熱帯林を抜け、二人と一羽は目的地「クーラ村」と思わしき場所に無事到着した。
ようやくたどり着いたその場所では一帯がドーム状の結界に覆われており、どんよりとした空気が漂っていた。
おどろおどろしい暗黒の結界の壁を、レイカが警戒しながら銃型の杖で叩く。すると杖の先は何の抵抗もなく、するりと中に入っていった。
拍子抜けしたように、レイカが呟く。
「あら、普通に入れるようですわね」
不用意に内部へ入ろうとすれば、入った途端身体がドロドロに溶けてしまうのではないかと疑う禍々しい結界であったが、フィフスからの事前情報通り、ヘブンズナイツ以外の者であれば問題無く中へ入れるようだ。
そのことを確かめたことでレイカは心置きなく結界内へ前進し、フィアとペンちゃんも彼女の後ろに続いた。
――そうして内部へ足を踏み入れたフィアたちが見たものは、想像以上に寂れていた闇の世界だった。
「ここがクーラ村か……」
「キュー……」
まるで夜中の墓地のようだ――というのが、二人と一羽が抱いた共通の感想だった。
ここがフィフスの指定した瘴気漂う場所であり、ロナの話による「クーラ村」であることに間違いない。
しかしそこは人が住む村とは到底思えないほどに、辺り一面酷く荒れ果てていた。
「リージア、大丈夫……? 泉で休む?」
この空気に漂っている禍々しい気配を敏感に感じているからだろうか、フィアの肩に乗るリージアの耳がしなりと垂れ下がる。
彼女の元気が無い様子は異種対話のスキルを使うまでも無く読み取ることができ、気遣ったフィアはリージアを生命の泉に一時避難させることに決めた。
これまで同行していたリージアも今回ばかりは流石に気丈でいられなかったのか、大人しくフィアの気遣いに従ってくれた。
「チー……」
穏やかな場所を好むリージアが、こうも急激に元気を失ったのである。
この地が穏やかさとは対極にある場所だというのは、十分に窺い知れた。
「これは不気味な気配が漂いますね。気を引き締めていきましょう」
「あんたが一番ゆるいけどな」
「おだまり」
生命の泉へリージアを送り届けた後、すぐさまこの場所に戻ってきたフィアは二人と共に村の探索を開始する。
これまで何度となく美しい自然の景色を見回しながら道中を歩んできたフィアだが、この場所にはそのような天然自然の姿は影も形もなく、元は緑色だったと思われる植物は全て枯れ果て、代わりに禍々しい姿をした黒紫色の結晶体のような植物が各所に生い茂っていた。
人によっては美しく見える姿かもしれないが、二人と一羽が抱いた感想はネガティブなものだった。
「えらく不気味な植物ですわね……」
「魔界樹……」
「え?」
周囲に生えている見たことの無い植物の禍々しさに、フィアは思わずその植物の名を呟いた。
そしてそんなフィアの呟きを聞き取ったペンちゃんが、首を傾げながらフィアの顔に目を向ける。
フィア自身はここに生えている植物を今までに見たことはない。しかし、彼女は今「思い出した」のだ。
「知っているのかフィア?」
「これは、魔界樹の新芽……異世界に生えていた、大きな木の芽だった」
双葉志亜がまだユウシだった頃の記憶である。異世界フォストルディアに生えていた同じ植物を、「彼」は見たことがあった。
そんな既視感を受けるフィアは、目の前の植物に対して複雑な心境に陥った。
「とんだ原作知識ですわね」
「うん……」
魔界樹の新芽。
あの異世界では不吉の象徴と呼ばれており、今はフィアの身長程度の大きさであるが、成長すればやがて高層ビルにも及ぶ巨大な大樹となる植物だ。大樹が咲かせる花は人体に有害な毒を広範囲に撒き散らす為、新芽のうちに率先して処分するのがあの世界での常識だった。
そんな植物を静かに見つめるフィアの姿を一瞥した後、先導するレイカが足早にその場所を離れた。
それに気づいたフィアがハッと顔を上げて彼女の後を追い掛けると、今度は植物ではなく廃墟の住宅村の景色が視界に広がっていった。
「あ……」
「これは酷いな」
明らかに経年劣化によるものではない破壊の痕が、そこかしこ満遍なく刻まれている。
人が住んでいた痕跡が残っているその場所では例外なく全ての建物が崩壊しており、瓦礫の数々があちこちに散乱していた。
「ま、まるでホラーゲームですわね……」
「なんだブルブル震えて。嬢さんもしかしてこういう系は苦手か?」
「……得意ではありませんね」
「フィアも、得意違う」
「ふっ、大丈夫だ。私がいる限り、フィアを怖がらせることは許さんよ」
「どこのナイト様ですか貴方は」
「ナイトではない。コウテイだ。ペンギン的に考えて」
「はいはい」
最も不気味なのは、崩壊した建物の数に対して人の気配を一切感じないことだろう。
ホラーゲームもかくやとばかりの雰囲気が漂っており、これにはレイカの口元もシリアスに引き締まった。
令嬢らしからぬゲームマニアである彼女だが、実を言うとホラーゲームの類はあまり得意ではないのだ。ホラーの中でもゾンビを撃ち殺す類のゲームならば寧ろ好みらしいが、プレイヤーの恐怖感を全面的に煽り立ててくるタイプの純粋なホラーゲームは彼女が唯一苦手とするジャンルだ。
一方で、実はフィアもホラーゲームは全面的に苦手である。
尤もフィアの場合はホラーゲームが乙女的に怖いから苦手というよりも、「怖いことを楽しむ」という感覚が今一つ理解できないからである。
怖いは苦しい、苦しいは悲しい。それがフィアの認識であり、固定観念でもある。故に登場人物に感情移入しすぎてしまうフィアは、登場人物が可哀想な目に遭うことが多いホラー系のジャンルは致命的に相性が悪かった。
過去に一度だけそういったゲームをプレイした時、フィアは身体中が同情の悲しみに震えてしまい、心配そうにすり寄ってきた愛犬のイッチーに一日中抱き着いて離れられなかったものだ。
閑話休題。
予想以上の不穏な空気が漂うこの村で、二人と一羽は目的を果たすべく行動に取り掛かる。
「とりあえず、試練をクリアする為にいい感じの情報を集めようぜい。魔界樹の新芽?とかいうのがいっぱい生えていることと、この廃墟の様子なんかは報告した方が良さそうだな」
「ええ、そうですね」
結界内の情報を集め、フィフスに報告する。それが今回の旅の目的である。
最優先するのはあくまでもレイカの試練達成であり、このエリア自体の攻略ではない。
深追いは禁物。その認識を頭に入れながら、フィアたちは廃墟の探索を行った。
「こういうダークな場所には、いかにもヤバそうな固定シンボルモンスターがいるもんだが……」
「れれれ冷静にいきましょう。そういうのの攻略は、私がHEAT能力を手に入れた後にしますわ!」
「だな。その方がいいだろう」
人っ子ひとりいない、荒れ果てたクーラ村。
不穏な気配が漂うこの場所を歩き回っていく中で、「何か」を頭に察知したフィアがふとその足を止めた。
その瞬間、フィアは友人たちを呼び止める。
「待って」
「? どうしたフィア」
「来る」
耳を澄ませてみれば、何かがガチャガチャと擦れている音が聴こえ、その音は徐々にこちらへ向かって近づいている。
そして程なくして、全貌が明らかになった。
「っ……敵襲ですか!」
「おお? 偉い数だなおい」
それは三十体以上に及ぶ、白骨の集団だった。
ゆらゆらと幽鬼のように進軍してくるその大群は、どれもが人体模型のような人型の姿をしている。
モンスター――それも見た通り、生命を感じない存在だった。
「あれは、スケルトンだな。数は凄いが、東の大陸でも見かける雑魚モンスターだ」
「ふふふ、今の私の敵ではありませんね!」
ファンタジーRPGではメジャー格であるアンデッドモンスター、「スケルトン」はこのHKOにも登場する一般的なモンスターの一種である。
骨しかないその身体は攻撃力、防御力共に初期ダンジョンに現れる雑魚敵程度の能力しか持っておらず、この辺りに闊歩するモンスターとしては破格な弱さと言って良かった。
「オホホ、安全圏から雑魚滅多打ちにするのも、これはこれで乙なものですわ!」
「ホラーな相手なのにいつも通り楽しめるんだな」
「それはもう! 私が苦手なのはプレイヤーが逃げることしかできないタイプのホラーゲームですから」
こちらから仕掛けられるのなら大好物ですわ。そう言いながらレイカの放つ魔法が次々とスケルトン達を狙い撃ち、一撃で消滅させていく。
新装備を手に入れた今の彼女からしてみれば、今更スケルトンなどボーナスステージも同然だった。
しかし、物量だけは気を抜くことはできない。
ゾロゾロと群れをなして接近してくる白骨の集団は、なおも増援を呼び、倒しても倒しても際限なく湧き出てくる。
間に一定の距離がある今、遠距離戦闘におけるスケルトンの攻撃手段と言えば「自らの頭部を掴んで投擲する」というアンデッドならではの戦法程度しかなく、それもこれまでの道中で出くわしたモンスター達と比べれば遥かに劣る攻撃だった。
だがそんな攻撃でも、十も二十も合わされば流石に堪える。嬉々として魔弾を銃口から撃ち続けていたレイカは相手の力を甘く見たことでポルターシールドでの防御を怠り、不覚にも一発敵の頭蓋骨投擲を受けてしまった。
「ぐえっ」
「調子に乗るから……前衛は私に任せておけ」
魔法攻撃の火力に特化しているレイカのステータスは、防御に関してはからっきしの紙耐久と言っていい。
相手がただのスケルトンであろうと敵の攻撃を受ければ笑えないダメージであり、同じくフィアも紙耐久である。
そんな二人とは違い、ただ一羽この中でまとも能力値を持っているペンちゃんが前衛に立って白骨たちを手当たり次第ハンマーで叩き割っていく。
数では遥かに劣る彼女らだが、それぞれの顔に気負った様子はなかった。
「……アンデッド……」
フィアもまたその手にシャークスピア・ガーベラを携えながら、問答無用で襲い掛かって来るスケルトンたちと対峙する。
相手は見た目通り、生命も心も持たないアンデッドモンスターだ。念の為異種対話のスキルを発動してみるが、やはり返答はない。
そうなればフィアとて、仲間を守る為に戦わない理由はなかった。
「ガーベラ……力、借りるね」
この槍の素材をくれた無垢なるサメ「ガーベラ」に対して感謝の言葉を贈りながら、フィアは白骨の胸に槍先を突き刺す。
ATKのステータスが低いフィアでも武器の性能が良いからか、スケルトン程度が相手ならば十分にダメージを与えられるようだった。
そんなフィアの攻撃が重い牽制となり、後ろから回り込んできたコウテイペンギンがきっちりととどめを刺しに掛かる。
「そいや!」
ペンちゃんが掛け声を掛けながら豪快にハンマーを叩き込むと、打たれたスケルトンは光の粒子となって消え去っていく。
後方からはスナイパー魔法令嬢と化したレイカの魔弾が次々と敵の軍勢に命中し、その数を順調に減らしていった。
「まあ、このパーティならなんてことなさそうですね」
二人と一羽は組んで間もないパーティとは思えないほどに、ここまで危なげなくスケルトン軍団を攻略していた。
――しかし、そんな滞りのない状況の中でフィアは違和感を感じる。
自分の中でしっくりしない感覚を抱きながら、フィアは目尻を下げて呟いた。
「違う……この子たちじゃない」
「フィア?」
そんなフィアの呟きに反応し、ペンちゃんが不思議そうに首をひねる。
フィアはこの時――いや、この結界の中に入った時点から何か嫌な気配を感じていた。
この場においてフィアだけは、スケルトンたちのものではない酷くざらついた感触を感じていたのだ。
そしてその気配は、この戦闘の中で一気に強まっていった。。
「怖いのが、来る……っ」
思わず恐れを含んだ表情を浮かべ、フィアは結界の壁に覆われた漆黒の空を振り仰ぐ。
――その方向には、ブラックホールのような巨大な裂け目が広がっていた。
「あんなの、今までなかったよな?」
「ええ、なんですかあれ……?」
フィアの視線からレイカとペンちゃんも遅れて気づいたその裂け目――突如として空に姿を現した穴からは、何者かがこちらを見つめている視線を感じた。
裂け目の姿を見た瞬間、フィアは危険な何かがそこに潜んでいることを瞬時に悟った。
「来る!」
フィアは表情を強張らせ、初めて眉間にしわを寄せた。
そして次の瞬間――裂け目の中から、無数の「影」が飛び出してきた。
実体を持たない暗黒の影。
まるで
「っ!」
フィアは即座に槍を構え、レイカたちを守るように前に立つ。
咄嗟の行動だった。
五感ではなく、その魂にこびりついた警告がフィアに命じていたのだ。
アレは危険だ。
仲間の為に即刻排除しろ、と。
「スケルトンたちを喰ってる……?」
「な、なんですかあれ……ペンちゃんさんは知っていますか?」
「いや……」
手近にいたスケルトンたちを最初の獲物として貪っていた「影」だが、どう見てもこちらに対して友好な存在には見えなかった。
当然のようにフィアたちも獲物に定めて迫り来る「影」に対し、レイカが驚きに目を見開きながらも銃型の杖から魔力の弾丸を打ち込んでいく。
無数の「影」はまるで意思を持った生き物のように右へ左へと回避行動を取り、避けきることができなかった「影」の一部が着弾と同時に消滅していく。
防御力はスケルトンと同程度と言ったところだろう。
しかしレイカの魔法が消滅させた「影」は、全体のほんの一厘にも満たなかった。
この間にも空に広がる巨大な裂け目からは無数の「影」が魚群のように出現しており、レイカの攻撃は海に角砂糖を溶かす程度の効果しか及ぼさない。
「初めて見るモンスターだ……」
実体の無い、「影」としか形容しようのないその姿は、ペンちゃんでも見覚えのない未知の相手だった。
しかし、フィアはその「敵」を知っていた。
「……逃げて」
「フィアさん?」
否、「ユウシ」が知っていたのだ。
今スケルトンの軍団を覆い尽くし、スケルトンたちをさらに上回る物量を持ってその身を喰らっていく「影」の正体を。
それはフィアの前世たる彼が出会い、死闘を繰り広げた存在だった。
その知識に蘇った記憶で、フィアは目の前の「影」の名を呟いた。
「ウルゴーズ……」
冥府の支配者ウルゴーズ。
魔王軍幹部であるバアル七十幻魔に匹敵する力を持ち、幻魔よりも残虐なフォストルディアの死神。
このゲームにモンスターとして現れたその怪物は、「ユウシ」の記憶にある姿を忠実に再現していた。
そう……フィアが一瞬、この世界が異世界を基にして作られたゲームであることを忘れてしまうほどに。
そしてその一瞬が、この時のフィアに突発的な行動を起こさせた。