闘技場に新たな乱入者が姿を現した。
観客席から飛び降り、金色に輝く槍を手にして武蔵たちの方へとやって来たその人物に、誰もが目を向いて驚愕の声を上げる。
「ウワァ、フィンだァッ!!」
「『
端からは子供にしか見えない見た目の冒険者、フィン・ディムナの登場にざわめく場内。
しかし、それだけに留まらない。
ズチャッ!ザッ!ザシュッ!と、次々に着地の音が聞こえてくる。既に歩き始めているフィンの後に続く形で、新たな足音が奏でられた。
「『
「『
「あっちは『
「よ、『
オラリオに住む者ならば誰もが知っている英傑たちの二つ名で呼ばれながら、彼らはフィンに続いて歩いてゆく。ベートを除く全員がその手に獲物を携えている光景は、まるで遠征前のように仰々しい。
そして最後に聞こえてきた着地の音。それは非常に軽やかで、注意しなければ聞き逃してしまいそうなほどに小さなものだった。
膝を折らずに着地した彼女は長い金色の髪をなびかせ、歩を進める。腰の愛剣に手をかけ、スラリと抜刀した少女……アイズの登場に、観客たちは半ば茫然としたような声を上げた。
「『
「最近レベルアップしたっていう、あの……?」
アイズまでもが登場し、彼らの困惑は最高潮に達する。そんな彼らを置き去りにし、アイズたちは遂にフィンのすぐ後ろにまでやって来た。
思いがけない援軍の登場に、ベルは驚きと困惑が入り混じった声色で呻く。
「フィンさん。それに、アイズさんたちまで……!」
「やあ。久しぶりだね」
短く挨拶を済ませたフィンはベルから視線を外す。次にその碧眼が向けられた先は言わずもがな、抜き身の刀を手にしている武蔵である。
突然のフィンたちの乱入にも動じている様子は見せず、いつもの考えが読めない無表情のまま、彼らを見つめていた。
「あれ?おぬし………」
「どうも、その節は………」
声は荒げず、武蔵とフィンは静かに言葉を交わす。その後、フィンは一気に本題へと踏み込んだ。
「悪いけど、これ以上オッタルを斬らせる訳にはいかない」
「んん~~~………?」
虚空を見上げながら大げさに首をひねり、合点がいかないといった風の武蔵。やがてその瞳をフィンへと向け、次いで背後に控えるアイズたちをぐるりと見回す。
厳めしい表情のガレス、鋭い視線を向けてくるリヴェリア。
唇をめくりあげ、鋭い犬歯を剥き出しにして獰猛に唸るベート。
瓜二つの顔に剣呑な色を浮かべ、静かに睨み付けてくるティオネとティオナ。
そして無表情ながらも、その中に確かな闘志を感じさせるアイズ。
彼らの顔をひとしきり眺めた武蔵はふむ、と頷き、口を開いた。
「なるほど。どうやらこれ以上
「察しが良くて助かるよ」
さぁ、どうする?と尋ねるフィン。
交差する視線に火花すらも幻視してしまいそうな緊張感。
そんな張り詰めた局面に、オッタルの小さな声が投げかけられた。
「よせ………フィン……」
「……オッタル」
激しかった出血は若干の衰えを見せているが、それは血が止まりかけている訳では無い。単純に、オッタルに残された血液が少なくなっているだけだ。このまま放置していれば、数分と持たずに失血死してしまう事だろう。
そんな
この場で武蔵に斬られ、己の敗北を認めようとしているのだ。
「俺は、武人だ………ッ。敗北した上……無様に生きながらえようとは………思わんッッ」
血にまみれたオッタルが放った言葉が闘技場に反響する。決して大きくはない声だったのに、何故か全員の耳に、ハッキリと聞こえてきた。
その鬼気迫る表情に、思わずベルは生唾を飲み下す。それはアイズたちも同様だったようで、【ロキ・ファミリア】最古参の三人を除いた全員が、その顔に一筋の汗を垂らしていた。
そんな中……彼らの先頭に立つフィンは、涼しい顔で口を開く。
「……確かに君は武人だよ。そこに文句を付けるつもりはない」
けどね、と区切り、更にこう続けた。
「君は武人である前に、【フレイヤ・ファミリア】の冒険者であるはずだ」
「………ッッ!!!」
その言葉に、オッタルは双眸を大きく見開く。
多くの血を失い、今にも意識を手放しそうになっていたオッタルであったが、フィンの言葉で一気に覚醒した。同時に自身が崇拝するフレイヤの顔が、脳裏に浮かび上がる。
「冒険者が死ぬときはダンジョンの中か、天寿を全うするその時か………僕はそう考えているんだけど、君はどうなんだい?」
まるで挑発するような言葉づかいのフィン。しかしそれは彼が意図的にやった事だ。
【ロキ・ファミリア】という巨大派閥のトップに君臨する冒険者、フィン・ディムナ。
彼はその実力も
中でも人を焚き付ける事に関しては天才的で、狡猾なまでに人心というものを熟知していた。
そんなフィンの思惑通り―――――オッタルの揺るがなかった、譲ろうとしなかった鉄壁の精神に僅かな、しかし決定的な揺らぎが生じた。
満足に動かせない身体を動かし、オッタルは遥か頭上のフレイヤを見上げる。
今までに見た事がないような表情の
「………………」
腹部を押さえていたオッタルの手が落ちる。
巨体は芯を失ったかのようにぐらつき、やがて重力に惹かれて地面へと傾いてゆき。
そして………ズシャリ、と。
オッタルの身体は、遂に倒れた。
凍りつく観客たち。
茫然とするヘスティアたち。
口を開いているロキ。
仮面の下で瞠目するガネーシャ。
静かに直視するフレイヤ。
固まるベル。
同じく、固まるアイズたち。
そして―――――。
「何をしているッッ、早く彼を医務室へッッッ!!!」
―――――轟くフィンの声。
「はッッ、はいィッッッ!!?」
直後、オッタルが入場してきた入口に控えていた【ディアンケヒト・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】の団員らしき者たちが、担架を抱えて走り寄って来る。
「
「は、はいっ!!」
ダダダッ!と駆けつけた彼らは素早い動きで取り掛かった。動かしただけで死に至るかも知れない程の深手、まずはその傷口を塞ぐことから始めようと言う訳だ。
しかし武蔵が黙って見ている訳もなく。
ずちゃ、と動き出そうとした……その時。
ザシュッ!!と、武蔵の目の前に砂埃が立ち上った。
「わ、速い」
「ケッ」
ティオナが感心したようにそう漏らし、ベートはそう吐き捨てる。
彼らが目にしたもの。それは武蔵が歩き出そうとした瞬間、数M離れた場所にいたベルが一息で間合いを詰め、武蔵の前へと躍り出た光景だった。
高レベル冒険者であれば造作もない動きだが、それをLv2のベルがやってのけたのだ。アイズたちも声にこそ出してはいないが、僅かに目を見開き驚いている。
「い……行かせません………ッ!」
意図せず彼らの注目を集める事となったベルは、冷や汗を流しながらも武蔵と正面から相対している。
抉れた頬からの流血を気にも留めず、静かに自分を見下ろす武蔵。その狂気的な立ち姿に、ベルは自分の足が震えている事にすら気が付かない。ただ武蔵の目を直視しているので精一杯だ。
「………“べる”」
その呟きだけでも背筋が凍る気さえしてくる。
いよいよ足の震えが全身に回ってくる、という瞬間だった。
オッタルを乗せた担架が、【ガネーシャ・ファミリア】の団員たちによって全速力で運ばれていった。彼らはすぐ近くにいる武蔵に恐怖しながらも、てきぱきとした動きで応急措置を終えていたのだ。
見下ろしていたベルから視線を外し、あっという間に小さくなってゆく彼らの背を見送る武蔵。一方のベルはその冷たい視線が自分から外れた事に安堵し、胸に溜まった重たい息を吐き出す。
後に残ったのは大きな血だまりと散乱した
「……ふむ」
武蔵は鼻を鳴らしてフィンたちに向き直る。心なしか先程よりも剣呑さを帯びた眼差しの武蔵は、おもむろにこう切り出す。
「覚悟を決めていたオッタル。その覚悟を貴様らは踏みにじった………さて、どうしてくれよう」
「………フゥ」
武蔵の冷たい眼光を一身に受けるフィン。しかしその表情にはいささかの焦りも無い。
「君が今までどこで、どんな人生を歩んできたのかは知らないけど……」
カツンと槍の柄で地面を鳴らし、一歩間合いを詰める。武蔵に負けず劣らずの鋭い眼光で見返したフィンは、強い意志を感じさせる声で語りかけた。
「目の前で人が殺されるなんて
「立ち合いとは本来そういったものであろう」
「確かにそうかも知れない、でもそれはもう過去の話だ。
まぁオッタルもオッタルだけどね、と付け足し、軽く笑ってみせるフィン。
「“てるすきゅら”………?」
一方の武蔵は不思議そうな顔で顎をさすり、新しく出てきた単語を反芻する。
はて……と、場違いに考え込んでいる様子の武蔵に、ベートは更に苛立っていた。
「ひとつ、聞かせてくれ」
「ん?」
その言葉に武蔵は顎をさすっていた手を離し、視線をフィンへと戻した。自分よりも遥かに
その眼光のまま、フィンは尋ねる。
「仮にまた同じような事が起こった場合………君はそれでも相手を殺すのかい?」
まるで最終警告にも聞こえるフィンの問いかけに、武蔵は―――――。
「無論、斬る」
殺す、ではなく“斬る”。
この返答を楽観視する者など、誰もいなかった。
「………そうか」
返答を受け取ったフィンは軽く目を閉じ、そしてまたすぐに開いた。
そこには威嚇するような鋭い眼光は既になく―――ただ据わった目だけがあった。
「僕らはオラリオでも最大規模の派閥である【ロキ・ファミリア】だ。【ガネーシャ・ファミリア】同様、オラリオの治安維持は重要な勤めでもある………故に、君を見逃す訳にはいかなくなった」
じゃり……と、腰を落とすフィン。それと同時に、彼の背後に控えるアイズたちも臨戦態勢に入る。
そんな状況でも武蔵は顔色一つ変えない。顔中から汗を流しているベルとは対照的に、涼しい顔のままでフィンたちを見据えていた。
「ムサシ・ミヤモト………君をこの場で捕縛する」
「………ッッ!!」
静かにそう言い放たれたフィンの言葉に、ベルは再び固まった。
オラリオでも最大勢力の一角である【ロキ・ファミリア】。その幹部勢たちが一丸となって武蔵の捕縛に乗り出すという事態で頭がいっぱいになってしまう。
そんな状態のベルに、武蔵の声が掛けられた。
「“べる”退いてろ」
「え………?」
「『戦』だ………」
そう口にした武蔵の横顔。
確かにいつもの無表情であるハズなのに、どこか嬉しそうな雰囲気の武蔵。感じた違和感をベルが言葉にするよりも速く―――――フィンたちが動いた。
「ガレスッ、挟み込めッッ!!」
「おうッッ!!」
フィンが弾丸のように駆け、ガレスは大砲のように飛び出す。
Lv6の冒険者が見せた本気の脚力に観客たちと同様、ベルもまた反応出来なかった。
彼らの間にあった距離はおよそ6~7Mといったところ。フィンたちの実力であれば一秒の半分にも満たない時間で十分に詰められる。
瞬く間、すらも与えず武蔵に迫る二人の姿。捕縛と言いながらも、その迫力はこの場で仕留めんばかりだ。
「ムサ―――………!」
反射的に、ベルが武蔵に注意の声をかけようとした―――――その瞬間だった。
ちゅどッッッ!!!
「「「 !!? 」」」
突如として発生した、大規模な煙。
派手な爆発音と共に現れた濃い白煙はフィン、ガレス、そしてベルの視界を遮った。この事態にアイズたちも驚愕の表情を浮かべる。
「なっ……!」
「爆薬……煙幕かッ!?」
「まさか、ムサシさんが……!?」
漂ってくる火薬の匂いに反応し、ガレスが叫んだ。視界を奪われた中で耳をそばだて、必死に武蔵の場所を特定しようとする。
「
「!!」
どこからか聞こえてくる武蔵の声。
一気に高まる緊張。フィンとガレスはその場で立ち止まり、音の発生源を特定しようと意識を集中させる。
「逃げもする………」
「っ、どこじゃ!姿を見せいッ!!」
「隠れもする………」
「……移動している……ッ」
先程とは違う場所からも武蔵の声は聞こえてくる。それはまるで、四方を囲まれたようにすら錯覚させた。
「現れては―――――」
「…………ッッ!!!」
バッ!!とフィンが振り返る。
視線の先で霞んで見えるガレスの背に向けて、彼は声を張り上げて叫んだ。
「そっちだ、ガレスッッ!!!」
「ぬぅ!?」
その叫びとほぼ同時に―――――ガレスの眼前に、武蔵が現れる。
「―――――斬る!」
「!?」
振り下ろされた凶剣は一直線に………ガレスへと肉薄した。