三人の旅路は、概ね順調だった。
神巫女のお告げと合わせてフィクス大陸を歩いた経験があるペンちゃんの助言もあれば、フィアとレイカが道に迷うこともない。時折見掛けたモンスター達は基本的には衝突を避け、それでもやむなく戦闘になったモンスターとは連携を持って危なげなく勝利を収めることができた。
三人が三人とも、己の役割を理解しているようにそれぞれの長所が絶妙に噛み合っていたのだ。
レイカは攻撃担当である。初級職の魔法使いながら下手な上級職を凌駕する火力を持つ彼女は、得意の集束魔法カオスフラッシャーで並み居る敵を打ち破っていた。自らのスキルの大半を火力補助に回しており、それ故に耐久面のステータスではフィア並みかそれ以下の紙耐久になっている彼女だが、そこは新装備であるポルターシールドを上手く扱うことによって自身への被弾を防いでいた。その他の欠点としては集束魔法を乱用することによって戦闘毎にMP切れを起こす燃費の悪さにあったが、そちらはペンちゃんがアイテムを持ってカバーしてくれた。
「ほれ、ポーションだ。飲め」
「あら、恐れ入ります」
一流の鍛冶師であるペンちゃんは普段からお手製の製品をプレイヤーたちに販売しており、その売れ行きによって並々ならぬゲーム内通貨「G」を溜め込んでいた。その財力に物を言わせて、ペンちゃんはMP回復効果のあるポーションを大量に買い込んでいたのだ。
リアルの世界では大金持ちであるレイカが逆に施しを受ける立場になるのは中々新鮮な光景であり、レイカ自身もこれは貴重な経験ですわと特に悪意もなく楽しんで受け止めていた。それでも「この借りはいつか返しますわ」とペンちゃんへの礼を忘れなかったのは、彼女のプライドの表れなのだろうとフィアは思った。
そのペンちゃんはこのパーティにおいて、戦闘面においては万能的な遊撃手を務めていた。
武器のハンマーを用いた氷属性攻撃を得意にし、敵に状態異常を与えたり、さらなる搦め手としてお手製のペンちゃん人形をけしかけたりとその戦法は多岐に渡った。クレナは彼女のことを召喚勇者の先輩だと語っていたが……皮肉なことに、その経験がこのゲームに生きているのだろう。攻撃面、防御面においても隙の無い立ち回りは、戦い慣れたベテランにしかできない動きだった。
そして、フィアである。
この三人の中でぶっちぎりの低ステータスであり、数値の上ではどんな詭弁を並べても足手まといにしかならない筈のフィアであったが、彼女もまたサポートの面で二人の役に立っていた。
というのもフィアの持っている「強者の記録書」が、戦力が不足している三人パーティの中では非常に重宝したのだ。
「ん……あのモンスターの弱点は、氷だって」
「おっ、なら倒せそうだな」
「挑んでみましょう。逃げてばかりなのもつまらないので」
初めて対面したモンスターであろうとその特徴が自動的に記録されていくその書物には、相手モンスターの弱点なども丁寧に記載されており、その情報が戦闘面において多大な恩恵をもたらした。
道中で出くわしたモンスターが自分達の手に負えるか否か、判断がつかない時には強者の記録書を開くことによって即座に分析することができるのだ。どうやっても勝てそうにない相手ならば未然に戦闘を避けることで回避することができるし、勝てそうな相手ならば攻略法を教えてくれる。こと状況判断の面において、強者の記録書は大いに貢献してくれた。
しかしそれでも、移動がしにくいジャングルの中などではどうしても強力なモンスターと戦わなければならない状況があった。ゲーム的に言えば、強制戦闘イベントという奴である。
三人の内二人が初級職であるパーティでは、逆立ちしても勝ち目がない遥か格上の相手――そんなモンスターとの対峙では、最後の手段としてフィアのHEATスキル「蒼の領域」が生きた。
これまで何度かそういった危険な状況に陥った三人だが、それらの窮地はフィアがモンスターと話し合うことで切り抜けてきたのだ。
これまでの経験によれば、このHEATスキルには通用する相手と通用しない相手がいるらしい。フィアは道先でモンスターと出くわす度に意思疎通を図ったりしていたのだが、どうにもこの世界には「心」があるモンスターと、ないモンスターがいるようだ。
大多数はタイラントワームのように心のないモンスターであったが、リージアや生命の泉にいるモンスター達のように心を持つモンスターが相手ならば、「蒼の領域」によって対話を行うことが可能だった。
それによって巨大なマンモス型モンスターとの和解が成立したり、時には悩みを聞いてあげたりすることによって生命の泉の住民が増えたり、アンドレアルフス・ネクロスの時のようにイベントクエストを発生させ、クリアしたりもした。
ゲーム上の傾向なのかもしれないが、今の三人の手に負えない強力なモンスターほど「心」のあるモンスターが多い。
強者の記録書によれば「古代種」だとか「幻想種」だとか仰々しい肩書を持つレイドボス級の敵ばかりで、それらを相手に対話による解決で和解し、仲良しになったのである。これにはレイカもペンちゃんも唖然とし、
「この旅が終わった頃には、そこら中のモンスターがフィアさんの友達になってそうですわね……」
「あいつら全員テイムモンスターとして連れていけたらとんでもない軍隊になりそう……」
……などと顔を青くしながら口々に語っていた。
やたらスタイリッシュなガンアクションをする魔法使いと、ちょこまか動き回るコウテイペンギンがいるパーティの中で、最も異常な立ち回りをしているのは間違いなくフィアだった。
無職故の低ステータスが足かせになるどころか、戦う必要すらなく強敵との場を諫めてみせる彼女の姿にレイカは「どんな聖女ムーブですか」と驚きを通り越して呆れ、ペンちゃんは「うむ、さすがフィアだ」とどこか思考停止をするように感嘆の声を漏らす。
一方で対話不能なモンスターが相手となり、やむを得ず行うことになった戦闘の中で彼女が見せた動きにもまた、ペンちゃんとレイカは何か違和感を感じていた。
「それにしてもフィアさんは、そのSPDでよく敵の攻撃を避けれますね」
「? フィア、スピード遅い?」
フィクス大陸のモンスターと、既に何度か戦闘をこなしている。そんな中で最低クラスのステータスである筈のフィアが、積極的にヘイト役を引き受けながらも被弾一つ負っていないのだ。レイカのような盾を持っているわけでもなく。
このゲームにおいて、敵の攻撃の回避に重要なのは自らの俊敏性に影響する「SPD」、すなわちスピードのステータスである。スピードがあれば敵の攻撃を避けやすいし、素早く防御姿勢を取ることができるからだ。
フィアはそのSPDの数値が無職故に極めて低く、重装備の剣士よりも鈍足と言っていい。にもかかわらず一度として攻撃を喰らっていない彼女の姿が、特にペンちゃんの目には異様に映っていた。
「あのフィアの動き……まさか……」
派手なスピードなど要らないと、そう示すかのように必要最小限の動きで、すり抜けていくように敵の攻撃を紙一重でかわしていく彼女――その動きは、ペンちゃんには一つだけ過去に見覚えがあった。
ペンちゃん――東條ルキが異世界フォストルディアにて勇者として戦っていた頃、一部の「魔族」が扱っていた「武術」に、彼女のような技があったのだ。
「……虚無の絶技、か」
「ペンちゃん、知っている……?」
「まあな。そうか……武術なら、スキルがなくても使えるのか」
「なんとなく、無意識に使ってた……フィアは、卑怯?」
「いんや。そういうのはプレイヤーの腕みたいなもんだろ? チートでもバグ技でもないし、何も卑怯じゃないよ」
「虚無の絶技」――それが、ただ注視しているだけではわからないゆらめくような彼女の動きの正体だった。
それは自らの心を完全に「無」にし、相手の気配や空気の振動をダイレクトに感知することによって未来予知にも似た先読みが可能となる……フォストルディア魔族に由来する、れっきとした「武術」である。
フィアは――おそらく前世でその武術を何らかの形で習得し、無意識のうちにこのゲームの戦闘でも用いていたのだろう。しかし彼女の中にはその絶技が特別な武術であるという認識はなく、ごく自然体から息を吐くように扱っていたようだ。
(……シライシユウシは、あの技を自然体で使えるぐらい極めていたのか)
この「HKO」は基本的にスキルが物を言う世界であるが、歩いたり走ったり、手を振ったり首を動かすことなどの「当たり前」のことはスキルなどなくとも誰にでもできることだ。
それと同じ要領で、フィアにとってかの武術もまた歩いたり走ったりすることと同じレベルで魂に染み込んでいる為、アバターの身であろうと軽々再現できるのであろう。
(一体どんな勇者だったんだろうな……)
手に入れた「C.HEAT」能力を使うだけでも精一杯で、その能力だけでどうにか敵と渡り合っていたのがルキ世代の勇者である。そんなルキの亡き仲間達は悪く言えば能力頼みな戦い方であり、能力以外に頼れるものが無かった過酷な戦場だった。
それをフィアは……フィアの前世であるシライシユウシは、手に入れた「C.HEAT」だけではなく、自らの体術をも極めてみせたのだ。察せられる努力の程は並大抵のものではなく、彼と同じ立場であったルキ――ペンちゃんをしても推し量れるものではなかった。
しかし勇者時代に修めた武術を特別自覚する必要も無く扱うフィアを見て、ペンちゃんは複雑な心境に陥る。
ゲーム的には、確かにプラスの要素だろう。
正直に言えばペンちゃんは、ステータスが貧弱なフィアのことをレベルの高いフィクス大陸のモンスター達からどう守護ろうかと悩み、もしもの時に備えて大量の回復ポーションを買い込んでいた身だ。しかしそのポーションの類も実際に役立っているのはMPの回復だけで、HPの回復には一切必要が無くなっている現状だった。
このフィクス大陸の強力なモンスターを相手に100%の回避率を誇る新人プレイヤーなど、ペンちゃんの記憶には一人として存在しない。
そういった意味では優秀な装備に恵まれているとは言え、フィアだけでなくレイカもまた非凡な素質を持っていると言えるのだろう。
「もしかしたら二人とも、闘技大会に出ればいい線いくんじゃないか?」
「え?」
「闘技大会ですか? ああ、そう言えば先ほどスルーした町に闘技場がありましたね。私もいつかはそういうのもやってみたいですが、まずは上級職になってからですね」
「レイカが出ないなら、フィアもいい」
「そうか、まあ言うと思った」
砂漠地帯の中に聳える唯一の都市「スラグシティ」。そこはまさにランプの魔人でも出てきそうなアラジンとした雰囲気の町であったが、今の三人には特に用事もなくそそくさと通り過ぎていた。
そんな三人の姿は今、砂漠地帯を通り抜けて密林の中にある。
砂や岩肌だらけの景色から一転して緑に変わった道を歩き進みながら、三人はこれまで数日間のログインを繰り返しながら着々と目的地へと近づいていた。
今三人が歩いている「ナージュ熱帯林」というフィールドを抜ければ、いよいよ目的地である「クーラ村」にたどり着く。
これまでの道中を楽しみながら抜けてきたフィアは、歩き疲れたらしいリージアを両腕に抱えながらプレイの充実を感じていた。
残念ながらこの旅の中でクレナ――ヘリヤルと都合が合うことはなかったが、それでも友人二人と行う長旅には一人でプレイする時には無い幸せを感じていたのだ。
そんなフィアは、リージアの背中を撫でる心地良い感触に頬をほころばせながら、二人の友人に対して言った。
「現実でも……みんなと旅できたら、嬉しい」
もちろん、今ここにはいないクレナも含めてだ。
できることならば大勢で一緒に、どこかへ遊びに行けたらいいなと思った。
何気なく呟いたその言葉は、おそらく青春を満喫する高校生としては至って普通の思い付きだろう。
「ふむ……なるほど」
「ほほう……ほう」
その呟きを耳に拾ったレイカとペンちゃんが何やら思案気に頷いたが、そんな二人の表情は横を歩くフィアには見えなかった。