冒険者の行き交う町、「ハーメラス」。
東に行けば数多の野生モンスターが闊歩する「始まりの森」があり、西側には水平線の彼方に広がる「フィクス大陸」――その道を阻む大海の景色が映る。
北に出れば大雪の降りしきる雪原地帯が広がり、南には灼熱の太陽が照りつける激暑の砂漠地帯が広がっている。
そんな極端な自然に四方を包囲されているこの町だが、町の中は至って平常な気温で過ごしやすい。大半の初心者プレイヤーが最初に行き着くこの町は、ユーザー達からはわかりやすく「始まりの町」と呼ばれ親しまれていた。
その俗称通り町の中は多くの初心者プレイヤー達で賑わっており、そんな彼らを客層にアイテムや装備品を販売している商店街が各所に広がっていた。
大掛かりな建物こそ少ないが、どこか中世的な街並みは「ファンタジーっぽい」として多くのプレイヤーに評判である。
尤も既に似たような景色を「フラッシュバック」を通して見たことのあるフィアは、この目新しい筈の光景に感動することもなかった。
だがそれはそれとしてこうして自分以外のプレイヤー達が行き交う町の景色には、素直に心躍るものがあった。
「ここが初心者冒険者の町「ハーメラス」だ。森や雪原を越えた先には他の町もあるが、さっき居た場所からはここが一番近いな」
「人が、いっぱい……」
「ああ、いっぱい居るな。始まりの町とはよく言うが、海を渡って西のフィクス大陸を目指す上級者も多い。NPCは少ないが、プレイヤーの人口では一二を争うんじゃないか?」
予想していた以上の賑わいに驚くフィアに、ペンちゃんはその繁栄ぶりの理由を説明する。
この始まりの町「ハーメラス」は大半の初心者が真っ先に行き着く町である一方で、ヘビーユーザー向けの経路としても扱われているのだ。
それが海の彼方に広がっているという西の大陸、「フィクス大陸」である。
「フィクス大陸?」
「あの海の先には、この「ルアリス大陸」よりも強いモンスターが住んでいる上級者向けの大陸があるんだ。あっちに行くのはある程度強くなってからになるだろうが……まあ、その時が来たらまた教えるよ」
「ありがとう、ペンちゃんさん」
「ふっ、私のことは呼び捨てでいいよ。フレンドだろう?」
「うん、ペンちゃんはフィアの、大切な友達」
「……天使か」
決して口数は多くないが、ペンちゃんに対するフィアの態度は非常に柔らかく、ペンちゃんの態度もまたフィアに対して穏やかだった。
森の中からこの町に至る道中で幾度も会話をしている内に、一人と一匹は順調に親睦を深めていたのだ。
「さて、それじゃあどんどん案内していくぞ。私に着いてこい!」
「わかった」
街中に入ったフィアはペンちゃんの後に続いてトコトコと着いて行き、町並みの景色を左右に見回す。
そんなフィアに対して、周囲多数の人々から向けられる奇異な眼差しを意に介さないコウテイペンギンが嘴を開く。
「町の外のことはさっき話したな? 西の海の向こうにはフィクス大陸があって、東にはさっきまで私達が居た「始まりの森」がある。北には私の生まれ故郷である「永遠雪原」、南には私が行ったらペンギン的に考えて死んでしまう「紅塵砂漠」がある。どこも綺麗なところだが、初心者はまずあの森から始めるのがおすすめだな」
「うん」
ペンちゃんによる、フィアの為の「HKO」初心者入門講座である。
その第一弾は、今後も世話になっていくであろうこの始まりの町「ハーメラス」の紹介だった。
「で、今度はこの町のことを説明していくわけだが、見ての通りここは冒険者の為の商人の町だ。あちこちにNPCとプレイヤーが経営している店があって、ライト層ならここで揃えられない物はほとんど無いと言えるぐらいだ」
「フィアも揃える?」
「ああ、そうするといい。少しレベルが上がったら、私の店を贔屓してくれると嬉しいな」
「ペンちゃんの店?」
「ふふ、私はこう見えても鍛冶屋――素材から装備を造ったり、鍛えたりする店をやっていてな。自慢だが結構良い物を造れるんだ」
「ペンちゃん、凄い」
「ははは、もっと褒めたまえ」
商魂たくましくもちゃっかりとこの町にある自身のマイショップを宣伝するコウテイペンギンだが、フィアとフレンドになった理由が打算的なものではないことは明らかであろう。
そんな商店街を一通り見回した後で、奥に見える大きめの建物を指してペンちゃんが言う。
「あそこに見えるやたら派手な建物は書庫、いわゆる図書館だ。モンスターのことやこの世界の舞台設定とか、ゲームの情報を調べるならあそこがお手軽だな」
「としょかん……」
フィアはこの「HKO」をまだ始めたばかりであり、当然ながらゲームの概要には詳しくない。故にこの世界の情報を調べることが出来る書庫という施設は、フィアにとって活用していく必要のあるありがたい存在であった。
頭の中でその存在をメモするフィアに対して、ペンちゃんがもう一つ付け加えて説明する。
「ああそうだ、あそこの中には初級魔法の入門書もあるから、フィアも魔法を使いたかったらそれを読むといい。魔法使いでなくても、初級魔法ぐらいなら大概のクラスが使えるからな。多分、無職でもいけるだろう」
「魔法……」
「ロマンチックだろう? ファンタジーと言えば魔法だもんなぁ」
「…………」
この「HKO」はサービス開始前から「剣と魔法のファンタジーゲーム」として大々的に宣伝されており、無知なフィアもまたこの世界に魔法が存在すること自体は予め知っていたが、具体的な習得方法までは知らなかった。
教本を読んで習得するとは、ゲームながらリアリティーさに拘りがあるということか。もしかしたらあの中には今頃、必死で魔法を習得しようと魔法の書を読み漁っているレイカが居るのかもしれない。
そんな友人の姿を想像すると、フィアの頬が自然と綻んでいった。
横並びにペンギン特有の歩き方で移動するペンちゃんは寡黙ながら好奇心の見え隠れするフィアの姿に心を和ませながら商店街を抜けて行き、この町に存在する最も大きな建物の前で足を止めた。
「あれは集会所。NPCやプレイヤーから出された「クエスト」を、あそこで受注することが出来る。フィアも何度か行くことになるだろうが、怖いお兄ちゃんには気をつけるんだぞ?」
「怖いはわからない。クエストは、知ってる」
多種多様な服装、装備を身に付けた様々なプレイヤー達が出入りする施設の名は「集会所」。プレイヤー達はこの場所で各方面による「クエスト」を受けることが出来るのだと言う。
クエストについては通常のRPGにも存在するメジャーなシステムである為、細かく説明されずともフィアにはわかっていた。
「システム自体は従来のゲームとほとんど一緒だ。集会所の受付や張り紙からモンスター討伐や素材採取の依頼とか受けて、達成したら受付の姉ちゃんに報告して報酬を受け取る。非課金勢の金策ならこれが一般的だな」
ペンちゃんからの補足にコクコクと頷き、フィアは理解を深めていく。
実際にクエストを受けるのは後回しにした上で、ペンちゃんは他の施設の説明に移った。
「あっちはレストラン街だ。ゲーム内通貨「G」を払って飯を食べることが出来るが、ゲーム的な意味はあまり無い。ただ、どれだけ食べても太らないことからダイエットに悩む世の女性達には評判だ。料理スキルを手に入れたら自分の店を出すのもアリだな。売れ行き次第ではクエスト達成以上のGが入るらしい」
「フィアは、料理出来る」
「ん、そうなのか。その歳で出来るなんて偉いな。このゲームには料理スキルなんて言うのもあるが、スキルが無くても料理すること自体は出来る。スキルがあれば手軽に美味しい物が作れたりするが……他人事ながら、リアルの飲食業界の衰退が心配になるシステムだな。プレイヤーの中には美味しい料理を作る為に世界中の食材を探してハンティングする猛者も居るが、そういう楽しみ方もある」
「ん……」
「あっちには色々と民家が見えるが、あれらはこの町に住んでいるNPCの家や、プレイヤーギルドの拠点だ。そうそう、NPCの家に入る時は気をつけろよ? ゲーム感覚で不法侵入したり中の備品を勝手に漁ったりしたら大変な目に遭うからな。フィアはそんなことしないだろうが」
「泥棒は駄目。現実と一緒?」
「ああ、そういうこと。ゲームの世界だが、ここはもう一つの現実みたいなもんだ。相応にマナーを守りましょう」
「うん、フィアは……迷惑を掛けたくない」
口数が少なく聞き上手とは言い難いフィアが相手でも、必要な知識を丁寧に与えてくれるペンちゃんの説明は実にわかりやすかった。
フィアが「ペンちゃんのおかげで町のことを理解出来た」と感謝を伝えると、ペンちゃんは「偉いな」と微笑みながら頭を撫で――ようとしたが、撫でようにもペンギンの小さな翼ではフィアの頭まで届かなかった。
悔しげに振り上げた翼を下ろすペンちゃんの様子に、「何してるんだろう?」と不思議そうな顔で首を傾げるフィア。ペンちゃんが気を取り直して向き直ると、町の説明はこれで終わりと今回の「HKO」初心者入門講座を締めた。
「今後、君が何度も世話になっていくだろう施設はこの辺りかな。特に集会所はそれぞれの町に一ヶ所ずつあって、受注出来るクエストも町ごとに違ったりするから、新しい町に行ったらまずは集会所に寄ってみるといい」
「わかった。ありがとう。フィアは助かった」
「どういたしまして。さて、説明はこのぐらいにして、フィアはこの後どうする? レストランに行きたければ奢ろう。いい寿司屋があるんだ」
「フィアは、武器を買いたい」
「武器か、なら向こうの商店街に行こうか。君におすすめの武器とか紹介してあげよう」
「ペンちゃん、優しい」
「ふふ、そうだろう? ペンギンは優しい生き物なんだ」
フィアはあくまでもゲームを楽しむ為にこの世界に居る。ペンちゃんが町の説明をこの程度で終わらせたのも、そんな彼女の気持ちに配慮してのことだった。
ペンちゃんというコウテイペンギンは、幼い子供に気遣いの出来る善良なペンギンなのである。
そんなペンちゃんの優しさに気づいたフィアは不器用ながらも感謝の笑みを浮かべながら、共に商店街へと足を運んだ。
ハーメラスの商店街には、多種多様な店がある。
中でも最も多いのは、各プレイヤーが資金稼ぎの為に経営している「マイショップ」の存在であろう。武器や防具、アイテム等が出品されている中には珍しい商品も幾つかあり、主にゲームに慣れた中堅どころのプレイヤー達が多く利用していた。
しかし今回フィアがペンちゃんの奨めで訪れたのはプレイヤーが経営している店ではなく、HKOのNPCが経営している何の変哲もない質素な武器屋だった。
そこで買い物を終えた後の、現在のフィアの装備である。
防具の役目を司る服装は、女性アバターの初期装備である簡素な布の服だ。
しかしその背中には大剣と弓を重ねてX字に背負っており、左腰のベルトには鞘に納められた片手剣、右腰のベルトには魔法の杖、両脚の腿にはそれぞれ一本ずつ二本の短剣が巻きつけられている。
身体のあちこちに武器を装備している出で立ちは、さながら「最終決戦仕様」とでも言うよう重装備であった。
現実的に考えればこれだけの武装をフィアほど華奢な少女が身一つに纏える筈が無いのだが、やはりそこはゲームの世界である。
しかし、かと言って何も問題が無いわけではなかった。
「……重くないか? そんなに身につけて」
「少し、重い。でも、持てないほどでは、ない」
六本の武器を一身に纏ったことにより、動けないほどではないがそれなりの重量は感じていた。恐らくは多数の武器を携帯することでステータスへの悪影響が働いているのだろう。
仮に数値的な問題を度外視しても、大剣や弓と言った身の丈以上の大きさの武器を背負っている為に細かな身動きまでしにくくなっている。フィアが少しでも上半身を反らそうとすれば背中の大剣と弓が地面にぶつかってしまい、身体がその場につっかえてしまった。
そんなフィアの身体を微笑ましそうに眺めながら助け起こした後、ペンちゃんが一つ助言した。
「アイテムボックスに入れればいいじゃないか。みんなそうしているぞ?」
「でも、この方が速く取り出せる」
「それはそうかもしれんが、それじゃいざという時戦いにならないだろう」
「……大丈夫。それに、武器は危険なものだから。危険は重いから、使うなら重いを知った方が良い」
「う……んん?」
フィアの他にも複数の武器を所持しているプレイヤーは勿論居るが、フィアのように全てを全身に装備している者は町中ではほぼ見かけない。
と言うのもこの「HKO」ではアイテムボックスなる物が基本システムとして存在している為、武器を一つずつ身に纏わずともその中に放り込んでおくだけで事足りるからである。フィアの言うように武器を手元に残しておいた方がアイテムボックスから取り出すよりも即座に使用することが出来るのは確かだが、常に携帯しておくのは愛用の武器の一つや二つ程度に留めておくのがベターだというのがプレイヤー間の常識だった。
故に、今フィアの姿は道路を行き交う他の住民達から奇異な目を集めていた。尤も、フィアの場合はその装いだけが理由ではないのであろうが。
「【ツインダガー】、【銅の大剣】、【木の弓】、【魔法使いの木杖】……初期装備の【冒険者の剣】と合わせれば、いきなり五種類の武器か」
「フィアは、色々試してみたかったから……」
「無職だからこその利点か。まあ、そうでなくても最初のうちは試せるだけ試すのはいいことか。ちょっと意外だったけど、良い冒険心だなフィアは」
「ん……そう?」
戦士の主装備である大剣と、魔法使いの主装備である杖、戦士や魔法使い等の初級職であれば共存させることが出来ない筈の武器を一身に纏う姿は、彼女がどのクラスにも属さない「無職」である証だ。
こうして見ると無職という職無きクラスは全部乗せラーメンの如く贅沢そうに思えるが、実際のところ優秀なものではない。
何故ならば中級者に差し掛かる頃、高性能の武器になればなるほどその武器を装備する為に必要な「ステータス要求値」が高くなるからである。
武器にはそれぞれに、使用者がその武器の使用を可能とする為の装備条件がある。大剣ならば一定の攻撃力が要求されたり、杖ならば一定の魔力を要求されたりする。
故に基本ステータスが専門のクラスに比べて著しく低い無職は、高性能の武器を装備出来るまでにクラス持ち以上のステータス調整が必要となり、下手をすれば一生掛かっても高性能の武器を装備することが出来ないということが有りうるのだ。これもまた、このゲームで無職が流行らない主要因の一つである。無職は武器の装備条件におけるクラスの制限こそ無いが、ステータスの制限には大いに引っ掛かるということだ。自由な身だが自由を極めるだけのステータスが無いという点は、現実世界の無職にとっても辛い話である。
現在フィアが五種類の武器を装備出来ているのは、それぞれの武器のステータス要求値がどれも「0」であり、誰にでも扱うことの出来る初心者用の装備であるからに過ぎなかった。
「防具の方は初期装備のままでいいのか? 回復アイテムとかは?」
「お金、無い。何も、無い……」
「……貸してあげようか?」
「ペンちゃんは友達だから、貸し借り駄目」
「……なら、クエストを受けてみるか」
「うん、そうする」
フィアの望むこのプレイスタイルには、資金的な問題もある。
基本的に初心者はまずここで武器と防具を満遍なく買って、残りは薬草と言った補助アイテムに当てるのが推奨されているのだが、フィアは全ての資金を武器に注ぎ込んだ為に持ち合わせの初期資金が一瞬にして尽きたのである。
フィア自身は一文無しになることも承知した上でGを支払ったのであり、その状態を憂いているわけではないのだが……傍から見れば、何故か悪い人間に金を騙し取られてしまったような悲壮感がその身に漂っていた。
そんな哀愁に反応して周囲の通行人達が何やらざわめき始めたが、フィアはその様子を横目にしながらも明後日の方向へと勘違いする。周囲の者達の目は、人里でありながらも堂々と商店街を歩いている一羽のコウテイペンギンに向いていると思ったのだ。
「ペンちゃん、人気者」
「ん、ああ、確かに色んな意味で私は人気者だが……この視線は私じゃなくて、君に向けられているものだよ」
「フィアに?」
「プレイヤーにはロリコンが多いからな。フィアも気をつけろよ」
「ロリコン……? それは、人間やエルフと違う? 種族の名前?」
「え?」
「?」
「……いや、私が悪かった。君はどうかそのままの君でいてくれ」
「フィアはフィア、変わろうとしても、ずっとフィア」
「よろしい」
言葉の意味を正しく解釈出来ず、きょとんと首を傾げるフィア。そんな少女が向ける無垢な眼差しにペンちゃんはこれ以上向き合うことが出来ず、自らの心の汚れをこれでもかと言うほど思い知らされた気がした。
オンラインゲーム、それもVRMMOの世界に浸るには純粋過ぎる瞳に、人の心を持つコウテイペンギンは不安に嘆いた。
通常ならば彼女の言動をロールプレイの一環だと切り捨てているところであろうが、これまでのフィアというキャラクターが全て演技だとすれば、その道で世界を狙えるレベルだとペンちゃんは思う。
故にペンちゃんは、出会って間もないフィアに対して友情以上の庇護心を抱いていた。
それはまるで、雛鳥の為に餌を探し回る親鳥のような心境だった。