やはり俺に青春はあってもラブコメはない   作:ナリマス

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彼は語りだし、彼女とも出会う・後編

 世間とは案外狭いものかもしれない。顧問の平塚先生や部長である雪ノ下さんは別として、昨日今日と部室へ現れた人物は全員俺の知ってる人だ。と言ってもまだ2人だけど…でも仮に1クラス30人前後としてそれがA~J組まであり、ざっと30人×10クラス×3学年なわけだから結構な確率の筈だ。この調子だと次の相談者とかC組の奴かもなぁ…まぁ、いつ来るかわからない次の人よりも今の相談者のが先だ。

 部室へ入ってきたユイさんは落ち着かないのか周囲を見回して八幡の方を見ると「ひっ」と小さく声を上げていた。

 

 「な、なんでヒッキーがここにいんの!?」

 

 「…いや、俺ここの部員だし」

 

 どうやら八幡と面識があるようだ。本当に世間って狭いなおい。でも悲鳴もそうだけど、ヒッキー呼びって…ちょっとひどくないですかね?手持ち無沙汰になった俺は後ろに積まれている所から新たな椅子を取り出しながらユイさんの方を見る。何というか…目のやり場に困るな。主に短いスカートとかボタンが開けられて派手で開放的な所とか…やばい直視出来ない。

 

 「まぁ、とにかく座ったらどうだ」

 

 「あ、ありがと…」

 

 俺が雪ノ下さんの正面に椅子を用意したのに気づいた八幡が椅子を勧めると、ユイさんは俺達にお礼を言って座る。助かった…色々とインパクトがありすぎる雪ノ下さんには少し慣れて来たとは言え、こうザ・女の子って感じの女子といきなりソロで接するのはまだハードルが高すぎる。今も「どうぞ」や「うっす」とかの最低限なリアクションで済ましてしまったし…八幡さんマジGJ。早速雪ノ下さんと面談を始めるとどうやらユイさんの事を知ってるらしく、名前を呼ばれて嬉しそうにしていた。名字は由比ヶ浜さんて言うんすね。あと八幡と同じF組か、ちらりと目をやると八幡はこいつ誰?みたいな顔をしていた。せめてクラスのメンツは覚えておこうよ…

 

 「お前よく知ってるなぁ…全校生徒覚えてんじゃねぇの?」

 

 「そんなこと無いわ。あなたの事なんて知らなかったもの」

 

 「そうですか…」

 

 「まぁ仕方ないんじゃね?900人近い生徒をみんな覚えるなんて、流石に無理があるし出来ないって」

 

 知らない発言されて少し落ち込んでる八幡の肩に軽く手を置くと、雪ノ下さんはピクリと何かに反応するようにこちらを向いた。

 

 「別に落ち込むようなことではないわ。寧ろこれは私のミスだもの。あなたの矮小さに目もくれなかった事が原因だし、何よりも比企谷くんの存在からつい目を逸らしたくなった私の心の弱さが悪いのよ。それと井藤くん、随分と私の事を過小評価しているみたいだけど…覚悟は出来てるかしら?」

 

 最後の言葉には怒鳴ったわけでも無いのになんだか迫力のようなものを感じた。怖ぇよ、思わずジャンピング土下座をしそうだったし。ついでにダイナミックお手とダイナミック服従のポーズも。さっきはカッコつけて悪意には鈍感にとか言ってたけど…あれはあくまで陰湿な嫌がらせとか罵声云々にであって、こうストレートに発せられる怒りと言うのは分かりやすくて良いけどもやっぱ怖いっす。

 

 「なに脅してんだよ…つーかさっきので俺を慰めてるつもりなの?」

 

 「別に慰めでも脅迫でもないわ。ただの皮肉と…宣告よ」

 

 「いやいやいや、ちょっとまって宣告って何のさ?もしかして死刑宣告なの?俺死ぬの?」

 

 雪ノ下さんは俺達に目もくれず肩にかかった髪を手で払うけど…あの、何か気に障ることしました?命とか大丈夫だよねマジで。そしてそんな俺達をユイさん改め由比ヶ浜さんはキラキラした目で見ていた。

 

 「なんか…楽しそうな部活だね。さっきも笑い声とか聞こえてたし」

 

 「別に愉快では無いけど…寧ろその勘違いがひどく不愉快だわ。それとさっきのはそこの男が勝手に騒いでいただけよ」

 

 その言葉を聞いて由比ヶ浜さんは「えっと…」と言いながら俺の方を向いた。隣に八幡もいるのになんで俺を見るんですか?雪ノ下さんはそこの男と言っただけで俺とは言ってないじゃない。この場合、何か言わなくちゃいけない系?何か考えんと…

 

 「う、嬉しい事があれば誰だって笑うさ。まぁ楽しそうって言うかこれから楽しくしていくつもりだけど…」

 

 「何を言い出してんだよお前は…あれを嬉しいと言えるお前の思考がわけわかんねぇよ。何?お前の頭の中って基本はお花畑なの?」

 

 「あぁ、うん。そうなんだ…あ、いやなんて言うかすごく自然だなと思って!ヒッキーもクラスにいるときと全然違うし、ちゃんと喋るんだーとか。クラスの人と話さないしキョドり方キモいし…友達とかいないんじゃないのって思ってた」

 

 つい某刹那さんのお言葉で返しちゃったけどちょっと引かれて話題を変えられた。少し凹んだよ…つか言い方はアレだけど八幡のことよく見てるんだなぁ。それともソロでいる方のが目立つのか?木を隠すには森の中って言うからその逆もまた然りだろう。

 だが八幡は気に障ったらしく不機嫌そうに小声で「このビッチめ…」と毒づいていた。あの、いきなり女子をビッチ呼ばわりってどうなのよ?確かに色々言われたし見た目も派手だけども。

 

 「はぁ?ビッチって何だしっ!私はまだ処…ってうわぁぁ!な、なんでもないっ!!」

 

 「あの、別に良いんじゃない?それを言ったら俺や、多分八幡も童て…」

 

 「おいやめろ。男のそんな情報なんて知りたくもねぇ、そもそも俺を勝手に巻き込むなよ」

 

 由比ヶ浜さんは顔を真っ赤にして、手を激しく振りながら慌てふためいている。ついフォローしようと思って自分の戦歴を晒そうとしたが八幡に脚下されてしまった。そして今度は見かねた雪ノ下さんの方から助け舟が出る。

 

 「別に恥ずかしいことではないでしょう。この年でヴァージ…」

 

 「ちょっと何言ってんの!?高二でまだとか恥ずかしいよ!雪ノ下さん、女子力足んないんじゃないの!?」

 

 「…くだらない価値観ね」

 

 あ、雪ノ下さんちょっと怒ったっぽい。俺達に向けてるのと同じ様な雰囲気になってる。とりあえずどう擁護するか…未経験者なら吸血鬼に噛まれてもグールにならないよ!!ダメだ、ミレニアム相手だと意味がない。30まで貞操を守ると魔法が使える、女子にも適用されるのかわからんしドスペラードな世界なんて御免だ。何かないか…

 

 「にしても、女子力って単語がもうビッチくさいよな」

 

 「えっと…ふ、女子力たったの5か」

 

 「また言った!人をビッチ呼ばわりとかマジありえない!ヒッキー、マジでキモい!あと井藤くん…だっけ?君もひどいから!5とか低すぎだからぁっ!!」

 

 なんとか紛らわせようと思いつきで眼鏡をスカウター風に構えて呟いたがどうやら火に油だったみたいだ。悔しそうにう~と唸りながら少し涙目で俺達を見る。どうしよう、泣かせてしまったことに罪悪感が…

 

 「ご、ごめん…」

 

 「謝るくらいなら言うなよ…ビッチ呼ばわりと俺のキモさは関係ねぇだろ。あとヒッキー言うな。つーか5が低いとか何言ってんの?通知表見てみろよ。最高の評価じゃねぇか」

 

 「あ、そっか。えっとごめんね、ひどいとか言って…ってさっき『たったの』とか言ってたじゃん!?やっぱりひどいや!!」

 

 今更だけど何だか遠目で見ていた時と少し印象が変わるな…元気で明るいの他に面白いと来たもんだ。八幡の屁理屈にノリツッコミで返すとかなかなかやる…それと勘違いとは言え、ちゃんと謝れるって事はやっぱり良い人なんだと思う。でも流石に騒ぎ疲れたのか、軽く息を吐いていた。

 

 「…あのさ、平塚先生から聞いたんだけどここって生徒のお願いを叶えてくれるんだよね?」

 

 「少し違うわ。あくまで奉仕部は手助けをするだけ。願いが叶うかどうかはあなた次第。例えるなら飢えた人に魚を与えるか、捕り方を教えるかの違いよ。自立を促す、というのが一番近いかしら」

 

 「な、なんかすごいねっ!」

 

 ドラゴンボールをではなくドラゴンレーダーを渡す感じか…なる程なぁ。俺の場合実際にやるとして、どの程度まで手を貸せば良いかの塩梅が難しいか。気がつくと人の言うことホイホイ聞いて可能な範囲でなら色々やっちゃうからなぁ…気をつけんと。

 由比ヶ浜さんは納得した感じで元気に返事をし、俺も感心して何度も頷いていると何故か八幡は心配そうに俺と由比ヶ浜さんを見ていた。ハヂバンザァン!!ナズェミテルンディス!?

 

 「必ずしもあなたのお願いが叶うわけではないけれど、出来る限りの手助けはするわ」

 

 「そうだった。あのね、クッキーを…」

 

 由比ヶ浜さんは途中で俺達の方を少し見て言いよどんだ。クッキーをどうするんで?美味いクッキーの店なら幾つか心当たりがあるから案内するけども。

 

 「比企谷くん、井藤くん」

 

 雪ノ下さんは何故かくいっと顎で廊下の方を指し示す。あの、出ろって事ですか?みんなで話聞くんじゃないの?すると何かを察したのか隣にいた八幡はゆっくりと立ち上がった。

 

 「…ちょっとスポルトップ買ってくるわ。井藤、お前も来い」

 

 「あ、おぅ…わかった」

 

 八幡に誘われよくわからないまま立ち上り扉までいくと、後ろから雪ノ下さんが声をかける。

 

 「私は野菜生活のいちごヨーグルトミックスでいいわ」

 

 「了解、無かったらどうする?」

 

 「…普通のでいいわ」

 

 なぜ、少し驚いた顔を雪ノ下さんはしているのだろうか。飲み物買いに行く奴がいたら一緒に行くか、自分の分も頼むのって普通なんじゃ…まぁいいや、ついでに俺も何か買うとしよう。自販機は一階、早足で行けば五分もかからないだろうし。そう思い二人で部室を出て駆け出そうとすると、八幡から制止の声がかかった。

 

 「おいペースを落とせよ。一応、女子だけで話をするための時間を作るのでもあるからな」

 

 「あぁ、あれってそう言う意味だったのね。そうならそうと言ってくれりゃあ良いのに…」

 

 「全くだ、あんなブロックサイン使わなくても『目障りだから席を外してもらえるかしら、二度と戻ってこないでくれると嬉しいのだけど』って優しく言えばいいのにな」

 

 「いや流石にそれを優しいとは思えんわ…いくらなんでも卑屈すぎでしょ、確かに言いそうだけどさぁ」

 

 所謂ガールズトークというやつだろうか?俺自身は女子との関わりがほぼ断絶状態だから、そこら辺の気遣いやらはサッパリだ。八幡の言葉程では無いにせよ、ストレートに言ってもらった方が気が楽だ。まぁそうやって席を外す事すら直接言いづらいのがガールズトークなのかもしれないけど…っともう自販機についたか。

 雪ノ下さんの分をポチッとして、自分のは…これで決まりだ。手早く済ませるとすぐに後ろの八幡に場所譲り、ボタンを押すと大きな機械音と共にガコンッと落下音が2つ響いた。ん、2つ?

 

 「あぁそれ、由比ヶ浜さんの分か」

 

 「ん、まぁ四人中三人だけ飲み物があるってのも何だか居心地が悪いからな。それよりもお前…明らかに地雷臭いぞソレ」

 

 「男は度胸、なんでも試してみるのさ」

 

 八幡の手にあるカフェオレを見た後、俺はニッと笑いながら自分の豆乳グレープフルーツ味を見せる。このシリーズはバナナ味やコーヒー味など普通に美味いのもあるが、たまにバニラ味やラムネ味、紅茶味みたいなトチ狂ったのかと思う味を出したりする。でもまぁ試してみない事には美味いかどうかはわからないので今回はこれを選んでみた。ちなみに一押しはコーヒー味だ。異論は認める。

 

 「何を飲もうがお前の勝手だけどな…つーかお前、さっきまであんな調子だったのによく普段通りでいられるな」

 

 「さっきって言うと…あぁ昔の話の時ね。まぁ何と言うか今は依頼の事とか考えてて、言われるまでその事すっかりと忘れてたわ。同時に別々な事を考えるの苦手でさ、新しい事とか集中して考えると前の事は一旦忘れちゃうんだよなぁ」

 

 「何だその便利かどうか微妙な機能は…つまり今は素の態度ってことかよ」

 八幡は「うわぁ」と微妙そうな顔をしているがこればかりは直しようがない。小学校低学年の時なんかは学校でケンカをしても、放課後にはその事を忘れて普通に相手と遊んでた位だし。つまり、マルチタスクはあんまり得意じゃないと言うことだ。この調子だと多分管理局でデバイスは扱えないと思う。

 

 「クッキーをどうする依頼なんだろ?とかそっちの方ばっか考えてたわ。あ、あと飲み物何にしようかなとか。まぁ大事な事とかは流石に覚えてるしメモとかもするけど…それに完全に忘れた訳じゃないから後で思い出して『やべぇ忘れてた』とか、夜ベッドで『うわぁ』とかなったりもするなぁ」

 

 「いや、それさらりと言ってるけど結構重傷だぞ?とくに最後なんて黒歴史持ってる奴の反応じゃねぇか」

 

 「マウンテンサイクル並みにあるかもなぁ…夜思い出して夢見が悪くなった朝とかホント気が滅入るわ。まぁそれ自体は滅多にないし、朝飯食って支度してるうちに気にならなくなるけど」

 

 「結局そこに戻るのかよ…」

 

 確かに中学時代や高校に入ってから稀に昔の事を思い出す事はあれど、夜や朝に気落ちする事は滅多に無かった。それでも一時期だけ、時間を置いても紛れずに引き摺ってしまう時があった。高校を入学して1ヶ月前後の頃、女子と接するのが苦手であると自覚してからだ。

 理由などと関連して昔の事を思い出すと、自分は高校でどの様に振る舞うべきかで悩んだ。自分を殺して抑えて、ひっそりと生きた方が良いのか?でも自分にはそれを続けて過ごす事なんて、息苦しくて無理だ…等と色々考えてしまい朝から鬱屈した気持ちになっていた。そんな時、下駄箱で目にしたのが由比ヶ浜さんの姿だった。

 明るく元気に友達へ挨拶をする彼女の笑顔を見た時、なんとなく暗い気持ちが薄れていくような気がした。そしてそうやって悩んでいる事が何だかどうでも良くなってきて、元気や勇気みたいなものが湧いてきた。それからは少なくとも男子に対しては自然体で接する事が出来、最低限のTPOも身についていたのでクラスの輪に積極的に踏み込む事が出来た。その時は既に今の交流関係をほぼ築いてはいたがその関係を継続し、楽しく過ごせているのは彼女のおかげと言っても過言では無い…少なくとも自分はそう思ってる。

 先日平塚先生との話では一目惚れとか気になる相手とかの言葉を使ったが実際の所、恋慕とはまた違う感じがする。感謝の念と言うか恩義と言うか…とにかくそっちの感情の方が近い筈だ、多分。そもそも俺の恋愛経験なんて幼稚園や小学校低学年の片思い以来だから異性を本気で好きになるって感情や感覚自体、いまいち自分でもわかっていないと言うのが本音だけど。

 

 「ま、そんな事より今は依頼だよ依頼。うっし、勝負はどうでもいいけど、やるからにはしっかりやらないとなぁ」

 

 「まぁ、勝てる筈が無いからな。後はどれだけこちらの傷を少なくできるかにだけ気をつけていればいい」

 

 「なんつー後ろ向きな…」

 

 そろそろ部室に着く辺りで俺が空いてる方の腕を回して意気込んでいると、八幡は萎えることを言ってくるがまぁいい。きっかけも無く話かけるなど俺には出来ないが、卒業までにはいつか彼女にお礼をしたいと考えていた。なのでこれはある意味絶好の機会だと思う。恩返し…と言うと少し語弊があって重い感じもするけど、彼女の手助けが出来るのなら何でも良い。あいつ風に言うなら「ちゃんす」だ。今回の依頼でチャラになるとかは考えて無いが、とにかく全力で取り組む所存だ。

 

 「ただいまーっと」

 

 「遅い」

 

 部室に戻りジュースを差し出すと、その言葉と同時に俺の手から飲み物が消えて変わりに百円玉があった。いつの間に…けどよく考えたら最初にお金もらって無かったなぁと思い。俺も一言「さーせん」とだけ言ってポケットに小銭を入れると自分のジュースを飲み始める。ふとあちらを見ると、何だかいい雰囲気になっていた。

 何だろう、この格差は…まぁお礼を言われたかった訳じゃないし、雪ノ下さんは代わりに話を聞いてくれてたんだししゃーない。それよりも早速試してみた飲み物の味は…うん、思ったよりグレフル感が強い。普通に美味いけどわざわざ豆乳と混ぜる必要は無いかなこれ。

 そうやって現実逃避をしていると、いつの間にか八幡がこちらに来て雪ノ下さんと何やら話している。横で聞いていると俺にとって嬉しいワードが聞こえてきた。

 

 「家庭科室に行くわ。あなた達も一緒にね」

 

 「え、なに家庭科室行くのっ!?」

 

 「うるせぇよ。いきなり近くで大声出すな」

 

 俺が突然声をあげたせいか三人とも少しビクッとしていている。それは悪いと思うけど…だが私は謝らない、家庭科室と聞いてテンションが上がらずには居られないからだ。調理実習や実験は好きだし家庭科もかなり好きな科目だ。班は男子で固めているので役割の負担は大きいが、その分調理や試食が楽しいので無問題である。

 

 「由比ヶ浜さんは手作りクッキーを食べて欲しい人がいるのだそうよ。でも自信が無いから手伝って欲しい、と言うのが彼女のお願いよ」

 

 「っしゃあっ!!」

 

 「えらいやる気だな…つーかクッキー作れんのお前?」

 

 「まぁ得意かどうかはともかくとして、何度か作った事ならあるけど…」

 

 ついガッツポーズをして気合いを入れてると八幡が少し引き気味に訪ねてくる。クッキーなら夏休みとかにある親子クッキング講座のボランティアで経験済みだ。チョコチップクッキーとかマジお勧め、スヌー○ーでも良く出てくるし。家でも水羊羹や杏仁豆腐とかの簡単な菓子なら作ったことあるし、この経験を生かして手伝えるなら俄然やる気になってきた。

 気がつくと俺が色々考えているうちに話が進んでたようだ。友達に頼む頼まないとか言ってたけど、周囲に料理をする人がいなかったら無理な話だと思う。俺だって織田、和泉、城戸と実習で組む時、皿洗いや材料を切るのは手伝ってもらうが最終的な調理は一任され「刺激物抜き、あとは食えればいい」「辛味Max」「野菜抜き」と三者三様のリクエストまで出される始末だし。そんな感じだからあいつらとは料理の話をあまりしたことが無い。精々、食べ物の好き嫌いくらいだ。少し脱線したが由比ヶ浜さんの様子を見ると、俯いて少し肩を震わせていた。

 

 「へ、変だよねーあたしみたいなのが手作りクッキーとかなに乙女ってんだよって感じだよね。似合わないしおかしいよ。友達もそんなの流行んないって言うし…ごめん雪ノ下さん、やっぱいいや」

 

 「あなたがそう言うのなら私は別に構わないのだけれど…あぁ、この男達のことなら気にしなくても良いわ。片方はやる気があるようだけど、人権はないからどの道二人とも強制的に手伝わせるし。でも確かにあなたのような派手に見える女子がやりそうな事ではないわね」

 

 しゅんと萎れたかと思えば、「だ、だよねー」と相手の顔色を窺うように笑っている。あの時見たのとは違う作り笑いといった感じだ。雪ノ下さんは俺達に何か非人道的な発言をしていた気もするけど…

 それよりもあの時、勝手にだけど元気づけて貰った身としては何とか励ましたいと思った。率直な意見としては流行らなかろうが、似合わなかろうが悪手では無いしあまり気にする必要もない筈だ。

 

 「別に気にしなくても良いんじゃない?男子としてはやっぱ女子から美味いクッキーとか貰うのって嬉しいだろうし。それに誰もやらない、流行らないって言うならそっちの方が相手の印象にも残ると思うよ」

 

 「それだと逆に悪目立ちして反感を買うってのもありえるかもな。まぁ別に変とかキャラじゃないとか似合わないとか柄でもないとかじゃなくてだな、純粋に興味がねぇんだ」

 

 「そっか…ってヒッキーの方ひどくない!?マジありえない!あたし、やれば出来る子なんだからねっ!」

 

 納得してもらえたようだが、八幡の言葉に由比ヶ浜さんは憤慨して机を勢いよく叩く。たぶん発破をかけてくれたんだと思う。動機はどうであれやる気になってくれて何よりだ。この調子で家庭科室へ行くとしよう。

 でも俺達の役割が味見だけって…まぁ道具の用意とか片付けとか色々あるからそれが出来るだろう、とにかくやれるだけの事はやるつもりだ。

 

 

 「雪ノ下さん、ハンドミキサーあったけど使う?それと常温に戻すからバターは先に出しといたけど、無塩のが無かった」

 

 「いいえ、使わないわ。バターの方は一度溶かして上澄みの塩分を除けば無塩として使える筈よ」

 

 「了解、湯煎用にヤカンを火にかけとく」

 

 「良いように使われてないか…?特にお前」

 

 家庭科室へ移動した俺達はクッキー作りの為の準備をしている。俺と八幡がオーブンとかの重いものや高いところにある道具を、雪ノ下さんがお玉やボール、材料などの細々した物を手分けしてだ。由比ヶ浜さんも少し手伝っていたが勝手がいまいちわからなかったのか、今は自分の身支度をしている。エプロンの結び目がほどけそうで心配だったが雪ノ下さんが直してくれたようだ。俺達も準備が一段落して隅っこで寛いでいる。

 

 「いやぁにしても家庭科室って良いな。なんかワクワクしてくるわ」

 

 「俺にとっちゃ拷問みたいな所だけどな。お前は張り切りすぎなんだよ…何?お前も主夫目指してんの?」

 

 「別に主夫ってわけじゃ…ただ食べるのと作るのが好きなだけで、掃除や洗濯は苦手だからなぁ。つーかすりこぎをマッサージに使うのは衛生的にアウトだからこっち使えって」

 

 すりこぎの代わりに自分の鞄に入ってた折り畳み傘を渡すと、八幡が「何で持ってんだよ」と言いたそうな顔で渋々と受け取る。すると身支度を終えた由比ヶ浜さんがなぜかこちらに来て話しかけてきた。

 

 「あのさ…か、家庭的な女の子ってどう思う?」

 

 「え、普通にアリだと思うけど…まぁ作れなかったらこっちが作ればいいし」

 

 「別に嫌いじゃねぇけど。男ならそれなりに憧れるもんなんじゃねぇの」

 

 「そっか…よーしっ!やるぞー」

 

 言葉を聞いて安心したように微笑んだ由比ヶ浜さんは袖をまくって臨戦態勢に入る。俺達は味見役とのことなので最初は調理に口を出さず、お手並み拝見といこう。あといまさらだけど二人のエプロン姿というのも…調理実習の時は自分が作ることに集中して周りの班など見ていなかったので中々良い、素直に眼福と言っておく。

 

 「な、なんで?」

 

 「理解できないわ…どうやったらあれだけミスを重ねる事が出来るのかしら…」

 

 雪ノ下さんは小声で呟くが最もな意見だと思う。完成した暗黒物質(ダークマター)を見る限り、由比ヶ浜さんの料理スキルはかなりオブラートに包んだとしても圧倒的経験不足だとしか言いようがない。例えるなら日曜のお昼にやってるTRY娘をリアルに見た感じだ。流石にコーヒーを大量投入した時は生地に付着してない部分を除去すれば何とかなると言おうとしたが、こちらが言う前に生地全体とフュージョンしていた。

 

 「マジで食うのかよ?ジョイフル本多の木炭みたいになってんぞ。これはもう味見じゃねぇ、毒味だ」

 

 「どこが毒だしっ!…毒、やっぱ毒かなぁ?」

 

 威勢良く言ったけどやっぱり不安なのか由比ヶ浜さんは小首を傾げている。八幡も愕然としていて、雪ノ下さんも自分の試食分を手に「死なないかしら?」と心なしか目がちょっと潤んでいた。

 

 「四の五の言っても進まんし、食べなきゃ感想の言いようも無いって…まぁ材料や工程的にはセーフでしょ、多分」

 

 俺はそう言ってクッキー?の一枚を摘まむとヒョイッと口の中に入れて味わうように咀嚼する。それを見て、みんなも恐る恐る口へ運ぶ。…はっきり言って超、苦い。眉間のシワレベルがかなりの数値を叩き出してると思う…すぐに飲み込みたいがそれでは感想も不十分になってしまう。ゆっくりと口の中で味わうしかない。恐らく苦味の大きな原因はコーヒーとコゲだろう、妙な臭みあるが多分バニラエッセンスの入れすぎだ。他にもあるがだいたいの味を把握して飲み下すとなぜか「ふぅー」と大きな息が漏れた。でも吐き出したりしない辺り、何とか食べられる代物のようだ。

 

 「すげー苦いし妙な臭みもある…はっきり言って美味くは無い、でも…何とか、食える」

 

 「うぅ~苦いよ、不味いよ~」

 

 「なるべく噛まずに流し込んでしまった方がいいわ。舌に触れないように気をつけて。劇薬みたいな物だから」

 

 「秋刀魚の腸なんて入ってましたっけ?お前よくこれを平然と味わって食えるな…もしかして味音痴なのか?」

 

 みんなの様子を見ると、涙目だったりしかめっ面だったりとかなりのダメージを負っていた。雪ノ下さん、もうそれ劇薬みたいなじゃなくてモロ劇薬扱いなんじゃ…あと八幡が何か聞き捨てならない事を言っていた気がするので少しムッとなって言い返した。

 

 「失礼だなおい…鳥バードじゃあるまいし。生憎体は頑丈でね、内臓の強度もかなりある。それにちゃんと食べなきゃ味見の意味がないだろ…味覚は単純に俺の『普通』の基準が下に広くて、それと連動して『何とか食える』『不味い』『食えない』がワンランクずつ下にズレてるだけだって。流石に2枚目はちょっとキツイし…」

 

 「それってやっぱ不味いって事じゃん!?」

 

 そう言われてもなぁ…味云々は自分の感じたことを正直に言わなければ意味がない、人に贈るものなら尚更だ。あとの問題は残りをどうするかだけど…捨てるのは論外、食べ物を粗末にする気は毛頭無い。かと言ってこれを今のまま無理してみんなで食べると言うのもなんだかなぁ。

 『生きるって事は美味しい』とあるように、人間やっぱ美味いものを食べて楽しく生きていきたい筈だ。要はもう少し食べやすくなるように手を加えれば良い。おジャ魔女の三期でだって失敗したクッキーをケーキ風に作り替えて芸人目指してる男子にあげてたし。それって失敗作を加工して押しつけたんじゃ…とも思わなくも無いが手段は同じだ。

 考えろ、いったいどうすればいい…?ここまで苦いと単にチョコやクリームをつけるだけでは相殺出来ないし臭みも何とかしないといけない。使える材料は…クリームチーズ?あぁ、バターを出すときに紛れてたのか。程よく常温で柔らかくなっていて、さらにコーヒー過多のクッキーに牛乳、卵、砂糖もある…いけるか?

 

 「ねぇ、残りをもらってもいい?」

 

 「む、無理しなくて良いから!?自分で作ったのに人任せってのも悪いし」

 

 「あなた達には試食をお願いしたわけであって処理をお願いしたわけでは無いのだけれど…依頼を受けたのは私だし責任くらいとるわ」

 

 俺が皿を指差すと女子二人から制止の声がかかる。何か勘違いしているようだけど説明してない俺が悪いな。それと八幡さん、俺が言い出した瞬間に目の前にクッキーを置くのはいかがなものかと。

 

 「あぁいや、そうじゃなくて…食べやすくなるように手を加えたいなぁと思って。由比ヶ浜さんが作ったのだからやっていいか確認したいんだけど」

 

 「私は別に良いけど…大丈夫なの?」

 

 「何か考えがあるようね。まぁ期待はしないわ」

 

 「あぁ、私に良い考えがある。少なくとも今よりは何とかなるんじゃないかなと」

 

 「お前そのセリフって…明らかに失敗フラグじゃねぇか」

 

 由比ヶ浜さんは不安そうに、雪ノ下さんは勝手になさいといった感じで、八幡は呆れたように俺を見る。甘いな八幡、あからさまなフラグは逆に生存フラグなんだよ…ドーベルマンの最後はショックだったけど。俺自身、あまり確証は無いがやらないよりマシだ。エプロンをつけ、頭にナプキンを巻くと手をスナップさせ襟首を緩めながら気合いを入れる。さぁ、ショータイムだ。最後くらい統一させようぜ俺…

 まずバットに件のクッキーを敷き詰め、軽く温めた牛乳に多めの砂糖と小さじ一杯のコーヒーを溶かしたものを注ぐ。それを冷凍庫に入れ染み込ませている間にクリームチーズ、全卵、砂糖を混ぜてゆるくなるように練っていき、混ざりきったら先のクッキーの上に流し込む。軽く冷やした後に調整ココアとインスタントコーヒーをブレンドした粉を上からかけて完成だ。

 

 「一応確認するけど、それはティラミスのつもりかしら?」

 

 「うん、正解。やっぱわかるか…まぁマスカルポーネチーズじゃないしコーヒーシロップも使ってない代用品の間に合わせだから、あくまでティラミスモドキって所だけど」

 

 「へぇ~ティラミスってこうやって作るんだ…でもサイゼのと何か違うね」

 

 「少なくともサイゼじゃ由比ヶ浜のクッキーは使ってないからな。違ってて当たり前だ」

 

 バットから四分の一ほど取り出して皿に盛り、まずは自分で試食をする。味はまぁ…普通だ。でもこれは別に素材に落ち度があるとかではなく、単純に自身の腕の問題だと思われる。ティラミス自体は味と作り方を知ってる程度だったけど、当初の目的である苦味と臭みの相殺が出来たので良しとしよう。

 お店で出せるほど美味いというわけでは無いが、家で気楽に食べるおやつとしては問題無い。これなら皆が食べても大丈夫だろう。そう思い残りのティラミスモドキを人数分に取り分け、それぞれの前に置いていく。そして大丈夫であることを示す為に、グッと親指を立てた。さぁ…おあがりよ。

 

 「うんイケる!さっきより全然良いよ!!」

 

 「これをティラミスと呼ぶには疑問が残るけど…一応食べられる代物にはなってるわ」

 

 「普通に食えるっちゃあ食えるな。少しクドめな感じだが」

 

 「お粗末様。牛乳で苦味を薄めて、チーズ系で臭いを消すのが目的だったからなぁ…まぁ喜んで貰えてなによりだよ」

 

 奉仕部の二人からは手厳しいコメントを頂いたが、先ほどよりもみんな表情が険しくない。由比ヶ浜さんも喜んでくれたようだしとりあえず一安心だ。作ったのを自分で食べるのも楽しいが、誰かに食べてもらうと言うのも嬉しい。やっぱ食事ってのはこうじゃないと…雪ノ下さんが煎れてくれた紅茶を飲みながらそう思った。でもこのまま一件落着、第三部完!!とはいかない。

 仮にあのクッキーをそのまま相手にあげたとすれば、双方に悲惨な結果しか残らないだろう…早急に対処しなければならない。もう一度作るにしても、さっきの方法でまた完食するにはボリューム的にキツイのでそう何度も使える手ではない。クッキー以外のものにするって考えもあるけど、まずはどうすれば改善出来るのかを話し合う必要がある。考える事は同じだったのか、雪ノ下さんが緩んだ空気を引き締めるように口を開いた。

 

 「さて、じゃあどうすればより良くなるか考えましょう」

 

 「由比ヶ浜が二度と料理をしないこと」

 

 「ハードルを下げてもっと簡単な物にするとか?混ぜて冷やして固めるだけの寒天系みたいな」

 

 「全否定されたしクッキーですらなくなった!?」

 

 「比企谷くんのは最後の解決方法、井藤くんのは却下ね…これからの時期に常温で持ち歩く事を考えたら、火を通した焼き菓子系が妥当よ。そうなるとクッキーと共通の工程があるから必要な技術は結局変わらないわ」

 

 保冷剤と保冷袋を用意すれば…とも思ったが受け取る側にしてもかさばると大変か、なかなか難しい。由比ヶ浜さんもがっくりと肩を落として深いため息をついてる。

 

 「やっぱりあたし料理に向いて無いのかな…井藤くんみたいに作り直すのとかも思いつかなかったし、才能ってゆーの?そういうのもないし」

 

 「いや、才能とかそんなんじゃ無いって。俺だって失敗も多いし…ロイヤルミルクティーの要領でコーヒーを煎れたらフィルターとかに吸われて牛乳のロスが多かったり、カレーにとろみが足りなくて思いつきで片栗粉入れたら入れすぎてスライムみたいになるとかもあった。さっき思いついたのだって結局は経験の積み重ねだよ」

 

 「…なるほど、解決方法がわかったわ。努力あるのみよ」

 

 「それ解決方法か?」

 

 八幡は怪訝そうに聞き返すが、それ以外に方法は無いだろう。サイダネがあるわけでも無いし、繰り返しやっていき体で覚えるしかない。

 

 「それしかないって…数をこなして経験を重ねていって、経験値なり努力値なりを積んでいかなきゃレベルは上がらないわけだし」

 

 「レベルってお前…ポケモンかよ」

 

 「無闇に回数を重ねる必要は無いけど努力は立派な解決方法よ。正しいやり方をすればね。それと由比ヶ浜さん、才能がないって言ってたけどその認識を改めなさい。最低限の努力もしない人間に才能を羨む資格はないわ」

 

 「で、でもさ、こういうの最近みんなやんないって言うし…やっぱりこういうの合って無いんだよ、きっと」

 

 雪ノ下さんの正論に由比ヶ浜さんは言葉を詰まらせ、それを誤魔化すように笑っている。だがその態度が何か琴線に触れたのか、雪ノ下さんは静かにカップを置く。その雰囲気には俺達も向けられた事の無いような冷たさと怒り、嫌悪感が感じられた。

 

 「…その周囲に合わせようとするのやめてくれるかしら。ひどく不愉快だわ。自分の不器用さ、無様さ、愚かさの遠因を他人に求めるなんて恥ずかしくないの?」

 

 キツイ言い方だけど強くて正しい言葉だ。近くで聞いてた八幡も「うわぁ」と小声が漏れる位には…由比ヶ浜さんは俯いてスカートの裾を握っている。正直、何て声をかけたら良いのかわからなかった。

 励ますのは簡単だが、ここで適当な事を言って誤魔化すような真似はしたくない。それでは意味も無いし為にもならない…そもそも、正論に反論出来る言葉が思いつかない。

 それに由比ヶ浜さんが自信の無い状態なのは、もしかすると俺にも責任があるんじゃないか?許可を貰ったとは言え自分が作ったものに他人が手を加えるなんて、よく考えればいい気分はしないだろう。現にさっきも名前が出てた位だし…勢いに任せて空回りし、結果的には手助け所か逆に足を引っ張ってたんじゃないだろうか。そう思うと申し訳なさを感じる。

 二人を交互に見渡す事しか出来ず、由比ヶ浜さんの方をもう一度見ると肩が小刻みに震えて瞳が潤んでいる。それを見た瞬間、胸の奥がズキリと痛む感じがした。手助けをしたいと思った人が泣きそうな顔をしているのに何も出来ないのだろうか…いや、何かあるはずだ。ゴチャゴチャと考えたって埒があかない、とにかくもう一度作ろう。今度こそちゃんと手伝って…そう思い立って動こうとした時、由比ヶ浜さんの口からか細い声が漏れた。

 

 「か…かっこいい…建前とか全然言わないんだ…なんて言うか、そういうのかっこいい…」

 

 「「「は?」」」

 

 突然の言葉に揃って声が重なった…つい三人で顔を見合わせちゃったよ。いきなり過ぎてこちらも素に戻っちゃった上に、見つめられてる雪ノ下さんは少し後ずさってる。その動揺っぷりは由比ヶ浜さんが部室へ来る前に俺が騒いでいた時の比じゃない。

 

 「な、何を言ってるのかしらこの子…話聞いてた?私、これでも結構キツイことをいったつもりだったのだけど」

 

 「確かに言葉はひどかったけど…でも本音って感じがする。あたし人に合わせてばっかだったからこういうの初めてで…ごめん、次はちゃんとやる」

 由比ヶ浜さんは謝ると正面から雪ノ下さんを見つめ返す。キツイ事を言ってるって自覚はあったんだ…

 あと由比ヶ浜さんはさっき人に合わせてばかりだったと言っていたが、それは俺が息苦しくて続けるのは無理だと思ったスタンスを続けて来たと言うことなのだろうか?もしそうであるなら…純粋にすごいと思う。そうやって過ごしていく事は生半可な努力では無いはずだ。そして彼女はキツめの正論を言われても、諦めず逃げない強さも持っている。

 そんな彼女に対して、俺は何が出来るのだろう?勿論手助けをすること自体は変わらない。ただ、やり方を少し変えてみようと思う。奉仕部の方針は魚の捕り方を教えると言っていたが、経験の浅い人が皆いきなり捕れるわけではない。なら自力で捕れるようになるまで一緒にやってサポートするまでだ。そして教えるだけでなく改善点や工夫すべき点を本人も交えて共に考えていけばいい。

 雪ノ下さんの方を見ると、 由比ヶ浜さんの予想外の反応に戸惑って言葉を探しているといった感じだ。しゃーない、時間稼ぎ…と言うわけではないが今のうちにもう一度軽く反省会をしておこう。

 

 「それじゃあ、次をやる前にちょっと確認しよっか。由比ヶ浜さん、さっき自分のクッキーを食べてみてどうだった?どうしてその味になったと思う?」

 

 「え!?えっと…苦くて臭くて…あ、焦げてたから!!あとはコーヒーの入れ過ぎとか?」

 

 「そう、火加減もそうだけどコーヒーの方は無理に入れなくても良かったんじゃないかな。甘いのが苦手な人の事を考えたのは良いと思うけど、砂糖を減らすって方法もあるわけだし。臭いはバニラエッセンスの入れ過ぎなんじゃないかって思うんだけどさ、あれって例えるなら香水みたいなもんだから…仮に香水をつけ過ぎた人がいたらどうなる?」

 「それはヤバいって、つけすぎたら匂いがキツイなんてもんじゃ…あ、そっかぁ!?それにちょっとしょっぱかったから塩も入れ過ぎたかも…卵とか殻入ってたし」

 

 由比ヶ浜さんは急に話しかけられて少し驚いていたようだが、言った事を指で数えながらちゃんと考えてくれてるようだ。まずは自分で問題点を把握する必要があると思いいくつか質問し、わかりづらそうな点は例えをだして説明していく。そうすることでこちらが把握していなかった点を自分で発見することも出来る。

 

 「次に作る時は今気づいた事に注意して作れば良いと思うよ。そうすれば少なくとも前よりは良くなってるはずだから。クッキーに限らず料理ってそういう事の繰り返しだからさ…頑張ろ?」

 

 何だか最後はボランティアで子ども達と話した時のような口調になってしまったけど、わかりやすく伝えると言う点では良いかもしれない。由比ヶ浜さんは「うん!!」と元気よく頷き、雪ノ下さんも八幡が助言して再起動している。

 

 「…正しいやり方ってのを教えてやれよ。由比ヶ浜も、今自分で言ってた事を忘れずにちゃんと言うこと聞け」

 

 「一度お手本を見せるから、その通りにやってみて。レシピを忠実にやれば出来るはずよ」

 

 「よろしくお願いします!!」

 

 「俺も手伝うよ」

 

 由比ヶ浜さんの表情にはさっきまでのような陰りはなく、真剣そのものだ。この調子ならきっと良いものが作れるだろう。

 初めに雪ノ下さんが作り方を実演し、由比ヶ浜さんがそれを見て一緒に自分のを作る。でもいきなり全てをこなすのは難しいので、由比ヶ浜さんにはまず調理そのものに慣れてもらう必要がある…そう考え雪ノ下さんにも確認をとり、俺は材料の計量や道具の片付けなどを手伝っている。あとは説明を受けた由比ヶ浜さんに不明な点があれば、何故その必要があるかなどを噛み砕いて説明し補足する。まさかここでボランティアや料理初心者な矢車に教えていた経験が役立つとは思いもしなかった。

 

 「粉をふるうときは円を書くように。円よ円、わかる?」

 

 「んーとりあえず丸く全体にやってみよ。山を作っちゃうと粉が残ったりするからさ」

 

 「かき混ぜるときにはちゃんとボウルを押さえて。ボウルごと回転して全然混ざってないから。回すんじゃなくて切るように動かすの」

 

 「ヘラをボウルの底まで入れて、ケーキを切るようにやってみて。そうそうその調子…そんで空いた左手でしっかりボウルを押さえよっか」

 

 途中由比ヶ浜さんが隠し味で桃缶を使おうとするのを慌てて止めるなどあったが、なんとかそれぞれのオーブンで焼くところまでこぎつけた。果物を入れるならドライフルーツのが良いと思うんだけどなぁ…桃のってあったっけ?黄桃ならありそうなイメージがあるけど。雪ノ下さんは作りながら教えるのに慣れてなかったのか、額に汗を浮かべてかなりグロッキーになっている。本当お疲れ様です…

 

 しばらくすると、焼き菓子特有の良い香りが部屋に立ち込めてきた。まずは先に焼きあがった雪ノ下さんのクッキーを試食する。シャッキリポンとか八幡の何たらパティシエールみたいな気の利いた言葉が見つからないがとにかく美味い。サクサクとして歯触りが良いとかバターの良い匂いがするとか色々あるが、本当に美味いものに言葉は必要ないってのはマジだった。首を上下に動かして頷いてるばかりで、せいぜい今までの人生で食べた一番美味いクッキーとしか思いつかない。やばい、頬が緩む。

 立川のイエスなら冠の薔薇を満開にして『祝福せよっ!!』と満面の笑みになってるだろう。グルメ細胞が活性化しそうな勢いだ…俺達だけで食べるのは何だか勿体ない、お持ち帰りして弟や織田達にも食べさせたい。なんなら雪ノ下さん自身をお持ち帰りして皆を招き、『どうか焼きたてのクッキーを食べさせてあげて下さいっ!!』と土下座で頼み込んだって良い。いっそ勝負の願いにでも…あれ?何か変な方向に話が飛躍してないか…?とにかく調理の手際といいこのクッキーのクオリティといい、やはりただ者じゃない。ふと見れば由比ヶ浜さんに絶賛され雪ノ下さんは嫌みもなく微笑んでいた。

 次に由比ヶ浜さんのクッキーが焼きあがった。型抜きや成形に手間取り、焼き始めるのが遅くなったがこちらも良い匂いがする。これは楽しみだ。

 

 「なんか違う…」

 

 「…どう教えれば伝わるのかしら?」

 

 試作2号機、もとい由比ヶ浜さんのクッキーは口当たりにこそ難はあれど充分な出来だった。最初のから考えればかなりの成果だと思う。その成長っぷりを加味して俺は二人組のイタズラ天使のスタンプを消す勢いでハナマルを贈りたいが、どうやら二人は納得していないらしい。由比ヶ浜さんはションボリとして、雪ノ下さんは首を捻り唸っている。

 雪ノ下さんの教え方は経験者向きの内容だったけど的確だったし、由比ヶ浜さんもその説明を受けて慣れないながらも食らいついてきた。これ以上の出来となると、やはり経験や技術が必要となってくる。材料を入れるタイミングや空気を取り込むような混ぜ方など、一朝一夕で身につくなら苦労はしない。頭で理解出来ても体が追いついて来ない状態だ。今より美味しいクッキーをすぐ作るとなると後は…

 

 「材料の質を上げてみる?発酵バターやオーガニック素材を使うとか」

 

 「だめよ、この段階で質に頼るなんて…それじゃあ根本的な解決にはならないわ」

 

 「ならいっそ、まずこの状態のまま贈って『次はもっと美味しいのを作るからっ!!』って言うのは?目標もより明確になるし、相手もまたクッキーを食べられる。『美味しい物を食べるのは楽しいが、一番楽しいのはそれを待っている間だ』って言葉もあるし一石二鳥だと思うんだけど」

 

 「でもそれって、最初が美味しくなかったら意味なくない?次食べて貰えるかわからないし」

 

 「だよなぁ…」

 

 確かに相手の舌が肥えてる可能性だってある。ならこちらも万全の体制で挑まなければならない。少なくとも依頼人である由比ヶ浜さんが納得のいく出来になるまでは…だったらやることは一つだ。

 

 「もう一度、作るしかないよなぁ…」

 

 「無策にやっても意味がないわよ」

 

 「やらないよりマシだよ。一度で無理なら二度、それでもまだなら三度…経験積んで、体で覚えるっきゃない。材料が足りないなら一度に作る量を減らせばいい、時間が足りないなら焼いてる間に次を作る。数をこなす事に意味があるんだ」

 

 「…でも本当に出来るのかな?あたしにも雪ノ下さんみたいなクッキーを」

 

 由比ヶ浜さんは自信なく半信半疑といった感じだ。確かに雪ノ下さんクラスのとなると難しいだろう。そこが彼女の目標なのかもしれないが、少なくとも今のメンタルでは美味いものなんて作れない。まずはモチベーションを上げてもらわなければ…

 

 「それは由比ヶ浜さん次第だけどさ…贈りたい人がいるんでしょ?もう一度思い出そうよ、なんで贈りたいのか。そしてイメージするんだ、どんな顔で食べてもらいたいのか…そういう気持ちを込めて頑張れば美味いクッキーはきっと出来る。今だって最初より良いのが出来たんだ、次だって…」

 

 「あのさぁ、白熱しているところ悪いんだけどよ…そもそもなんでお前ら美味いクッキー作ろうとしてんの?」

 

 俺が言葉を言いきる前に、さっきから一言も発してなかった八幡が由比ヶ浜さんのクッキーを食べながら喋りだす。口に食べ物が入ったまま喋るのはどうかと…つーかいきなりどうしたんだよ。俺を含めて皆が「何言ってんのこいつ?」状態で見てるのに何故そんな勝ち誇った顔してるんだ?

 

 「どうやらおたくらは本当の手作りクッキーを食べたことがないと見える。十分後、ここへ来て下さい。俺が本当の手作りクッキーってやつを食べさせてやりますよ」

 

 あ、この勝負八幡の勝ちだ。具体的な理由は無いが後出しの法則が発動するぞこれは。由比ヶ浜さんは言い方にカチンときたのか雪ノ下さんを引っ張ってさっさと出てしまった。俺はと言うといったいどんなクッキーを作るのかと気になって部屋に残っている。私、気になります!!

 

 「井藤、お前も出ろ」

 

 「いやぁ俺としてはたった十分でクッキーを作る裏ワザとかが気になるんだけど…」

 

 「裏ワザとか何家の食卓だよ…んなもん企業秘密だ。それにお前は絶対顔に出る、だから言わねぇ」

 

 「わかったよ…」

 

 どうやら簡単には教えてくれないらしい。仕方なく出ようとすると、残ってるクッキーが目に入った。雪ノ下さんのクッキーは皆手が止まらずすぐに完食してしまったので、今あるのは由比ヶ浜さんのクッキーだ。本人は納得していなかったが普通に食べる分には充分な出来なので、誰も食べないのなら貰っちゃおうかな…

 

 「これ食っても良いかな?」

 

 「どこのダディだお前は。地味に似てるし…そんなのは本人に聞けよ。つーかさっさと行け」

 

 そう言って八幡はシッシッと手を振り出るように促す。まぁ後で聞けば良いかと思い俺も家庭科室を後にした。

 

 「本当の手作りクッキーってなんだろうね?」

 

 「さぁ、あの男の考える事だから碌な事じゃないと思うけど…」

 

 廊下に出ると、二人はすぐそばで待機していたようだ。まぁ十分なんてすぐだし遠くには行かないか…俺も距離をおいてからスマホでSSサイトを巡回して暇を潰す。まずはハーメルン、そして次に理想郷だ。そうやって更新をチェックしていると、由比ヶ浜さんが話かけてきた。

 

 「ねぇ井藤くんはどう思う?」

 

 「え、いや…俺はその…」

 

 急に話しかけられたことに驚きいて俺はつい口ごもってしまう。それが聞き取りづらかったのか由比ヶ浜さんは「どうしたの?」と言って近づくと、俺の体は無意識に後ろへと下がっていた。彼女が一歩近づけば俺は一歩下がり、進んだ距離だけ間隔をあける。由比ヶ浜さんは不思議そうな顔をしていたが、何かを思いついたみたいで今度は一歩下がる。だが俺はその場所から一歩も動かなかった。それを見た由比ヶ浜さんは「や、そこはフツー進めし!!」と叫んでいるが一向に俺の足は動かない。見かねた雪ノ下さんが呆れた様子で声をかける。

 「なにを遊んでるのかしらあなた達は…井藤くん、あなたもこちらに来なさい」

 

 「いや、俺は別に」

 

 「来なさい」

 

 「…はい」

 

 雪ノ下さんの静かだが有無を言わさぬ強い言い方に、俺は本能のレベル従わざるをえないと思った。おかしいなぁ威圧感とかは矢車で慣れてる筈なのに…何とか近づいて行くがその進みはエゥティタのサイコ並みに遅い。そして流石にこの距離なら文句は言われないだろうと思い、二人から1m前後の所で立ち止まる。それでも、自分でわかるくらいに表情や動きがぎこちなかった。

 

 「何かおかしくない?顔とか青いし、最初みたいにキョドってちょっとキモくなってるし…具合悪いの?」

 

 「だ…大丈夫だ、問題無い…です」

 

 「いややっぱ変だって、保健室行った方が良くない?」

 

 「由比ヶ浜さん、その必要は無いわ。彼は単に異性に対して苦手意識を持ってるだけだから」

 

 「はぁ何だしそれ!?さっきは普通に話してたじゃん!!って言うかそんなんで中学やクラスじゃどうしてたの?」

 

 由比ヶ浜さんは心配そうにしていたが、雪ノ下さんの説明を聞いて驚きの声をあげる。言ってる事はごもっともですが流石にその…心配と同時にキモイ発言されるのは今のコンディションだとちょっとキツイのでご勘弁を願いたい。質問もされてるがこの調子だと答えるのも一苦労だ。雪ノ下さんに援護要請をしたいけど「自分で何とかしなさい」といった感じだし。

 望みは薄かったがこれも訓練なのだろうか…実にスパルタだ。でも、ここでガクブルしていても話は進まない。とりあえず質問には答えないといけない。

 

 「さ、さっきはその…クッキーとかに集中してたって言うか、近くに八幡…他の男子もいたし。中学は男子校で、クラスでは男子とばっかつるんでて…だから、一人で女子とこうやって話すのはその…結構キツイ、です」

 

 「人と話している時はその人の方を向きなさい。つまり…別な物事に集中するか、周りに同性を侍らせていなければ異性の前で正気を保てない矮小な人間という事ね」

 

 「グッ…はぃ、おっしゃる通りで…」

 

 「うわぁ、何か姫菜が喜びそう…」

 

 何とか途切れ気味にでも話は出来たが、落ち着かず視線が天井や床や壁を行ったり来たりしている。その態度が良くなかったのか、雪ノ下さんに襟首掴まれて矯正される始末だ。少々誤解を招く言われ方だったけど訂正する余裕もない。ニュアンス的には合ってるし…

 もうもこっちの事笑えねーよ、弟と一緒に『もうやめたげてよぉっ!!』とか言いながらアニメ版見れねぇ…ホントすいませんでした黒木さん。由比ヶ浜さんはというと俺の話を聞いた後、腕を組んで何やら考え込んでいる。ところでヒナって誰ですかね?刑事さんの怪力な妹とかが浮かんだが多分違うと思う。まぁお友達の誰かだろう。

 

 「そうだ、だったら練習すれば良くない?えっとほら…井藤くんあたしに言ってくれたじゃん、経験積んで体で覚えるって。そういうのなんて言うんだっけ?リラクゼーション?」

 

 「リハビリテーション、と言いたいのかしら?実際今がその処置中よ」

 

 「そうそうそれ!!さっきもすっごい真剣に考えてくれてたしさ…だからあたしも協力するね。あ、そうだ!!まずはあいさつからやらない?よく考えたらクラスとか全然知らないし」

 

 考えがまとまり由比ヶ浜さんはパチンと勢いよく手を合わせると、こちらの反応などお構いなしに話を進めて行く。雪ノ下さんもちょっと引き気味だし…それと処置って、俺病気扱いっすか?まぁ実際病気みたいなもんだけど…主に精神的な。まぁこちらとしても変に気を使われるよりは全然良い。それに何より相手からの善意を蔑ろにする気も無い。あいさつと彼女は言ってたが、クラスがどうと言っていたし要は自己紹介をすると言うことだろう。とにかく前を向き気を落ち着けて、名前とクラスだけでも言えるようにしよう。

 

 「に…二年C組、井藤泰明です。えっと、よろしくお願いします。あとその…ありがとう」

 

 「や、お礼とか良いって。あたしがみんなに言わなきゃいけないくらいだし…二年F組、由比ヶ浜結衣です。よろしくね」

 

 由比ヶ浜さんはそう言うと以前見たときのような笑顔で挨拶を返す。まだ少し緊張した感じが残っているが、その笑顔を見ていると体の強張りが緩んでいくような気がした。今度はちゃんと相手の方を見て言ったので、雪ノ下さんも何も言ってこない。手助けをしたい、力になりたいと思っていたのになんだか逆になってしまった気がする。実際の所、俺がさっき言ったありがとうだって、どんな意味を込めて言ったのか段々わからなくなってきたし…

 だが色々と複雑な感情が行き来している中でも、これだけは確信を持って断言出来る。由比ヶ浜さんが優しい人であり…元気な笑顔が一番似合っているということだ。そう思うとなんだか胸の奥で暖かいものが広がっていく感じがした。

 

 十分とは長いようでいて案外短い。お互いに自己紹介を終えた辺りで丁度時間となり、今は三人とも家庭科室へと戻っている。そしてテーブルを見るといかにも初心者が頑張って作りましたといった感じのクッキーがあった。いったいどんな秘密があるのか…俺は黙って観察し、雪ノ下さんは怪訝な表情で眺め、由比ヶ浜さんは食べるまでもないと爆笑している。

 

 「まぁ、そう言わずに食べてみてくださいよ」

 

 八幡は俺たちの反応が面白いのか笑いをこらえている。そんなに自信があるのか?まぁそこまで言うなら…と思いそれぞれクッキーを手にとり口にする。その味はある意味で驚きだった。

 食感も味も先ほど由比ヶ浜さんが作ったのと寸分の違いもない出来だ。ここまで再現するとは…でもわざわざ同じクッキーを作る訳が無い。きっと何か違いがあるはずだ、いったいそれは何か…そうか、焼きたて独特の香ばしさがない!!やっぱ短時間で作るには何かしらを犠牲に…ってんなわけあるか、よく見たらこれさっきのクッキーそのまんまじゃん。でもいったい何のために?雪ノ下さんは何か気づいたみたいだが、由比ヶ浜さんは不機嫌そうに味の感想を述べる。

 

 「別に特別何かある訳じゃないし、時々ジャリッてする!はっきり言ってそんなに美味しくない」

 

 「そっか、美味しくないか…頑張ったんだけどな。わり、捨てるわ」

 

 八幡は俯きながら呟くとクッキーの皿を掴む。それを見た由比ヶ浜さんも気まずそうに視線を下に向けた。それをすてるなんてとんでもない!食べられる状態のものを捨てるなんてそんな勿体ない真似、俺には出来ない。

 なら俺が貰おうと思ったその時「ま、待ちなさいよ」と由比ヶ浜さんがいち早く八幡の手を止め、クッキーを掴むとそのまま口へ放り込んだ。

 

 「別に捨てるほどのもんじゃないでしょ…言うほど不味くないし」

 

 「…そっか満足してもらえるか?」

 

 由比ヶ浜さんは食べ終えると照れくさかったのか八幡の言葉に頷いてすぐに横を向いてしまった。流石にここまでくれば八幡のやろうとしている事がなんとなくわかった気がする。このままでも充分食べられるから自信を持てって言いたいのだろう。

 

 「まぁ、由比ヶ浜がさっき作ったクッキーなんだけどな」

 

 「…は?」

 

 「あ~やっぱり?いや、捨てるなんて言い出した時はやっぱ自分で作ったのかなって思ったけどさ」

 

 「比企谷くん、よくわからないのだけれど。今の茶番に何の意味があったのかしら?」

 

 八幡の暴露に由比ヶ浜さんは目が点になって呆けたかと思えば、慌てて俺たちを順に見回す。雪ノ下さんの言うとおり、確かにここまで手を込む必要はない気がする。これから説明するであろう根拠も含め、普通に直接言えば良かったんじゃ…八幡は自信あり気にサムズアップをするとある言葉を言った。

 

 「こんな言葉がある…『愛があれば、ラブ・イズ・オーケー!!』」

 

 「古っ」

 

 「愛エプとか懐かしいな…でも手の動きが違うから。サムズアップじゃなくてまず右手の人差し指と中指を唇の左に持ってきて、『オーケー!!』と同時に顔の右側でこうOKサインをだな…」

 

 「いや、そこのクオリティは求めてねぇから。俺が言いたいのはな…お前らはハードルを上げすぎって事なんだよ」

 

 八幡は優越感に浸るように笑いながら説明を続ける。ハードルがどうこうと言い出した辺りは俺も珍しくイラッ★としてしまった。はよ、本題はよ。雪ノ下さんが八幡の言葉を遮り結論をいうと、どうやら俺たちは手段と目的を取り違えていたらしい。白蛇のナーガさんじゃあるまいし…いや、あっちは手段の為なら目的を選ばないだったか。

 

 「せっかくの手作りクッキーなんだ。手作りの部分をアピールしなきゃ意味がない。店と同じようなのを出されたって嬉しくないんだよ。むしろ味はちょっと悪いくらいの方がいい」

 

 「いや、手作りをアピールするなら店レベルでなくても美味い方が良くないか?人にあげるわけだしさ、現に俺はどっちかって言うと美味い方のが嬉しいし」

 

 「いいや。上手に出来なかったけど一生懸命作りました!つて所をアピールすれば、『俺の為に頑張ってくれたんだ…』って勘違いすんだよ、悲しいことに。井藤、お前は作る側…クッキーの方にこだわり過ぎだ」

 

 確かにそこは一理ある。真心込めて作ったものを貰うのは確かに嬉しい事だ…でもそれは事実なわけだし、何をどう勘違いするのかさっぱりわからない。二人も納得していないようで疑わしげに八幡を見ている。そこで八幡は中学時代のエピソードを語りだす。

 内容は自分に優しくしてくれた女子に告白したら手痛いしっぺ返しを喰らった、と言う話だ。ラストのクラスにバラされたのは酷いことだと思うがクッキーとの関係性がわからない。二人からもさんざんダメ出しを受けてるけど、友達の友達じゃなくてせめて知り合い位にぼかせば良かったんじゃ…だがそれでも、八幡は気を取り直して話を続ける。

 

 「つまりあれだ。男ってのは残念なくらい単純なんだよ。話しかけられるだけで勘違いするし、手作りクッキーってだけで喜ぶの。

 だから別に特別何かある訳じゃなくて時々ジャリッてするような、はっきり言ってそんなに美味しくないクッキーで良いんだよ」

 

 「うっさい!」

 

 八幡の言葉にカッとなった由比ヶ浜さんは手近にあったビニールや紙を投げつけていく。俺はいくつかは床に落としたらマズいなと思い、クッキングペーパーやシートなどを八幡の後ろでキャッチしていく。まさかここで俺の視界にさえ入っていれば対処出来る動体視力のスキルを使うとは…でも柔らかいものばっかりで速度が出てないのは助かった。そして的になっていた八幡は由比ヶ浜さんが怒って帰ろうとしているのを見るとフォローを入れる。

 

 「まぁなんだ…お前が頑張ったって姿勢が伝わりゃ男心は揺れるんじゃねぇの?」

 

 「…ヒッキーも揺れんの?」

 

 「あーもう超揺れるね。むしろ優しくされだけで好きになるレベル。っつーかヒッキーって呼ぶな」

 

 「ふ、ふぅん…井藤くんはどう?」

 

 由比ヶ浜さんは立ち止まって八幡に尋ね終わると、他の男子の意見も知りたかったのか俺の方にも聞いて来た。正直、自分でもよくわからない。貰ったこともないし…でも、答えられる事だけでも答えよう。

 

 「えっと…ごめん、揺れるかどうかはちょっとわかんない。そういう経験ないし…でもやっぱ頑張って作ってくれたクッキーとかを貰ったりするのは嬉しい、かな。味もさっきのレベルなら充分OKだし俺は」

 

 「そっか…」

 

 由比ヶ浜さんはそう呟くと俺達の意見に納得したのかドアを開けて出ようとする。そこに雪ノ下さんが声をかけた。

 

 「由比ヶ浜さん、依頼の方はどうするの?」

 

 「あれはもういいや!今度は自分のやり方でやってみる。ありがとね、雪ノ下さん。また明日、ばいばい」

 

 由比ヶ浜さんは笑いながら手を振って帰って行った…っておい忘れてる!?俺はあることに気づくと慌ててドアから顔を出し大声で呼び止めた。

 

 「由比ヶ浜さぁん!!エプロン、つけっぱぁっ!!」

 

 「え、うっそマジだ。やっばぁっ!?」

 由比ヶ浜さんは顔を真っ赤にして慌てながらエプロンを外すと俺に渡し「井藤くんもありがとね、それじゃ」と言って駆け出して行った。とりあえず俺は渡されたエプロンと自分や雪ノ下さんの分もまとめて、家庭科室の隅にある洗濯機へすぐに放り込み後片付けを始める。

 食器などの洗い物をしている傍らで、残っている二人も材料や道具を片づけている。雪ノ下さんは限界まで挑戦するべきだと呟いていたが、まぁそこはすぐに出来なくてもゆっくりとステップアップしていけば良いと思う。そして片付けをしながらも二人は会話を続けていく。その会話に俺は参加せず洗い物をしているが、頭の片隅で何かがしっくり来ない感じがした。

 一通り洗い物を終え蛇口を閉めると、今日あったことを振り返りもう一度確認していく。依頼はクッキーを食べてほしい人がいて自信がないから手伝ってほしい、だった。その点で言えば八幡の出した答えは正しい…味よりも思いを伝えることが出来ればいい、実に良い話だ。俺もそっちの方を支持する。ただそれに味も加われば鬼に金棒な気もするけど、由比ヶ浜さん本人が納得しているのなら異論はない。

 

 なら、何がそんなに気になるのか…それは多分、自分が共感出来なかった男心が揺れるかどうかについてだ。確かに自分のために頑張ってくれるというのは嬉しく感じる、クッキーに限らず誰かから食べ物を貰う事も嬉しい。でもそれが本当に男心が揺れる…つまり本気の恋愛感情が刺激されるのだろうか?

 八幡の過去バナだって、学級委員として一週間交流した上で育まれた感情だった。やっぱそういうのって普段の交流の積み重ねとかから生じる感情ではないだろうか。ニコポやナデポじゃあるまいしそんな上手く行くのか…まぁ由比ヶ浜さんが相手とどの程度の交流を築いているかも知らないし、自分が理解出来ないだけで本当は単純で簡単な事なのかもしれない。とにかく、彼女の頑張りが報われる事を祈るばかりだ。

 

 こうして、奉仕部としての最初の活動が終わった…

 

 

 「なぁ、続きある?」

 

 「ん、ほらよ」

 

 最初の依頼から一日が過ぎ、俺達は奉仕部の活動を今日も行っている。と言っても次の依頼人が来るまで読書をしているだけだけど…今俺が読んでるのは八幡から借りた、人類が衰退した世界を題材にしたラノベだ。妖精さんが可愛すぎて生きるのが辛い…ちなみに俺が貸してるのは最近やっと全巻が出揃った小説、ライダーシリーズである。巻によっては原作から再構成されすぎてコレジャナイ感もあったりするけど、読み応えがあって面白い作品だ。

 お互いの本を貸し借りしている傍らで、雪ノ下さんも自分の本を読んでいる。どんな本を読んでるのとか気になるし、もしよければ一緒にどう?と声をかけたいが今まで一般文芸は図書館で済ませていたので手持ちの作品はほぼないに等しい。漫画とか読まなさそうだしな…今度和泉と城戸に相談してみるか。あの二人は古本屋に行くとよくわからない海外作家の小説とかも買いまくってるし良い場所を聞いてみて、自分でも一度読んでから勧めてみるのも良いかもしれない。読んだことあるとか言われそうだけど…

 何もしない状態での沈黙は落ち着かないが、読書などそれぞれが何かをやっていて沈黙しているのはとくに気にならない。そうやって各自が思い思いに読書を満喫していると、扉をノックする音が響いた。

 

 「やっはろー!」

 

 「…何か?」

 

 現れたのは由比ヶ浜さんだった。経過報告にでも来てくれたのだろうか?その元気の良い挨拶に俺も「ハロー」と返事をする。雪ノ下さんは気づくと何故か盛大な溜め息をついていた。

 

 「え、何?あまり歓迎されてない…?ひょっとしてゆきのんってあたしのこと…嫌い?」

 

 「別に嫌いじゃないわ…ちょっと苦手、かしら。それとゆきのんって気持ち悪いからやめて」

 

 「それ女子言葉で嫌いと同義語だからねっ!?」

 

 雪ノ下さんの反応に由比ヶ浜さんはあたふたとしているが気を取り直すと鞄から何かの包みを取り出した。あだ名の方はスルーですかい。

 

 「昨日のお礼ってーの?クッキー作ってきたからどうかなーって。いやーやってみると楽しいね。今度お弁当作ろうかなーとか。あ、それでさゆきのん、お昼一緒に食べようよ」

 

 「…あまり食欲がわかないからお気持ちだけ頂いておくわ。それに私一人で食べるのが好きだからそういうのはちょっと…」

 

 「それからあたしも放課後とか暇だし、部活手伝うね。いやーもーなに?お礼?これもお礼だから。全然気にしなくていいから」

 

 「…話、聞いてる?」

 

 由比ヶ浜さんのずっと俺のターン!!なマシンガントークに雪ノ下さんはかなり戸惑っている。なにせ普段ならありえない、俺達に助けを求めるような視線を送って来るくらいだ。元祖でぶや的にいえばヘルプアイである。でも助けるにしてもどうしろと?普通に楽しそうな感じだし…とりあえず、お昼の件をOKしてそのクッキーを食べてあげればいいんでない?そう声をかけようとすると八幡が「お疲れさん」と小さく呟き、後ろから軽く俺の制服の襟を掴んで廊下へと連れ出す。急な出来事だったのでされるがままだったが、出る直前に雪ノ下さんと目が合ったので合掌して謝罪の意を表明しておいた。

 

 「良いのかあれ?ちょっと困ってたみたいだけど」

 

 「助けるわけねーだろ。いつも俺に暴言吐くし、俺の心を沈ませるし…それにあいつの友達なんだし。お前もお礼を受け取る権利はあるだろうけどな…後にしとけ」

 

 何だか優しい言い方だ。最初に愚痴が出る辺り、八幡らしいけど…そう思うとつい口元が緩んでいた。

 

 「別にそれは構わないけど…素直じゃないなぁ、お前」

 

 「うるせぇ、お前が正攻法で行きすぎるんだよ。つーか何だ昨日の 『イメージするんだ、どんな顔で食べてもらいたいのか 』って…どこの料理漫画だ。聞いてるこっちが恥ずかしくなるぞ」

 

 確かに今思い返すと本心だったとは言え、結構アレな事を言っていた気がする。うわぁ、我ながらちょっとこっ恥ずかしくなってきた…額に手を当て軽くうなだれていると、部室から出てきた由比ヶ浜さんが声をかけてきた。

 

 「ヒッキー、やっちん」

 

 声と同時に飛んできたのは、先ほど雪ノ下さんに渡したのと同じようなクッキーの包みだった。あれ、何かよく見たら黒くなってません?あとやっちんって俺の事?呼ばれた事のないあだ名のパターンなので少しこそばゆい。

 

 「昨日はありがとね、いちおーお礼の気持ち?ヒッキーも手伝ってくれてたし」

 

 はにかむような仕草で言った由比ヶ浜さんはすぐに戻ってしまった。廊下にいるのは俺と八幡の二人だけだ。

 なんつーかやばい…クッキーを見てると何だか顔が熱くなってきた。きっとこれはあれだ、さっき昨日の事を思い出してた羞恥心からだ。それに冷静に考えてみろ、これはお礼の品だし贈りたい相手がいるということは意中の相手がいる事になる。目の前に出されたら反射的に口を開けるくらい、食べ物に釣られやすい所があるからきっとそれで嬉しいだけだ。きっとそうに違いない。八幡の方に目をやると、何故か可哀想なものを見るような哀れみの表情で俺を見ていた。何故見てるんです!?脳味噌くすぐっちゃうぞ?

 

 

 すぐに八幡とも別れ、とにかく気を落ち着けようとして今は特別棟の屋上まで来ている。少し強めの潮風が心地良い、空もよく晴れた青空だ。それでも何だか落ち着かない、いっそ王様の耳はロバの耳方式を試してみるか。フェンスに寄りかかり深呼吸をすると一度は言ってみたかったある言葉を叫んだ。

 

 「我が世の春が来たぁぁああぁあああぁぁっっ!!」

 

 「ぬふん!?貴様はっ!!」

 

 何だか言葉のチョイスが違う上に誰かいたような気がするけどそれどころじゃない。とにかく訂正しなければならない…好きになるかどうかは別としてめっちゃ揺れました、凄く嬉しかったです。どうやら俺が思っていた以上に男心とはかなり単純で簡単に出来ているらしい…

 ちなみにクッキーは食べてみると最初と二回目との中間位の味だった。何かMAXコーヒーでも入ってるような甘さだ。三歩進んで二歩下がると言うべきか…次教える時があっても大丈夫なように、自分もクッキー作りをちゃんと勉強しておこうと思った。

 




 遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
 いろいろ詰め込みすぎましたが何とか後編終了です…ちなみにもうお気づきの方もいらっしゃるかと思われますがこの主人公は色気より食い気なタイプです。

 投稿前に何度かチェックしていますが誤字脱字などがお気づきの点がありましたらコメント欄などで御気軽にご連絡してください。
 次回は来月くらいになると思います。それでは失礼いたします。
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