絶剣ユウキは至高の食材 作:豚カツは大根おろし派
鋼鉄の城に囚われて二度目のクリスマスが訪れるのは約一か月と少し後。つまり現実世界で言うならば今は十一月中旬から下旬に差し掛かる頃で、この世界でも当然のことながら夜は冷える。
「ほい、ダツラお兄さん特製のレモンティー」
軽装で防寒性が低いためか、肩を震わせていたユウキに自身が着ていたパーカーを羽織らせるように被せ、常時携帯している飲み物の中から唯一の暖かい物を差し出せばありがとうと言って受け取ってくれた。
我が【創作料理】によって作り出されたレモンティーはNPC販売の物よりも格段にコクのある旨味を持つ。愉快なフレンドと線の細い顔立ちの少年に毒見してもらったから安全性も抜群だ。
「凄く美味しい……お兄さんこれ、その」
「遠慮しなくてもお代わり自由だぞ、素材も楽に手に入る物だし無くなってもまた作ればいい」
ほれ、とレモンティーが入った瓶を新たに手渡す。喉音を鳴らして飲む姿を見ていれば作り甲斐があったというもの。我が女神の食材とだけあって美しさも兼ね備えている、素晴らしい。
カルマ回復クエストを無事に終了したダツラとユウキのカーソルは緑色、善良なグリーン・プレイヤーに復帰している。故に今は四五層の主街区へ向けて夜道を歩いていた。
道中、ユウキがオレンジになった経緯や理由は一言も訊ねなかった。触れられたくない話は誰でも持っており、ユウキのそれは深く凍てついた闇を覗かせていた。だから敢えて訊ねるようなことはせず、気の良いお兄さんポジションを得ようとダツラは心掛けている。
「お兄さんホントに優しい人だね、でも僕はナニもしないよ?」
弱々しいけれども悪戯好きな子どもの笑顔で片眼を瞑るユウキに対し、力を込めずに艶のある髪を撫でまわす。
「あのね、女の子がそんな風に笑うとバカな男は本気にするもんなの。誘われてるのか、って感じで。だから気を付けなさい」
常識的に考えて初対面の男を相手にすれば誰でも警戒心は抱くのが普通だ。この世界は一本のHPバーと己が持つ力だけで生死が簡単に決まってしまう。安易に人を信用してはならない、ましてダツラはオレンジ化していたプレイヤーだ。例え今はカルマを回復してカーソルが緑色であろうとも、その芯までが善良とは限らないのだ。実際に邪念で動いている。
それをユウキはこうして頭を撫でまわされても特に文句を言わない。オレンジ化していた理由も問わずにいた。情緒不安定であったが、共同でボスを撃破したという仲間のような感情がダツラに向けて醸成されたのだろう。
警戒心だけは抱かれずに済み、目論見通り気の良いお兄さんポジションを確保しつつある。本人の知らない所で喰人鬼の呼び名を持つダツラは内心笑みを深める。このままユウキから向けられる好感度を高め、じっくりと至高の食材として仕込みを入れよう。
「んで、ユウキはこれからどうするんだ。見た感じ攻略組にも通じる動きだったけど、最前線で廃人生活?」
訊ねておきながら、攻略組の可能性は低いと既に判断していた。この世界では男女比が極端な割合で、攻略組の女性プレイヤーともなればそれだけで話題に上る。良い例だと閃光の二つ名を持つ才女がそうだ。
攻略組には元βテスター上がりで目立つ事なくひっそりとソロをしてる奴らもいるが、ユウキの場合は例えソロであろうとも噂の一つくらいは聞いてもおかしくない。明らかに外見は幼く小学生程度のそれで、しかし下手すればダツラをも超越するほどの技量を兼ね備えている。極めつけはその美貌で、噂にならない方が変というもの。
「あはは、僕は死にたくない一心で強くなっただけだよ。だから攻略組のつもりはないし、あんな頭のおかしい生活は送りたくないかなぁ」
「あー、分かるわ。朝から夕方、下手したら晩まで迷宮区潜り。レベリングが休日だ、なんてほざく輩もいるし。ほんと攻略にゲーマー魂燃やして命懸けだなーって思うわ」
「でもダツラお兄さんは攻略組でしょ? だってこんな前線近くをソロで動けるぐらいなんだから」
素朴な疑問だが理にかなっている。現在の最前線は一つ上の四六層で、前線付近の階層にいるプレイヤーともなればレベリングに勤しむ攻略組プレイヤー程度だ。
「俺は攻略に興味ない人間だから、迷宮区に潜ったり前線に足を運ぶのはついで」
「えっと、トレジャーハンターみたいな人?」
攻略組しか足を踏み入れない前線は未開拓エリアも少なからず存在し、宝箱やイベントフラグとなるアイテムが眠ることも多い。そのため攻略組でもトレジャーハンターを生業として、攻略はそのついでというスタンスを取るプレイヤーも少なからずいる。
まぁ似たようなものか。ただし求めるのはまだ見ぬお宝ではなく食材だけれども。
「答えはユウキが飲んだそれだよ」
両手で持つレモンティーが幾分か残った瓶を指差すと、意味が分からないとユウキは首を傾げる。あまりにも年相応の幼さが溢れた仕草だった。おかげで今すぐにでも食材にしたいという衝動から抜刀しかけてしまった、危ない。幸いユウキには気づかれた様子がない。
「俺はね、まだ半端者だけど料理人なの。夢はこの世界で俺の店を開くこと」
だから命懸けで食材を求めて危険な迷宮区や前線にソロで籠るし、開店資金を溜めるべく節約を重ねてもいる。食費に関しては自前で用意できるから心配無用、しかも【創作料理】のスキル熟練度も高まる。
「なんか僕の考える料理人と違う、刀を振り回す物騒な人が料理人だなんて」
「ダツラお兄さん傷ついた、もう無理切腹しよ」
「わ、わっ! 僕ダツラお兄さんの料理を食べてみたいから切腹しないで! 今のナシ、お兄さんは料理人だよ! だから死ぬのはダメ! ダメだよ……っ」
腹に当てた愛用の刀を慌てた様子でユウキは取り上げると力強く懇願してくる。料理を食べてみたい、そう言われたら料理人として応えねばなるまい。その発育不十分で血色の悪い身体が満腹になるまで食べさせてやろうじゃないか。
まぁ割と心に、こう、響く言葉であったのは確かだが。女神となる少女に物騒な人と言われたら傷つくし、健気に上目遣いで懇願されたらすぐさま立ち直るのは男として当然だと思う。
もはや涙まで湛えて愛用の刀を返そうとしないユウキを見れば尋常じゃないほど人の死に敏感なのだと悟る。外見年齢から判断するに小学生らしい子どもが独りで生きるにはこの世界は残酷だ。濁りきった瞳に宿る生への執着心は、この娘だけでなく周囲の人間にも向けられているのだろうか。
「分かったよ、ごめんて。俺は切腹しないから、な」
小柄なユウキの目線に合わせるよう屈んで、頭を撫でまわしながら抱き締めれば嗚咽を漏らしながら女神は頷く。
「悪かった、俺が悪かった。大丈夫だ、俺はユウキの傍にいるから」
落ち着かせるように言葉を繰り返していく。不安定なユウキの心に沁み込ませるように己という存在を示すことも忘れない。
「ほん、と?」
「あぁ、俺の料理が食べたいんだろう? たらふく食わせてやるよ、料理人ダツラお兄さんがな」
ユウキが落ち着くまで頭を撫で続け、更に刀を返してもらうのに幾ばくかの時間をかけて。眠気を抑えきれないユウキを背負って四五層の主街区に辿り着いたのはあと数時間で日の出という頃合いだった。
「宿、適当に入ったところでいいか?」
背負うユウキに訊ねればふらついた首が縦に動く。意識があれば了承したのだと好意的に解釈して、普段は宿泊料金も吟味するが今回は手近な宿屋へと入って行く。
一つ上が最前線とあって相当数の攻略組が拠点に構えているらしく、殆どの部屋が埋まっていた。空き部屋は二人部屋のみで、それも一つしかないという。
「僕、お兄さんと同じ部屋がいい」
「あのなぁ」
起きていたのか、問題もあるだろ、等と問う前に女神は眠りへと旅立ってしまったようで寝息が聞こえてくる。仕方ないとばかりに嘆息して、僅かな時間でここまで心を開いてくれたのだと本心では狂喜乱舞しながら二人部屋へと向かう。
質素な内装の部屋はこの世界における宿屋としては標準的な部類。小さな机が一つと、丸椅子が二つ置かれている他はランプが仄かな明りを灯している。しかし二人部屋だというのに由々しき問題が発生してもいる。
「ベッドが一つ、おいここは
だからこの部屋だけ空いていたのかと納得する。二人が横になっても充分な広さを持つベッドが一つだけ鎮座していた。不親切極まりなく枕と毛布も各々が一つずつしか備えられていない。
この世界で風邪を引いたという確かな話は聞いたことがないから、ユウキをベッドに寝かしつけて自分は椅子にでも腰掛けようかと考える。起きたら頭痛は感じるだろうけど、【創作料理】探究を一日休めばいいだけのこと。
ユウキに羽織らせていたパーカーを回収してベッドに横たえると、軽装とはいえ防具を身に着けたままだと気づく。だがこればかりはユウキが自分で解除するしか方法はなかった。
他人が無理矢理にでも装備を解除しようとすれば、ハラスメントコードに抵触してすぐさまシステムが犯罪認定、即ちオレンジ化してしまう。無論、抜け道は幾つかあるわけで現在のユウキが相手ならば可能でもある。
睡眠中の無防備な相手の指を使ってシステムウィンドウを表示させ、装備を解除させるのだ。これは睡眠PKという、システム上は合法的にプレイヤーを殺せる裏技の応用に過ぎない。
ダツラは睡眠PKを行う気は欠片も抱いてないが、勝手に装備を解除することについては葛藤があった。目が覚めたユウキは己の服装が変わっていることに気づくだろう。そして下手人はダツラに他ならないとすぐに悟る。
いや、そもそも私服と思われる装備をダツラは知らないわけだからもしこのまま装備を解除でもした場合、よくて下着姿、最悪なのは全裸姿にユウキを剝いてしまうことになる。絶対に避けねばならない。
だから防具を身に着けた状態で眠るユウキは寝苦しいだろうな、と気遣いながらもそのまま毛布を掛けるに留まった。まだ出会ったばかりなのだ、丁重に食材を扱わねばならない。
流石に不公平だからこちらも装備を解除せずに寝ようか。とはいえ腰に吊るす愛用の刀を除けば装備と呼べるものは殆どないのだが。自身の格好を見下ろせば、薄汚れたシャツとハーフパンツに上からパーカーを羽織るだけ。防具と呼べもしない服装に不釣り合いな刀を吊るしている。
レベルが上がれば相応にHPも増えるから純粋に死に難くなるわけで、【
「疲れたなぁ。でも俺はユウキと会えた、女神に恵まれた」
結局ユウキにこれからどうするのか聞きそびれたわけだが。僅かな時間でも互いの距離は縮まったから、改めて訊ねるとしよう。まぁ離れていく選択をするのならば少々強引な手を使ってでも手元に置くが。
女神を作れる至高の食材なんだ、手放すわけがないだろう。幸い愉快なフレンドからそれなりの手口は善意で教わっているし、これでも元は攻略組として廃人生活とボス戦に命懸けの日々を送っていた。修羅場の経験も持ち合わせている。
だがそれも全てはユウキの返答次第だ。何、言葉は既に考えてある。寂しいならずっと一緒にいるよ、俺の料理を食べてくれ、とか、そういった類の。情緒不安定なあの娘の心に沁み込む言葉を繰り返し囁いて、そして依存させるのだ。
どんな感情であれ依存すれば離れることはない、愉快なフレンドはそう言っていた。うん、大切なのは友人関係、愉快なフレンドには頼み事の一つでも今度聞いてみるか。いや、転移結晶を差し入れで持っていこう。犯罪者ともなれば転移結晶は常に不足している。
眠ろうとして、けれどもユウキに出会えた興奮のせいなのか、脳内では様々なことを思い浮かべてしまい休むこともできない。日の出まで数時間、最悪の場合は徹夜だろうか。ユウキが起きる前には料理の一つでも準備していたい。
「おね、えちゃん……」
ベッドを見遣れば、寝苦しそうな様子を見せるユウキの姿があった。やはり防具は解除すべきだったか、なんて思いながらも口にした言葉に興味を覚える。
「現実世界に残した肉親、か」
鋼鉄の城に囚われたプレイヤー間の不文律として、現実世界の話はしないことになっている。けれども大切な家族や友人、恋人を想って現実世界に残した人の名前を呼ぶ人間は少なくない。
邪魔だからダツラがこの手で殺したプレイヤーも死に際に家族か誰かの名前を叫んでいたし、地獄の二五層ボス攻略戦では蹂躙された攻略組の多くが絶叫していた。彼らが叫んだ名前や存在はあずかり知らない。聞きたいと思わないし、仮に聞こうとしても僅かな生存者を除いて今は全員があの世にいる。
「大丈夫さ、俺がユウキの傍にいてやるよ」
ベッドに腰掛け、寝苦しそうなユウキの頭を撫でながら囁く。現実世界に姉という拠り所を残しているならば、この世界でダツラという己自身が代わりとなって拠り所になればいい。
どのみち現実世界にユウキが帰ることはないのだから。
「お姉ちゃん……僕、さみしいよ……っ」
「大丈夫、ユウキは独りじゃない。俺が、ダツラお兄さんが傍にいる」
ユウキが姉を求めるたびに囁き、頭を撫で続け、か細い手を優しく握る。安眠できるようにレモンティーを少量ずつ口に含ませ、滴る汗を拭いていく。
そうすることでやや寝苦しさは緩和されたようだが、無防備なユウキの寝顔はどこか闇を湛えていた。深い闇にダツラという毒を沁み込ませるにはまだ時間がかかるだろうが、こうして毎日寝所を共にすれば或いは。
「僕は独り……誰か、そこにいるの?」
姉を求める声ではなく、ユウキの傍らにいる存在を認識した声。朦朧とした女神の意識を、毒が蝕んでいく。
「ダツラお兄さんはユウキの傍にずっといる」
手を握りしめ、レモンティーを口に含ませながら囁けば。闇を湛えたユウキの寝顔に、安らかな微笑みが刻まれていた。
後に結成される
劇場版の特典小説「ホープフル・チャント」を持っていないため、時系列の設定に苦労しました。
調べましたら「ホープフル・チャント」時点での最前線は40層で10月15日、二度目のクリスマス時点での最前線は49層、従って46層が最前線なのは両者の間をとって11月中旬〜下旬頃と推定。
また49層が最前線の時点で聖竜連合が発足しており、「ホープフル・チャント」作中では前身組織のDKB、及び合併したと思われる天穹師団というギルドが存在していたので現時点(46層)では既にDKBと天穹師団は合併、聖竜連合が発足したと脳内補完させて頂きました。
ちなみに当然ですが笑う棺桶はまだ発足していません。