★タトル・クイーンズ・レオ
こちらを狙ってくる見えないハンターから逃げ続け、なんとか生きて拠点に到着した。またいきなり現れたらと思ってずっと気を引き締めてきたのだが、銛はあれ以上は飛んでこなかった。心配は杞憂に終わった。
ただ、万が一反応が遅れて殺されてしまったとなれば、笑うこともできなくなってしまう。これでいいと言えば、良かったのだろう。一番いいのは敵が姿を現し、それと戦って勝利することなのだが、こうして逃げきれたのなら存在を警戒した上で動ける。見えない相手への対策など、どうすればいいかはわからない。けれど、その存在を話しておけば皆も注意して動くだろう。
家に着いたころにはもう日が暮れていて、帰りつくなりツインは伸びをして、剣を腰に戻した。ずっと、いざというときのために身構えてくれていた。出会って一日も経っていないが、彼女の人柄がうかがえた。そして、その見た目相応になるよう心がけているらしいあざとさも、だ。
「ん~……にゅぅ」
ため息のはぁではなく、にゅぅであった。とってつけたようなのじゃロリ口調といい、まずこの小柄な姿からすでに彼女の趣味なんだろう。タトルだって趣味でこの高校生ほどの肉体年齢をデフォルトにしたのだから、彼女のその趣味にとやかく言うつもりもないし、正直賛同の心はある。女王として民を導くのは当然であるが、タトル自身としての思考だってもちろんあるのだ。それにひっかかった、ということだった。
「ツインウォーズさん」
「なんじゃ?」
「たいへんいい趣味でいらっしゃるようですわね」
「そうか?ありがとうな、のじゃ」
ふふん、とない胸を張ってみせるツイン。女王を目指すタトルと、のじゃロリを目指すツインとはすこし似ているかもしれない。ツインに握手を求め、がっちりと友情を結び、きょとんとする彼女とは対照的にタトルは満面の笑みで玄関へ入っていった。
「あ。おかえり、タトル」
玄関では、お迎えとばかりにふたりの魔法少女が待っていた。――待っていた?
「アイサ。なぜ安静にしていないのです」
「……安心してくれ。たしかに一本はデイジーにやられたが、そいつに時間がかかるだけでわたしの傷はもう平気だ」
そういって回ってみせるアイサの肩は大きくはがれて露出しており管の残骸があったが、肌はきれいに戻っていた。まだ無理はしないほうがいいけれど、その部分を見るだけなら平気そうでもある。
「でも、ケガしたんだよ。まだ治りかけだから、動かないほうがいいでしょ」
アイサはスコヴィルに引き止められているところだ、という。アイサは自分にこっそり抜け出すほどの用事はない、と言っていたはずどうしてそんな引き止めなければならないような状況になっていたのだろうか。女王として把握しなければならない。
「用事ができたんだ。女王タトル、あなたが外回りに行ってしまったから」
なんとアイサは、タトルを迎えに行こうと思ったらしかった。さっきまで心配していたのはタトルのほうだったのに、いつの間にかアイサのほうに心配されている。
それには及ばない、と言おうとしたけれど、彼女の気持ちを踏みにじることになる気がしてタトルは自らの気持ちとして答えた。
「あなたを遺して逝けるわけがありませんわ」
アイサと、すっかり置いていかれているツインとスコヴィルが驚きの反応を見せた。
「やべー、魔法少女ってレズばっかだっていうけどその噂本当だったんだ……あ、のじゃ……」
騒然とするツイン。スコヴィルはちょっとフリーズはしたものの、すぐにひゅうひゅうと言って賑やかし始めた。女王は気にすることでもない。
自分の顔が赤くなっているとも知らずに、真っ赤なままで部屋の中へ入っていった。中では、ソファでオルタナティヴが横になっていた。
「あ、タトルさん。おはようございます、とあとおかえりなさい」
「えぇ、ただいま戻りましたわ。それで、何事もなかったんでしょうね?」
「うん。アイサちゃんとスコヴィルが楽しそうにしてただけ」
「外に出ようとしていましたが」
「……もしいなくなっても、私が絶対に連れ戻す」
オルタナティヴは真剣な表情だ。が、そんな責任を持っての対処では行き届かない部分もある。失ったものは戻らず、死者は甦らない。だから、本来すべては未然に防がなければならないはずだ。
争乱を産み出した国としてのレッテルを貼られれば、いくら後処理をしたところで時間しかそれを剥がしてはくれないのだから。
「では、オルタナティヴ。明日はあなたも出ましょう」
「へ?」
「手がかりの捜索ですわ。わたくしと、いっしょに」
タトルはオルタナティヴとはあまり接点がない。一番後に出会った相手であり、向こうもスコヴィルに会えたことが最も嬉しいことで揺るがないだろう。これを機に、彼女のこともまた把握しようと考えていた。本人のことも知らずに、その働きは計れない。まずはためしに、洞察力、運、なんでもいい。なにか光るところを見つけられたなら、タトルがそれを活かせばいいのだから。
「それとひとつ、こちらへ戻るときですが。何者かに狙われましたわ」
「何者かに、ってわかってないの?」
「えぇ。姿を見せずに銛を放つ、なんて相手ですわ。覚えておいてくださいまし」
オルタナティヴに告げるべきことは告げた。
「では、わたくしもすこし休みますわ。また後で」
どこにも血痕がなかったのだから、止血できる程度の傷だったか、他人の力を借りたのだろう。見えないハンターのこともあり、無理をして女王自身が倒れれば元も子もない。夜間の活動は控え、なるべく休む時間を確保するべきだ。
誰かが動いているうちに誰かが休んでいられれば、息もつかせず出現したあの殺意の少女たちにも隙を見せずにいれるはずだ。息切れした瞬間を見せればこちらの命をすぐに刈り取ってしまう。
あしたも、タトルははたらく番だ。今のうちに休んでおこうと、アイサを寝かせていたベッドへ潜り込んだ。
――次に聞くことになったのは、小鳥の声でも母親の声でもなく、少女の声であった。
「おっきろぉー!!」
「おきるのじゃあ!」
どうやら、寝室にスコヴィルとツインで突撃してきたらしい。このモーニングコールののちに聞こえた小声のごめんなさい、はオルタナティヴのものだろう。目をこすりながら開くと、その予想は当たっていた。スコヴィルと、ツインと、オルタナティヴもいる。
ただ、予想と外れていた部分もあった。さっきの声の勢いはどこへやら、三人とも黙っている。
「なにかあったんですか?」
寝起きですこし動きの悪い身体を起こすと、すこし肌が冷たい。そして脚を動かそうとすると、あたたかくやわらかなものに当たった。
「えっと、こういうときはなんていうんだっけな。ゆうべはおたのしみでしたね、だっけ?」
スコヴィルは冷や汗を垂らしている。
ベッドの隣を見ると、アイサが排気管を邪魔そうに背負って眠っている。その身体には競泳水着のようなコスチュームはまとわれていない。あの成熟した身体が、そのまま布団に入っている。
そしてタトルもまた同じく、生まれたままの姿でいるらしかった。それで、ゆうべはおたのしみでしたね、なのか。タトルは納得した。
「……えっ?」
直後に身の覚えのない事実に混乱した。
タトルのコスチュームが無意識にゼロになる、ということはありえなくもない。だが隣にいる、寝ていても変わらぬ無表情のアイサに関しては説明できない。つまり何か、ぼかして言えば、女同士の裸の付き合いがあった、ということのように思われた。実感はない。
「やっぱりおぬしら、そういう関係だったんじゃな」
「やっぱりってなんです!?誤解ですわよ!……たぶん」
「不確定ってことは可能性はあるんじゃろう?ふっ。だったらシてるな、のじゃ」
タトルは知らないうちにロイヤルウェディング案件を発生させてしまっていたらしい。知らないうちに、というのも衝撃だし、一番残念だ。アイサが相手なのだったら、ちゃんと明瞭な意識のもとでしたかったのだが。
「女王タトル、なにごとだ」
事件の中心であるアイサがやっと目を覚ました。この騒動はあなたの貞操がどうとかだなんて言えないので、そこまでは言わないでアイサが寝ているときの格好については言及した。
「ん。ただあの格好だとぴっちりで寝づらいんだ」
「あ、だからこうなっているんですのね」
「でも、女王タトル。あなたがわたしをだきまくらにしてたのは事実」
タトルは耳を疑った。シロではあったが完璧な潔白ではなかったのだ。しかも無意識のうちにこちらまで脱いでいる。生まれたままの姿の魔法少女ふたりが寄り添って眠っているのは、なにもなくたって絵面が危ない。しかも完璧に目撃されてしまっている。
タトルはしばらく布団から出られず、身体はあたたかく頭はクールになるまでまくらをかぶっていた。
しばらくして、やっとコスチュームをゼロから元に戻し、リビングに出て朝日を浴びた。朝までずっと休んでいるつもりはなかったのに一晩中ぐっすりしていたのには焦ったし、アイサとの添い寝事件も大きく動揺したけれど、日差しは心を落ち着かせてくれる。
心ゆくまで日光浴をしたあとは、オルタナティヴと向かい合って椅子に座った。用事があるから起こしにきたはずが、あの騒ぎになってしまったという。謝るのは別にいいのだが、それよりもさっきまで恥ずかしそうだったオルタナティヴは今は話すのが待ちきれないというふうである。
「昨日タトルさんがお休みになってから、スコヴィルといっしょにちょっと外を見回って来たんです。そしたら、見つけたんですよ!手がかり!」
そういって、オルタナティヴは可愛らしいキャラクターが描かれた髪止めを取り出した。割れかけているが、これがなんの手がかりになるのだろう。
話を聞くと、オルタナティヴとスコヴィルの共通の友人に魔法少女がいて、彼女のコスチュームについていたものであるという。これは彼女が変身前から大切にしているもので、だから割れかけているのだとも話してくれた。
そんなに大切なものを落としてしまったのだから、拾いに戻ってくる。オルタナティヴはそう言って、タトルとの外回りをここで使おうと言い出した。もちろん、霧の中を手探りで進むより確実なその道をとるのに、タトルは異論を持たなかった。