☆オルタナティヴ
タトルたちに連れられて、オルタナティヴとツインウォーズは住宅街を歩いていた。本当に誰もいないらしく、家があるという以上の情報がない。中に入っても誰もなにも言わないくせして、冷蔵庫にも棚にもなにも入っていない、というのはツインのユーモアだろうが、生活の気配が欠片もないのは本当だ。住宅街だというのに、足音だけが響く。
過去に戻ること自体は何度もやっていることだったが、ここまで誰もいないというのははじめてだった。
「同志たちよ、あの家だ」
アイサが示したのは一般住宅だった。アイサいわく、もともとこの家は知り合いの魔法少女の家だったのだという。この住宅街であればなんでもない家にしか見えず、なにかを敵に回しても隠れ家の特定には時間がかかってくれそうだった。
タトルは特別な施設ではありませんが、という。それはつまりアジトの移動は魔法少女たちの認識を変えるだけですむということだった。睡眠が必要ないといっても、休憩中を襲われては困る。逃げ回るには好都合だ。
なにかしらと戦わなくてはならないことを前提としていることは、すこし悲しいことだったけれど。
玄関を開けてもらい、5人で上がり込む。それぞれブーツや草履を脱いで並べていた。意外にも心遣いが残っているなぁと、全員が日本文化によくなじんでいる魔法少女なのだろうということに妙な感動を覚え、オルタナティヴもまたニーソックスと一体になっているブーツをちょっと苦戦しながら脱ごうとした。スノーホワイトに似せたぶん、彼女の不便もそのままもらっているのだが、気にしてはいない。まず魔法少女の姿で脱ぐなんてたいていしないことだ。
脱ぎづらくて玄関にすわっていると、隣に誰かがひとり残って眺めているらしかった。てっきりツインだと思って黙っていたが、ふと見るとそこには真っ赤なコスチュームがあった。スコヴィルだ。
「隣、ちょっと失礼!」
こうしてオルタナティヴになってからは、スコヴィルには会えなかった。彼女は故人だったのだから、そうに決まっている。もう二度とこんな光景はないと思っていた。
なのに、その二度目が訪れた。それだけでも嬉しいことだったけれど、オルタナティヴにはそれだけでは満足できないことでもあった。ブーツを脱いだら、すぐにでも話したいことがたくさんあって、全部をこらえた。
「しかしね。まさか、織姫ちゃんも魔法少女になってたなんてさ」
彼女の言葉で、手を動かしながらオルタナティヴは思い出す。
スコヴィル――帆火がいたころは、織姫はひとり魔法少女ではないのを嘆いていた。今までほとんどのことを才能でやり遂げてきた織姫がはじめてあきらめたことで、それでも不快に思えないことでもあった。ネクロノームによって選ばれたのは奇跡だといまでも思っているし、自分が魔法少女になったときは信じられなかった。
帆火や路伊にお願いすれば、魔法少女の仲間に取り計らってもらえるかもしれなかったが、ふたりは魔法少女のことに織姫を巻き込みたくないようすだったから、なにも言えなかった。言っていれば、何らかの異常を見つけ、あの死別はなかったかもしれない。
でも、もうそれらは関係ない。魔法少女同士だ。対等に話ができるし、これから帆火のことを助けられるだけの力を持っている。
ブーツを脱ぎ終わって隣に並べ、スコヴィルのことを見た。
「そういや、魔法少女やってるのはいつから?私知らなかったよ」
帆火の疑問は当然だった。ずっと隠してきたというわけじゃない。スコヴィルも、サキもいなくなってからの話だ。オルタナティヴからしてみれば1年ほど前の話だったが、スコヴィルの時間は彼女が死んだ時で止まっている。
自分が死んだと告げられてもすんなりと理解できるものではないし、と考えを巡らせ、オルタナティヴはちょっと前だとだけ言って濁らせた。帆火は不満そうに頬を膨らませる。
「詳しく言えない事情があるのね。ふぅん。隠し事だなんて、織姫ちゃんらしくないのに」
自分らしい、とはいったいどういうものなのだろう。帆火や路伊の目に、織姫はどんなふうに映っていたのだろうか。
「ごめんね。織姫ちゃんらしさ、忘れちゃった」
ふたりがいたころは、誰かを助けようと必死になっていなかった。毎日が楽しければいいと思っていた。それが、自分らしいということなのだろうか。だとしたら、楽しければよかった毎日が奪われた今、オルタナティヴが見失っているものだった。
帆火の不満は解けず、むしろ怒っているようにも見える。オルタナティヴは気まずくなって、ツインやアイサが茶化してくれるだろうリビングへ行きたくなったけれど、スコヴィルの目からは逃れられない。その場にいるしかなかった。
「あのさ、織姫ちゃん」
名前を呼ばれてどきりとした。今度は何と返せば、友達でいられるのだろう。
「……私たちってさ。元の世界に、みんながいる所に、戻れるのかな」
「戻れるよ。私が連れ戻してみせる」
そのことについてだけは、すぐに答えたかった。すぐに答えが返ってくるとは思っていなかったらしいスコヴィルの瞳は丸くなる。それから、表情がやさしくほころんだ。さっきまでの不安の色はなく、代わりに何年も前に見た笑顔の面影があった。
「やっぱり、根っこは変わってないみたい。安心したよ」
いっしょに立ち上がって、みんなが待つリビングへ並んで歩く。形は違えど、帆火と歩いている事実は織姫の心に触れるには十分すぎる事象であった。
「遅かったな。おぬしがいなくてとっても暇だったのじゃが」
「ごめんねツイン。何かお話があった?」
「いいや、何も。タトルもアイサもわらわも情報は持っていないみたいなのじゃ」
ツインのため息はもっともだ。状況もわかっていない、ほぼ確実にクラムベリーが敵として存在する、しかしN市の外は存在せず、生命も魔法少女のほかにはいまだ出会っていない。それに同じくこの世界に来ていると思われるC/M境界と監査の魔法少女のことも心配だった。普段とあまりに違う環境にやすやすと適応できるほどの柔軟な心を持つ者は限られる。まず、ここにはいないだろう。
「あぁ、もうようかんの味が恋しすぎますわ。甘味もなにもないって、どうなってるんですの」
タトルが嘆く。ツインに聞くと、タトルたちは数日前からこの世界にいて、どこにも食べ物も何もないということを知っていたらしい。それと、タトルの趣味が和菓子だということも言われたが、それはさっき聞いておばあちゃんみたいだという感想を抱いたことだった。
「情報を集めるにしても、休憩するにしても、必要なものが足りていません。やはり、まだ捜索が必要かもしれませんわ」
N市は大きな街だ。本来は小さな町があったところを強引に合併している。つまり、外には行けないといっても捜索しなければならない場所は多かった。
魔法少女なのだから、体力の心配もない。なら、好きに動いてもいいはずだ。オルタナティヴはそう言ってひとりででも外へ出ようとしたが、ツインに引き留められる。
「帰って来なかったら困るのじゃよ、おぬしは特にな」
オルタナティヴを未知の領域であるこの場所でひとりで行動させるのは危険だという判断のようだ。クラムベリーと遭遇すれば、戦闘以外の道はないだろう。せめて複数人で相手をしたいというのは本音だ。
だが、タトルもスコヴィルもテーブルについたあとは頬杖をついたりテーブルの上に身体を預けたりと動いてくれそうにはなかった。
「……わたしからもお願いがある、同志オルタナティヴ。今はどうしても出たくたって我慢して欲しい」
窓際で外を見ていたアイサが口を開く。何かの気配でもあったのだろうか。言われて彼女の視線の方向に目を向けると、ちょうど大きな音がして、全員が外を見た。さっきまでただの住宅街の一部だった家屋が目立つ瓦礫へと変えられていく瞬間で、柱の下方がなにかに抉りとられてしまったせいのようだった。
「何が起きてるの?」
「わたしにはわからない。だが、警戒が要る」
この家も狙われたっておかしくない。さすがに座っていたふたりも椅子から立って、窓際に寄った。窓なら壁より楽に打ち抜いて脱出できるからだ。
それから数十秒間。警戒心だけが取り残され、沈黙が漂う。この中でもっとも我慢強くないらしいスコヴィルが口を開こうとして、アイサに塞がれた。
「同志っ、伏せろ!」
全員へ向けた言葉だった。戦える魔法少女の反射神経があったおかげで、あるいはスコヴィルの場合アイサに口を塞がれて押し倒されることで、全員が直前に対処できた。
次の瞬間、頭上を一条の光が駆け抜けていった。それも、触れてはいけないタイプの光だ。まともに浴びた壁やその内部までもにぽっかりと穴が開き、本来その部分にあるはずの物質はさらさらと砂のように風に流されて、土煙のようになっている。そのせいで外の風景はよく見えない。が、人影は確実にある。
「なんなの今のビーム!?あの子、敵なの?魔法少女なの!?」
アイサが手を離したからか、スコヴィルが叫ぶのがよく聞こえるようになった。
土煙が晴れ、視界が明瞭になる。足音が聞こえ、自分達ではない誰かがこの家に踏み込んできたということがわかった。
ドレス風の衣装ながらミニスカートで、腰には大きなリボンがついている。身体の各所につけられた花が目立つが、あれはたしか菊だったか。
その容姿には見覚えがあった。ただ、本当に小さい頃に見たから、かすかな記憶だけが頼りだった。記憶を深くまで探らなければならなかったオルタナティヴよりも早く、アイサが声を出す。
「知ってる、その姿……その魔法。わたしはそれを知っているんだ」
彼女が一番に立ち上がり、菊をつけた魔法少女を睨み付けた。ただの顔見知りではない。仇敵、あるいは宿敵か。
「久しぶり、になるのか?マジカルデイジー」
マジカルデイジー。その名前にも聞き覚えがあった。かすかな記憶が掘り起こされて、容姿と結び付く。そうだ。小さい頃に、アニメで見たから覚えがあったのだ。そんな魔法少女がアイサと知り合いだったのか。驚きの事実にオルタナティヴたちが置いてきぼりになっている。
だが、アイサもデイジーもそんなことには構ってくれないらしい。ふたりの魔法少女は互いに向けて飛びかかり、片方は音を立てて空気を取り入れ、片方は相手を指差してその魔法である光線を再び放った。