「それでは始めましょうか」
「よ、よろしくお願いします…」
ついお辞儀をしちゃったけど、始めるって何をさ…いや、まぁわかってるけど。内容は俺の抱えている問題の更正だ。ただ先ほどの比企谷の末路を見た後だと自分もどんな目に遭うのか少し恐ろしい…もういっそ麻婆神父の切開の方がマシなんじゃないかと思えてくる。
「そうね、まずは女性に対する苦手意識からいこうかしら。最初はただの人見知りだと考えていたのだけれど…比企谷くんとでさえ交流があるあたり、それもまた違うみたいね」
「ちょっと待て、俺とでさえってどういう意味だよ?」
「あら、自分で言っていたじゃない。『一方的に話しかけてきた』って…あなたのような目が腐って歪んでいる人へ友好的に話かけるなんて、なかなか出来る事ではないでしょう?」
雪ノ下さんにまた言われた比企谷は「そうかよ…」とだけ返して黙ってしまう。何か特別な事をしたような言われようだけど俺はそんな奴じゃない。単に気が合いそうだと思ったから話かけただけだ。しかも実際の所、話しかけて仲良くなったと思っても友達じゃないって言われちゃったし…あと二人ともなんだかんだで相性良いんじゃないかな?会話のテンポとか普通に良いし。
「でもだからこそ納得いかないのよね。それほどのコミュニケーション能力がありながら私に対する最初の態度、自覚はあったかしら?先生と一緒に部室へ来た直後に顔から精気が抜け、発汗に僅かな震え、おまけに視線も合わせない。私が可愛いから緊張していたとしても…あれは異常よ」
ここで雪ノ下さんの表情が変わる。腕を組みながら立つ姿には威圧感すら感じられた。そこまで酷かったのか俺…せいぜい萎縮している位にしか思ってなかったけど、その状態なら生命の危険や不審者って言われても文句は言えない。むしろ通報されなかっただけ感謝するレベルだ。それにこの図体だからきっと怖かったかもしれないし。あと最後の言葉はきっとジョークか何かだろう。
「ごめん、何か怖がらせちゃったみたいで。その…俺、中学が男子校で小学校でもいろいろあったから女子と接するのが苦手で…自分でも何とかしたいとは思ってるけど、いざやるとこの有り様でさ」
「別に怖がってなどいないのだけれど…あなた程度をねじ伏せるのにそれ程労力はかからないでしょうから。それとそこまで悲観的になる必要は無いと思うわ。更正の意志もあるようだし、それほど手間はかからないでしょうね」
ねじ伏せるって…まぁ俺が勝つ姿が浮かばないから良いけど。雪ノ下さんからの鋭さは相変わらずだけど威圧感と言うかプレッシャーみたいなのは和らいだ気がする。そして比企谷は沈黙しているが、俺の方を何か言いたげな様子で見ている。
「自分では気づかなかったみたいね。井藤くん、あなたの今の様子は最初と比べればかなり好転してるわ。まだ多少…萎縮した態度も残ってはいるようだけど、敬語も抜けてきてこちらを向いて会話も出来るようになっている。リハビリテーションとでも言いましょうか、理由がその程度なら後は慣れの問題よ」
確かに言われてみれば最初のときよりは不安と言うか緊張感みたいなのはあまり感じていない気がする。それによく考えたら女子とサシで同じ空間にいて、ここまで長時間の会話をすると言うのは初めてかもしれない。比企谷が途中から参戦したことや雪ノ下さんとの距離を2m程保っていることも要因かもしれないが、それでもまともなコミュニケーションをとれたのも事実だ。だがそれ以上に俺は驚いた事がある。
「継続していけばこの問題は解決したようなものね。ところで締まりの無い顔がさらに腑抜けてるようだけど、どうかしたのかしら?」
「あぁいや、何というか…思ったより普通に終わったと言うか、てっきり俺も色々言われるのかと思ってたから少し驚いた」
「何か勘違いしているようだけど…さっきの比企谷くんの事を言っているのなら心外ね。あれはくだらない自尊心に縋って現実を直視していない彼に、現実を突き付けその安いプライドを砕いてあげただけよ。 あなたの場合は無駄に屁理屈をこねずにいたからスムーズに進んだだけ。私には他者を貶めてそれに愉悦を感じるような趣味は無いわ」
「自覚ないのかよ!?さっき普通に勝ち誇った顔で愉悦に浸ってたじゃねぇか!!」
「突然騒ぎ出したかと思えば…どうやらあなたの目にはそう見えてしまうほど、腐敗が進行しているようね」
俺の問題の一つが解決したのも束の間、雪ノ下さんの言葉に納得出来なかった比企谷が立ち上がって声を上げる。雪ノ下さんはそれに対してやれやれと呆れた感じで返した。ごめん、流石にさっきのは比企谷と同意見っすわ。普通に生き生きとしてたし。
「もう目はいいだろ…あと井藤、お前も締まりのない顔とかあなた程度だとか何気に言われてるからな。それは何とも思わないのかよ?」
「いやぁ特に何も…ちょっと凹む位ならあるけど、殆ど事実みたいなもんだし。まぁ比企谷に対してはちょっと言い過ぎやしないかとは思うけど」
「お前なぁ…」
「本当に何も思っちゃいないんだ。だいたいそう言うのって、言われても仕方のない事実ってことだろ?雪ノ下さんだって別に悪意を持って言ってた感じじゃないし…告げられた事実に反発するほどの自尊心もプライドも、俺には無いさ」
最後は少しおどけた感じで言ってみたが、二人とも俺の方を見たまま何も言わない。比企谷はこちらを少し睨むように、雪ノ下さんは不思議そうに、観察するような目を向けている。
「まぁ俺の方は継続していけば何とかなるみたいだからさ、俺なんかよりも比企谷の方をもうちょいやってくんないかな。確か『孤独体質の更正』だっけ?流石にさっきの答えはアレすぎるし」
「そうね、もう一つの問題は根が深いみたいだし。確かにあれでは先生の依頼を解決出来ていない、もっと根本的なところをどうにかしないと…」
「いや、俺の方ももういいからな?これ以上何を言われるかたまったもんじゃない」
俺の意を汲んでくれたのか、それとも何か思うところがあったのかはわからない。でも雪ノ下さんは切り替えてくれたようだ。俺の方に時間を裂くよりも、半端になってしまった比企谷の解決策を探す方がよっぽど有意義だと思う。
「例えばあなたが学校をやめるとか」
「いやそれって解決してないんじゃ…」
「臭いものに蓋理論だろ」
「あら、臭いものだって自覚はあるのね」
「あぁ、鼻つまみ者だけにな…ってやかましいわ!!」
「…うざ」
「プッ…なんだよそれ」
比企谷がニヤリとしたり顔でいたからつい吹き出してしまったけど…個人攻撃はもうやめにしません?彼のライフはとっくに…よく見たら思ったより余裕そうだなおい。何となく部室の(俺視点での)雰囲気が和んだところで、扉が勢いよく開いた。
「雪ノ下、邪魔するぞ」
「うおっ!?って先生っすか…」
「ノックを…」
「悪い悪い、気にせず続けてくれ。様子を見に寄っただけなのでな」
平塚先生は雪ノ下さんに微笑みかけながら壁へと寄りかかる。俺入り口に一番近いからびっくりしたわ…ノックってやっぱ大事だよな、俺はちゃんとやろう。
「仲が良さそうで何よりだ。ふたりともこの調子で更正と矯正に努めたまえ」
「ちょっと待って下さいよ。何ですか更正って…俺が非行少年みたいじゃ無いですか。だいたいここ、なんなんすか?」
「え、奉仕部じゃなかったっけ?」
「名前じゃなくて内容についてだ。さっきのじゃ抽象的すぎる」
やっていくうちに追々わかって行くだろうからいいや、と思っていたけど比企谷は気になったようだ。すると問われた先生は顎に手をやって思案顔になった。
「この部の目的は端的に言ってしまえば自己変革を促し、悩みを解決する事だ。私は改革が必要だと判断した生徒をここへ導く事にしている。精神と時の部屋や少女革命ウテナだと思ってもらえればいい」
「ウテナって確かメガネかけた色黒の女子を取り合う話でしたっけ?まぁタイガーマスクの虎の穴みたいな感じでいいですかね」
「お前らいくつだよ…」
変革か…何かいいなそれ、寿命が倍になりそうだし。それで太陽炉はどこにあるんすか?俺は結構乗り気だが比企谷は腑に落ちないみたいだ。
「だいたいさっきから俺達の更正だの変革だの好き勝手盛り上がってくれてますけどね、俺は別に求めてないんですけど…」
「なにを言っているの?あなたの方は変わらなければ社会的にまずいレベルよ。端から見ればあなたの人間性は余人と比べて著しく劣っていると思うのだけれど。そんな自分を変えたいと思わないの?向上心が皆無なのかしら」
比企谷の抵抗にも雪ノ下さんは一歩も引かないようだ。それと二人の会話が白熱して割って入る余地が無いけど比企谷は普通に良い奴だと思いますよ?さっきだって『お前は何とも思わないのかよ?』と俺のために怒ってくれてたみたいだし。
「そうじゃねぇよ、変わるだの変われだの他人に俺の『自分』を語られたくないんだっつの。だいたい人に言われたくらいで変わる自分が『自分』なわけねぇだろ。そもそも自己というのはだな…」
「自分を客観視出来ないだけでしょう。あなたのそれはただ逃げているだけ、変わらなければ前には進めないわ」
デカルト・シャーマンだっけ?いや、多分違うな。最近暇つぶしで読んだ本にデカルト何とかって人の話があったけどその話をしようとしたのだろうか。でもそれは雪ノ下さんに待った無しで一刀両断斬りされてしまった。スーパー竜牙剣持ってたんすね…どこの黄金勇者だ?
「逃げて何が悪いんだよ。変われ変われってアホの一つ覚えみたいに言いやがって。お前はあれか、例えば太陽に向かって『西日がきつくて皆困ってるから今日から東に沈みなさい』とでも言うか」
「いやちょっと落ち着けって、流石に人と太陽を同列に扱うのは例えでもズレてる。だいたい西日がきついんなら日陰を作るか入るかした方が手っ取り早くないか?」
「詭弁だわ。論点をずらさないでちょうだい。太陽が動いているのではなく地球が動いてるのよ。地動説も知らないの?」
「例えって言っただろ!!あと俺は落ち着いている。詭弁っつーなら雪ノ下のも詭弁だ。変わるのなんてのは結局、現状から逃げるために変わるんだろ。逃げてるのはどっちだよ?本当に逃げてないなら変わらないでそこで踏ん張んだよ。どうして今の自分や過去の自分を肯定してやれないんだよ…」
「…それじゃあ悩みは解決しないし、誰も救われ無いじゃない」
そう言った雪ノ下さんの表情には今までとは別の必死さと言うか気迫を感じた。確かに比企谷の言うことにも一理ある。現状で踏ん張って耐える事も強さだろう。でも踏ん張って、耐えて、抗った結果の一つを知ってる身としてはどうしても、過去の自分を肯定するなんて到底出来ない。まぁ今でもか…
あと二人の話を聞いて俺も言いたいことが出てきたんで、そろそろ参加してもいいかな?そう思い、俺は席から立ち上がる。
「あのさぁ、ちょっといいかな?」
「「何だよ(かしら)?」」
先ほどから激しい舌戦繰り広げてたせいか二人とも少し気が立ってるようだ。思わず後ずさっちゃったよ…にしても二人同時か、やっぱ相性良いんじゃないか?
「えぇっと、なんつーか…二人とも頑なになり過ぎやしないかなぁと思って」
「ほぅ、君には二人がそう見えるか…どうしてそう思うんだ?」
平塚先生は壁に寄りかかったまま、こちらを見てニヤリと笑う。なんすかその『面白くなってきた!!』みたいな顔は…
「聞いてる限りじゃどっちも正しいですよ?でもそれだけが正解じゃない、時と場合によると思うんですよね…変わるにしても現状で満足してる人に、無理矢理に変わる事を強要しても本人にその気がなければ意味がないし。変わらないにしても現状で苦しんでる人に逃げずに踏ん張れなんて、苦行以外の何ものでもないだろうし。結局は本人の意思次第じゃないですかね?だいたい二人とも逃げることを悪いみたいに言ってるけど…逃げることの何が悪いのさ?戦略的撤退とか逃げるが勝ちって言葉があるように逃げる事だって立派な手段でしょ」
「…少し驚いたわ、あなたも屁理屈を言うのね」
「屁理屈でも何でも良いけど…ただ相手を否定するだけの一方的な意見って言うのが嫌でさ、思った事を言っただけだよ。まぁ要はどっちの主張もメリットとデメリットを理解して、相手の意見も認めた上で話合わないかってこと」
「はっ、そうやって表面上は相手を尊重して、理解したふりして仲良く話し合いましょうって?最後には自分の考えの正当性を証明するんだから欺瞞以外の何ものでも無いじゃねぇか」
豹変、とまではいかないが二人の様子が変わった気がする。比企谷はポケットに手を入れてまるで敵でも見るように、雪ノ下さんは先ほどと変わらず腕を組んで立ったまま冷ややかな視線ををこちらに向けている。
「まぁそれならそれで良いけどさ…でも否定しあって話が進まないよりはマシだろうに。現にさっきだってお互いの意見を主張しているだけで平行線のままだったじゃないか」
「仮に井藤くんの言うとおりにしたとしても話が円滑に進むとは限らないわ。いい加減その中途半端な物言いはやめてくれるかしら?ひどく不愉快よ。だいたい、こちらのやり方に口を出すだけであなた自身の意見は出していないじゃない」
「俺自身の意見何て今は必要ないでしょ。そもそも二人に対して主張するほどの考えなんて持ち合わせて無いよ。ただ自分の意見を通したいなら、相手を納得させられるように工夫したらどうって言いたいだけ」
「だったら問題無いな。俺はお前の言葉に納得していないから従う義務も無い。それにお前だって俺達の意見は肯定しても、俺達のやり方は否定してお前のやり方を強要してるんじゃないのか?自身の主張も無い分、否定しているだけの方がタチが悪い」
「別に強要するつもりは無いし、提案のつもりだったんだけどなぁ…んーでも確かにそう言われると何も言い返せないわな」
「おい、急に折れるなよ。自分で言っといてアレだが結構無理矢理な意見だったからな俺」
二人から交互に論破され、頭をガシガシとかいて考えているとさらに比企谷からツッコミが入る。何というか俺が参戦したら2対1の構図になった気がする…でも共闘出来てるみたいだから二人にとっては逆に良かったのか?勝てる気しないわ。まぁ勝ち負けとか最初から考えて無いけど。これからどうするかと考えていると今まで沈黙していた平塚先生が手を叩いて仲裁に入った。
「少し落ち着きたまえ。確かに二人の意見は最もだ、彼だけ主張が無いのはフェアじゃない…そこでだ、井藤。どちらも正しいといったが君自身は変わる事についてどう考える?これも課題の一環だからな、拒否権はないぞ」
「いや、言うのは別に良いんですけど…本当にどっちも正しいと思えるから難しいと言うか。強いて自分の考えで言うのであれば、『変われても変えられない』って感じですかね」
「ふむ…井藤、補足説明を」
先生がそう促すと二人は先ほどの姿勢を保って黙したままこちらを見ている。説明と言われたが、自分でもあまり纏まって無い考えだ。説明しながら纏めようと思い、ゴクリと口に溜まった唾液を飲み込んだ。
「えっと…人って成長なり老化なりでまずは体が変化していくんですよ。それこそ30日位したら代謝で『別人』になるくらいには。そして精神は肉体に左右されるみたいな感じで精神、と言うか内面も変化して…他にも環境の変化や新しい経験とか、何でも良いからきっかけさえあれば変われると思うんです。むしろ変わってしまうし変わらざるを得ない。まぁ変わってもそれが自分である事は何ら違いはないんですけどね」
俺はここまで言うと大きく深呼吸をする。こじつけに近い無理矢理な部分もあったが大事なのはこれからだ。
「でも…それでもその人の本質って言うか根っこの部分までは変えられない。どんなに嫌で嫌で変えたくても、結局は変えられないし変われない…自分の事で言うなら、昔と比べれば今の自分はだいぶマシになったと思います。でも結局根っこの部分は変われないでいる…もうホンット嫌になりますよ。
なんか自分でも何言ってんのかわかんなくなってきた…とにかくこんな感じで変われた部分もあれば、変えられない部分もある。だから『変われても変えられない』ってのが俺の考えです」
本当に自分でも何を言いたいのかあやふやになっては来たが、少なくともニュアンス的な感じでも良いから伝えたい。そう思って俺は若干狼狽えながらも三人を見回す。そして最初に発言をしたのは平塚先生だった。
「なるほどな、やはりそう言うことか。雪ノ下、彼の一つ目の依頼だが変更を…」
「把握しています。今ので確信が持てましたが、これは本人が自覚していなければ意味がありません。まずはもう一つの依頼を解消し、自信をつける事から考えています」
なんとなくだが比企谷と雪ノ下さんの態度がまた変わった感じがする。俺に向けられてたキツイ感じが霧散したみたいだ。先生と雪ノ下さんは二人で何かを話してるが多分俺の事…だよな?変更って言ってたけどいったい何になるやらさっぱりだ。そして先生がテンションフォルテッシモで少年の目をしている。
「そうか、しかしこうも意見が割れるとはな…なかなか面白い展開になってきた、私はこういうのが大好きなんだ!!古来より互いの正義がぶつかった時は、勝負で雌雄を決するのが少年漫画の習わしだ。
私はこれから君たちの下に悩める子羊を導く、彼らを君たちなりに救ってお互いの正しさを存分に証明するがいい。どちらが人に奉仕出来るか!?ガンダムファイト・レディー・ゴー!!」
「嫌です」
「Gガンは世代じゃないんで」
「いや、俺国家代表どころかガンダムファイターじゃないんで。MFも無いので無理っす」
先生はノリノリでポーズをとりながら宣言しているが、俺達の反応はあまり良くない。バトル系は好きだけど今回は戦ってまで証明するものとか無いしなぁ…
「くっ、ロボトルファイトの方がわかりやすかったか…」
「年がいもなくはしゃぐのはやめて下さい。酷くみっともないです」
「合意と見てよろしく無いので成立しませんよ…メダロッチとメダロットはどこから用意するんですか」
「そう言う問題じゃねぇだろ…」
メダロットか…最近ヒカル編の新装版が出てたな。思わず買っちゃったけどビーストマスターの最期にはクるものがあった。先生は雪ノ下さんの言葉でちょっとしょげたみたいだがすぐに咳払いをして立ち直る。
「とにかく自らの正義を証明するのは己の行動のみ!!勝負しろと言ったら勝負しろ。君たちに拒否権はない!そうだ、君たちにもメリットを用意しよう…勝った方が負けた方になんでも命令出来ると言うのはどうだ?」
「なんでもっ!?」
「なんでもっすか…」
横暴な宣言の後にさらに無茶なペナルティーだ。しかも命令って何にすれば良いのやら…普通ならソッチ系の命令とかを考えるんだろうが俺の場合は近づく事すらままならないので除外だ。そもそも相手が同意しないような無茶な命令なんて通るはずが無い。何かだんだん考えるの面倒くさくなってきた…それと比企谷さーん、何ですかそのニヤけきった表情は。こう言っちゃ失礼ですがその…ドン引きです。すると雪ノ下さんは数歩下がって自身を守るように身構えていた。
「この男達が相手だと貞操の危機を感じるのでお断りします」
「あーもう考えるの面倒なんで、棄権か命令権無効でお願いします」
「井藤てめぇ卑怯だぞ!?それに男子高校生が卑猥な事ばかり考えてるなんて偏見だ!!他にもいろいろと考えてる、えーっと…世界平和?とか?」
「なぜに疑問系…仮にそれが命令だとして一介の高校生にはハードル高すぎやしないか?」
「さしもの雪ノ下雪乃といえども恐れるものがあるか…そんなに勝つ自信がないかね?」
平塚先生は挑発するように言うが流石にこんな安い手に乗る人はいないだろう。雪ノ下さんならこんな見え見えの挑発など動輪剣で真っ二つなはずだ。
「良いでしょう。その安い挑発に乗るのは少しばかり癪ですが、受けて立ちます。ついでにそこの男達の事もまとめて処理して差し上げましょう」
「決まりだな」
「あれ、俺の意志は…」
「俺も棄権するって言ったんですけど…」
「君たちに拒否権はない」
釣られちゃってるよこの人…何かわかってるけどあえて踏み込みました感があって逆にかっこよさを感じてしまう。あと処理ってどこの王立国境騎士団のゴミ処理係ですか?つーか拒否権ないんですね。戦わなければ生き残れないんですね…もう『バカな、私は生き延びて…』とか『幸せになりたかっただけなのに…』言ってあっさり退場しそうだよ。
「勝負の裁定は私が下す。基準はもちろん私の独断と偏見だ。あまり気にせず適当に、適切に妥当に頑張りたまえ」
先生はそう言うと教室からさってしまった。残っているのは不機嫌そうな雪ノ下さんに居心地の悪そうな比企谷、そして窓ガラスに映る顔を見るに脳天気そうで何も考えてなさそうな顔をした俺だけだ。先生のさっきの言葉は結構曖昧だったけど、ようするにキバっていかずに自分のスタイルでやれって事で良いのかな?
そしてしばらく誰も喋らずにいると下校時刻を知らせる合成音声が鳴り響く。その音と同時に雪ノ下さんは手早く帰り支度を済ませ、俺達を一瞥すると何も言わずに出てしまった。とっさに「あ、お疲れ…」と呟いたが言い切る前にいなくなってしまった。速いな…先生と雪ノ下さんがいなくなったことで今残っているのは俺と比企谷だけだ。ならやることは限られている。
「なぁ、一緒に帰らね?」
「それって俺に聞いてるのか?だったら悪いな、俺はその…ほら、アレだから無理だ」
一緒に帰ろうかと思ったが比企谷の反応はあまりよろしくない、アレって何さ…でも「校門までで良いから」と頼み込んだら渋々ながらも了承してくれた。そして今は荷物をとりに教室棟へ戻るため2人で並んで歩いている。俺は鼻歌混じりで歩いていたがそう言えば、と気がついたことがあったので比企谷に話しかけた。
「そう言えば下の名前って八幡って言うんだな」
「まぁな」
「何か珍しい名前だな」
「まぁな」
「…ハッちゃんって呼んでも良いか?」
「流石にやめてくれ。人造人間じゃねぇから俺は」
なんだか反応がおざなりだったので冗談で聞いて見たらスゲー嫌そうな顔で返された。まぁOKされたらそのまま呼んでたけど。それと初期DBとか懐かしいなおい。
「ハハハ、冗談だって。じゃあ八幡って呼ぶのは良いか?」
「まぁ、それならまだ…でも何で急に名前で呼ぶんだよ?さっきまで名字だったろ」
俺が歩く速度を緩め、笑いながら返すと今度は怪訝そうな顔で尋ねてきた。なぜって言われてもな…普段から周りの男子には名字であれ名前であれアダ名であれ呼びやすい方で呼んでただけなんだけど。まぁそのまま伝えれば良いか。
「あー特に理由は無いなぁ。名前を知ったのはついさっきだし、ただ呼びやすい方で呼びたかっただけって言うか…嫌だったらやめるけどさ」
「いや、別に嫌ってわけじゃねぇよ。まぁ友達だから名前で呼ぶってのじゃないだけマシだな…俺とお前は友達じゃなくて知り合いなだけだし」
そう言って比企谷改め八幡はこちらから視線を外し前を向いたまま歩く速度を上げた。何か気に障ることを言ったのかと思ったが全く検討がつかない。あとまた友達じゃなくて知り合いだって、少し強情だなこいつも…まぁ友達の基準が違うなら仕方ない、でもそれはお互い様だ。そっちがそのスタンスでいるなら俺も自分のスタンスでいるまでだしな。そう考え俺は先を進み始めた八幡の後を追って駆け出した。
「その事なんだけどさ、八幡と俺じゃあ雪ノ下さんが言ってたように『見解の相違』って奴で基準が違うのかもしんないけど…俺は自分が一緒にいて『楽しい』って思う奴は俺にとって友達だと思ってんだ。だからさ…お前がどう思おうと、俺はお前のこと勝手に友達だと思ってるわ」
駆けよって隣に立つと八幡はこちらをチラリと見て「そうか」とだけ言い、いつの間にか着いたF組の教室に入ってしまった。正直また違うとか言われるのも考えてたので何も無かったことに少し驚いている…
俺もダッシュで自分の教室に戻りカバンをひっ掴むと八幡は廊下で待ってくれてたようでそのまま一緒に下駄箱まで向かった。廊下から下駄箱へ下駄箱から自転車置き場へと歩きながら、明日の選択の時間やら購買の日替わりメニューやら他愛のない話をして今は校門へ向かっている。
「しっかしまぁ今日は本当に助かった。ありがとな」
「いきなり何言い出してんだよ。全く身に覚えがねぇんだけど」
自転車置き場から校庭を通り向かう途中で伸びをしながら礼を言うと、教室からしばらく「さぁな」や「そうか」位のリアクションしか無かった八幡がやっと別な反応をしてきた。自転車を引きながら『わけがわからないよ』と言いそうな顔で俺を見るが、これは俺の嘘偽りない気持ちだ。あの時は部室にこいつが来てくれて本当に良かったと思う。
「いやぁ俺、女子と接するの苦手でさ…途中から来てくれてマジで助かったなと思って」
「俺は平塚先生に連行されただけなんだけどな。それに俺が関わった事と言えば精々、雪ノ下に罵倒されたこととお前を論破したこと位だ。別に礼を言われる筋合いなんてねぇよ」
「いやそれでもさ…俺と雪ノ下さんだけだったらあそこまで話は進まなかっただろうし。お前に任せっきりな所もあって悪かったと思うけど、居てくれて本当に感謝してんだ。だからさ、改めて言わせてくれよ…ありがとう、そしてありg」
「おい最後でぶち壊しだろっ!?」
だんだん真面目な雰囲気になっていくのに自分でついて行けなくなり、ついふざけてしまったが俺が言い切る前に八幡がしっかりとツッコミを返してくれた。雪ノ下さんとの会話の時も思ったがこいつはツッコミ属性持ちな感じがする上に、ちと古いと思ったネタにも反応出来るとはやはり色々とスペックが高い…
「アハハハ、ごめんごめん。でも感謝しているってのはマジだからさ」
「何か疲れてきた…」
俺が左手で拝むような形をして謝っているといつの間にか校門についたようだ。「お疲れ」と声をかけるとそれに対してうなだれていた八幡は「ん」とだけ応えて自転車に跨がる。そしていざ漕ぎ出そうとした直前に動きが止まった。
「そう言えばさっきの話だけどな…まぁなんだ、勝手に思う分には別に良いんじゃないか」
こちらを向かず独り言のように言った言葉だったので、一瞬何の事かと呆けてしまった。だがその内容を理解した時、自然と自分の口元が綻んでいくのがわかった。嬉しい事言ってくれるじゃないの。俺は「そっか…それじゃあまた明日な」とだけ言うと今度は八幡も「…じゃあな」と言って一気に自転車を漕いで行ってしまった。
八幡が先に帰った後、俺は徒歩で下校しながら今日の出来事を思い返す。手は出るが面倒見が良さそうな先生に呼び出されたのをきっかけに奉仕部なる部活に連れてかれ、少し…ではなく結構言葉がキツい感じの女子に自己紹介と挨拶をしたら心が折れそうになり、そこへ顔見知りの男子が新たに連れて来られ状況を打開してくれた。その後も二人の口論に首を突っ込みその二人から論破されるわ、部活なのに何故か勝負にも発展した。これだけ色々なことが起こったが自分でも意外なことに面倒とか嫌だとは感じておらず、ただ楽しみだなぁと思っている。
高校と同じ理由で中学も帰宅部であった俺にとって、小学校の科学クラブや家庭科クラブ以来の部活動だ。内容も未知の体験と言っても過言ではないくらいで実に楽しみだ。そして部活のメンバーである二人…八幡は目つきと口は悪いが何かと俺を擁護してくれてたりと何だかんだで良い奴だし、雪ノ下さんもおっかない所はあるが俺みたいな奴の問題に取り組んでくれようとしているからやっぱり良い人なんだと思う。平塚先生とも趣味が合いそうだし、やっぱりそういう人達とはもっと仲良くしていきたい。そんな感じで明日以降の事を考えるとオラ、ワクワクしてくっぞ!!な気分になる。もういっそ駆け出しそうなテンションだ。こんな時はアイスでも食べてクールダウンするに限る。今日は気分が良いので奮発してサーティ○ンでダブルでも頼もう、今はタイムサービス中だし善は急げだ。そう思い俺は軽い足取りで掛けだしたが、ふとあることに気づく。
結局走り出してるじゃないですか俺…とりあえず深呼吸してからゆっくり歩いて行こう。タイムサービスには間に合わせるけどな。
これにて今回の更新は一旦終了です。次回は来週以降となります。
ちなみに比企谷がここまでオリ主に素っ気ないのは一々絡んできて鬱陶しくて面倒臭い奴と思ってるからです。まぁ最後の方で少し譲歩してましたが…