蒼紅天使のマスカレード   作:GT(EW版)

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HEATスキル・『蒼の領域』

 虹色の翼を羽ばたかせ、一同の姿を見下ろしながらアンドレアルフスが憎々しげに吐き捨てる。

 

「人間共め……貴様らはいつもそうだ……! その惨めな在り様が、どこまでも俺を苛立たせる!」

 

 鷹のような鋭い眼光には、激しく燃え滾る憎悪の炎が宿っている。その眼差しを受けたフィアは、悲嘆的な目を返して彼に訊ねる。

 

「……貴方は、人間が嫌い?」

「知れたことを! 人間こそ、この世で最も忌むべき存在だ!」

 

 間髪入れず、アンドレアルフスが答える。

 翼と両腕を広げ、煌びやかな羽根を周囲に散りばめながら彼は語り出す。その姿はさながら民を扇動する政治家の演説のようだった。

 

「この世界は美しい! 青い空に白い雲……緑の自然に溢れた大地は、何にも替えることの出来ぬ尊いものだ! ……しかしそれを人間共は汚し、自分達さえ発展出来れば良いと我々の生活環境を破壊し、同胞達を虐殺したのだ! ああ創造神ルディアよ! 貴様は何故俺達ではなく人間共を愛したのだ!? その惜しみない愛情をほんの少しでも俺達に向けてくれれば、こんな世界にはならなかったものをォ……!」

 

 時折苦しそうに胸を抑えたり、ミュージカルのように大袈裟な抑揚を入れながら彼は長々と語る。

 人間はこの美しい世界を汚した。だから許せない。だから嫌いだ。その部分を聴き取れば、彼の言葉には正当性があるように思える。

 実際、その悲痛な思いは演技ではないのだろう。それが心から抱いているのであろうと理解出来るほどに、有無も言わせない迫力があった。

 

「ワハハ、しかしそんな人間共の天下も直に終わる! 新魔王様こそ、神を超えられた方だ!」

 

 悲壮な表情で悲しみの叫びを上げたと思えば、今度は喜びを露わにした表情で哄笑を上げ、仕えている存在に対して賞賛の言葉を述べる。

 忙しく移り変わる彼のオーバーリアクションをフィアは終始真面目に見届けていたが、ペンちゃんとレイカの二人はそんな彼の姿をどこか白い目で見ていた。

 そんなアンドレアルフスの言葉に対して、一人異を唱えるようにボボが返す。

 

「時代遅れな御託じゃな。人間が空を汚していたのは大戦が起こる前の旧時代の話じゃぞ。今の空は見ての通り浄化されておるじゃろうが」

「黙れぇっ! たとえ時代が変わろうと、人間共を根絶やしにするまでこの俺の怒りは収まらん!」

 

 もはや取り付く島もない。

 話し合いによる穏便な解決など図りようも無く、アンドレアルフスが攻撃を再開する。

 バサリと大きく広げた二枚の翼から、虹色に煌く無数の刃が射出される。豪雨のような勢いで放たれたそれは、彼が持つ虹色の羽根だった。

 

「やべっ、みんな隠れろ!」

 

 予備動作の時点で嫌な予感を抱き、注意喚起を促したペンちゃんが急いで付近にあった大きな岩陰へと身を隠す。フィアとレイカもそれに倣うように退避に移ったが、全長五メートル以上に及ぶボボの巨体を隠せる場所はどこにも無く、彼だけは降り注ぐアンドレアルフスの羽根をその身に受けることとなった。

 

「ぐぬ……!」

「愚かなイエティ族め、貴様らとて人間に迫害された身だろうが!」

 

 凄まじい速度で放たれる無数の羽根は、まるで弾丸の雨だ。

 虹色に煌く一枚一枚に凄まじい殺傷力と明確な殺意が込められており、ボボの頑丈な体毛さえ容易に貫通して皮膚に突き刺さってきた。羽根の弾丸に身を晒したボボは堪らず呻き声を上げ、膝を屈する。

 

「ボボさん……っ!」

「ペンさん、集束魔法を使います!」

「使えるのか? なら頼む!」

 

 どうにか岩陰に身を隠したことでアンドレアルフスの攻撃をかわしたフィア達だが、このまま隠れながらボボを見殺しにするわけにはいかない。

 最初にレイカがフィアの知らない何らかの手段を行使することを伝えると、その意味を察したペンちゃんが迷いの無い動作で岩陰から飛び出し、自ら敵の注意を引き付けるように挑発を始めた。

 

「おい、クジャク野郎! お前の相手は人間でも雪男でもない! このペンギンだー!」

「ふん、飛べない鳥など、上位種に捕食される立場に過ぎんことを教えてくれるわ!」

「なんだと!? お前こそ、クジャクの羽なんて派手なだけであんまり飛べないだろうが!」

「貴様ァー!!」

 

 これまでの言動から予め察することは出来たが、アンドレアルフスの煽り耐性は高くないようだ。

 面白いように挑発に乗ったアンドレアルフスはそれまでボボに対して向けていた殺意をペンちゃんに向けると、血走った目を大きく開きながら翼から放つ羽根の弾丸を彼女に対して乱射し始めた。

 そんな彼の猛攻を、ペンちゃんは慌てて背を向けながらペンギン走りでかわしていく。まるでパニック映画のワンシーンのように、襲い来る弾幕からペンちゃんは逃げ続けた。

 

 その光景を眺めていたレイカが両手に持った杖を高々と振り上げると、ブツブツと何らかの呪文を唱え始める。

 詠唱に用いている言葉は日本語ではない。この世界における独自の言語なのだろうか、外国語にある程度堪能なフィアの耳でも上手く聴き取ることが出来なかったが、それが彼女がこれから行使する「魔法」の為に必要なことだというのはわかった。

 詠唱を始めた瞬間、レイカの杖の先端に淡い光の渦が集まっていき、一つの「力」となって光の玉を形成し始めたのだ。

 

「ふっふっふ……我が禁忌の魔法を発動する時が来ましたわ……」

 

 詠唱の間、レイカは何やら右腕が疼いたような声でそんなことを呟いていたが、その時のフィアの意識は彼女の姿ではなく、地面に膝をついてうずくまっている雪男――ボボの姿へと向かっていた。

 アンドレアルフスの攻撃をまともに浴びた彼は、明らかに甚大な被害を受けている。そんな彼の元へ、フィアは真っ先に駆け寄ったのだ。

 

「ボボさん……」

「フィアか……わしは大丈夫じゃ。流石に歳かのう……昔のようにはいかんか……」

 

 あくまでもゲームの世界としてプレイヤーの精神衛生に配慮されている為か、ダメージを受けたボボの身体はおびただしい傷にこそ覆われているが、傷口から血液が溢れ出ていることはない。

 しかしフィアにはこの時、自身の無力さを嘆く彼の儚い姿が現実と同じ血の通った生き物のようにしか見えなかった。

 

 プレイヤーでも人間でもなくとも、フィアは彼に対してはっきりと「生命」を感じたのだ。

 

 だからか、おもむろにアイテムボックスを開いたフィアは彼に対して何の躊躇いも無く、ありったけの「薬草」を差し出した。

 

「お主……」

「ボボさんは、休んでて。……あの人は、フィアが止める」

 

 アイテムボックスの中には元からそう多く持ち込んでいたわけではないが、回復アイテムである「薬草」を全て手放したフィアはこれで自身の回復手段を失ったことになる。しかしフィアの心には、自らの手持ちに対する心許なさはなかった。

 自分が傷つけられることばかり考えてはいけないと、フィアは自らの心を戒める。そしてそれは、彼女の心に一つの決意を芽生えさせた。

 

「ええい猪口才な! なんだそれはっ!?」

「爆弾型ペンちゃん人形! 捕獲用ダミーペンちゃん人形! オールレンジペンちゃん砲台人形だ! どうだ参ったか!」

「ふざけるなー!」

「ああー!? 人形の首が大変なことにー!?」

 

 ペンちゃんもレイカも、持てる力を持って一生懸命戦っている。二人とも自分のするべきことがわかっていて、その為に頑張っている。

 ペンちゃんはアイテムボックスから多種多様なペンギン人形を出してはそれを駆使した奇策でアンドレアルフスを翻弄しており、レイカは彼女が時間を稼いでいる隙に大技のチャージを行い攻撃の機会を窺っている。

 

 これが戦い。気を抜くことは決して許されない聖域だ。

 

 そんな場所に居てフィアだけが何もしない、何も出来ないでいるわけにはいかない。

 ただ、それでもフィアは彼女らと同じ方法で戦う気は無かったし、出来なかった。

 フィアにとって「武器」というものはあまりにも重たくて、アンドレアルフスのような意思のある者に対して向けるには理由が足りないのだ。

 しかし、武器を使って相手を叩きのめすことだけが戦いではないと、フィアは思う。

 だからこそフィアはこの時、自身にあった最良の戦い方を選んだ。

 

「フィフス……力を、借りる」

 

 レイカやペンちゃん達のように、フィアにもまた戦う為の「スキル」がある。

 一つは前世の妹に似た少女から授かった「生命の騎士の祝福」。もう一つはリージアとのコミュニケーションを円滑にする為に習得した「異種対話」のスキルだ。

 この二つとペンちゃんの店で購入した槍が、今現在持ち合わせているフィアの手札である。

 

 そしてフィアが「戦う」と決めたこの瞬間、これまで謎だった「生命の騎士の祝福」というスキルの使い方を理解した。

 ゲームとしてそういう仕様になっていたのか、不思議なことに戦いを決意した途端、自然とこのスキルの使い方が頭に浮かんできたのだ。

 

 そんなフィアは、自分なりの「戦い」をする為にアンドレアルフスの元へと向かう。

 リージアには危ないことをすると伝えて退避を促したが、小さな勇者は頑なに応じず、フィアの肩から離れようとしなかった。「友達を見捨てるのは駄目だよ」と、心なしかリージアからそんな声が聴こえた気がした。

 

 

 

 

 

 しばしのチャージ時間を経て、レイカの「集束魔法」が発動する。

 集束魔法――それは「HKO」プレイヤーの後衛職、「魔法使い」における最大の強みに当たる攻撃魔法の一種だ。自身の周囲からこの星が持つ特殊エネルギーである「魔素(マナ)」を搔き集めて一点に集束させ、凝縮したそれを一気に解き放つその一撃は、程度の差はあれど大概が必殺級の威力を誇る。

 種類は様々だが、クラスが魔法使いであればそれを習得することは可能であり、レイカはハーメラスの図書館に篭り、特定の魔導書を読破したことによってその習得に成功している。

 このように「集束魔法」とはゲームを始めたばかりの初心者でも個人差はあるが序盤から習得することが出来、肝心の威力に関してもチャージ時間さえ掛ければ強力なボスモンスターにも通用する一撃となる為、それを習得出来る「魔法使い」はライトユーザーにもおすすめなクラスの一つとして扱われていた。

 そしてその真価が今、レイカの手によって発揮されようとしていた。

 

「喰らいなさい! カオス・フラッシャー!」

「……!」

 

 ぺんちゃんがアンドレアルフスを引き付けてくれた時間を有効に扱い、数分掛けてチャージを完了したレイカが、杖先に集めた光の玉を一気に解放する。

 一瞬にも満たない光芒の中で、まばゆい閃光が鍾乳洞を疾走していく。

 黒紫色の稲妻が迸る一条の光線となって照射されたその光は、瞬く間に狙撃対象であるアンドレアルフスの背中へと着弾し、花火のような爆発が広がっていった。

 

 

「やるなぁ……大した威力じゃないか」

「ふふん、どうです! 魔導書厳選を粘りに粘った成果ですわ!」

 

 着弾した瞬間から巻き起こった轟音と爆煙に、レイカの頬が緩み、ペンちゃんが感心の声を漏らす。

 まだスキルのレベルが低いレイカと言えど、チャージに十分な時間を掛けた闇属性の集束魔法「カオスフラッシャー」は絶大な威力を誇る。代償として術者の持っている魔力ポイント、通称「MP」を全て使い果たすのが難点だが、プレイヤー一人の全MP程度で倒せるのなら上等すぎる成果だった。

 

 幻魔アンドレアルフスとは、それほどの大物なのだ。

 

 しかし……それほどの大物であるからこそ、アンドレアルフスは倒れなかった。

 

 

「……この俺を撃ったな……この俺の美しき飛翔を邪魔したな?」

 

 とっておきの一撃を放ったレイカの目論見は外れ、虹色の翼は尚も五体満足で健在だった。

 いや、それどころか今の一撃さえその怒りを煽るだけだったとでも言うように、爆煙から出てきた彼の姿には傷一つ見当たらなかった。

 

「無傷、か……」

「マジですかわよ」

 

 今しがた放った渾身の一撃は、間違いなくアンドレアルフスの肉体を捉えた筈だ。自身における最強の魔法がまるで通用しなかった現実を目の当たりに、レイカは満足そうに浮かべていた得意げな笑みから一転して驚愕の表情を浮かべる。

 硬直した彼女の姿を見下ろしながら、アンドレアルフスは怒りを露わに拳を震わせた。

 

「貴様ら……雑魚共が良い気になりおって……! そんなに死に急ぎたいなら教えてやろうか! 本当の集束魔法とは、こういうものだッ!」

 

 両手を握りしめ、激情のまま肩を震わせる。そして、次の瞬間だった。

 虹色の翼を広げたアンドレアルフスの身体から、オーラのようなどす黒い闇が溢れていく。

 ハリケーンのような勢いで吹き荒れる凄まじい闇は出鱈目な力で鍾乳洞を襲い、一同の立つ大地を激しく揺らした。

 

「クエアアアアアアアアッ!!」

 

 それは、彼の体内に内包されている「魔力」が解放された瞬間だった。

 今この時、幻魔アンドレアルフスはその身から自らが持つ真の力を解き放ったのだ。

 アンドレアルフスのくちばしから放たれる怪鳥の咆哮が大きく響き渡るほどその力は天井知らずに高ぶっていき、この場に居合わせた全ての者達に恐怖を与えていく。

 遥か昔、神とその騎士団に反旗を翻した虹翼の悪魔の力が、ここに顕現しようとしていた。

 

「ま、待てアルフス! お前こんな場所でアレをぶっ放す気か!?」

「ワハハハ! 光栄に思うがいい! この俺最強の集束魔法を持って、貴様らを祭壇諸共吹き飛ばしてくれるわァ!」

 

 アンドレアルフスは今、最高に高めた魔力を注ぎ込み、レイカの放ったものと同じ「集束魔法」を放とうとしている。

 しかしその威力はチャージ段階に過ぎない今の時点でレイカの比ではないことが容易に察することが出来、解き放たれればここに居る人間や祭壇どころか、鍾乳洞全体を崩壊させかねないほどの力が彼の翼に集束していた。 

 禍々しい光がアンドレアルフスの元へ集まっていき、その光点となった虹色の翼が漆黒の闇に染まっていく。

 こんなものが放たれたら終わりだと悟ったペンちゃんとレイカは即座にそれを止めようと動いたが、宙に飛んでいるアンドレアルフスの動きを止めるには二人の手はあまりにも遠すぎた。

 そしてそんな彼女らの妨害を、悪魔が待つ道理は無い。

 

「消え去れぇぇー!!」

 

 アンドレアルフスがによる怨嗟の叫びがこだまし、闇色の光が瞬く。

 

 ――その時だった。

 

 レイカは横合いからアンドレアルフスに向かって猛スピードで飛び込んでいく、一人の天使(・・)の姿を視界の端に捉えた。

 

「やめてっ!」

 

 制止を訴え掛けながら、今まさに集束魔法を放とうとするアンドレアルフスに向かって飛翔していく一人の天使。

 背中には光に彩られた二枚の白い翼があり、彼女はそれを自分のものとして違和感なくはためかせ、彼の居る宙に向かって飛んでいる。

 

 そう、飛んでいるのだ。

 

 その姿も、その翼も、あまりにも似合っていて……だからこそレイカは一瞬、彼女の姿を見違えてしまった。

 

「フィアさん……!?」

 

 しかしその姿は間違いなくレイカにとって数少ない友人――いつも不器用で危なかしくて優しい、双葉志亜(フィア)その者だった。

 

 二枚の翼を背中に生やしたフィアが、真っ直ぐに伸ばしたその手でアンドレアルフスの胸に触れた瞬間、彼女らの居る鍾乳洞内は視界が塞がるほどのまばゆい光に包み込まれた。

 

 

 

 

 

【プレイヤーが条件を満たした為、スキル「生命の騎士の祝福」と「異種対話 Lv1」が同調しました。

 HEATスキル「蒼の領域 Lv1」を取得しました】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔王バアルに仕える七十体の悪魔、バアル七十幻魔。その内の一柱である虹翼の幻魔アンドレアルフスは侯爵位を持つ上級の悪魔であったが、元から悪魔として生を受けたわけではない。

 アンドレアルフスは元々、このフォストルディアに住む平凡なモンスターの一体に過ぎなかったのだ。その姿は現実世界で言うところのクジャクによく似ていて、群れと共に空を飛び回っていた鳥類の一種だった。 

 しかしそんな彼らの種族は、人類が最も栄えた時代の到来によって一羽残さず絶滅を迎えることになった。

 

 それは人類の急激な発展によって引き起こされた公害――現実でも問題になっている、環境汚染による被害だった。

 

 フォストルディアの空は今でこそ蒼く澄み渡った美しい姿をしているが、彼が過ごした時代ではそうではなかった。

 空に浮かんでいるのはいつだって白い雲ではなく、工場から排気されたガスの雲海だ。

 当時の人類は今以上に高度な技術力を持っていたが、その革新の裏で犠牲になっていく生き物は数多く存在していた。

 自然環境に対する配慮があまりにも欠けており、必要以上に環境を破壊する国などには即座にヘブンズナイツが駆けつけて忠告を与えていたが、その間にも犠牲は出た。

 特にアンドレアルフスの種族は元々出生率が高くなく、その上渡り鳥とは違って飛行可能な距離も短かった。住処を移すには時間も生命力も足りず、彼らは変化していく環境に対応することが出来ず、真っ先に絶滅を迎えることになった。

 そんな中で最後の一羽となり、汚染された海の前で倒れ伏した仲間達の骸の傍で息絶えようとしていた彼の元に現れたのが、先代の魔王であるバアルという悪魔だった。

 

『人間が憎いか? ならば余と共に来い』

 

 憎い者を滅ぼす為に、余が力をくれてやる。魔王の囁きは死にゆく彼にとって、最後にして最大の希望となった。

 そして彼は魔王と契約し、元の種族の名残りである虹色の翼を持つ悪魔、アンドレアルフスとなった。彼がバアル亡き今も彼に忠誠を尽くし、魔王軍として活動しているのも……人間の存在を激しく憎むのもそこにあった。

 

 彼は自らの空を汚された数千年前から今に至るまで、決して消えることのない憎悪に囚われ続けているのだ。

 

 そんな彼――アンドレアルフスの心を、フィアはまるで自分自身の体験のように知覚していた。

 

 

「貴方は……苦しんでいた」

 

 アンドレアルフスが一同に向かって集束魔法を放とうとした瞬間、フィアは彼の行動を止める為に無我夢中で飛び込んだ。

 その瞬間、フィアとアンドレアルフスの身体は、違う世界へと向かったのだ。

 

 ――そこは、蒼い世界だった。

 

 どこか温かく、柔らかい光が降り注いでいる空のような蒼の世界。

 そこはまるで夢の中や三途の川の向こうのように、静かで穏やかな空間だった。

 髪が靡いているような気はするが、皮膚の上を風が流れていくような感覚は無い。重力さえも感じず、ふわふわと浮かんでいるような感覚がさらにフィアの心を夢見心地にさせている。

 しかし、フィアにはこれが夢や幻の光景だとは思えなかった。自分の目の前に立ち尽くしているアンドレアルフスを見て、フィアははっきりと彼の「心」を感じていたのだ。

 

 ――つながっている。

 

 この蒼い世界に居ると、どういう原理なのかわからないが、アンドレアルフスが体験してきた過去やそれに対する彼の思いが自分の中へ溶け込んでいくようにわかるのだ。

 まるで彼の生命と自分の生命がつながっているかのように――フィアは彼の心を自然と理解していた。

 そんなフィアを前にして、虚ろな目をしたアンドレアルフスが、呪詛を並べるような声で呟く。

 

「人間共が汚した……人間共が殺した……俺達はただ静かに、美しい空を飛んでいたかっただけなのに……」

 

 その声は、先まで猛威を振るっていた悪魔のものとは思えない弱々しいものだった。

 人間に対する怒りと、同胞達を失ったことに対する嘆き。

 そして数千年に及ぶ気が狂うほどの戦いを経てもなお収まらない負の感情に対する、彼自身の行き場の無さが滲み出た言葉だった。

 

「だから俺は人間を殺す! 奴らに汚染された世界を、この俺が変えるッ!」

 

 憎しみに染まった声で、アンドレアルフスが叫ぶ。

 まだ自分が悪魔になる前の……かつて飛びたかった美しい空と愛する仲間達を奪われた無念の思いが、この蒼い世界に響き渡る。この心を埋め尽くす憎悪は、長い年月を経て浄化された今の空を見ても決して晴れはしないのだと叫んだ。

 その心を支配する後悔と憎悪だけが、彼を悪魔アンドレアルフスの魂として戦いに駆り立てていた。

 

 ――まるで、双葉志亜の前世のように。

 

「……でも、それをしたら貴方も一緒。憎いと同じ、ことをする……それはいけないことだと、志亜は思う」

 

 この蒼い世界の中で、フィアはそんな彼の心を理解した。

 だからフィアには、双葉志亜として彼のことを放っておくことが出来なかった。

 たとえそれが手遅れだとしても――自らの憎しみを他の誰かを傷つけることによって晴らそうとする彼には、言わずには居られなかったのだ。

 

「泣き寝入りをしろと言うのか!? このアンドレアルフスに!」

「違う。だけど……貴方だって、わかる筈」

「何をだ!?」

「貴方は優しい人……傷つけられた仲間のこと、想える。だから、わかる」

 

 フィアは理解した。

 彼の慟哭は、叫びではない。

 これは叫びではなく、涙なのだと。

 憎しみによって悪魔となり、今日まで戦い続けてきた彼に対してするべきことは、人類の敵として斬り伏せることではなく、教えてあげることなのだとフィアはフィアなりに思った。

 

 だから、言った。

 貴方が復讐する相手は、もうこの時代には居ないのだと。

 

 ――だからもう、貴方は頑張らなくて良いのだと。

 

 

「傷つけられたこと、憎めるならきっと……傷つけることも、憎める」

 

 人間の間違いによって傷ついた彼が、既に復讐相手が居なくなったこの時代で暴れ回り、今度は自分の間違いでかつての自分のような弱い者達を傷つける。そんなのは悲しいと、フィアは思う。

 そんなフィアの言葉を、アンドレアルフスは狂乱したように否定する。

 

「ふざけるな! この憎しみや怒りが、悪魔に成り果ててまで生きてきた俺の全てだ! それを貴様にっ……貴様如き人間に何がわかる!?」

「フィアも、一緒……ずっと、後ろを見ていた。でも、優しい人が、教えてくれた」

 

 悪魔と呼ばれ、恐れらていた彼にも優しい心はあったのだ。

 そして彼の生命は既に、ここにはない。

 魂だけが頑張って怒り続けている。そのことに、フィアはこの蒼い世界で彼の心とつながっている今、気づいた。

 

 だから――

 

 

「もう、いいんだよ……」

 

 

 フィアはその小さな腕で彼を抱きしめ、心の底から労った。

 慈しんだのだ。悪魔になってから戦い続け、大戦で戦死しても尚(・・・・・・)、数千年に及んで人類を憎み、戦い続けてきた彼の在り方を。

 

 決して折れることなく、どこまでも己の信念を貫いてきた在り方を。

 

 だからこそ、フィアは教えてあげた。

 

 

「貴方はもう、戦わなくて、いい」

 

 

 

 ……小さな人間の、温かな思い。

 

 拒むことも出来た筈の少女の抱擁を、アンドレアルフスは振り払わずに受け入れた。

 普段の彼ならば人間とここまで密着するなどあり得ないことだろう。しかし、不思議と悪い気はしなかった。

 この蒼い世界のせいかと疑ったが、洗脳効果があるようではない。ただ、不思議とこの空のような美しい蒼さが、彼にありのままの自分を思い出させてくれた気がした。

 

 ――ああ、俺の戦いはもう、終わっていたのだな……。

 

 彷徨う亡霊となっていた自分自身の存在にようやく気づき、アンドレアルフスは苦笑を浮かべる。

 悪魔になってから初めて浮かべた気がする穏やかな表情を浮かべながら、彼は目を閉じて静かに呟く。

 

「ふん……生命の温かさか」

 

 こうして体格差のある者と密着していると、バアルと出会い悪魔になる前の頃のことを……降り注ぐ酸性雨からその身を挺して雛鳥を守ろうとしていた時のことを思い出す。

 肌に伝う、生命が持つ死んだ自分には無い温かさ。それを実感した今、アンドレアルフスはようやく仲間達の元へ向かう決心がついた気がした。

 

 ――潮時、か……。

 

 そう呟いて、アンドレアルフスは笑う。そしてその姿が、淡い光となって天に昇っていく。

 穏やかに笑いながら彼の魂は、あるべき場所へと還ったのだ。

 

 

 

 

 

【イベントクエスト「幻魔の亡霊 アンドレアルフス・ネクロス」をクリアしました。

 スキルポイントを200P獲得しました】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 主人公とそれ以外のこの温度差である。
 どういうことだってばよと突っ込まれそうですが、嵐のように現れては幼女にハグされ満足して昇天していったアンドレアルフスの正体の詳細なんかはまた次回に。
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