ダンジョンの下層から帰還してくる者達の姿があった。
二柱の神を除き、ほぼ全員が満身創痍といった姿の彼らは疲労と負傷に時折顔を歪ませてはいたものの、それでも確かな足取りで地上を目指していた。
「ベル様、ヴェルフ様、もう少しで地上です。頑張って下さい」
「おう、ありがとよリリスケ。ベルも大丈夫か?」
「うん。なんとか」
リリとヴェルフからの気遣いの声に気丈に振る舞いつつ、ベルは痛む身体に鞭を打って歩きながらも笑って見せた。
ベルたちが『
幸運にも遠征の帰りであった【ロキ・ファミリア】の手によって、
その後も18階層に現れた階層主との戦闘という
ベルの前方にはヘルメスとその眷属であるアスフィが並んで歩き、その少し隣で覆面で顔の半分を隠したリューが、そして彼女たちの後ろに命たち【タケミカヅチ・ファミリア】が歩いている。護衛の意味もあってか、ベルたちは最後尾だ。
「もうすぐ地上だね、ベル君」
「神様……」
と、そこでベルの隣から幼い女神の声が聞こえてくる。
ベルの隣で歩調を合わせて歩くヘスティアは下から顔を覗き込みつつ、気遣うような口調で語りかける。
「ほらっ、元気を出しておくれよ!もうすぐボクたちの
「あはは……そうですね」
「………ムサシ君の事が、気になるのかい?」
から笑いを浮かべるベルに、ヘスティアは鋭くその核心に迫った。その言葉にベルは一瞬真顔になり、そして小さく笑う。
「やっぱり、分かっちゃいますか」
「当然だよ。ボクはベル君の神様だからね」
周囲の歩調を乱さないように歩きつつ、ベルは
「ムサシさんが、そんな事を……」
「うん……」
【ロキ・ファミリア】の善意で用意された、負傷者を看護するためのテント。一時の寝床として貸し与えられたそこで、ベルは武蔵がこの場にいない事をヘスティアに問うた。
彼女は苦い顔をしながら少しだけ間を置き、包み隠さずに武蔵の言を伝えた。
「……そう、ですか……」
寝袋の上で座っているベルは視線を下に落としながら、その言葉を噛みしめる。武蔵の言葉を。
『
『今回の不覚は“べる”達の油断によるところが大きい』
『常に気を張っていれば、そんな事にはならなかったはず』
辛辣なまでの武蔵の言葉。窮地に陥った仲間にかけるには、あまりにも思いやりがない。
「ムサシ君の言葉を、ボクは否定する事が出来なかった。ベル君たちの危機なのに、なんでそんなに冷酷に振る舞えるんだ!……って、言えなかったんだ」
ヘスティアは膝の上で握った両の手を、ぎゅう、と更に握る。そこに込められた思いは、一体何なのだろうか。
悲しげに眉を歪ませるヘスティアはふいていた顔を上げ、ベルへと向き直った。
「ボクはね、ベル君……ムサシ君は、ボクたちとは見えているものが違うと思うんだ」
「違うものが……?」
「うん。確かにムサシ君はボクたちと普通に話すし、食事するし、笑う。それは誰だって普通にやってる事だ。でも………彼の
ヘスティアの口から語られたその言葉。
思いもよらなかったその言葉にベルが戸惑うが、ヘスティアはそこで言葉を止める事は無かった。
「予感がするんだ。ムサシ君との関係がいつまでもこのままじゃ、何かが起こってしまうんじゃないか、ってね」
だから、ベル君。
と、ヘスティアはベルの目を真っすぐに見て、少しだけ笑いながら口を開いた。
「もし彼に何かあったら、君が彼を助けてあげてくれないかい?」
(僕が、ムサシさんを―――――?)
ここまで幾度となく自らに問い続けてきた疑問が、再びベルの胸中に浮かび上がる。
―――――あんなに強いムサシさんに、よりによって僕が「助け」になる?―――――
(そんなの………無理ですよ、神様)
脳裏に焼き付く武蔵の雄姿。
目にも止まらぬ速度で振るわれる刀は、立ち塞がるモンスターを
無駄なところなど一切なく、“斬る”という行為に徹したあの立ち姿。
まるで物語に出てくる英雄のような、浮世離れした武蔵の強さ。その姿を間近で見続けたベルにとって、その答えはあまりにも当然と言える。
幾度となく浮かんだ疑問。そしてその度に、幾度となく導き出されてきたその
一人脳裏で苦悶するベル。その時、一筋の光が顔を照らした。
気が付けばベルたちは既に1階層、その入り口の手前まで来ていた。ここまで早く地上に着けたのは、余計な休息を取らずにひたすら上層を目指した賜物だ。
「皆さん、地上が見えてきました」
「いやぁ、久しぶりの太陽の光だ。眩しいねぇ」
先頭にいるアスフィとヘルメスが、後列のベルたちに地上が見えてきた事を知らせる。負傷した桜花と、彼を気遣う千草と命の顔に笑みが浮かんだ。
リリとヴェルフも同様に、険しかったその顔が穏やかにほぐれる。途中から無言だったリューも、張り巡らせていた警戒心を緩めている。
「ベル君」
皆が帰還に喜ぶ中、ベルの隣でヘスティアが手を差し伸べる。
「帰ろう、ボクたちの
「………はい」
柔和な笑みを浮かべるヘスティアの手を取る。その温かさに、ベルの顔にもようやく笑顔が戻った。
こうしてベルたちは数日ぶりに地上への帰還を果たした。それぞれが心の底から安堵し、ようやく元の日常に戻れると胸を撫で下ろす。
そんな彼らを迎え入れた地上で、ある騒ぎが起きていたとも知らずに。
「ただいま、エイナさん」
「ベル君!?」
地上へと戻ったベルはリューたちと別れた後、まず最初にエイナに会いにギルドへと向かった。受付の席の後方にヘスティアたちを待たせる形になってしまったが、彼らは快く承諾してくれた(ヘスティアだけは若干不服そうだったが)。
ベルの姿を確認したエイナは目を大きく見開いた。そして泣き笑いのような表情を浮かべつつ、心からベルの帰還を喜んだ。
「本当に、心配したんだよ。ベル君がダンジョンで行方不明になったって聞いて……もう戻ってこないんじゃないかって………」
「すいません、心配かけちゃって……」
「ううん。こうしてちゃんと無事に帰ってきたんだし、ベル君が謝るような事じゃないよ」
エイナは零れた涙を指先で拭い、ようやくいつもの調子でベルに笑いかける。少しだけ鼻先が赤くなった、いつもと違うエイナの笑顔にベルは赤面する。
その照れた顔を悟られないようにと、ベルはさりげなく別の話題を持ち出した。
「そっ、そういえば、何だか今日は賑やかですね。街もいつもより活気があるっていうか……」
明後日の方向を見ながら、ベルはギルドへ来る途中の街の様子を思い出す。
いつも活気で溢れるオラリオの街並みだが、今日は何故かいつもより騒がしい気がしたのだ。数日ぶりに地上へと戻ったためだと片付けていたが、その騒がしさはギルドの中でも感じられた。
「何かあったんですか?」
「あ……え、えっとね?ベル君………」
「?」
何気なく尋ねたベルに対し、エイナは何故か言いよどむ。彼女のその様子に疑問符が浮かんだベルであったが、その背にヘスティアたちの大声が叩き付けられた。
「ベル君っ!?」
「うわっ、神様!?」
ぎょっとしてベルが振り返ると、そこには血相を変えたヘスティアがいた。その両隣にいるヴェルフもリリも、一様にその顔には余裕がない。
「ど、どうしたんですか?そんなに焦って……」
「こ……これを見てくれ………!」
そう言うヘスティアは、一枚の羊皮紙をベルへと手渡す。どうやらそれはギルドの掲示板に張られていたらしく、無理に引き剥がしたのか、鋲を打った部分が引き裂かれている。
妙に焦った様子のヘスティアたち。その様子にベルが戸惑っていると、背後のエイナが口を開いた。
「その羊皮紙……今日の朝貼られたものなの。ここだけじゃなくて、街中にも出回ってて……」
「エイナさん?」
奥歯にものが挟まったような言い方をするエイナ。ベルは彼女の言葉を聞きながらも羊皮紙へと視線を送り―――――。
思わず、絶句した。
「………え」
羊皮紙には黒いインクで文字が書かれていた。思わず視界に入った者の興味を惹くような、でかでかとした大きな文字だ。
下の方にある二人の人物の顔が描かれた羊皮紙には、こう書かれていた。
『緊急開戦!!来たる○○日、オラリオ闘技場にて“立ち合い”決定!!』
『一方は【フレイヤ・ファミリア】所属の冒険者!オラリオで唯一のLv7にして頂点!『
『対するもう一方、詳しい事は一切不明!しかしその顔が只者では無い事を感じさせる!謎に満ちた不気味な男―――――
「―――――ムサシ、さん?」
―――――ムサシ・ミヤモト!!』
詳しいことは次話で。