれば尚のこと味が濃くなるはず。
料理人に必要なものは明鏡止水の境地、まだ道半ばの探究者であるが胸中の
全ては女神の料理に向けての仕込み。光源氏ではないが自分好みの食材へと仕込ませてもらおう。そのためにも心の距離を縮めるのは必須。
今の情緒不安定な少女には毒物であれ薬であれ甘ったるい言葉であれ、都合よく心を支える存在があれば容易いはずだと考え、そして。
「あー、そっか、
頭上に出現したカルマ回復クエスト限定ボスが雄叫びを挙げながら降り立つ。着地の衝撃で地面が揺れ、僅かに油断していた少女が倒れそうになるのを慌てて支える。外見以上に華奢な身体つきで、自慢の料理を満腹になるまで喰わせてやりたい。そして幸せな微笑みを見せるのだ。
「ここで会ったのも何かの縁、コイツをぶち殺すの面倒だから手伝ってくれないか。あぁもちろん強制はしないけど、せめて俺が片付けるまで待っててくれたら嬉しい、かな」
返事を聞くまでもなく愛用の刀を抜刀し、踏み込む。既にボスからは捕捉されている。少女の返答が否であれば戦域外までの離脱する時間稼ぎも兼ねていた。本音はこうしたさり気ない気遣いで好感度を稼ぐのが目的だ。
フェイントやら読み合いやらで対人戦では迂闊に使えないソードスキルも、モンスターが相手であれば遠慮なく使い放題となる。しかも相手の基本モーションは何度も見慣れているから、調整された難易度に合わせて対応すれば事足りる。
疾風と共に傍らに踏み込む存在を認識し、自然と笑みが零れる。きっと少女にとっては爽やかな、或いは戦闘狂の笑みとして受け止められるのだろうけど。
「僕の心は犯罪者じゃないって言ってくれて、嬉しかった。だから手伝うよ。僕の名前はユウキ、お兄さんは?」
胸が高鳴る。無理して形作られた点は変わらないが、心の底から浮かべた微笑みを向けられていた。あぁ、【創作料理】は女神を作るスキルなのだと悟りを開いて構わないか。
喰人鬼は、少女を自分好みの食材へ仕込む情景を思い浮かべて歓喜の笑みを滲ませた。
「ダツラだ、よろしくなユウキ」