イラの魔獣Beauté et bête magique   作:EMM@苗床星人

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Prologue

 それは、小さい頃父に見せてもらった古代の玩具によく似ていた。

 細かい穴の空いた球体が二つ、天秤のように支柱に支えられた長細い横向きの機械の両端に備え付けられている。

 そう、それは確か外面投射天球儀(スフェスティレート)だ。

 もちろん、王家から特別な調査許可証を頂かなければ足を踏み入れられない古代遺跡の最奥……大地から夥しい因鉄を汲み上げて稼働するこれはそんなものではない筈だ。

 

「ベルモッド、周囲ネットワークを視覚情報(レンズ)につないで」

 

『かしこまりました』

 

 手にかけた機構式儀式杖『ベルモッド』が返事をすると、私の眼球表面を覆い近眼を正す役割を持った補正液膜(レンズ)が私の意思のままに視界の一部倍率を上げ、球体表面に記された古代文字の解読を試みる。

 魔術基盤(コード)かとも思ったが、これはそんな役割のみを記したものではないようだ。

 父の資料から記憶した単語と照らし合わせ、ゆっくりと口を開いて内容を読み上げる。

 

「願わくば……怒りが、を、忘れる時が来ることを願う。どうか、それが裏切りへの……大いなる赦しであるように……」

 

 たどたどしく読み上げたその瞬間だった。

 

「やば……っ!?」

 

 言葉を認識したかのように唐突に、大地が纏う因鉄の色が変わった。

 しくじった、何らかの鍵言だった?

 考える前に、私は腰のホルスターからベルモッドを抜いた。

 

「ベルモッド!」

 

『仰せのままに』

 

 間に合え間に合えと祈りながら、ベルモッドの記憶領域から基盤構成を摘出しそれを身体へと投影する。

 

「《肉体補強(レンフォスメント)》《外装脚展開(ジャンベスエクステリア)》」

 

 詠唱と共に、ベルモッドのフィンが廻り空気中に含まれる因鉄の粒子を吸い込み始める。

 因鉄は質量と実体を失って皮膚をすり抜け身体へと流れ込み、投影した魔術基盤から意味を受け取って私の体を強化せんと働き出す。

 私は強化した足腰を駆使して一息に巨大な外面投射天球儀の支柱へと飛び乗った。

 

「くっ……!?」

 

 支柱に降り立った瞬間から体が異常に重い。

 大地の因鉄が高濃度で圧縮されている影響でこの限定空間でだけ重力が強まってるんだ。

 

「だったら……!!」

 

『お嬢様!?』

 

 ベルモッドの石突を思い切り支柱へと叩き込む。

 重力の後押しを受けて、非力な私の力でも十分ベルモッドは支柱の機構へとめり込んだ。

 ベルモッドが無茶な接続に文句でも言いたげだが、後にして欲しい。

 とかく私はベルモッドを通して、この機構に組み込まれた術式をダウンロードして速読し大まかな役割を把握する。

 やっぱり罠、この部屋を巻き込む規模の重力結界。

 手を出す人間や墓荒らしごと原型も残さず潰すつもりとは趣味が良い気が合いそう。

 逆算、抵抗付与、内部に生体反応……

 

「生体反応ぉ!?」

 

 馬鹿な、3000年単位で王家に封印されている遺跡の機構だぞ!?

 十中八九魔物やバケモノの類、だけど助かるには封印機構ごと一旦完全解放するしかない……

 

「……ふふ、はっはっは」

 

『お、お嬢様?』

 

 ああいけない、いきなり笑い出すもんだからベルモッドが私の正気を測定しだした。

 でもこんなの笑わずいられるか?

 この私に、世紀の発見と、命を、比べさせているんだぞ?

 

「決まってるでしょうが!」

 

 迷わず私は……

 

 支柱へとながれる全魔術基盤及びそこに流れ込む膨大な因鉄をカットし……その機能を完全に破壊した。

 

 すると大地の因鉄は元通りの色へと戻り、支柱の重力と魔術の駆動音は瞬く間に完全な静寂へと還った。

 

「……助かった?」

 

『お嬢様、先のは助かることを優先してない流れだったかと思いますが?』

 

 ベルモッドの指摘も尤もだけど、折角死ぬなら見るもの見てからでないと納得が行かない。

 だいたい封印された魔物は?バケモノは?せっかく封印を解いたのに一向に姿を見せようとしない……圧の変化で3000年遅れて死んだなんてことはないよね?

 生唾を飲んだ私は、ベルモッドに指示を出す。

 

「ベルモッド、物理機構の蓋を解放して」

 

『………………かしこまりました』

 

 機構式儀式杖にも好奇心があるとはじめて知った。

 ベルモッドから因鉄によるスパークが走ると、私の前に位置する球体が横一線に割け、蒸気式の音を蒸かしながらゆっくりと開いていった。

 

「………………っ」

 

 まず、球体の中は先まで尋常な生命の存在を許さない程の絶望的な重力に晒されていたとは思えないほど

 快適そうなクッションで満たされていた。

 その中から覗き見れるのは、私でも羨ましくなるほどの白い肌。

 しかし二の腕と股から先は朱色の体毛に覆われ、クッションの隙間を縫うように延び散らかしている同色の髪の毛が生えた頭からは猪のような耳と、雄牛のような角が生えていた。

 

 獣と人を混ぜた、獣人(ライカン)のような異形だけど

 『その女性(ヒト)』は、私なんかとは比べるべくもない美しい顔立ちと身体をそのままに投げ出して寝息をたてていた。

 

 

「んっ……ぁ……」

 

 

 快適な眠りを妨げられたようにその人はぴくりと顔をしかめると、ゆっくりとその美しい肢体を起こし……口を開いた。

 

「ぁー……れ?ガイコクジン?」

 

 喋った!

 ガイコクジン……異国の人間と問いかけるということは、ガーディアンか何か?

 いや、何にしてもここは冷静に挨拶をしないと、どんな見た目をしていても喰われかねない……だから

 

「……わ、私はヴィルヌーヴ王国の宮廷筆頭魔術師、クローシェ・ド・トゥルースワイズ!秘されし知識の探求者!

さぞや高位の知の殿堂の守護者とお見受けするが……」

 

「ごめん頭いたいからもうちょっと寝かせてくれぇ……」

 

 高位の知の殿堂の守護者がそう言うと、苦労して開けた蓋が閉じられた。

 ベルモッドからスパークを流し、もう一度蓋を開けて問いかける。

 

「私は……!」

 

「……コスプレなら他所でやって。おれ幼女趣味ないから。」

 

 面倒くさそうに、寝ぼけた守護者()はそう言った。

 ベルモッドを抜くと──かなり深く突き刺さっていたのを怒りのままに引っこ抜いた── 私はそいつに近づいて、一直線に振り下ろした。

 

「私はこれでも25だぁぁ!!」

 

「ぎゃん!?」

 

 角にクリーンヒットしたのか、守護者()は悲鳴をあげた。




「女になってる。」

「うふふふ、成る程、成る程、そういうこともあり得るのね?面白いわあなた・・・。」

「ファンタジック」

「あっはっは処刑ね。処刑と来たか何でぇ!?」

「動くな魔獣!!スザンヌ様、お怪我はありませんか!?」

「うふふははは、気にしちゃダメよ?」

「誤解を解こう、麗しき朱あけき髪の御仁よ。さぁ、手をとって」

「ううおおおおああああああああ!!!!」「ぽぅ!?」

次回『目覚め・逃亡(前編)』

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