「井藤、まずは読んで見ろ」
職員室へと呼び出された俺は長い黒髪に黒いスーツ、その上から白衣を纏った女性…平塚先生から一枚のレポートを受け取り目を通す。
タイトルには「高校生活を振り返って」とあった。少々長い文章だったので詳細は省くがそこには「青春とは嘘であり、悪である」から始まり、最後は殴り書き気味に「リア充爆発しろ」で〆られている。小難しい言葉でまとめられてるが要は青春を謳歌している者を批判しそれに準じていない、所謂孤高な者の正当性を説いている。
一瞬香ばしさも感じたが良く見てみると実例こそ無いものの、根拠もあるし理論に破綻も見られない。自分の主張もはっきりしていて大変興味深い。青春と言えば爽やかさの象徴のようなイメージを持っていたがこんな側面もあるのか、こんな危険性を孕んでいたのかと今までの自身の行動を省みて純粋に考えさせられた。
最後が感情的なコメントになっていて実に勿体ないと感じつつ筆者であろう生徒の名前欄に目をやる。そこには「比企谷 八幡」と書いてあった。
……ごめん、これ何て読むの?漢字の読みに自信はあるが人名や地名となると話はまた違ってくる。英単語みたいに読まない字もあれば、だったら書いとけよ…と言いたくなる読みもある。苗字の方は字面だけ見るとヒキヤとかヒキタニ、クラキヤと読めるかもしれない。英単語の例を考えるとクラヤやヒタニも考えられる。
名前の方はまだマシだが油断してはいけない。普通に読めばハチマンだがこれも怪しい…本八幡(もとやわた)みたいにヤワタとか、寧ろ名前の響き的には後者のがありえる。なまじDQNネームやキラキラネーム一覧とかをネットで見てるととんでもない読みが有り得るから困る。ほんとトンデモジョーズ…
そう言えば日本史選択でヒキガヤって名前の奴がいたな…とだいぶ脱線した考え事をしていると平塚先生の不機嫌な、もとい阿修羅すら凌駕しそうな視線を感じて背筋を正す。いや恐いっすマジで、何か冷や汗が出てきた。でもこれだけは言わなくてはいけない…そう決心し、持っていたレポートを見せながら俺は恐る恐る口を開いた。
「あの、平塚先生。これ俺のじゃないんですけど…?」
「…!?すまない、それは次に指導する生徒のモノだ。君のはこっちだ」
一瞬動揺してあたふたする先生を不覚にもかわいいと思ってしまいながらも、今度こそ自分の書いたレポートを受け取る。しかしさっきのは少し反則だろ…スクランで言えば刑部先生のような隙の無さそうなタイプの人が不意に見せる隙と言うのは何かこう、クるものがある。っとまた横道に沿れそうになる思考を戻してレポートの確認をする。
まずは名前…うん、ちゃんと「井藤 泰明」と書いてあるし内容も…とりあえず嘘は書いてない。確認を終え、先ほどと同じようにレポートを先生に見せる。
「あの、特に問題は無いと思うんですが…」
「書かなさ過ぎだ。何だこの『色々とあったけど何だかんだで楽しかったです』とは…その何だかんだと色々を掘り下げたまえ」
やはりその事か…自分でも懸念していた事ではあるがいざ指摘されるとどう答えるべきか…悩む。とりあえず今思いつく限りの理由を述べる事にした。
「いやぁ書くこと自体はそれなりにあったんですけど…その全てを書こうとすると書ききれなくなりそうなので、削っていったらこうなりました」
「極端すぎるな君は…別に書ききれないと言うなら追加の用紙ぐらい問題無い。その思いの丈を存分にぶちまけてみるのも悪くは無いだろう?だいたい、今までの授業の課題やレポートなどはちゃんとこなしているじゃないか」
「いえ、流石にそれはメンド…苦痛なので勘弁して下さい。それに正直な所、自分の中で漠然とし過ぎて何から書いて良いのやら取っ掛かりが見つからなくて…課題とかだとある程度テーマが絞られてるんでやりやすいんですけど」
正直、これが一番の理由だ。自分語りと言うか自己PRの類を書くときは確かに色々と思いつく内容もあるが、いざ書こうとすると『それは本当に自分の事なのだろうか?ここに挙げたモノだけが、自分の全てだろうか?』と色々考え込んでしまい呆然となってしまう。
そして何とかでっち上げたのがこのレポートである。自分でも内心お粗末過ぎる出来だと思う。ちなみに自己紹介に関しては問題無くこなせる。あれは名前、趣味、挨拶さえ言えればどうとでもなるからだ。
「そうか…まぁ悪ふざけで書いたのでは無いと言うのはわかった。だが幾つか質問には答えてもらうぞ?」
そう言うと本人の中で納得がいったのか怒気が霧散し、先生は深く息を吐きながら胸ポケットのタバコに手を伸ばす。それを見た俺は無意識に2、3歩下がってしまっていた。
「タバコは苦手かね?」
「少し…でも風上だし離れてれば問題無いです」
小学校のときから喘息を患っていた俺は一時期タバコの煙でも発作が出たことがある。今でこそファミレスの喫煙席にいても発作は起きないが、やはり染み付いたタバコへの苦手意識と言うのは薄れない。
「そんな怯えた目をして言われてもな…それに話をするんだからもっと近くに来てもらわんと」
平塚先生はそう言うとタバコをしまいながら柔らかい表情で目の前に来るように促す。こんな優しい顔も出来るんだ、とか姉がいたらこんな感じなのかなと考えながら俺も近づく。と言うか俺そんな怯えた目をしてました?
「そうだな…まずは部活などはやっているか?」
「演劇部に興味はあったんですけど、無かったので今は帰宅部です」
「演劇部か…君は朗読が上手かったな。ここには無いが確かに向いているかもしれん」
「はい、声帯模写や形態模写、演技などにはそれなりに自信があります」
自分で言うのもあれだが演技とか朗読は得意な方である。ブレーメンなら四匹とも本物に近い鳴き声を出せるし、ビーストウォーズメタルスのモノマネ大会の話では女性ボイスはともかく口調や雰囲気なら再現出来るレベル。
「ふむ、なら友達はいるか?」
「そりゃあ普通にいますよ。休日には集まって遊びますし。まぁみんなあんまり外でたがらないんで誰かの家に集まってネット動画を見たり、お互いの本の貸し借りやゲーム、だべったりとかだけですけどね。後は共通の趣味を語れる奴とか…」
「ほう、その共通の趣味とは…?」
「いろいろありますけど…特撮やロボットアニメ、後は主に90年代の作品とかですね。ガンダムや平成ライダー、昨今の作品とかは今言った友達とも語れますけどシリーズ通しての話題や古い作品となるとまた違ってきますね…勇者シリーズやメタルヒーロー、ゴジラ系とかを語れる奴は数少ない同志…まぁそいつらも友達と言えます」
引かれるかな?と思ったが聞かれた事などで洗いざらい言ってみた。レンタルや再放送などで見たのが大半だがガルキーバやガリバーボーイ、ガイファードなど今挙げたのの他にも昔の方が面白い作品が多い気がする。今のでも面白いのはあるけど、と言うかガで始まるの多いな…
少なくとも何であの時代に生まれて来なかったんだよ俺は!!と思うくらいにはのめり込んでいる。もうそれはどっぷりと、そして先生の目が何かすげー輝いている…とにかくこの手の話題で深く語れるのは俺の知ってる限り学校で2、3人位しかいない。
「意外だな。趣味については後で詳しく話を聞こうじゃないか…では彼女はどうかね?」
意外ってのはちと失礼な気が…先生キャラ変わったと言うか急に生き生きしだしたな。先生も好きなのか?こちらとしても趣味を語れる人が増えるのはうれしいけど…
「…小学校の時に色々あって、女子は苦手なので彼女どころか女友達とかもいません。まぁ、彼女がいたら良いなぁと思ったり気になる人とかはいますけど…」
小学校の高学年で転校して入ったクラスの女子は怖かった。『女子高生は異常』で言うならアークデーモンとシルバーデビルとギガンテスが同じクラスにいて、しかもそれぞれ仲が良いと言う…これ何てムリゲー?後はその学校で問題もあったが、今から思えば自業自得だったと思う。でもあまり良い思い出ではない。つか思い出したくない…
気になる人については単なる片思いだ。本来ならABの椎名さんや生徒会の一存の書記みたいな黒髪ストレートで良妻賢母なタイプが好みなのだが、あれは本当に一目惚れだった。一年の時に下駄箱で見かけた女子、見た目は派手な感じだが元気で明るい雰囲気が印象的だった。何組かも知らないけど気づいたら玄関や下駄箱でその子の姿を目で追っていて、元気よく友達に「やっはろー!!」と挨拶する姿に朝から癒された。
友達からはユイと呼ばれているらしい、自分なんか相手にもされないと諦めつつも心の中ではユイさんと呼んでいる。ちゃん付でないのはミラー系ライダーがヒロインを『ゆいちゃん!!』と呼んでいたためそっちを連想するからだ。そんな風に嫌な記憶から逃避をしていると、先生は訝しげにこちらを見ていた。
「さっきとは打って変わって急に表情が曇りだしたな、しかし人並みに異性には興味があると…女子は苦手と言うが授業のグループワーク等では普通に会話をしているように見えたが?そもそも私とは普通に話せているじゃないか」
「多少身構えてしまいますけど挨拶やグループワークとかは言う事とかが決まってるんでまだ良いんです…でもプライベートな会話とか談笑は無理です。出来なくは無いですけどかなり緊張しますんで、本当に最低限の会話だけです。
あと苦手なのは同年代の女子であって年下や年上は大丈夫です。そもそも先生は女子と言うには無理が…って危なっ!?」
殴られると気づくよりも前に、俺の体は反射的に正面から来る先生の拳を防いでいた。相手の拳の左側面に自分の右手の甲を当て、空いた左手で右側に押し出し、さらに自分の頭も左側に大きく傾けた。怖ぇ、位置的に寸止めだったけどいきなりの事でマジビビった。年齢を気にしてたのかな…すいません嘘ついてました!!実は最初緊張してました。途中から別な意味で緊張しっぱなしでしたが…綺麗なお姉さんを嫌いな男子はいません!!あ、でも世の中にはそうじゃない人もいるか。
「女性の年齢には気をつけろ。しかし…寸止めだったとは言え私の拳を避け、さらに逸らしてもいるな…何か格闘技でも?」
「すいません…ガードに関しては中学が男子校で、そこにいた良くも悪くもヤンチャな連中に鍛えられました。なので防御には自信があります」
小学校の連中と同じ中学に行くのが嫌で二番目に近い学校で入ったのが私立の男子校だった。そこでは充実した学園生活を送れたと思う。じゃれ合いの延長でボクシング好きな奴とスパーリングをしたり、格闘技とかバトルが好きな奴の相手をしたりなど…元から頑丈だった体の超人強度はかなりアップした。いや、ヤンチャなだけで本当に良い奴らだよ?学年の人数も少なかったから団結力もあったし、今でも連絡をとって連休中に集まったりもする。言うなれば半分兄弟みたいなもん…
まぁそんな事があったので瞬発力と反射神経はそれなりにあり、視界にさえ入っていれば大抵の攻撃は無意識に防げる。言うなればガードスキル・オートガードだ。決してガードベントさんではない。何なら殺気だって感じられるレベル、それを今の友達に話したら『はいはい厨二乙』と言われたけど…何か先生がスゴいノリノリだ。
「ふむ…小学校で女子にトラウマがあり、その上で中学は男子校だったので女子に免疫が無いと…そう言うことだな?」
「はい、なので話すのは9割9分男子です。相手が男子なら落ち着きます、安らぎます。気が合えばどんな男子とでも深い仲にもなれる自信があります!!」
「急に元気になったな…そういう熱い友情は私も好きだぞ。だが最後の発言は誤解を招くので控えるように。男の絶対数が減って、これ以上競争率が上がるのは御免だ」
「わかりました」
何か最後本音が漏れてたような…それと自分はノーマルです、ノンケです、ストレートです。ヤマジュンは見たことあるけどあれはギャグだ。阿部さんマジパネッス!!と言うか普通に女子が好きです。接するのは苦手だけど…
「異性関係は置いておくとして…打ち込める趣味があり、それを分かち合える友人もいる。そして先程からの様子を見るに感情表現も豊かだ。それでも自己を見定められずにいる…中々に難儀だな君も」
「なんかすいません…」
「別に謝る必要は無い…君の様な悩める若人の相談にのるのも教師の務めさ。とにかくレポートは再提出だ。だが書き直せと言われても取っ掛かりは必要だろう…そこでだ」
やっぱり書き直しとなったか…でも仕方ない、最初よりはもう少し書けるように努力してみよう。そんな風に考えていると、何かいたずらを思いついた子どもの様な顔をしながら平塚先生がピッと人差し指を立てて告げた。
「井藤、君には部活動への参加を命じる」
なん、だと…?
オマケ
・進路指導アンケート
2-C 6番 井藤泰明 (いとう やすあき
)
・あなたの信条を教えて下さい
特になし。強いて言えば細かい事はあまり気にせずに楽しく過ごしたい。
・卒業アルバム、将来の夢なんて書いた?
わからない、思い出したくない…確か声優になりたいとか書いた気がする。
・将来のために今努力していることは?
自制心とか我慢を身につける。
友達から「顔が近い」と言われるので距離感を調節出来るようにする。
・先生からコメント
わからないや特に無いと書きながらもちゃんと書いてくれてますね。その点は好感がもてます。
自制心や我慢と言うのは充分あるように見受けられますが、思い出したくない事と何か関係があるのでしょうか?
距離感について私は少年同士の行き過ぎた友情は守備範囲外なので、自分が必要だと感じたのならば、調節した方が良いと思います。その分は異性に対して向ける努力をしてみましょう。
自分で言うのも難ですが私みたいになってしまいますよ?
はじめまして、こちらでは初めての投稿となりますがよろしくお願いいたします。
自分でも少々無理矢理な感じは否めませんがこのような展開となりました。